第四話 正体は
翌日、辺りが明るくなってすぐに僕は酒場を出た。仕込みで早く起きていたリーリさんと旦那さんに挨拶をしたがユーリちゃんに挨拶することはできなかった。
墓地に行くとすでにカバネは外で待っていた。弓矢と少しの荷物を携えている。
カバネ、弓矢使いだったのか。狩猟慣れしてるのか腰には短剣を装備して、いかにも冒険者っぽい。
こちらに気づくと僕の全身を一瞥して鼻で笑った。コイツ嫌な感じだな。
「遅いぞ。もうすぐ日が上がりきる。」
「遅くはないよ。まだ始まりの鐘も鳴ってない。」
この国では日が上りきると始まりの鐘が、日が赤くなると終わりの鐘が鳴る。みんなの生活の指標になっているほど根付いているがもう僕は聞くことがないだろう。僕はもう一度、旅立ちの意味を込めて両親の墓に挨拶をした。
「カバネの親の墓は?せっかくだし挨拶させてよ。」
「オレの親の墓はない。残念だったな。」
暗くなる話題を淡々と話すカバネ。なんなら薄く笑っている。こんなヤツと一緒に旅していいのか?てか残念だったなってなんだよ。残念なのはお前だろうよ。今まで出会った中で一番心の内が読めない。僕たちはそこから何も話すことなく墓地を出た。舗装された道を歩き出したとき、カバネが話し出した。
「この舗装が途切れた先は魔獣エリアだ。この火が魔獣よけになってるらしいからな。」
舗装された道で等間隔に設置された灯りを指さしてカバネがそう言った。これを盗って行ったって構わないけどなとも彼は言った。冗談なのか本気なのかわからない。
「冗談だ。」
「わかりにくいな。冗談てのは伝わらないと意味がないの。」
「ふん。お前が死ぬ時は最高の冗談を手向けてやるよ。」
そう言ったきりカバネは黙ってしまった。振り返ることなく進んでいく。距離感が掴めない本当に変なヤツだな。
日が真上辺りにきたとき。衣擦れの音と足音しか届かなかった耳に、腹の鳴る音が聞こえた。僕のお腹が鳴ったのだ。しばしの休息を取りたいところだけど獣が通る様な道が続くばかりで拓けた場所は見当たらない。依然としてカバネは颯爽と前を歩いていく。
「ちょっと休まない?」
少し遠くにいたカバネがこちらに振り向き、ふんと鼻を鳴らすと辺りを見渡した。彼はこちらに近づいて来るかと思えば荷物から瓶を取り出し、僕に何かの粉を撒いた。思わず咳が出る。
「ちょ、何これ!」
「……さあな。」
含みのある言い方をした後でカバネは木に登り始めた。そこで待ってろと言いながら登り続ける彼は遂に見えないほど上に行ってしまった。ふりかかった粉に鼻を近づけて嗅ぐと特徴的な匂いがした。苦いような、焦げたような。そんな匂いだ。どこかで嗅いだこともある気がするが思い出せない。流石に味を確かめる勇気は出ず、服に被った粉を払う。僕は木の幹の部分に腰を下ろすと鞄から持ってきた乾燥果実を取り出して食べた。噛むと実が潰れて甘さが口の中に広がった。僕は頬杖をついてカバネが降りて来るのを待つ。
木漏れ日が風で揺らめくのを見ながら座っていると眠気が襲ってきた。眠気を覚まそうと立ち上がったところでどこからかガサガサと音が聞こえた。上ではないことは確かで、周囲を警戒して息を殺す。音の原因はすぐにわかった。
音のする方をじっと見ていれば背の低い庭木のような木が様子を伺うように姿を現した。コイツは魔獣だったか。いくつかに分かれた根の部分を足のように使って移動している。動いている魔獣は初めて見た。書物で見た絵がそのまま存在していて興奮する。感動と困惑の間で動けずにいると少し遠くにいるソイツに風を切って矢が刺さった。一瞬矢尻がキラリと光ったのが見えた。すると魔獣の動きは止まり、その場に根付くとあっという間にぐんぐん成長して森の一部になった。
「魔獣を見るのは初めてか?」
気づくとすぐ上の枝にカバネがしゃがみ込んでいた。今の矢はカバネのものか。薄く笑いを浮かべながらそう言うとカバネは魔獣だった木に近づいて矢を抜く。
「この目で見るのはね。それよりもカバネの弓使いに驚いたよ。随分上手だね。」
「まあ、ずっと使ってるんだ。これくらい慣れないとおかしい。それよりお前は。勇者が剣を振るうところ見せてくれよ。」
「あー。いつかね。」
ぎこちなくなってしまう僕を尻目に彼はまた歩き始めた。柄を握り、引き上げたところで剣が鞘から抜けることはない。僕はため息を吐くとカバネの後を追いかけた。