お風呂場で歌うという幸せ
お風呂場は、日常の中で密かにアーティストを
生み出す場所だ。いや、むしろアーティストしかいない
場所だ。タイルの壁が完璧な音響を提供し、
シャワーの音がまるでオーケストラの伴奏のように
絡んでくる。ここに足を踏み入れた瞬間、
私はただの会社員でも学生でもない。
世界が待ち望むスーパースターである。
しかし、冷静に考えれば、お風呂場での歌唱には
いくつかのルールがある。
まず第一に、歌詞は正確でなくてもよい。
たとえば、「Let it go~♪」と歌いながら次のフレーズを忘れ、「えーっと…なんだっけ?」と勝手に即興で
アドリブをかます。これが許されるのがお風呂場の
素晴らしいところだ。
間違いも、むしろ味だと捉えられる。
そして、お風呂場には独自の「エコー効果」がある。
この効果が曲者で、「俺、意外と上手いんじゃないか?」という錯覚を与えてくるのだ。一度その気になって
熱唱していると、現実に戻される瞬間が来る。
家族の誰かが「うるさいよ!」とドア越しに叫ぶと、
まるで舞台の幕が急に下ろされるような気分になる。
だが、それでも負けないのが真のエンターテイナーだ。
歌う内容も自由だ。失恋ソングを熱唱するもよし、
CMで覚えた謎のフレーズをエンドレスに
繰り返すもよし。時には自分が作詞作曲した曲を
披露することもある。
内容が「お風呂の温度がちょっと熱い~♪」だろうが、
それは関係ない。お風呂場は審査員のいない
『カラオケ大会』なのだから。
実は、この活動には意外なメリットがある。
歌うことでストレス発散ができ、ついでに腹筋も
鍛えられるという健康効果付き。
さらに、誰もいないからこそ、
自分の声と向き合うことができる。
「俺の声ってこんなに渋いのか?」とか、
「え、なんか猫が鳴いてる?」など、
自己発見があるのだ。
そんなこんなで、お風呂場で歌う時間は、
忙しい日常に小さな楽しみをもたらしてくれる瞬間だ。
次にお風呂に入ったときは、ぜひ歌ってみよう。
歌が上手いかどうかなんて関係ない。
「音痴」とは言われないし、万が一音程が外れても、
シャワーがすべてを流してくれる。