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カナリアは、もう啼かない!  作者: 愛章
1章 おれさまは、猫である
3/46

今日から奴隷!(2)

尻尾が身体に入ったような……

「い、今、何をしたんですか……!」


 女がようやく口を利いた。

 身体と身体が尻尾で繋がったためか、全身の硬直が解けたのだろう。


『きままが何も喋らないから、直接覗いてみたまでだ』


 おかげで、人間どもの穢れに関する知識や扱いから、なぜこいつが置き去りにされたのかは理解できた。

 罠でも囮でもない。単純にこいつが穢れたカナリアだから、穢れの塊であるおれが真っ先に襲うだろうと、逃げた連中はもちろん、こいつ自身もそう考えていたらしい。

 判断そのものは正しい。

 しかし、認識が間違っている。


「よく分かりませんが……まだ腰のあたりがむずむずします」


『おれさまの身体は、きさまらの言う穢れで出来ている』

 言いながら、おれは女の膝の上にのしかかる。

『だから、見た目や大きさもある程度は思いのままだ』


「小さくなった?」


『これが本来の形だ』

 おれが宿り、おれが成り代わった、白猫の生き姿。

『どうだ、恐ろしいか?』


「……むしろ可愛いです。真っ白な毛に、真っ青な瞳……。さっきまであんなに大きくて、尻尾なんて三つもあったのに……」

『尻尾の数は変わっていない』

「え、でも二本しか……」

『あるだろう、きさまの後ろにもうひとつ』


 女を蝕んでいる穢れを調べるために、繋げた一本の尻尾。

 それをおれは自分から切り離し、女の身体に残しておいたのだ。


「は、生えてる! 黒くてふわふわしたのが動いてる――!」


 泣き叫び、うろたえる様は、なかなか見ものだった。

 が、せっかく植えつけた尻尾を傷つけられては元も子も無い。


『――まぁ、落ち着け』

 おれは女の手に爪を立てる。

『別にからかうためだけに、尻尾を残したわけではない。よく見ろ、きさまの手を』


「いたた……傷になってますけど……」

『ほぉ、どこがどう痛む?』

「これです。あなたの爪が……あれ……」

『きさまは今まさに、穢れに食われている。皮膚に始まり、肉や骨にまで広がって、両手に至っては自由を奪われていたが……』


「――動いてる――私の手、私の指――!」


 穢れと呼んでいるものは、ただ宿主を食らうわけではない。

 食らうことで、そのものに成り代わるのだ。

 こいつの場合、両手のほとんどが穢れに食われていた。肘から先が切り落とされたように感覚を無くしているため、突き飛ばされても受身が取れず、立ち上がることさえままならなかったのだ。

 両手の自由を失った時間の長さだけ、感覚に慣れる必要だろう。


『とはいえ、きさまの身体は依然として……』

「ありがとうございます! 私なんかのために、大事な尻尾まで与えてくれて――!」


 あくびをしながら話していると、いきなり羽交い絞めされた。

 手加減なしの全力。しかも、ただの人間の腕ではない。穢れで出来た特別製。

 いかに穢れで構成された猫の身体といえども、同じ穢れで出来た物質ならダメージは受ける。場合によっては、霧散する。


 要するに、死ぬ……。


『…………苦しい……放せ…………』


 必死で腕をひっかくと、ようやく女はおれを解放した。


「――ご、ごご、ごめんなさい――!」


『……やはり身体ごと……あるいは思考を……』

 息を整えるように、身体を整える。

『……いや、それはそれで面倒だな……。無知な奴隷に近づきすぎたおれさまにも責任がある。今後は気をつけろ』


「……あの、大丈夫、ですか……?」

『おれさまが普通の猫なら、死んでいたところだ』

「……ごめんなさい……」

『まぁ……おれはきさまらの言うところのグリムだ。この程度でどうにかなるなど、頭にも無かったのだろう。普通ならそうだが、きさまの手は依然として穢れている』

「穢れ……でも、痛みや違和感は特に……」

『傷はどうした?』

「……きれいになってます……」

『きさまの身体を食らった穢れは消えて無くなったわけではない。ただ、おれの植えつけた尻尾に従っているだけだ』

「……つまり、私はあなたという大きな穢れの支配下にある……ということですか?」


 穢れに両手を食われ、支配権を奪われた経験が、現状を理解する助けになっているようだ。


『まぁ、おれさまには逆らわないことだ。尻尾で繋がっている以上、おれからは逃げられないし、きさまの思考も筒抜けだ。殺意を向けたその瞬間が最期だと思え』


「逃げませんし、殺しません」

 驚いて困惑しているのは、表情だけではないらしい。

「私を殺さないどころか、腕まで治してくれたような猫さんに、ひどいことなんてできるわけないじゃないですか」


『――本気で言っているのか? おれはきさまら人間にとって敵だぞ?』

「そう……かもですけど……でも、悪い猫さんには見えません。可愛いですし」

『……見た目は関係ないだろう……』

「確かに、最初の姿はものすごく恐ろしかったです。でもよくよく考えれば、顔とか目の色は同じでした。話しかけてくれたのに、怖がって返事もできなくてごめんなさい」

『…………』

「あ、でも……考えていること、分かっちゃう……ですよね。もしかして、全部でしょうか? だとしたら、ちょっと恥ずかしいかも、です……」


 卑屈に笑う。

 逃げるわけでも、抗うわけでもなく、ただ諦めているだけの笑顔。

 争うだけ無駄と考えている。

 幼少から見捨てられ、穢れた連中の一人として修道院に放り込まれ、両手の自由を失ってもなお、他人が生きるためだけに存在する。己がそういう生き物なのだと認識するのも当然だし、他に生きる術が見出せたとも思えない。

 無知で愚かで従順。

 ……でもなければ、穢れとこれまでも、そしてこれからも付き合うことはできない……か。


『いちいち考えを読んだりはしない。面倒で、うるさいだけだ』

「そうなんですか?」

『ウソをついているかどうかは、すぐに分かるがな』

「あ、それくらいでしたら平気です。ちょっと安心しました……」


 おれの言葉を信じていないわけではない。

 頭の中を覗かれたという感覚は残っているし、理解もしている。

 なのに、『安心』とは……。

 従順さは美徳だ。だから奴隷にした。

 ……しかしそれは誰にでも良い様に扱われるためではない。


『きさまには…………いや、きさまらには少々、教育が必要なようだな』

「へ?」

『おれを修道院とやらに案内しろ。きさまら腑抜けたカナリアどもに、穢れとは何かを教えてやる』

「…………もしかして、他の子たちも治してくれる…………ということですか?」

『治療ではない。きさまの手と同じようにするだけだ』

「……だけど、死なずに済むかもしれない……?」

『少なくとも、穢れに殺される可能性は減るだろうな』

「でもどうして? ここが猫さんのお家なのに、私たちなんかのために――」


『おれさまは猫だ』

 どかりと、女の膝で丸くなる。

『だらだら暮らし、ぐうたら寝て、気ままに生きるのが仕事だ。おれ自身が穢れでも、猫である本質までは変わらん。ここでの自由にも少々飽きた。おれさまの世話を焼け。きさまはそのための奴隷だ。文句あるか?』


「…………いいえ」

『では働け。おれさまを担いで帰るのが、きさまの最初の仕事だ。足の傷は治しておいたから、問題なかろう』

「いつの間に――何から何までありがとうございます、猫さん」

『……いい加減、猫さんは止めろ』

「あ、ごめんなさい。じゃあ、お名前を教えてください」


 おれは穢れだ。名前など無い。

 しかし、おれがおれである以前。

 おれが食らった宿主は、こう呼ばれていた……。


『……ネロ』

「ネロ様――。いいお名前ですね」

『…………』

「ちなみに私はユアと申します」

『知っているし、聞いていない。行くぞ、奴隷』

「――はい!」


 季節は初夏。正午過ぎ。

 かすかだが雨の匂いがした。


プロフィール


ユア(奴隷)

 AGE:18

 BLOOD TYPE:O型

 BLACK MANA:腕

『161㎝の修道女カナリア。栗毛のミディアムボブ。一言で表すなら、阿呆』


ネロ(おれ)

 AGE:忘れた

 BLOOD TYPE:無し

 BLACK MANA:全身

『基本は体長50㎝の白猫。伸縮自在(特に尻尾)。一言で、美しい…』

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