赤志-9
赤志は目の前に置かれたスクランブルエッグを憎々しげに見つめる。
「っかしぃなぁ……ジニアと同じの作ったつもりなんだけど」
ジニアの前には綺麗な玉子焼きが置かれている。
「英雄なのに卵焼き作れないんだね」
「英雄がみんな卵焼き作れると思うなよ貴様」
「冷める前にさっさと食べな」
尾上が山と盛られたソース焼きそばとサラダを持ってくる。
「焼きそばだって簡単料理じゃん」
「文句言うなら食わなくていいぞ」
「はいはい。いただきやぁす」
赤志は肩を竦め両手を合わせた。
「ジニアちゃん、綺麗な姿勢で食事してるね。箸も綺麗に持てている。育ちがよさそうだ」
「んなことで育ちの良し悪し決めんなよ。老人みたいだぞ」
「もう老人だよ」
「40代は老人じゃねぇっつうの」
尾上が表情を正す。
「今日も行くのか? 横浜駅」
「ん? ああ」
「じゃあジニアちゃんを一緒に連れていけ。俺は今日は夜遅くまで研究室だからな」
「なるほど。監視しろってか」
ジニアの肩が一瞬上がり、箸が止まった。
「ごめん。ジニアちゃん。不安にさせるつもりはなかった。そっちの方が安全ってこと」
「安全?」
「勇と一緒だったら滞在許可証無しでも動ける。獣人を差別する連中が来ても軽く対処してくれるしね。だから2人は常に一緒に動いてくれよ。ジニアちゃんはいつ強制送還されてもおかしくない。許可証云々は……素性がハッキリしてからだ」
「わかった。善良っぷりを見せつけてやろう。まずは服だな」
服を買ってもらえると知ったジニアの顔が明るくなる。
話がひと段落ついたところで、尾上がテレビの電源を入れた。
「また消えたか。光煌駅」
「不服なん?」
「困る。異世界をもっと調べたいんだからな」
食事を終えると尾上はスマホをいじった。ジニアがジッと見つめる。
「ん? どうしたんだい?」
「ご、ごめんなさい……何してるのかなって思って」
「恋人と連絡してたんだ」
「あ、やめとけジニア。話長くなる────」
「遠距離恋愛中の彼女でね。名前は真奈美ちゃん。頻繁にやり取りしているんだ。ほら」
尾上がスマホの画面を見せた。始まった。尾上の真奈美ちゃん自慢だ。
画面には女性の姿が映っていた。
黒髪のショートウェーブヘア。鼻が高く目が大きい。ぱっちりとした二重に綺麗な白い歯を見せた笑顔。欧米人の顔に似た美人だった。
黒いドレスを着ており、抜群のプロポーションはファッションモデルのようだ。
「綺麗……」
「だろぉ。今度プロポーズしようと思っててね。彼女の仕事もひと段落つきそうで。ほら。昨日は美味しそうなハンバーグの画像送られてきてさ、飯テロされちゃって────」
「おーい。早く仕事行け~。つうか以前もハンバーグだったじゃねぇか」
「いいだろ? 俺と彼女の大好物なんだから」
他人の惚気話ほどつまらない話はない。
赤志が呆れ顔を向けるが、尾上はジニアに画面を見せながら嬉しそうに語っていた。
ααααα─────────ααααα
11月25日。この日は横浜駅のクリスマスイルミネーションが本気を出す日だった。
19時45分。日はすっかり落ちているが、華やかに輝く大量の電飾が地上と夜空を照らす。
光の街は平時とは違う雰囲気を醸し出していた。金曜日ということもあり通行人も多い。
「わぁ……」
アイボリーのキャスケットを被るジニアが感嘆の声を漏らした。美しい琥珀の瞳に様々な色が流れていく。
赤志は申し訳なさそうに、ジニアのぶかぶかの黒いパーカーを見つめた。適当に購入したせいでサイズがあってない。
【店員さんの目が痛かったな】
そのせいで彼女のズボンなどはボロボロのままだ。
服くらい買えると思ったのが間違いだった。フードを被った大男が少女の獣人と服を買いに来ている。充分通報される絵面だ。また監視書に誘拐とか、ヘタしたらパパ活とか書かれる。
【女の子の服もわからんかぁ。情けない英雄さんだ】
英雄だったら女の子の服がわかんのかよ。赤志は唸った。
当のジニアは気にすることなく、ソワソワしながら袖を握ってきた。
「ジニア。寄りたいところあったら言っていいからな」
「うん!」
イルミネーションイベントである「ヨコハマライト」を堪能しながら足を動かす。
テラスを通り、はまみらいウォークへ。ペデストリアンデッキは美しいパープルで彩られていた。
みなとみらい歩道橋に差し掛かると照明がブルーに切り替わった。
【今日はお散歩だな】
ちょうどよかった。昨日の態度を見る限りジニアの胸中は荒んでいる。平和な時間も必要だろう。
「猫、連れて来ればよかった」
「医者から安静にさせるよう言われたんだろ? 元気になったら一緒に見に来ればいい」
「うん」
【名前とか決めてんのかね】
「……猫の名前とか考えてる?」
ジニアは頷いた。
「伊右衛門か五右衛門か、左衛門三郎四郎で悩んでる」
「えぇなになに? 3と4が混ざってなかったか?」
どうやら変わったネーミングセンスをしているらしい。なんにせよ元気なのはいいことだ。
昨日は使ってない布団をリビングに敷き寝かせたが、ずっとすすり泣いていた。食欲もなかったようで心配だったが、安心してもよさそうだ。
横浜グランゲート広場が見えてくる。広場には巨大なクリスマスツリーが3つ設置されており、写真を撮る者たちで溢れていた。
「見に行って────」
赤志の言葉が止まった。
ジニアが疑問符を浮かべ、指を向ける。
「ねぇ。あれ」
歩道橋の先。ビルの陰から、エメラルドグリーンの靄が立ち昇っていた。
【誰かが魔法使おうとしてんな。しかも緑色は救援信号だ】
「ジニア、ついて来い」
「うん」
駆け出す。獣人のジニアは問題なく赤志の速度についていった。
歩道橋の上を駆け角を曲がると、建物の影に隠れるように複数の人影がいた。
数は4人。男が3に女が1。全員大人で人間。
それらが兎人の少女を囲んでいる。
壁を背にしている兎人は、一番体躯の大きい男に胸倉を掴まれていた。表情は青ざめ涙を流している。
「騒ぐな」
男は機械のような冷たい声を出しながら、震え上がる兎人にナイフを向けた。
「っ!!」
飛び出そうとしたジニアの襟首を掴む。睨まれるが無視する。
「神は「人間に魔法を使え」と仰っている。魔力の高い人間こそ、新人類になれる条件だと。ゆえに獣人は贄になるべきだ」
「私たちは魔法を使う権利がある。素晴らしい魔法を使う権利が。」
「なのに政府は毒ワクチンで人を抑制し、殺そうとしている!」
「ワクチン接種をした負け組にはなりたくないの。情報弱者共の一員になるなんて、鳥肌が立つわ。騙されてたまるもんですか。優秀な人間を間引きする。それが政府の陰謀なんだから!」
全員目が血走っていた。この場には狂気が渦巻いていた。
「今から君は魔法の素晴らしさを伝えるための尊い犠牲になる」
「安心しろ。君の体は我々と共に生きる」
赤志は溜息を吐く。
「ジニア。いいな。絶対に割り込むな。俺に任せろ」
「う、うん」
赤志は体を晒した。
「おい」
全員の視線が集まる向いた。
「いつから人間は獣人を食うようになったんだ?」
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