尻尾が落ち着かないです…(1)
かなり歩きました…
日が落ちる前には、人間どもの開拓拠点にたどり着くことが出来た。
森を拓いた集落である。都を中心にして、人間どもは穢れで満ちた土地を、少しずつ自分たちにとって住みやすい環境に変えようと努力しているのだ。
結果、おれさまの縄張りにまで踏み込み、あげく仲間を見捨てて逃げた。
置き去りにされた間抜けは、連中がカナリアと呼ぶ者。
肩書きこそ聖なる修道女だが、実体は穢れを押し付けられ、社会的にも肉体的にも自由の無い存在である。
人間どもが『黒い穢れ』と呼ぶ病に、治療法は無い。
感染が進むほど、肉体と精神は蝕まれ、果ては穢れそのものとなって、命と自我を失う。
穢れはどこにでも存在する。
水や空気、土や草花、あらゆる生き物……これを完全に遮断する方法は、おそらく無い。
しかし穢れにも規則性がある。そして穢れは、互いに結びつく性質を持っている。
穢れが集まるところに、周囲の穢れも引き寄せられる。
それを知った人間どもは、あえて感染者を生かしておくことにした。
感染の進んだ人間が一人居るだけで、周囲の人間は穢れずに済むからだ。
感染しやすいのは、身体の抵抗力が弱く、劣悪な環境化で育った人間。
そういった病人や孤児どもは、治療を受けるどころか、死ぬまで他の人間どものために生かされている。
連中は、自他共に『カナリア』という。
おれの前に捨てられた女もそのひとり。
両手の自由を失ってなお、未開地の調査に同行していたのは、周囲の穢れから仲間を守るため。
万が一、おれのような穢れの塊が現れた時の、囮となるためである。
……実際のところ、囮どころか、ただの捨て駒だったが……。
念のため、開拓拠点に戻る道中、襲撃を警戒していたのだが、逃げた連中は待ち伏せするどころか、罠さえも仕掛けておらず、ただ一直線に引き返しただけらしい。
仲間を引き連れて戻ってくることも考えたが、全て杞憂。
霧雨に残る足跡が、そう物語っていた……。
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『見張りが居るな』
「え、本当ですか? 無事に戻ってこられたのですね、良かったぁ」
奴隷が駆け出そうとしたので、おれは『待て』と尻尾に命じた。
「んぎゅぅ……う、動けないぃ……」
『当然だ。尻尾をそこの樹に結んだ』
「――な、何で? というか私の尻尾、勝手に動かせるのですか?」
『元はおれの尻尾だ。おれときさまは尻尾で繋がっていると言っただろう、もう忘れたか?』
「わ、忘れてました……」
『……とにかく、おれは人間どもにとって敵で、きさまはおれの奴隷。きさまにはおれさまを養い、守る義務がある。引き換えにおれはきさまの生命と人格を保障する。分かるな?』
「えっと…………はい、多分…………」
『では問題。見知らぬ白猫を担ぐ尻尾を生やしたきさまが堂々とやつらの前に戻るとしよう。さて、連中は何と言う?』
「猫さん可愛い」
『よし、正解するまで尻尾はそのままだ』
「なぜですかっ!」
猫は尻尾でものを言う。