赤志-8
ここ一週間、横浜市は雷雨に見舞われていた。このままでは、みなとみらいが水没するのではないかと揶揄されるほどの雨量だった。
赤志は激しい雨音を消すようにサンドバッグを叩き続けていた。
「随分と荒れているな」
トレーニングルームに尾上が入ってきていた。
ローリングソバットを布の切れ端の塊に叩き込む。上部を鎖で繋がれた移動式のサンドバッグが向かい側の壁まで吹き飛んでいった。
「一週間も同じ部屋にいたらこうなるわ」
目に角を立てながら言った。
12月9日。金曜日。時刻は18時になろうとしていた。篠田を保護したのが12月4日。列車暴走テロ事件に関してはほぼ一週間前だ。遠い昔のように感じる。
「飯島さんも本郷も来ねぇし。スマホも没収されてるし」
赤志の監視はますます厳しくなっていた。先日の事故から監視員の魔法に対する警戒度が高まっていた。
以前は見逃してくれた人助け用の変化魔法なども見過ごされず、軟禁という状況に陥る羽目になった。
「ジニアと遊ぶか、俺がいなかった10年間の社会情勢学ぶか、猫と戯れるか、映画見るかゲームするか、筋トレしかやることねぇよ」
「結構充実してるな」
尾上が苦笑いを浮かべ持って来たタオルを差し出した。奪い取り汗を拭う。
「ジニアの方はどうなの?」
「問題ないぞ。今のところは」
「あっそ」
変化があったのはジニアの方だった。
今までの行動が評価され────列車事故の際魔法を使わず警察に助力した点が評価されたらしい────3日前から1人での外出が許可されていた。
これは滞在許可証を貰う際のテストと同義だった。許可証は「1人で行動させても問題ない獣人か」の試験がある。子供のお使いのような内容から、実際の職場で働いたりと、年齢や種族によって試験の内容と難易度は異なる。
「どの時間帯に出ても問題を起こしたりはしてない。簡単なお使いくらいこなしてくれるし楽しんでいる。監視員からの報告だ」
「っか~。羨ましいわ」
「滞在許可証が手に入るのも時間の問題かもな。よかったな、勇」
「ジニアに言ってやれよ」
そうだな、と尾上が破顔した。
着信音が鳴り響いた。尾上のスマホだ。表情を整えスマホを取り出し2、3言葉を交わすと耳から画面を離す。
「研究所に来いだとさ。このマンションにいる全員出勤命令が出たらしい」
「え、トラブル?」
「だな。またワクチン絡みで泊まり込みだ。勇は好きに過ごしててくれ。それとプレゼントだ」
小さな箱を投げ渡してきた。受け取り、貼ってある張り紙を見る。
「勇のスマホ、ここに眠る」と書かれてあった。
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テレビの画面に学校の校舎と校門が映る。
『来年の4月、福岡県博多市に獣人専門学校が開校するようですが、皆さんはこちらの施設に関してどうお考えでしょうか』
『横浜に獣人を招き入れている高校があるじゃないですか? ああいうスタンスの方がいいと思うんですよね』
教育評論家、という女性の肩書きがテロップで表れた。
『世間の声を無視して獣人を一箇所に集めるっていうのはねぇ。担任は人間の先生が行うんでしょ? 子供でも魔力量が多いですから、もし魔法を使われたりしたら、ひとたまりもありません。危険だと思います』
スタジオにいる面々が頷く。話が続いたが、危険視している主張は変わらなかった。
『ではここで獣人の生活を支援する民選党議員の志摩京助さんの取材映像をご覧いただきます』
場面が切り替わる。カメラのフラッシュが焚かれ、テーブルに置かれた大量のマイクが向けられている。
『国民の皆様は獣人を危険視し邪険に扱っておりますが、獣人たちが何か大事件を起こしましたか?』
世間には列車暴走テロ事件に獣人が絡んでいた、ということを公開していない。獣人に対する迫害と差別意識が益々増加することを危惧した政府の判断だった。
志摩も事件の詳細は知っているはずだが、顔色一つ変えず獣人の危険性の無さを説くとは。
【面の皮が厚いどころか、鉄が張り付いてるんじゃねぇか】
『14年。この14年で獣人が起こした事件数は両手の指を使えば事足ります』
言い過ぎではあるが彼の言う通り獣人関連の事件は本当に数が少ない。
『これでは見えない何かを怖がっているだけです。どうか獣人に真摯に向き合ってください。獣人と共存することは日本だけでなく、世界の未来を明るくする大切な土台です』
赤志は天井を仰ぐ。本郷は大人しく謹慎しているのだろうか。
『レイラさんのような活動家たちの邪魔もしないでいただきたい。反ワクチン団体のような行いは逆効果です』
テレビを消した。テーブルに置いた箱を持ち上げる。
張り紙をめくると、「21:00」というデジタル数値が見えた。
【勉強に集中できる用のスマホ封印ボックスだと。便利だねぇ】
しばらくするとロックが解除される音が鳴った。箱を開けて電源ボタンを押す。
【充電切れてるやないかい!】
「くそ」
手の平に魔力を流す。紫色に発光したあと、スマホの画面に充電表示が浮かび上がる。魔力を調整しながら電力を流し込む。
スマホが震えた。ロック画面を解除しLienのメッセージを確認する。
本郷からがほとんどだった。本郷の方は「暇ならメッセージでやり取りするか」という内容だった。それも2日前。どうやら事件の進展はないらしい。
「ん?」
箱をひっくり返すと名刺のような紙が落ちた。文字が書いてある。
『ジニアちゃんにスマホを持たせてる。友達登録はこっちでやってあるから連絡を入れてあげてくれ。by尾上』
【ラブコールって奴だな】
「うるせぇよ」
とりあえず適当にメッセージを送る。
『届いてるか?』
次に、取り上げられたスマホが返ってきたと本郷に伝えた。
何か見覚えの無いアプリが入ってないか確かめていると、ジニアからメッセージが飛んできた。
『しゅけきゆこはま』
【あ? なんだ、こりゃ?】
眉をひそめる。意味が分からなかった。
赤志はアイコンをタップし通話を開始する。1コール後、通話に出た。
『も……もしもし?』
赤志の顔が強張る。あまりにも衝撃的だったからだ。
「……なんであんたが出るんだ?」
通話に出たのは、藍島恵香だった。
『あ、あの、助け、助けて……』
赤志は通話をスピーカー状態にすると素早く立ち上がり着替え始める。
「ジニアは!!? あんたどこにいる!?」
『も、もうわけわかんなくて……い、今……横浜駅でおそ……あっ!!』
おそ。「襲われて」だ。
【やばい。向こう混乱してるぞ】
「おい聞こえてるか!? 通話は繋げたままにしろ!」
赤志はダウンジャケットを羽織り窓を開けた。エレベーターを使っている暇も惜しい。
【久しぶりの外だな。ドシャ降りだが!】
「クソ!! 最悪だよ!」
ベランダに片足をかけ、勢いをつけ跳躍する。
赤志は雨と共に30階から飛び降りた。




