番外編 カイルの修道生活①
第二王子時代に騎士団と遠征に赴き、野営経験は多少なりともあった。男所帯にも慣れていた。
自分が兄よりも武術に長けていたからではなく、いっそ槍にでも突かれて戦死してくれればという思惑から二度も戦地へ行かされたのだ。
無事に凱旋すると喜ぶのは婚約者と側近ばかりで、身内である王族はうわべだけは喜び労ったが、本心では残念がっていた。
自分の帰りを待っていてくれている者がいたからこそ、自分を奮い立たせ、耐えることがきた。
イナンナ亡き後、戦地に送られていたら自分は生き残ることはできていただろうか?
生への執着が著しく削がれた今ならば、自分を殺すことは容易いことだろう。
このビュードの修道院は、最も戒律の厳しい宗派、ここでは体力の限界から命を落とすことも稀にあるという。
これも兄からの「死んでくれたら好都合」という思惑も含まれているのだろう。
殺意や悪意をオブラートに包み、相手を死んでもおかしくない状況に追いやり、その死があたかも偶然に見えるように演出しようとする、実にあの人らしいやり方だ。
彼は王妃とは違って、直接自分で剣で相手を襲うとか、刺客を差し向けるようなことはしない。
自分が疑われないように、仮に疑われても「それはたまたま起きた」「意図せずにそうなった」という逃げ道を必ず用意しておくのだ。
兄が王妃以上に危険な相手だったということに、自分は気がつくのが遅すぎた。
それによって 誰よりも大切な存在を失い、このザマなのだ······。
「兄弟よ、そんなに力まず思い詰めず、ゆっくりここに馴染みなさい」
自分の不甲斐なさへの苛立ちを薪割り作業にぶつけていたカイルを、最年長のシモンという修道士は諭した。
ここではお互いを『兄弟』と呼び合う。
血を分けた実の兄弟よりも皆余程慈悲深い。その温かさに救われる思いがしていた。
その日に畑や森で収穫したもの、托鉢で得たものを皆で等しく日々分け合った。
「あのビスケットはなかなか美味でした」
「あれは美味ですね」
ユリアンヌが焼いて持たせてくれたビスケットは好評だった。
バターの風味と塩加減が絶妙で、カイル自身もまた食べたいと思っていた。
金銭以外の寄付、差し入れは自由で歓迎されていた。
ジンジャーが効いたコーデュアルも、寒い夜や風邪をひきそうな時に役立った。
ユリアンヌが持たせてくれた厚手のウールの靴下は、五足のうち三足を兄弟に分け与えた。
「これは暖かい!」
「これはいいですね」
「兄弟には、実に気の効いたご家族がいるのですね」
家族······か。
そうだな、ユリアンヌは婚約者というよりは妹のような存在だ。彼女なら良い家族になれるかもしれない。
「ええ、本当に」
微笑をたたえながらカイルはブランケットを纏い直した。
「まさか兄弟、そのブランケットもですか?」
「えっ? ああ、そうです」
歳若い兄弟達からは羨望の眼差しを向けられた。
軽くて暖かい質の良い毛織物のブランケットだったからだろう。
貴族や商家出身の者は寄付も多かったが、貧困層の平民から出家する者の中には口減らしの為である場合もあった。
厳しい戒律でも、それでもまだ道端で死ぬよりはマシだからだ。
家族から何も持たされることなく身一つでここに預けられる子どももいる。
ウールの靴下は暖かったが、すぐに穴が空いてしまった。
カイルは必死に修繕方法を習い、自分で治す技術を身につけた。
そうしているうちに、編み物も覚え、靴下に手袋、ケープを編むなど、みるみる上達して行った。
編み物をしている時は、ただひたすら無心になって、なぜか癒されてゆくように感じていた。
カイルは暇さえあれば編み物に没頭した。
彼は元々没頭しやすい質だった。
これならばいくらでもできそうだった。
「瞑想状態に似ていますからね」
年長の修道士らはカイルを目を細めて見守った。
「はい、今日はそのくらいにしておきましょう」
シモンに声をかけられて、ハッと我に戻り、ようやく手を止めるカイルだった。
カイルが還俗後も、編み物を生涯の趣味としたのは彼の愛する本物の家族だけが知っていた。




