赤志-2
横浜駅に到着すると相変わらずの喧騒が出迎えた。
鬱陶しいとは思わない。むしろ開放的ですらある。
「二次会どこだっけ? カラオケ?」
改札口から出ると隣から、人ならざる者の声が聞こえてくる。
犬人だ。首から上がボーダー・コリー。シャツの隙間から濃い体毛が覗いている。頭頂部にある2つの犬耳は天に向けられている。そして二足歩行だった。
「資料ちゃんと修正してよかったな!」
「はい! 昨日残業して行った甲斐がありました!」
スーツ姿の中年とビジネススーツに身を包む猫人が目の前を通る。猫人は人面で、垂れた猫耳が特徴的だった。
赤志はフードをしたまま足早に歩く。ワインレッドの髪は目立つ。高身長も相まってなおさらだ。顔は世間に知れ渡っているためバレないよう注意を払う。
「募金です! 獣人専門学校開設のために、お願いします~!」
横浜駅みなみ西口を出ると、狸人が募金箱を持ちながら声を上げていた。狸の耳が震えており、太くて丸い尻尾が地面を擦っていた。
近づくと若い人面の狸人が募金箱を突き出し頭を下げてきた。
「募金、よろしくお願いします!!」
「募金……募金ね」
ブラックデニムのパックポケットから長財布を取り出し、中に入っていた諭吉の束をむんずと掴む。
「これでいい?」
箱に押し込むと、相手の笑みが消えた。
「ふぇ?」
驚愕に染まる顔のまま、箱と赤志を見比べる。
「ざっと10万円くらいあるけど、足りない?」
「い、いえ!? え、あの、えっと、その、こんな大金……い、いいんですか?」
「気にしないで。遠慮なく受け取って。俺が持ってるよりいいし」
困惑する相手に微笑む。相手には見えてないだろうが。
「寒い中大変だね。応援してる。頑張って」
「……! は、はい! ありがとうございます!」
視線を切り横浜西口五番街へ向かう。この時間帯は人がごった返している。
行き交うのは、人間だけではない。犬、猫、牛、狼、狐、兎、熊、などの動物的特徴を持った二足歩行の生物が、その中に紛れ込んでいる。
【うまく現世界に溶け込んでいるなぁ。えぇ?】
右耳に入れたブルートゥースイヤホンから女性の声が聞こえてきた。
【どいつもこいつも長期滞在しやがって。「1日だけでも」って切望してたあの心意気はどこにいったんだ】
赤志は人の間を縫うように歩き続ける。
人間が住む世界と異世界「バビロンヘイム」が交流を持ったのは、14年前のことだった。
最初、世界に出現したのは"光の駅"だった。形状は人間の世界にある駅と変わらず、時折発光する姿からそう呼ばれるようになった。
世界各地のいたる場所に何の前触れもなく出現した"光の駅"は、異形の生物を運んできた。
「今日飲み行きましょうよ~!」
「明日金曜だろ? 今日はやめとこうや」
身長が2メートルを越えているだろう牛人たちとすれ違う。巨大な角と発達した筋肉は道行く者たちの目を引く。
駅から出て来たのは彼らのような、ヴォルフと呼ばれる獣人たちだった。獣人は「私たちは異世界から来た者だ」と語り人間との交流を図った。
獣人たちは全員、非常に友好的で言語が通じた。日本語だけではない。英語や中国語、フランス語等も。個体差はあるがどれかの言語は喋れた。
つまりコミュニケーションに問題はなく、交流は恐ろしくスムーズに進んだ。
「ムカつくわ~。あの店員。魔法使ってあの居酒屋爆破できねぇ?」
「だから言ってるだろ? 魔法は使っちゃいけないんだって。現世界だと」
「あ、爆破する点は否定しないのね」
学生だろう男子と若い獣人が話していた。
獣人と親睦を深めた人類は自分たちの世界を現世界と呼ぶようになった。
そして次に行ったのは異世界、バビロンヘイムの調査だ。
突然別の世界が出現した。中には空想上の世界が広がっているだろう。
誰だって調べたくなるし、足を踏み入れたいと願うのは当然だった。
人々は勇んで異世界に繋がる"光の駅"に足を踏み入れた。
獣人は止めなかった。
何人も。何十人も。何百、何千と。
どれだけ人間を送ろうと獣人は止めなかった。
そして異世界に旅だった人間は全員、現世界に戻ってくることはなかった。
【お前を除いてな】
足を止めビルの看板を確認する。目的の店の名があった。階段を下りて地下へ向かう。
【世間は知りたがってるぜ? バビロンヘイムに行った人間はどうなったのか。お前から聞きたがってる】
地下にはいくつか店があったが、ひとつを除いてシャッターが閉まっていた。開いている店の名は「アイエス」。アミューズメントバーだった。
扉を開けると大音量の電子音楽が出迎えた。赤志はカウンター席に座る。すぐにバーテンダーが出迎えた。ソフトモヒカンの髪と髭がどちらも白い。顔の皺から40代前後か。
「ご注文は?」
「ビール」
怪しい風体の赤志に怪訝な視線を向けながらも酒を入れ始める。
【唯一の帰還者は答えを持ってる。が、そいつはダンマリを決め込んで、優雅に酒を飲んでる。ぶっ飛ばされても文句言えねぇな】
コースターが差し出され、その上にビールの入ったグラスが置かれた。バーテンダーが離れていく。
【ま、話したくないよなぁ。黙ってるのが正解さ。それで? どいつが目的の獣人だ?】
グラスを傾け唇を湿らす。
【2年以上、現世界に滞在している奴だが……】
現世界在留資格が緩和されたのは去年のことだ。2年までだったのが3年にまで伸びた。
1年は大きい。ひとえに"彼女"の活動のおかげだろう。
【そいつなら持ってるかもな。あいつの情報────】
店内音楽が終わった時と同時だった。
金切り声が店内に木霊した。
【どっちかね? アタリか、ハズレか】
どっちでもいい。さっさと助ける。
赤志は一気にビールを煽ると席を立った。
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