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本郷-12

 12月10日、土曜日の10時を回ろうとしていた。


 藍島は洗面所で顔を洗い眠気を覚ます。しばらく本郷の自宅で保護される形となっていた。

 2階の空き部屋でジニアと一緒に寝ることになったが、正直全然眠れてない。目を閉じると昨日の過激なシーンがフラッシュバックしてしまう。


 鏡をジッと見つめる。随分とやつれている。あの数時間で体重が数キロ減ったようだ。

 包帯が巻かれた腕に目を向ける。昨日来た医療班によると傷は深くなく、赤志の処置が的確だったのか傷痕が残らないと聞いた。

 正直嬉しかった。彼に感謝しようと、包帯越しに腕をさすりながらリビングに行く。


「お邪魔してます」


 出迎えたのは赤志でも本郷でもなかった。

 華奢であり、どことなく頼りない雰囲気を醸し出す中年がいた。茶色のジャケットを着ており目許の隈が酷い。


「えっと、どうも?」


 小さく頭を下げると微笑みと共に手を差し出してきた。


「尾上正孝と申します。魔法研究所「ノット・シークレット」の所長を勤めております」


 苦笑いを返しつつ握手に応じる。ソファに座る赤志に顔を向けると相手は軽く手を挙げた。


「よぉ。ジニアは?」

「上で猫……ゴンちゃんだっけ? に餌やってる。もう少ししたら来るって」

「藍島恵香さん?」


 また聞き覚えの無い声が割り込んできた。

 本郷に負けず劣らずのガタイをした、ダークスーツの巨漢の目がこちらに向けられていた。バーバースタイルの髪に浅黒い肌は()()()のようだ。


「暴力団担当刑事の武中鉄心です。昨日のマンション事件のことを聞きたかったので、お邪魔してますよ」

「は、はぁ」


 これが警察かよ、と藍島は心の中で呟いた。

 ローテーブルを囲むように男4人が座り、本郷以外はL字型のソファに掛けていた。藍島は少し離れたダイニングテーブルの椅子に腰を下ろす。


「……デカいのしかいねぇ」


 リビングの酸素が薄い気がした。


「実際にお会いするのは初めてですね、本郷縁持さん。いつも赤志がお世話になっております」


 尾上は向かいで正座している本郷に微笑みを向けた。


「いえ、こちらこそ」

「だから親かよあんたは」


 小さく笑うと尾上はテーブルの上にタブレットを置く。


「昨日被害に遭った川崎市の病院から持って来た、廃棄並びに使用されたワクチンデータです。VRS……Vaccination Record Systemに登録する際にも使われている物で、黄瀬悠馬社長も開発に携わってます」


 VRSは魔力抑制ワクチン接種にあたり、個人の接種状況を記録するシステムのことだ。国が提供するクラウドのシステムで市区町村が接種者情報、接種記録情報を管理している。

 いつ、どこで、誰が、どのワクチンを摂取したが丸わかりというわけだ。


「良く持ってこれたな」

「持ち出すのが大変だったよ。先に警察の方に提供したら本郷と赤志には見せるなって言ってきてさ」


 武中が口を挟んだ。


「柴田が来たんだ。たまたま通りかかった俺が何とか話をはぐらかした」

「ナイスおっさん」

「30代はオッサンじゃねぇ」

「いやオッサンだろ」


 尾上が疑問符を浮かべる。


「それで、このデータが怪しいと?」


 本郷は相槌を打つと映し出された表を穴が空くほど見つめる。ロットナンバーと共に、使用済みかそうでないかの表示が灯っている。

 最新型ワクチンである「プレシオン」は接種量を変えることで効力を調整することができる。内容量が違う物も多いため記録されたデータは膨大だったが目に付く項目があった。


「未使用・使用・廃棄とありますが、空欄は?」

「被害に遭ったあと、使用か廃棄か、確認中の物は空欄になってます」


 本郷は自身の顎を摩る。

 尾上がタブレットを操作する。表が切り替わり一部のナンバーと「使用」の欄が赤く染まる。


「それとは別に、その、誤って患者に打ってしまったものは「赤色の使用」となります」

「……あぁ?」

「賞味期限切れの物を客に提供した、ということですね」


 本郷が言った。尾上は瞳を逡巡させてから気まずそうに首肯した。

 赤志が前のめりになる。


「おい別の問題が発覚してんじゃねぇかよ!」

「品質を保てる時間が少ないのは「プレシオン」の弱点なんだ。私も放棄するべきだと言っているが、1日遅れくらいなら人体に悪影響はないという結果が────」

「だから使ってるって? 裏工作しておいて安全ですって言われても説得力ねぇよ!」

「落ち着けよ赤志」


 武中は赤志を宥め、自身の髪を撫でた。


「管理がずさんなのは尾上所長の問題じゃねぇ。使用者、管理者は医療関係者。許可を出しているのは尾上所長のさらに上にいる人間だ。所長責めても何も変わらねぇだろ」


 口をもごもごとさせる赤志にかわり本郷が切り出す。


「私たちは電車事故を起こし、マンションを襲撃した被疑者を追ってます。その人物は恐らくワクチンを奪って危険な薬物に変換し、世間にばら撒いているのではと推測しております。「プレシオン」には魔力が使われているんですよね?」


 ええ、と答えた尾上はタブレットを叩く。違う画面が映し出された。


「「プレシオン」の情報は厚生労働省のページに記載されております。詳細として、ワクチンの種類は"生ワクチン"の亜種だと思っていただければ」


 生ワクチンは病原性を弱めた病原体から作成される。摂取するとその病気にかかった場合とほぼ同じ免疫力が付く。つまり接種の回数は極力少なくて済む。

 だが副作用として────軽度ではあるが────その病気と同じ症状が出るというデメリットもある。


「ワクチンは()()()()()を調合した特殊な薬品で構成されてます。それを体内に入れ、紅血魔力(ビーギフト)と合体し過剰反応で死滅させます」


 武中は後頭部を掻く。


「死滅? 血になるってことですか?」

「いえ。死滅した紅血魔力(ビーギフト)は、白空魔力(エーギフト)に変化するんです。白空魔力(エーギフト)は酸素と結合する特殊な魔力なのですが、研究の結果、二酸化炭素と短時間ではありますが結合することが照明されました」

「えっと、自分はワクチンに関しては"にわか"なのですが、死滅させて変換した魔力を呼吸と共に体外に出すってことですよね?」

「その方法で紅血魔力(ビーギフト)の容量を徐々に減らしていきます」


 ふむ、と武中は腕を組む。


「吸引時に魔力を取り込んで紅血魔力(ビーギフト)に変換された場合は?」

「新しく取り込んでも片っ端から活性化させ死滅させます。つまり魔力を取り込んでも自身の体に流せなくなる」

「な、なぜそうなるので?」

「過剰反応」


 赤志が誰よりも早く口を開いた。


紅血魔力(ビーギフト)を一気に活性化させると、魔力が行き場を無くしてパンクするか魔力を解き放つ。つまりただ活動を促進させると魔力暴走を引き起こすだけ」


 なんだけど。赤志がこめかみを掻く。


「ある特殊な方法でそれを回避できる。人体に影響もなく魔力をパンクさせることが。尾上さん」

「ん?」

「ワクチンに使ってるの……レイラ・ホワイトシールの魔力なんだな」


 尾上がゆっくりと頷く。


 瞬間、赤志が大笑いした。


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