プロローグ
少し距離を置いた立ち位置、遠慮がちなホールド、ぎこちない笑み。
そんなスタートで始まった2人のダンスは、曲の中盤に差し掛かる頃には緊張がすっかり解けて、親しげな空気へと変わっていた。
男性が何かを言えば女性が笑い、時には軽く口を尖らせたりして。
―――ついさっき、会ったばかりなのに。
一曲ダンスをする間にそんな簡単に仲が深まっていくものなのか、と2人の様子を眺めていたパーシヴァルの心が、小さく軋む音がした。
―――大丈夫、気にするな。心配し過ぎだ。踊り終わったら、すぐに戻って来るんだから。
パーシヴァルは自らに言い聞かせた。
独身の、婚約者でもない者同士は一曲しか踊れない。それが、この国の社交のルールだ。
―――それは、まだプロポーズできていないパーシヴァルにも言える事だけれど。
でも、とパーシヴァルは自分に言い聞かせる。
―――もうすぐ曲が終わって、ケイトは僕のところに帰って来る。そうしたら・・・
パーシヴァルは、ポケットにしまったままの、ずっと出番を待っている小箱を、まるで存在を確かめるようにそっと触れた。
―――今夜こそ、絶対に成功させる。そう、今夜こそ。
モダモダして、グダグダして、結局いつも失敗に終わるプロポーズを、今夜こそ。
そんな風に自分を鼓舞していたパーシヴァルは、フロアで踊る2人の変化に気づいた。雰囲気が明らかに変わったのだ。
男性が―――パーシヴァルの友人ダニエルが、女性―――パーシヴァルの最愛の人ケイトリンの耳元で何かを囁いた。
するとケイトリンは頬を赤く染め、少し潤んだ目でダニエルを見上げて。
それから、ケイトリンがダニエルに何かを言って。
ますますケイトリンは赤くなって。
拗ねたように視線を逸らし、けれどすぐにダニエルへと戻して。
なんだか、とっても可愛らしい顔でダニエルを見つめた。
そして。
そしてダニエルは、そんなケイトリンを見て驚いたように目を見開いて、けどすぐに嬉しそうに笑ったのだ。
「・・・っ」
―――なんで。
どうして2人して、そんな顔をして見つめ合っているの?
ケイトはどうして、そんな蕩ける笑顔でダニエルを見るの?
ねえ、この短いダンスの間に、2人に何が起きたの?
ケイトは、僕の、僕の―――
気がつけば、パーシヴァルは夜会会場から走り出していた。