恋する瞳
「ケイト、こちらは僕の友人のダニエル。ダニエル、僕の大切な人ケイトリンだ」
「初めまして、ダニエルさま。ケイトリン・ハップストゥールです」
「お会い出来て光栄です。ダニエル・エッジウォイアです」
ダニエルとパーシヴァルは同じ年で、それぞれの親の領地が近かった。故に幼い時から交流があった、いわゆる幼馴染みである。
だが、ダニエルはとある事情で国内の学園には入らず、隣国に留学した。それからは勉強漬けの毎日で、なかなか帰国する機会もなく、パーシヴァルと会うのも随分と久しぶりだった。
ダニエルは、パーシヴァルが『大切な人』と紹介した令嬢の手にさりげなく視線を向けた。事前に仕入れた情報で、そこにあるであろうものを期待してのことだ。
だが、どの指にも予想していたそれはない。
―――おかしいな。この子に渡すのに指輪を作ったんじゃないのか?
指輪を注文したのは7か月前、パーシヴァルの手に渡ったのは半年前と聞いている。
―――まさかこの子とは遊び? ・・・な訳ないよな、パーシーに限って。
パーシヴァルの蕩けるような視線、緩んだ口元、そして近い立ち位置。全てが、パーシヴァルにとってケイトリンが特別だと語っている。
それで、ダニエルはケイトリンをダンスに誘うことにした。
フロアに立ち、ホールドを組む。当たり前だが、初対面のダニエルとケイトリンの表情は少々ぎこちない。
だがそれも、音楽が流れだし、ステップを踏むにつれ、体の緊張が解けていくのと同時に、気持ちもゆっくりとほぐれていった。
ケイトリンの瞳は綺麗な明るい緑色だった。宝石に例えるなら、正しくエメラルド。ダニエルが宝石店で口にした石のイメージそのままの美しい色だった。
そう、欲しかったけれど、今回は手に入らなかった宝石の色。
ダニエルが宝石店で聞いた話が間違っていないなら、パーシヴァルはこの令嬢のために指輪を注文した筈。
なのに、話がどうしてか繋がらない。ダニエルはまず金属アレルギーという線を考え、だがすぐに消した。目の前でイヤリングやネックレスを着けているからあり得ない。
「・・・令嬢はパーシーとはもう長いお付き合いで?」
ダニエルは、自分が隣国に行っていて、暫く会っていなかったと話してから話題を振ってみた。
美人で男性のあしらい方に慣れていそうな見た目に反し、ケイトリンはたったそれだけの質問で赤面し、目を泳がせた。
そして小さな声で、学園の1年生だった時にパーシヴァルから告白された事を話した。それが1年生の終わり頃で、今は卒業を半年後に控えた3年生。つまり付き合い始めてから1年と半年。
「そうですか、あのパーシーが告白・・・学年が変わって、ケイトリン嬢とクラスが別れるかもしれないと焦ったのかな。愛されてますね」
パーシヴァルの話題に目を輝かせ、赤面し、照れ笑いを浮かべる。その瞳は、まさしく恋する女性そのもので。
どこをどう見ても、ケイトリンもパーシヴァルにべた惚れだった。ダニエルの中で指輪の所在がますます謎として深まっていく。
だが、この場で指輪の話を持ち出すほど、ダニエルは空気が読めない男ではない。
パーシヴァルの誠実さを信じているし、まだ渡していないのにはそれなりの理由があるのだろうし、なによりプロポーズに他の男の介添えなど余計なお世話というものだ。
―――そう、この時はそう判断して、散々パーシヴァルの話題で盛り上がるだけで終わったのだが。
「あら? パーシーがいないわ」
「あれ、本当だ。どこに行ったんだろう」
2人でホール内を見回し、暫く待ってみたがパーシヴァルは現れず。
「もしかしたらお手洗いかもしれませんし、じきに戻ると思います。私も、今のうちにお化粧直しに行ってきますね」
パーシヴァルではない男と2人でいつまでも一緒にいてはよくないと思ったのだろう。会場の扉に向かうケイトリンを、ダニエルはにこやかに見送った。
その後、ダニエルは暫く会場に留まり、知り合いや友人と言葉を交わしていたのだが、やがてふと気づく。
ケイトリンが―――パーシヴァルもだが、会場に戻って来ていない。
パーシヴァルと合流できたのならそれでいい。だが、あの真面目なパーシヴァルが外に連れ出すだろうか。いや、パーシヴァルでも恋する男となった以上あるかもしれないが。
―――恋人との逢瀬ならそれでいい。だがもし、そうでなかったら?
気になる事は確認しないと気がすまない性質のダニエルは、廊下に出て女性用の化粧室がある方へと足を進めた。