赤城の話
私の話をしたい。
私は東大の医学部を卒業後無職になった。
普通なら医者にでもなると思われるが、私はそうじゃない。
医者に興味はない。
なぜかって?
医者は神にそむくからだ。
どういうことか?
例えば交通事故で瀕死の人が運ばれてきたとしよう。
手当てをしなければ当然死ぬ。
優秀な医者ならオペを無事成功させるだろう。
それが問題だ。
本来ならその被害者はそこで死ぬべきだった。
当然放置していたらやがて死ぬはずだったのに、医者が助けたせいでその人は一命をとりとめた。
それは神への冒涜だ。
だから医者に興味はなかった。
例え、風邪だろうがガンだろうがその人物がそうなったのだからそういう運命をまっとうするべきだろう。
医者まるで神のように人の生き死にを左右させるのがどうも気に入らない。
だから医者には興味なかった。
じゃあなぜ医学部に入ったかって?
一番難しいといわれていたからだよ。
私は人より記憶力が良くてね。
覚えようとしなくても写真のように映像が記憶されているんだ。
世間ではそれを才能と呼ぶようだね。
私はそれが普通だと思っていたから何とも思わなかった。
まわりから凄いと褒められると「普通でしょ」とよく言ったものだ。
その途端、褒めてきた連中は別人のように冷たい顔をするのだから人間の感情とは不思議なものだ。
まあ、そんな私でもそれなりの経験をしてきて人の感情というもの理解してきたつもりだ。
私が凄いだけの話。
いや、普通の人たちを下にみてるつもりはないよ。
私が凄いだけだから。
大学を卒業した後、やりたいことがなくてね。
最終的にはホームレスという生き方に感銘を受けたんだ。
彼らこそ人間というものを理解してるよ。
寝たい時に寝る。
食べたい時に食べる。
寝たい場所で寝る。
食べたいもの手に入れる。
何ものにもしばられない自由な生き方さ。
この着物も先輩のホームレスからもらったものだが実に無駄がない服だ。
体に巻きつけるだけ。
楽だし軽い。
眼鏡は昔から視力が弱くてね。
それだけは困り事だったが、眼科には通ったことはない。
視力の弱い自分を受け入れているからね。
ただ眼鏡というものを開発してくれた専門家には感謝している。
こういう発明家っていうのが世の中には大事なんだ。
私はそういう人こそ頭が良い人だと思う。
知性的だと思う。
知こそ正義だ。
私はそれを極めたい。
記憶力などクソにもならない。
まあ、それはいいすぎたか。
親には感謝してる。
就職しない私を何も言わずに受け入れてくれた。
もう十年以上顔を見てない。




