ことの顛末
ストレッツァ伯爵家は、パーシヴァルの生家―――レナント伯爵領の小麦の取引き先の一つだった。
質も味もよく、王家や高位貴族の食事には必ずレナント産の小麦が選ばれる。高級レストランも同じだ。
故に常に需要があり、安定した値で取引きされる、いわば確実に収益がある品目の一つ。
その小麦の優先販売権、もしくは専売権をストレッツァ伯爵は手に入れようとしていた。
通常は条件提示による業務提携が一般的だが、ストレッツァ伯爵はそれよりずっと永続的で代償が少ないやり方を望んだ。そう、政略結婚による優遇だ。
幸い、ストレッツァ伯爵家の長女とレナント伯爵家の嫡男―――つまりデレイアとパーシヴァルは同じ年。
パーシヴァルがまだ幼い時に、既にストレッツァ家から婚約の打診があったらしい。
だが、その手の縁談はレナント家には山ほど届く。そしてレナント家は政略結婚に頼らずとも裕福だ。更にストレッツァ伯爵家との政略結婚で旨みがあるのはあちらだけ。なにしろ専売もしくは優先などしなくても、レナントの小麦は売れるから。
何より、パーシヴァルの両親は、嫡男ののんびりおっとりな性格を考えて、釣り書きで嫁を決めるより相性を重視しようと考えた。つまりは本人に選ばせる事にした。
『最低限、貴族ならいいよ。パーシーが好きになった子を連れておいで』
入学前までに好きな子ができる事はなく。
通学の為に王都のタウンハウスに移る息子に、レナント領にいる伯爵は、見送りでそう言ったらしい。
ストレッツァ伯爵家からの縁談の申し込みはその後も何回かあったそうだが、全てお断りしている。
レナント家にとっては多くあった申し込みの一つでしかないが、執念さでは目立っていた。
でも、その申し込みもパーシヴァルが学園に入学する数年前には来なくなったから、ストレッツァ伯爵令嬢を警戒していなかった。というか、申し込みの時点で親が断っていた為、本人はその話を知らなかったのだ。
だから、第二学年で同クラスになった時も、その他大勢の1人として平等に接していたし、裏があるとも思わずに、聞いた話を信じてしまった。
「ごめんね。そんなに何度もケイトに絡んでたなんて・・・暴力行為もあったんだろう?」
「押されたり突き飛ばされたりした程度よ。私がパーシーに相談しなかったのも悪かったの。デレイアさまはパーシーが好きなんだと思ってたから、申し訳ない気持ちもあったしね」
「実は僕のことを好きでも何でもなくて、純粋に小麦目当てだったけどね」
父からの手紙を読みあげていたパーシヴァルは、遠い目をしてそう言った。
「大体、僕がそんなにモテる訳ないんだよ。こんな全てにおいてそこそこな奴・・・しかもヘタレ・・・」
「っ! そ、そんな事ないわ! パーシーは、そりゃあ少し臆病で慎重なところはあるかもしれないけど、優しくて思いやりがあって素敵で、私は、だ、大好きなんだから!」
「・・・っ、ケイト、僕も、僕もケイトが大好きだ・・・っ」
「は~い、はいはい、そこのバカップル、そのくらいで終わりにしてくれないか。やっと婚約までこぎつけて、心置きなくイチャイチャしたいのは分かるけどさ」
互いの手をぎゅっと握り合い、見つめあって良い雰囲気になったところを、呆れ声のダニエルが止めに入った。
あの夜会から10日。
ダニエルは明日に留学先へと戻る予定だ。
彼のエメラルドはまだ手に入っていないが、卒業後に正式に婚約を結ぶ事になっている為、まだ探す時間はあると余裕の態度を崩していない。
実はダニエル、見かけによらず(?)純情一途な男である。
彼もまた伯爵家の嫡男である筈が、家族旅行で出かけた先で偶然出会った令嬢に一目惚れして、いきなり婿入りを志願したのだ。
惚れた令嬢の家が代々王家の専属医師を務めている事から、医療専門科がある隣国の学校に留学したという、なかなかの行動派なのである。
「今度、機会があったら紹介するよ」
そう言って笑うダニエルもまた、パーシヴァルとケイトリンに負けず劣らず幸せそうだ。
「それで、ストレッツァ伯爵家には抗議したって?」
「うん、そう書いてあるね。取引きも止めようと思ってるってさ。売る相手はいくらでもいるからって」
「うわぁ、一番の売れ筋商品が消える訳か。親だけでなく兄貴も一緒になって唆したから自業自得だけど、こんな結果になって今頃、伯爵家は大騒ぎだろうな。デレイア嬢とやらも終わったね」