赤志-4
地上に戻ると橋を超え、南幸へ向かう。パルナード通りにある交差点を曲がり、道中にある大型レジャー施設に入る。若い人間と獣人で溢れかえっていた。
中を歩く。「魔法使いになれる」、「気持ちよくなれる薬がある」といったワードは皆無だった。安心すると共にがっくりと肩を落とす。
施設を出る。時刻は21時になっていた。今日も情報は手に入りそうにない。
あてもなく歩き始める。
【絶好の餌場だよなぁ。「シシガミユウキ」にとっては】
奴の主な顧客は若者だ。ひねくれて夢を失った大人より、異世界に夢を見る若者の方が騙しやすいと考えているのだろう。
しばらく歩き、足を止めた。人通りが完全に途絶えていた。周囲に店もない。
いったん戻ろう。赤志はフードを深く被りなおす。
【ん？】
空き缶が転がる音が耳に届いた。続けざまに殴打音と悲鳴が、こちらに近づいてくる。
【なんだ喧嘩か？】
「うわぁあ！」
路地から影がひとつ、叫び声と共に飛び出してきた。チェスターコートを着たメガネ男。茶色のマッシュヘアがよく目立っていた。
男は尻もちをつき路地に手の平を向ける。
「ま、待って……」
頬に赤い線が走っていた。爪痕だ。
直後、新たな影が出現し、男に跨る。
赤志は舌打ちする。男を襲っているのは獣人だった。
「ウグゥァアアアア！！」
獣人は咆哮と共に右腕を振り上げた。毛むくじゃらの腕の先にある、石で砥がれたような鋭利な五爪が天に向けられる。
「待て！！」
制止を呼びかけると獣人の耳がピクリと動き、動作が止まった。
次いで目がギロリと向けられる。鋭い刃のような光沢を放つ琥珀の瞳から、透明な殺意を感じ取る。
よく殺意といった負のエネルギーは赤色に例えられたり、黒色に例えられる。だがそれは違う。
本当の殺意は、透明なのだ。
冷たさを感じるほどの、ガラスのような透明な色。それが本物である
ゆえに、この獣人は本気で男を殺そうとしている。
「なにしてる。こんな所で」
雲の隙間から姿を見せた月が情景を照らす。
少女だった。頭頂部にある猫耳はピンと立てられ、太い尻尾が微かに見える。
人面であり、可憐さよりも美麗さが目立つ顔立ちだった。大きい切れ長の瞳が印象に残る。年は10代後半くらいだ。
長い髪はボサボサだったが、プラチナブロンドの眩耀は失われていない。
少女はギザギザの歯を見せびらかすように食いしばっていた。
「ひ……ヒィイイ！！」
男が両手を突き出す。不意を突かれた少女は押された衝撃で尻もちをつく。その隙に男は背を向け全速力で逃げ出した。
遠ざかる背を憎々しげに見つめ、歯噛みする。歯はサメのようにギザギザだった。
少女はキッと赤志を睨みつける。
「睨むなよ。とりあえず、その腕の魔法を解け」
少女が目を瞠った。顔の見えない赤志を一般人と見ているせいか、魔法を見抜かれたことに驚きが隠せないらしい。
「獣人が現世界で生活する際の制約。知ってるだろ？ 重要な3つの制約。獣人は人間、または同族に対して争いを起こしてはならない」
少女に近づく。相手の睨みが強くなった。恐れず足を動かし右手の人差し指と中指を立ててみせる。
「獣人は許可なく魔法を使ってはならない。なお「レイラ・ホワイトシール」、「狩人」は例外とする」
薬指を立てる。
「最後に。一番重要なこと。獣人は許可なく、"ブリューナク"を使ってはならない」
告げた瞬間だった。少女が跳躍した。
月光を浴びる相手に目を向けると、右腕を振り下ろしてきた。あの鋭い爪は鉄骨をバターのように切り裂くだろう。
本物であれば。
赤志が右腕を頭上に掲げると金属音が周囲に響いた。
少女が目を大きく見開く。食い込んだ爪は、赤志の腕はおろか、服すら引き裂けていない。
「この腕、偽造魔法だろ。四肢を獣化できないのか？ それとも"ブリューナク"の使用で変身するのか」
腕を払うと少女が後ろに飛んだ。
「くっ！！」
体勢を整えた相手は左手を向けた。少女の周囲に、青色の靄が纏わりつく。
煙ではない。
それは普通の人間には見えない靄。魔法を使える才のある人間、それと獣人が目視できる魔力の塊。
大気中魔力こと白空魔力だ。
白空魔力は魔法を発動する際、変色するという大きな特徴を持つ。
「おいおい。魔法使うなよ」
薄汚れた手の平に拳大ほどの青い炎が集まる。
火球となったそれは、銃声にも似た爆発音と共に射出された。
【酷く不安定だな。あの子の魔力】
赤志は利き手の人差し指を向ける。指先と炎が接触した瞬間、炎は青白い光となって霧散した。
「軽いね、ずいぶん」
舌打ちした少女が姿を消す。
赤志は振り向きながら右腕を伸ばすと、ガシッと相手の腕を掴んだ。
「遅いよ」
「く、そっ！！」
少女の体が紫色に発光する。
直後、少女を中心に、紫電が放出された。
広がる電撃は道路と建物の壁を黒焦げにした。自動販売機が異音を立て、取り出し口から缶やペットボトルを吐き出す。電線がバチンと音を立てる。
周囲に悪影響を及ぼす雷の魔法を一身に浴びた赤志は、
「ん？ 炎より雷の方が強いね。練度が高いのか」
あっけらかんとしていた。
「う、うそ……」
愕然とする相手にニコリと笑みを向ける。
【こっちの番だ。腕の骨折っちまえ】
「ちょっと反省してもらおうか」
赤志は腕から手を離し、間髪入れずに相手の鼻っ柱に掌底を叩き込んだ。
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