赤志-12
【勇。起きろ】
いつになく強い口調だった。
赤志は跳ねるように起き上がりスマートフォンを手に取る。
11月26日、土曜日。深夜2時だった。
事件解決後、すぐにマンションに帰って眠りについた。迎えてくれた木原が酒盛りしようとか言い出したが丁重に断ったことを思い出す。
「なんだよ」
【誰か来る】
直後ドアが開いた。ジニアだ。
「ジニア?」
「う、うん。ごめんなさい、こんな夜中に」
少女の顔は強張っていた。
「どうした? 何かあったのか?」
「その……」
瞳には闘争心が満ちていた。だがそれは赤志に向けられたものではない。
「呼ばれた。魔法で話しかけてきたの。一対一で勝負をしよう、って」
獣人たちの間だけで会話できるという、特殊な魔法がある。
この魔法は人間には聞こえず、使用しているということがわかっても、遮断の方法も傍受の方法もない。そして人間には使えない。
赤志でさえ使うことはできないという本当に特殊な魔法なのだ。
となると疑問が沸き起こる。その魔法が使われたことではなく、ジニアをピンポイントで指定した、という点だ。
【罠だ。相手はお前が来ることを見越してジニアに話しかけてる】
だからといって無視するわけにもいかない。獣人が暴れようとしているなら止めなければ。
「一緒に来てくれるか、ジニア。お前を一人にさせるわけにはいかないからな」
「うん」
緊迫感が漂う中、赤志はベッドから降りた。
ααααα─────────ααααα
ラウンジのソファに座っていた木原は目を丸くした。
「あれ、赤志に、ジニアちゃんだっけ? 何だよ。寝付けねぇなら金貸してくんね。競馬で5倍にして返すから」
「木原。誰が来てもここを通すなよ」
「誰がくんだよ。こんな夜更けに」
「邪魔したな」と吐き捨てマンションを出る。
【魔力探知するぞ】
紅血魔力を活性化させ、周囲の魔力反応を探知する。
魔力量が多い個体がひとつ見つかった。方向的に、緑丘公園からだった。
赤志とジニアはマンションを出ると駆け出し公園に着く。徒歩5分圏内にある小さな公園。遊具は、すべり台とブランコと砂場くらいしかない。
その中心にぽつんと、黒い影が立っていた。
何かを待つように空を見上げている。
公園に入ると、ピリッとした空気が肌を刺した。
影に近づく。それにつれて温度が冷えていく気がした。
高圧殺気。力のある獣人が脅しの際によく使うお遊びだ。
「来てくれたね。しかも狙い通り。赤志勇も一緒だ」
入ってきたのは犬人の少年だった。その外見に見覚えがあった。
「あれ? お前、立てこもり犯の」
「そう! 人質だった獣人だよ。いやぁ驚くほど人間って使えないね。相手があなただったからかもしれないけど」
少年は睨め回すような視線で2人を見る。
「まさか僕の願いがこんな簡単に叶うなんて。神様に感謝しないと」
「何言ってんだ、お前」
「犯人が要求してたでしょ。赤志かレイラを呼べって。あれね、僕の命令なの」
「なに?」
「この計画は僕のアイデア。彼、ああ、犯人ね? あれと一緒に行動して厄介な相手を潰そうって画策してたんだけど……上手く行かないよね」
少年は腕を動かした。赤志は素早くジニアを抱きしめ体に隠すと腕を振った。
相手は下投げで何か投げてきたのだ。
金属音が響き渡る。防刃・防弾の特注ジャケットが、投擲用ナイフを弾いた。
「ほらね? こんな風に」
「ジニア。遊具の裏に隠れてろ」
「う、うん!」
ジニアが近くにある、すべり台の陰に隠れる。少年は赤志を真っ直ぐ見据え余裕綽々とした様子で口を開く。
「凄い服だね。あの刃物だって相当な切れ味なんだけど。じゃあ次は僕の爪を使おう」
少年が夜空に吠えると周囲の空気が橙色に染まった。
眩しいほどに輝く夕暮れの色は邪悪な炎のようだ。
頭髪が逆立ち量を増していく。毛が顔全体を覆い始めると、異音を立てながら顔と体が変形し始めた。
目元が獰猛な肉食獣を思わせる鋭い目つきに変わり、強靭な肉体が服を破る。
肌は黒くなり、凶器的な牙が姿を見せる。
鼻と口元が突き出され、頭頂部で二箇所、鋭い三角形の耳がピンと跳ね上がった。
「狼人か」
狼男と化しただけではない。身長190センチの赤志が見上げるほどの巨躯へと変貌を遂げていた。
【しかもあの野郎、紅血魔力だけで子供に扮してやがったのか】
狼人が口を開く。涎がボタボタと地面に落ちた。
「タキサイキア。それが僕の名前だ」
「聞いてねぇよ。それより聞きたいのは、お前は「シシガミユウキ」の仲間なのか?」
狼が口角を上げ、跳躍するように低く飛んで間合いを潰した。
次いで鋭い爪を真っ直ぐ立て左腕を伸ばす。
槍のような攻撃に対し、赤志は涼しい顔で軌道上に右の縦拳を置き相手の手首付近に当てる。
爪の起動が大きく逸れた。攻撃を受け流すことに成功。
流れるように真っ直ぐ腕を伸ばし、敵の顔に拳を叩き込む。
はずだった。首から上を動かされ、直突きが当たらなかった。ローキックを放ち足払いを仕掛けるがこちらも軽く避けられる。
「遅いね。随ぶ────」
赤志は一瞬で脱力し素早く右拳を放つ。本郷の骨を折った音速越えの拳を。
拳を打ち元の位置まで引くと風を叩く音が鳴る。小規模の衝撃波が起こった。
狼人がよろめく。
その口許には血が付着し、笑みが浮かんでいる。
赤志が片眉を上げ右腕を確認する。鋭利な刃物で削られたような傷から血が吹き出していた。
「ああ、惜しい。もう少し遅ければ、噛み砕けたのに」
相手が血の付いた犬歯を見せる。
カウンターで噛みついてきたのだ。それはつまり、音速を超える速度についてきたということになる。
タキサイキアが反撃に出る。
赤志はスイッチし、左腕を前に出すように構え直す。
相手の動きは愚鈍だった。爪を使ったリーチの長いフックやジャブをダッキングやウィービングで避ける。
反撃はできるが、首元に刃物を押し付けられるような脅威が拭えない。
【勇。いざという時は使うからな】
赤志は後ろに飛び距離を取る。
タキサイキアは自身の爪に見惚れながら、ふんすと鼻を鳴らす。
「駄目だなぁ。僕の魔法は本当……防御かカウンターにしか使えない」
「なるほどな。名前通りの魔法ってわけだ」
「あ、知ってるんだ。タキサイキア現象」
「突発的な危機的状況の際、景色がスローモーションになる、ってあれだろ」
「そう。高性能な脳味噌と人外の身体能力を持つ獣人がそれを使ったら? ただの人間に勝ち目はない」
狼人の周囲の空気が”銀色に輝き始めた”。
「でも君は、ただの人間じゃない。確実に勝つために、使わせてもらうよ」
途端に影の右腕と両足が肥大化し、静かな夜に金属同士がぶつかり合う音が鳴り響く。
魔急叫廻だ。
それを見た赤志は、栓が抜かれたように感情を爆発させた。
「馬鹿かテメェッ!!! タキサイキア!!! それを使うじゃねぇ!!」
本気で声を荒げるがタキサイキアの”展開”は止まらない。
「さぁ、勝負だ」
赤志を嗜めるように呟くと音が徐々に小さくなり、”それ”が顕現した。
「……このクズが」
熱が放射されるような凄まじい剣幕で”それ”を睨みつけた。
俗界が開闢した時に君臨したとされる、神の兵器を。
赤志の胸にどす黒い何かが渦巻く。
恐怖ではない。
純粋な怒りだった。
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