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階層

作者: 雉白書屋

「どういうことだい……? もう、ここには来られないって」


 おれは彼女に手を伸ばした。しかし、おれたちの間にあるコーヒーカップに指が当たり、ガチャッと音を立て、彼女が身を強張らせた。


「あ、ああ、この店が嫌なんだね? 確かに、最近汚くなったなぁ。いや、ははは、毎日来ているとわからないものだね。匂いもあれかな、ははは……」


 おれは自分の声が震えていることに気づき、情けない気持ちになった。


「ごめんなさい……」


「あ、こうしよう。次からはエレベーターの前で会うんだ。そうすれば君も――」


「ごめんなさい……やっぱり、あなたとは……ごめんなさいっ」


 彼女はそう言うと同時に席を立った。


「なあ、待っ――」


「ははははははっ!」


「……おい」


 おれは隣の席との間にある仕切りに腕を乗せ、友人の松田を睨んだ。

 松田はコーヒーカップに口をつけながら、おれを見上げた。額に皺が寄り、眉が上がったそのいやらしい顔が腹立たしい。


「ひひひ……」「ふはは」「ひひっ」「ひゃは!」


 布が擦れるような笑い声が聞こえ、ふと辺りを見回せば、他の席に座っている客たちも、おれを見てニヤニヤしていた。先ほどのおれと彼女のやり取りを聞き耳を立てていたのだろう。彼女がああも急いでここを出て行った理由がわかり、おれはげんなりとした。


「ひひひ、ま、元気出しなよ。駄目で元々。身分違いの恋だったんだ。ロミオとジュリエットみたいなさぁ」


 松田が席から立ち上がり、おれの肩に腕を乗せてきて、そう言った。


「ロミオとジュリエットは身分違いの恋じゃないだろ……親に反対されているという意味では似ているが、まあどうでもいい」


「おいおい、マジに落ち込んでるんだなぁ」


 おれは松田の腕を振り払い、カフェを後にした。足を止め、振り返ると客の何人かはまだニヤニヤとおれを見ていた。


「いひひ、どぉーしたぁ? 飲み残しかぁ?」


「……いや、お前もだが、よくあんなコーヒーを飲んでいられるな。泥が混じってそうだ」


「ひひひひ、確かに。でもいい味だぞぉ。しかし、文句言うならなんであの店を選んだんだ?」


「さっきまではいい店と思ったんだよ。他にまともな店がないしな。彼女はカップに触れようともしなかったが」


「上階の奴はお高くとまってらぁ」と友人は床に唾を吐き捨てた。そう言う自分に酔いしれている感じもした。下町根性ってやつだ。

 

 国全体の人口が減少し、田舎の過疎化に拍車がかかると、仕事や出会いを求め都市部に今まで以上に人が集まった。しかし、使える土地は限られている。結果、人々の欲望の象徴するかのようにタワーマンションが乱立した。このタワーマンションもブームに乗って建てられたうちの一つだった。

 人間は上下をはっきりさせたがる生き物だと、おれは思う。タワーマンションではそれが明瞭化されている。実にシンプルだ。上層階に住む人間が偉い。あのマズいコーヒーの味を思い出すと、その格差を如実に感じる。カフェが一つの下層と比べて上層は施設が充実しているらしい。彼女が以前、そう話していた。

 彼女は上階層の人間。ここに来ることさえ躊躇っただろう。エレベーターは部屋の開け閉めと同様に、電子キーで動く。しかし、セキュリティ上、下層の人間が上に行くことは許されていない。

 おれはこのフロアの中央にある、吹き抜けを囲う柵にもたれかかり、上を見上げた。

 

「なんだなんだぁ、挑戦するのかぁ?」


「違うよ。ただ彼女の姿を拝めたらって思っただけさ」


「ああ、運が良ければ彼女の糞が降って来るかもなぁ」


「そんなこと彼女がするかよ」


「どうかなぁ。上層階とはいえトイレの水を贅沢に使えるというわけじゃないだろう。ひひひっ、ほら、あんな風に。夜、こっそり糞してるんじゃないか?」


 松田が指さした方に目を向けると、柵に腰かけた男が尻を丸出しにしていた。そこから、あんまんを強く押したように黒い塊が落ちていくのが見えた。そして、男は満足したように大声を上げ、柵から降りて、姿を消した。

 おれは再び上を見上げた。この吹き抜けのてっぺんの天井はガラス窓で、日の光を取り込んでいるのだが、その光は下まで届かず、ここは昼間も薄暗い。ガラスが汚れているのかもしれない。誰も手入れしていないのだろう。最下層に至っては闇が鎮座している。下を覗き込み、そのままジッと見つめていると闇の中で黒い蛇が蠢いているような錯覚に陥るのだ。

 

「おい、大丈夫か?」


 と、松田が心配そうな声で言った。先ほどまで、こちらをからかってきた分、その落差におれは戸惑った。おれは松田に「大丈夫だ」と返し、二人並んで歩き始めた。

 廊下で別れ、自室に戻ったおれは、眠りについた。そんな気はしていたが夢に彼女が出てきて目覚めたとき、言いようのない気分だった。それも、ロミオとジュリエット風の夢だった。おお、ロミオ。どうしてあなたは下層に住んでいるの? そうするしかないからさ、ジュリエット。

 

 翌朝、広場に集まり、週に一度の支援物資の配布を待つ。一つ上の階から怒号と嬌声が聞こえた直後、エレベーターの扉が開いた。中から武装した男たちが台車と共に降りてきた。男たちは広場まで進み出た。

 この階の住人たちは皆、ゾンビのように大きく口を開けて手を前に出していたが、男たちの鋭い眼光に気圧され、前に進み出ることはなかった。

 今週は段ボール箱が三つだ。男たちが台車をガラガラと鳴らし、エレベーターに戻った。扉が閉まるのを合図に住人たちは一斉に箱に向かって飛び掛かった。



「……なあ、こんなの虚しくならないか?」


「え? なにがぁ?」


 壁を背に座り、おれたちは今日の成果を見せ合った。おれが手に入れたのは500ミリリットルのペットボトルの水が二本に缶詰四個。松田はレトルトカレーと他にいくつか手にし、上機嫌な様子だった。

 おれがため息をつくと、松田がおれの肩に腕を乗せて言った。


「仕方ないだろう。ワンフロアごとに配られる支援物資の数は決まっているんだから。今となっちゃ、おれらは最下層。少ないのも当然だ。いずれここもヘドロ、ドロドロドロだ。ははひひひひっ」


 それを諦念と言うんだ、とおれは口にする気が起きなかった。


「ひひひ、次は何を食べよ―かなぁ……ん、あ、お、おい!」


 おれは立ち上がり、吹き抜けから顔を出し、下に向かって缶詰を一つ放り投げた。

 

「もったいねぇぇぇ。なーにしてんだよ。お前、おかしいぞ。あーあ、次はもっと少ないかもしれないんだぞ。いーや、来ないかもしれない」


「そうだな」


 おれは階下に弛む汚泥を見つめ、そう答えた。


 ある時、日本列島を襲った大地震により、国土のほとんどが水没し、さらに地盤が液状化した。この大惨事に対して政府がどのような対応をしたかというと、匙を投げた。『ああ、もう無理! やーめた!』実際そう言ったかどうかはわからない。たぶん、『しっかりと注視していく』とかだった気がする。ただ、それが幼児退行を引き起こしてもおかしくはなかった。被災直後、その凄まじい崩壊具合に誰もがこの国の終わりを確信し、笑うしかなかったのだ。

 この国を襲った地震は、他国にも多大な被害を与え、津波、噴火、新たな地震を引き起こし、さらには戦争まで誘発した。その結果、他の国に救済の手を回す余裕がない状況になった。

 政治家や皇族などの要人は、残った陸地に移り住み、日夜、復興に向けた議論を交わしているらしい。ヘリコプターでの支援物資の運搬もその復興政策のうちの一つだが、いつまで続くことか。

 その他の生き延びた人々は、ほとんどの建物が水没し泥に沈んでいる中、まだ形を保っているこのタワーマンションのような場所に避難した。

 電気は発電システムから供給され、生活用水は雨水を利用している。しかし、その恩恵を受けられるのは上階から順にだ。ほぼ崩壊したこの国が一応の体裁を保っているのと同じく、我々もこの格差を文明として縋り、従うことにより人間性を保っているのかもしれない。無秩序よりはマシだ、と。階下で起きたあの惨事を思い出すと、そう思う。

 支援物資は屋上にヘリで輸送される。それはトイレに流した糞のように一階一階、各フロアへと降りていき、住民たちに分配されていく。ゆえに、ここに来るころには段ボール箱が三つ。それを数十人で奪い合うことになるわけだ。だが、それは嘆くことではなく、むしろほっとするところだ。物資を残しておいてくれたこと、そして上の階にもまだ人間性が残っていることに。もっとも、こちらの人間性が失われることを恐れているのか、あるいは蔑む対象を失いたくないからかもしれない。卑屈な考えだが。


「なにボーっとしてんだよ。まだ、彼女のことを考えているのか?」


 違うが、おれは松田の問いに「ああ」と答えた。否定するのが面倒だった。それに、言われたら彼女の顔が浮かんだ。

 彼女はおれが勤める会社の上司の娘で、ほとんど婚約していたと言ってもいい。もちろん、あの大災害の前の話だが。おれと彼女はこのタワーマンションで出会い、そして意気投合した。今と同じように階層は違ったが、そんなのは若さが埋めてくれた。おれと彼女の父親が同じ企業に勤めていることを知ると、二人の仲はより深まった。おれは運命とさえ思った。

 だが今、あるいは昔から彼女は上の階層の人間だ。会う回数は日が経つにつれ減っていき、そして昨日がおそらく最後だったのだろう。彼女がおれを見る目はこの階に住む連中に向けるものと同じだった。彼女は階級意識に染まっていた。あるいは、おれがここに染まっていたのか、その両方か。おれはどうなのだろう。上に平伏し、下を見下してはいないだろうか。


「……あっ」


「ん? どした?」


「いや……今、何か動いたような」


「何か動いたって……下か? いや、あの日から何日経つよ。さすがに誰も生き残っちゃいないだろう。それに、あの地震でヤバイ破棄物だのなんだのが流出したっていうしなぁ……あ、お、おい! 気でも狂ったのかよ!」


 おれは缶詰をもう一つ、下に放り投げた。

 汚泥に染まった音がした。


「やっぱり、近くなってるよなぁ……」


 おれがそう言うと、松田がため息をついた。


「水位が上がってるのか、このマンションが沈んでるのか、どっちかはわからねーけどな」


「近いかもな……」


「ああ」


 近い。その意味を松田も悟ったようで、二人で上を見上げた。

 このフロアもいずれ存在しなかったものとされるだろう。その上も、やがてその上も……。這い上がるには遠く険しく、それでもその時が来たら準備をし、『挑戦』してみようか。


「おっ、見ろよ。一つ上の階の連中がこっちを見てるぞ」


「ああ……あれは、槍か?」


「もう一人出てきた。包丁も持ってるな。ははは、威嚇してやがるよ」


 ――オー、オー、オーオー、オー、オー


 上の階の連中が歌を歌い始めた。来るなら来い、か。

『挑戦』。ここの住民たちはそれをそう呼んでいる。制度と称するには欠けているその習わしは、平たく言えば階下から一つ上の階への不法侵入のことだ。

 階段はバリケードが設置されており、そこを通ることは不可能だが、吹き抜けの柵に立ち、飛び上がって上階の柵の下、ほんの数センチの隙間に手を掛ければ上ることは可能だ。

 しかし、それを一つ上の階の住人が黙って見ているはずがない。連中は武装しており、気づかれればすぐさま下に叩き落されるだろう。飯の食い扶持が一人増えることをよく思う人間がいるはずもない。

 それでも何とかよじ登り、そしていつか彼女のもとにたどり着けたとしたら……。だが、その時、彼女は一体どんな顔を見せるのだろうか。想像するとなぜか虚しい気持ちになり、ため息をついた。

 汚泥から音がした。おれはそれが「ありがとう」と言ったような気がした。


 近い。そうは言ったが、おれの予想よりも早くその時が訪れた。だが、悪いことというのはそういうものだ。

 吹き抜けの下、溜まった汚泥に光沢と呑み込まれた板や自転車などがはっきりと目視できるようになった。思い返せばこの生活も始めは清潔感を保とうと住人たちの間で努力が見られた。しかし、今となっては見る影もなく、フロア全体が薄汚れており、臭気はこの鼻を麻痺させている。

 配給日。いつものように、この階の住人全員が広場に集まり、エレベーターをじっと見つめていた。だが、その扉が開くことはなかった。一つ上の階で開く音がし、連中の歓声に耳を済ませ、ああ、やっと次は我々の番だと待っていただけに全員が呆気にとられた。

 最上階の連中が我々への供給を断った。しかし、それは食料だけではなかった。この階に点いていた照明が消え、暗闇の中、我々は絶望し、叫び、涙を流した。


「はーっはっはっは!」

「人ならず! 人ならず!」

「泥! 泥! 泥泥泥!」


 床を踏み鳴らし、おれたちを煽る声が頭上から響いてきた。いずれ、お前たちもその時が来るのだ。しかし、それがわからないほど連中は間抜けではない。わかっているからこそ、あの態度なのだ。現実逃避。自分たちはまだ大丈夫だと我々を見下し、少しでも安心したいのだ。


「あああぁぁ! う!」


 この階の住人の一人が柵の上に乗り、上階に飛び移ろうと試みた。しかし、物干し竿の先に包丁を取りつけた自作の槍で目を突かれ、彼は仰け反った拍子にそのまま落下していった。

 

「来れば殺すぞぉう!」

「ははははははは!」

「来いよ! おら来いよ! 殺してやる!」


 一つ上の階の連中は今後、昼夜を問わず交代で見張りを立てることだろう。おれたちもそうしたからわかる。かつて廃止が決まり、絶望の中、目を剥き、這い上がろうとする階下の連中をおれたちは奈落へと突き落としたのだ。

 

 最初の一人が犠牲となってから、しばらく経っても誰も上に登ろうとはしなかった。

 ただ自室に引きこもるか、共有スペースで何も言わず目だけで互いの存在を確認し、孤独を慰めるか。おれは時折、上を覗き込むように柵から身を乗り出す。おれがいるフロアが廃止されたことは彼女も知っているだろう。だから、おれがどうしているか気になっているのではないか。こうしていれば彼女と目が合うんじゃないか、そう思ったからだ。

 しかし、彼女が姿を見せることはなかった。上から尿が降り注いできたので、おれが柵から離れると、おれを見ていたであろう者たちが「根性なし……」とぼやいた。おそらく、おれが上に登ろうとしたのだと思ったのだろう。今ここで行われているのは互いを見下すことだけだ。

 だが、根性なし、か。確かにそうだ。そう思ってもおれは虚しく壁にもたれ、膝を抱えていた。

 


「……なぁ、生きてるかぁ?」


「……ああ」


「そうかぁ……」


「そうだな……」


 あれから、どれくらい時間が経っただろう。腹が減り、思考が鈍くなってきて、まともに会話することもできなくなってきた。


「おれはぁ、しばらく部屋に篭るよ……。そろそろあれが始まるからなぁ」


「あれって……」


「ふはっ、お前も下の階の時、見ただろう。共食いだよ」


「ああ……忘れてたよ……」


「お前のことは食わないでやるよ。死体でもな」


「そりゃありがたい」


「まあ、こう暗くちゃ、見間違えることもあるかもしれないがな。じゃあ達者でな……」


 松田はそう言うと、よたよたと歩いて行った。一度振り返り、こちらを見た。暗くて顔までは見えなかったが、その姿はまるで自分の寿命を察した野良猫のようだった。だが、おれも同じような姿をしていたのかもしれない。

 

 おれは彼女を待ち続けた。エレベーターから、あるいは吹き抜けから天使のように翼をはためかせて降りてくる。そんな想像をした。どちらも有り得ないことだが。

 せめて彼女と夢で会えたらと、毎回、これが最後になるかもしれないと思いながら瞼を閉じ眠る。

 そしてある時、こんな夢を見た。

 真夜中。吹き抜けの柵、その下の隙間に手をかけ、汚泥から何かが登って来た。それは背中を曲げて、きょろきょろと月明かりと篝火のような上階の廊下の灯りにどこか落ち着かない様子で、こちらに向かって歩いてくる。滴り落ちる泥水の音が雨音のようで、どこか心地良い。

 それはおれの前まで来くるとしゃがみ込み、そして、取り出した何かを置いた。

 丸い。おれが手に取り、汚れを落とすように撫でると、それは柑橘系の果物のようだった。

 どうやら、おれにくれるらしい。おれは礼を言った。声が嗄れ、実際に言えたかどうかはわからないが、向こうには伝わったようで、嬉しそうな感じがした。

 でも、おれはその果物を返した。もういいのだ。欲しいもの以外は何もいらない。そして、そうすることで本当に欲しいものが手に入る。根拠はないがそんな気がしていたのだ。


 ――本当に欲しいものって?


 それが、おれに問いかける。おれは答えた。伝わったかどうかは知らない。

 それは階下、汚泥の中へ帰っていった。

 不思議な夢だった。嫌ではなかったが。朝、目を覚ますと吹き抜けから点々と、泥の痕がおれに向かって続いていた。


 それからまた眠った。何回か夢を見た気がするが、その内容は覚えていない。たぶん、彼女は一度も出て来なかった。

 そして、ある時おれは悲鳴に起こされた。相変わらず暗いが夜らしい。月の光の柱が見える。悲鳴とは対照的に静謐な感じがした。さあ、いよいよ共食いの時か。おれはそう思った。食われる前に、こちらも一噛みくらいしてやろうかとも思った。しかし、違った。

  

「かた、傾いているぞ!」

「地盤沈下だ!」

「あああああああ!」


 上階から、蝙蝠のような声が聞こえてきた。

 空腹からくる目眩ではなく、確かにマンションそのものが傾いていた。やがて、それは顕著になった。おれは座っていられなくなり、転がり落ちそうになったが、必死に柵にしがみ付いた。ふと汚泥を見下ろすと、そこに何かが見えた。泥まみれだがそれは長い髪をしている、女のようであった。わずかに届く月明りの下で、それと目が合うと、それは指を差した。

 おれはその指の先を見つめた。上だ。ああ、確かに今ならベランダから外に出て、外壁を伝って上層階まで行けるかもしれない。

 お前がやってくれたのか? 仲間たちに頼んで動かしてくれたのか?

 おれが視線を戻すとそれは泡だけを残し、消えていた。

 おれは迷った。上に進むべきなのか、それとも下に進むべきなのか。

 どちらも行けばいい。すでにこのフロア、それに上の階とそのまた上と、住人たちが物資を求め、上層階を目指しているようで、外の方から嬌声が聞こえた。

 おれもベランダから外に出て、月に向かって傾斜を登り始めた。

 また傾いた。また沈む、沈む。しかし、おれの中に恐れはなかった。ただ、それはどちらの彼女のおかげだろうか。

 それもきっと、もうすぐわかることだ。 

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