金髪のルーシー外伝
金髪のルーシー外伝
これは大した話ではないのだが、ちょっとしたこぼれ話があったので、ひとつ久しぶりに筆をとってみた。
『金髪のルーシー』という作品の後の話なので、まだ見ていないという方は考慮していただきたい。
俺、勇者とルーシー、クリス、フラウ、スコットにシモン。そして元凶リーヴァを加えた面々はアルビオンの特別捜査室にてデスクワークという地味な作業をしている。
セイラ達10人はその類い稀な能力を活かして大陸中を飛び回ってもらっている。
エピローグで語ったそういう状況だ。
さて、『金髪のルーシー』作中にキシリアとのエピソードの中で騎士と姫の絵本の話題を出したことを覚えているだろうか?
特に作品に関係ある話では無かったのだが、俺の人格形成に一役かっていたであろう話なので挙げさせてもらった。
以下、その引用を再び書かせていただく。
彼女を見ていると、ふと幼い頃に見た絵本のことを思い出した。
もちろんクリス達が見ていた妙なモノではなく、子供が見る短いおとぎ話が描かれたものだ。
どこかの国のお姫様が悪い竜に拐われてそれを騎士が救い出すというごく単純な話だった。
騎士は姫を追って火の山を超え、氷の湖を渡り、風の森を抜け、竜の棲む深い大地の穴蔵に辿り着き、竜との死闘の末、姫を取り戻す。
ただそれだけの数ページの絵本だったが、幼い俺達、俺とアーサーとアンナはその絵本の出来事を真似てよく遊んだものだ。俺とアーサーは持ち回りで騎士と竜の役をやり、アンナはお姫様役がお決まりだった。
あの時アーサーはアンナにお姫様役は似合わないと文句を言っていて、アンナは怒っていたが、今思えばアーサーはアンナの騎士に、アンナはアーサーのお姫様になったんだな。
懐かしい思い出だ。一度二人をちゃんと祝福してやるために会いに行かなければな。
だが、子供の頃に繰り返し遊んだ絵本の内容は騎士が竜を倒すまでの話で、その話のあと、絵本の結末を思い出せない。いったいあの二人は最後にどうなったのだったか。
本のタイトルを思い出せない。作者も意識したこともない。本自体も4年前に封鎖された村の家でその時あったか無くなっていたかもわからない。
あったとしてもモンスターの攻撃で潰された家が雨ざらしで、原形を留めているかも怪しい。
何か心にポッカリと穴が空いたような気持ちになる。
ここまでが最初に記した話。
その後、キシリアとの出来事を経て結末を思い出したのだった。
さらに引用。
頭を振り、考えないように思考を別の事に切り換えようとして、ふと思い出してしまった。
幼少の頃、俺とアーサー、アンナが見ていた絵本の続きを。
竜に拐われたお姫様を救う騎士の話を。
以前にも書いたが単純な話だった。
騎士が拐われたお姫様を追って火の山を超え、氷の湖を渡り、風の森を抜け、竜の棲む深い大地の穴蔵に辿り着き、竜との死闘の末、姫を取り戻す。
そこまでは覚えていたと書いた。
その続きを今思い出した。
幼少の俺達はその続きの話に納得できなくて、不満だった。だからこの物語と切り離して別の物語として封印してしまったんだ。
物理的にも、ページが破られ、黒く塗り潰されていた記憶がある。
この作者はいったい何を考えてそういった結末を書いたのだろうか?
今も分からない。
姫を救いだした騎士は、来た道を逆にたどり、険しい道のりを進み王国へと帰っていく。
手と手を取り合い、苦難の道筋を越える二人は次第に恋が芽生えていく。
もう少しで王国に辿り着けそうになった頃、姫は自害してこの世を去ってしまう。
騎士は流浪の者。位の違う彼とは一緒には居られない。王国に戻れば褒美を貰い遠くに行ってしまう。
きっと自分の事を忘れてしまうだろう。だから一緒に居れるこの時に死んでしまおう。
騎士は嘆き悲しんで王国に戻らず、姫の亡骸を抱いてどこかに行ってしまった。
こんな話を納得できるはずもない。
誰も報われない。誰も幸せにならない。
という話だった。
だが、今この話を振り返ったとき、俺は一つ書き忘れていた事があったのに気がついた。
いや、絵本に書かれていた内容自体はこれで終わりだ。
文章に付け加える事はない。
しかしこれは絵本だ。
ゆえに全てのページに挿し絵がある。
地の文には書かれていないものもある。
そう、実は騎士には一人の連れがいた。
彼、あるいは彼女は何者なのか文章には一切紹介されていない。
この人物は絵本の挿し絵にてバケツを逆さにしたような兜をかぶり、鍋を平らにしたような丸い鎧を胸に着けて、馬上の騎士の隣に常に付き従っていたのだった。
ある時は騎士の足元にしりもちを着き怯えるような素振りで、ある時は指先を伸ばし道を探す手伝いをし、ある時は勇敢に戦いを挑むよう騎士と共に敵に向かっていっていた。
この人物は何なのか?
俺はふと気になってしまった。
ある時仕事終わりに城下町の飲み屋のカウンターで夕食をとっていると、キシリアが入ってきて俺の隣に座った。
「ご一緒してもよろしいですか?」
「ああ、もちろん・・・だけど、君は食事はいらないんだろ?」
「ええ、そうですけれど・・・。勇者さんが入っていくのが見えたので、お話したいと思いまして」
「あははは。嬉しいよ」
普段食事をとらない魔人である彼女達と食事処で会うのは珍しかった。
ちょっと照れたようにうつむくキシリア。
さすがに人目を気にしてか、腕を組んでくることはなかった。
俺は以前キシリアにも少し騎士と姫の絵本の話をしていたので、最近気になった上記の話をしてみた。話していなかった結末を含めて。
「あら、そういうお話だったんですか?」
「ああ。結末はちょっとどうかと思うだろ?」
「ええ。お姫様を助けてハッピーエンドではいけなかったんでしょうか?」
「本当にな」
「だからってページを破いて黒く塗り潰すなんて、勇者さんもやんちゃだったんですね。ウフフ」
「子供の頃の話だからな」
「ウフフ。でも不思議ですね。一切何者か書かれていない人物なんて。従者なのでしょうけど、家来なのか親友なのか、それとも兄弟・・・」
「子供ってこともあり得るかもな。いや、書かれていないのだから答えは無いか」
「結末のやりきれなさと合わせて、作者は何を思って描いたのでしょうね。その絵本を」
「うーん・・・。あ!違うぞ。一切役割を与えられて無いんじゃない!結末に王国に戻り王様に事の次第を報告したのはこの従者だ!」
「へー」
「結末自体忘れていたから仕方ないが、一つ役割があったのを思い出したよ。ラストは報告に悲観する王様で終わるんだった」
「そうなんですね。どうしてお供していた騎士さんと別れたのでしょう?」
「ん?」
俺は考えもしなかったキシリアの疑問に、言葉に詰まって一瞬考えた。
「さすがに重要な報告をせずにはいられなかったんじゃないかな・・・」
絵本の中の話だというのに、どちらかというと現実的な理由しか思いつかずにそう答えた。
「その絵本はいつ頃に描かれたものなのでしょうか?」
「さーてなー。俺が子供の頃に家にあったものだから、それよりももっと前からあったものかもしれないし、タイトルもなんとなくそうだったような気がしてるだけで、正確にはわからないし、作者もわからない」
「わたくしもなんだか気になってきました。一度その絵本を見てみたいです」
「ハハハ。版がいくつもあるものかもわからないけどな」
そんな会話をしてその時この話題は終わった。
あとは俺が今住んでる酒場兼宿屋がさすがに狭いし城から遠いしでそろそろ引っ越しを考えているとか、キシリア達の最近の様子を聞いたりしてその日は別れた。
後日。
その酒場での何気ない会話から5日後だったか。その昼過ぎ。
王城の左側、総務局本部3階にある特別捜査室。俺達はこのところ毎日やっている各地からの手紙の精査と分別と、といういつものデスクワークに精を出していた。
大きくない部屋の中央に木製の大きなテーブルが一つあって、それをリーヴァ以外の6人が囲むように木製の椅子が並んでいる。
テーブルの上には手紙が山積みになって、それを冒頭で紹介したいつものメンバーが黙々と手紙に目を通し、これはこうだとか、あれがあれだとかルーシーとリーヴァの姉妹に関するであろう情報を取捨選択していくのだった。
するといきなりドアを開けて、キシリアが入ってきた。
手に何かを持っている。
俺達は全員何事かと入ってきたキシリアに視線を送る。
「勇者さん。ありました。見つけましたよ」
キシリアはみんなの視線に一切構わず俺に近寄ってきた。
何の事かと手に持って差し出された本に目をやると、あっと叫んでそれを受け取った。
「見つけたのか!これだこれ!懐かしいなぁー!」
俺も他のみんなの視線に一切構わずに大声で叫んだ。
そう。キシリアに話した例の絵本。俺の幼少の頃からのバイブルと言ってもいい『騎士と姫』というタイトルの絵本だった。
子供の頃は全く意識していなかったが、作者の名はトミーとだけ書かれている。
俺は最後のページを開いた。黒く塗り潰されてもページが破れてもいない、完全な形の絵本だった。当然ではあるが実際に子供の頃に読んでいた俺のものではない。
あの頃は大きな絵本だったと思っていたが、大人になった今手にすると小脇に抱えられる程度の大きさだ。目の前全てに広がるほどの広大な存在感はない。
当たり前なのだろうが少し寂しくもある。
冒頭からページを繰って中を改める。
古い物であるためこの本自体もボロボロだが、この状態で見るのは懐かしさを通り越して新鮮でさえある。
「わざわざ探してくれたのか?ありがとう。これもらっていいのかな?」
「はい。探しました。勇者さんにプレゼントするために探したんですから、どうぞ受け取って下さい」
「どこにあったんだ?古い本だろうに、よく見つけたなー」
「古い本屋さんを訊ねて回って置いてある所を見つけたんです」
「ありがとう。いやー懐かしい。嬉しいよ」
俺が感激していると、キシリアはハグをねだるように手を広げて俺の目の前に立った。
俺はそれをあえて無視して絵本をペラペラめくって読んでいる。
ちょっとしゅんとしたキシリアには申し訳ないが、みんなが見ている前でそれは恥ずかしいよ。
「勇者様なーに、それ?」
ルーシーが聞いてきた。
「子供の頃に家にあった絵本なんだ。それと同じものをわざわざ探して来てくれたらしい」
「え?勇者、私なんにも聞いてないよ。どうしてキシリアだけ話したの?」
クリスがご機嫌ななめになったようだ。
「いや、別に絵本の話なんて誰彼構わず話回ったりしないよ。たまたま話題に出ただけで・・・」
「私も絵本探して勇者を喜ばせたかった。勇者に誉めてもらいたかったよ」
「クリスにはじゅうぶん働いてもらってるし、俺はじゅうぶん喜んでるよ」
「ふーん」
どうして絵本が話題に出たのかを言うとめんどくさそうだ。
キシリアがこの絵本に出てくる姫に雰囲気が似ていたからだが、変に突っ込まれそうなので黙っておこう。
とにかく一応納得してくれたようなので、後でフォローでもしておこう。
「運良くたまたま見つけただけですから、探すのは大変だったと思いますよ?」
キシリアが謙遜しているが、逆に結構頑張ってくれたのだと推察される。
こちらもお礼を考えとかなければ。
「どんな絵本なんですか?」
フラウが絵本の方に興味を抱いたようだ。
俺はフラウとルーシーの間に本を差し出した。
二人はそれを受け取り顔を寄せ合ってテーブルに置いたままパラパラと絵本をめくって読んでいる。
興味有り気にそれを眺めるスコット、シモン、クリス。ちょっと離れたデスクに座っているリーヴァもチラチラ見ている。
俺は内容を語って聞かせた。
大して長い話でもないので回して読むより早いだろう。
最初は子供向けのよくある話だと思って大したリアクションではなかったが、姫が自害した辺りから不評に偏った。
「なんですか?その変な結末は?」
「ハハハ。だいぶ変わった話だったようですね」
シモンは不満を爆発させ、スコットは大笑いした。
「子供向けの絵本とは思えませんね」
「ほんとねー。作者は何がやりたかったのかしらね」
フラウとルーシーからも不評の声がもれたようだ。
「勇者こんな本見てたの?」
クリスからは俺に軽蔑の眼差しが向けられている。
「いや、俺も子供心に納得いってなかったから、姫が助けられた後のページは破って黒く塗り潰していたよ」
「それが正解ですよー。そんな後味悪い結末胸が悪くなりますもん」
子供の頃の俺の行動にシモンが賛同してくれた。
シモンはよほどこの結末に納得いかなかったらしい。普段実直な彼女だが、根はロマンチストなのだろう。
「わたくしも本屋さんで内容を見せてもらったのですが、勇者さんの言う通り、最初から騎士さんと共にご一緒している従者さんは何者なのか全く紹介されていませんでしたね」
キシリアがこの前俺が疑問にしていた問題を口にした。
やはり記憶違いではなかったのか。俺も今ペラペラめくって確認したが、何者なのか書かれてはいないようだった。
別視点の問題提起に本の内容にもう一度興味をもってページをめくるフラウとルーシー。
「まあ絵本としての見栄えというか、にぎやかしとして人物を書き加えたってところだろうな。この従者のコミカルな動きに子供の頃は面白がっていた記憶もあるよ」
「バケツをかぶったり子供が真似できそうですしね」
俺の推測にフラウが付け加えた。
「書いてないんだからそんな人物は最初からいなかったんじゃない?」
ルーシーが意外なことを言い出した。
「いやいや、何者なのかは書かれてはいないが最後に王国に戻って王様に報告はしているんだよ」
俺はルーシーの間違いを指摘した。
「兜を被っているんだから全てのページに出てくる人物が同じとは限らない。そして騎士と姫というタイトルの結末に騎士も姫も出てこないというのも不自然。それから考えると最後に王様に報告しに行ったのは兜を被った騎士本人なんじゃないかしら?」
ルーシーは続けて超解釈を述べる。
呆気にとられて顔を見回す俺達。
「ちょっと待ってくれ。従者は姫が悲恋を苦に自害したこと、騎士がどこかに旅立ったことを報告しているんだぞ?それを騎士本人が報告しているのは、それこそ不自然じゃないか」
「なんでそんな嘘をついたのか?それはもう一つの嘘を隠すためよ」
まさか・・・。
「姫は自害などしていない・・・」
このまま王国に戻っても二人が結ばれる事はない。
そのまま二人で逃げてしまってもドラゴンを倒し姫を連れ戻すよう命令を受けた自分と同じように、新たな追っ手が迫ってくるだろう。
そう考えた二人は姫が自害したことにして王国からの逃避行を企てる・・・。
突然自害するより現実的なのかもしれない・・・。
つまり、騎士と姫は恋愛状態にあり、結ばれることの無いゆえこの国から消えますと堂々と王様に宣言しに行ったということだ・・・。
部屋に居た一同あっという感じで沸き立った。
キシリアは俺に抱きついてきた。
「勇者さん!二人はハッピーエンドだったのですね!?」
「あ、ああ・・・」
なぜか感激しているキシリアに俺は腑抜けた返事を返すことしかできなかった。
「さあ、私の妄想かもしれないけどね」
ルーシーが落ち着いて話す。
「国を捨て、得られるであろう名声と富を捨てて、愛に生きる。感動的な話ね」
リーヴァが口をはさんだ。
「いいです!いいです!その方が絶対いい!」
「本当に変わった話みたいですねぇ・・・」
打って変わって興奮するシモンに冷静になるスコット。
「私も賛成です。でもそうだとしたらこの作者さんトミーの思惑は随分鬱積してますね。こんなややこしくわかりにくい書き方をしなくてもいいのに」
フラウが呆れたように言う。
「そうだな。それならそうと最後に描いてくれればスッキリ読み終えられるのにな」
俺は不平を訴えた。
「きっと真実を追い求める者だけが本当の幸せに辿り着くという作者さんのメッセージなんです。こうやって子供の頃からこのお話を覚えて語っていただいた勇者さんへのご褒美なんだと思います」
「それは考えすぎじゃないかな・・・。気づいたのはルーシーだし・・・」
俺はベッタリ俺の肩に抱きつくキシリアをどうしたものか横目で見ながら言った。
「キシリア、勇者に抱きついてカワウソみたいだね。いつまで抱きついてるの?」
クリスが昔カワウソと言われたことを根にもってキシリアに言い返す。
カワウソと言ったのはキシリアではないが。
「でもありがとう。胸がすく思いだよ。きっとルーシーが言うんだからそうに違いない。子供の頃から不満に思っていた騎士と姫の物語は読者にさえ秘密に隠されたハッピーエンドだった。憧れた騎士と姫は結末の先に新たな物語を紡いでくれていた。俺の中の英雄が堂々と帰ってきてくれた気分だ。不敵な笑みを浮かべてな。探してくれたキシリアも。感謝しかない。本当にありがとう」
どこかで馬の蹄の音が聞こえたような、そんなひとときだった。