第三章 和馬の話
俺の話をきけ。
俺は貧乏な家に生まれた。
物心ついた俺の記憶は父親は寡黙だったってこと。
笑っている顔は見たこともない。
父親を思い出して浮かぶ顔はいつも怒っている顔だった。
俺を睨みつけるあの顔。
恐怖すら感じた。
恐怖だけならまだ良かった。
しだいに親父は母親に暴力を振るうようになった。それはちょうど妹ができはじめたあたりからだった。
母親も怒っていた。
二人とも怒っていた。
親父は母親を殴ったあといつも家を出て行った。
母親は泣き喚く赤ん坊の妹をなだめながら俺に優しく微笑んだ。
その笑顔が俺にはたまらなく辛かった。
クソガキながらに無理しているのがわかった。
母親は好きだった。
親父は大嫌いだった。
今年で妹が5歳になった。
そのお祝いで母親は小さいケーキを買ってきた。
しばらく帰ってこない親父を無視して母親と妹と俺でお祝いするつもりだった。
そんな日にかぎってクソ親父が小さな紙袋を持って帰ってきた。
驚いた俺たちの顔を見て期待していた表情と違ったのか紙袋を母親に投げつけ、ケーキをみるなり「そんな金がどこにあった!」と、怒鳴りつけた。
母親はまた殴られた。
妹は呆然として震えていた。
俺はおもわず親父に向かっていった。
揉み合いの中、親父は負けることはないが勝つことはもうできないと悟ったように「クソガキが!」と俺を睨みつけて出て行った。
酒の臭いだけが部屋を支配していた。
母親が泣き出すと、妹も泣き出した。
俺は逆に怒りが込み上げてきた。
ふと地面に転がっている紙袋に目をやると小さなぬいぐるみが顔を出していた。
なんのキャラクターかもわからない意味不明な手のひらサイズのぬいぐるみが笑っていた。
ずっとこの家にいたら俺はどうなるのだろう。
いつくるかわからないクソ親父を怯えながらひっそりと暮らす人生か。
そんな人生はまっぴらだ。
母親や妹には悪いが俺は俺の人生を生きたいとおもうようになった。
何年か我慢した。
いつかこんな状況が変わるんじゃないかと思っていた。
でも何も変わらなかった。
小学生になった妹の笑顔もしばらく見ていない。
この家は負のオーラで満ちている。
この状況を変えられるのは俺だけだ。
クソ親父が酒の臭いを漂わせ俺を睨みつけている。「文句があるんだったら出ていけ!」聞き慣れたセリフだった。
そして俺は親父をこう言い捨てて家を出た。
「今に見てろ!クソジジイ!」
二度とこんな家に帰るものか。
そう思った。
クソサラリーマンが偉そうに歩いてやがる。
みんな死ねばいいのに。