先生、年下じゃダメですか?
「先生、好きです」
と、若き高校教師の佐伯は今日一人の女生徒から告白された。
想いを告げられた彼は戸惑いのあまり手のひらをスラックスに押し当てて気を付けのような姿勢になり、ぴしゃりと棒のように固まったまま、教師として当然そうあるべき毅然とした倫理的態度はもちろんの事、落ち着いた年長者らしく気の利いた優しい台詞をかけることもできず、上気した一途な頬に健気な勇気をみなぎらせている女生徒の真摯な瞳とかちあって目をしばたたかせるうち、廊下の窓際に立つ彼女のそばを帰りがけの女生徒が上履きを鳴らしてパタパタ走り抜ける。
「廊下を走ってはいけませんよ」
そう注意しながら勢いよくふりむいた彼の瞳に、はらりと舞い上がるプリーツのミニスカートと、そこから肉置き豊かに白く細く立体にのびながら嫋やかに律動する若い生足が矢庭に飛び込んできて、刹那見惚れる間もなくハッと見返ると、女生徒のくりりとした可憐なまなざしはなお真摯な狂熱をおびてぎゅっとこちらをとらえている。
「──僕は先生です。そして、君の担任です」
「そんなこと……関係ありません。ましてや本物の愛の前では」
「愛……ですか」
「はい! 私はあなたを愛しています」
「……」
「好きなんです、先生。お慕いしています、心から。先生、私と付き合ってください」女生徒は大きい丸い困り顔の瞳で佐伯をみつめている。
「それは──」
「ひとつ聞きたいです」
「何でしょう?」
「年下じゃダメですか?」
「──いや、そういうわけではないけれど……」
佐伯のその答えに嘘はなかった。というのは社会人にもなる年齢となれば、道徳を排した純粋な恋愛対象から年下を除外するわけにはいかず、ましてや女子高生を圏外にできるはずもない。
心身にがんじがらめにまつわりつく職業的風紀的なしがらみから身をはがして素直な心持ちになれば、女子高生からの愛の告白は畢竟、喜び以外の何物をも彼に与えないのは言うまでもない事である。
とはいえ佐伯にとってみれば今回の出来事は全くの意想外なものであった。それはあまりに不意な事件であり、教師と生徒との恋愛が世間一般からみて到底許されざる禁断なものとして矢庭に脳裏をとがめる一方、六七才も歳の若い子に好きだと言われるのは男の自惚れを小気味よく誘発するものでありながら、たちまち冷静さを刺激するかつてない場面でもあった。
「幸田さん」
「一華です」
「はい?」
「下の名前がいいです! 一華なの」
「僕は先生ですよ」
「知ってるけれど、でも、私の希望は変わりません。変えられない。変えたくないの──あ、そうです」
「え」
「そこから始めてほしいの」
「はい?」
「一華って呼んでください」
「一華……」
「嬉しい」
「いや、今のは」
「もう一度よんでください」と彼女がねだるのに、
「一華」と思わず促されるままにつぶやくと、一華は大きい丸い困り顔の瞳できゅっとほほえみながら、すっと視線をはずして走り出したのをとがめる間もなく彼が振り向くと、プリーツのミニスカートをなびかせながら、肉づきよく細く長い生足で駈けるのに見とれた矢先ふっと立ち止まって、きゅっとしまった大きく華奢なお尻の形を薄い生地越しに露わにしてそっと振り返った。
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