赤志-8
『次のニュースです。光煌駅がまたひとつ、現世界から消失しました』
画面が切り替わる。
『こちらは太平洋沖に出現していた「アントワープ中央駅」が消失する映像です』
ベルギーに存在する重要文化財に指定されている駅が海の上に存在していた。なんとも不思議な光景だった。
駅から光の粒子が零れ落ちていく。粒子は天に昇り、駅は徐々に消えていき、遂には穏やかな海しか映らなくなった。
『光煌駅。別名「光の駅」とも呼ばれている「異世界との出入口」はその数を減らしつつあります』
光煌駅はその名の通り、常に発光している"駅"だ。
直視しても目が眩まないという特徴を持っており、今でも観光名所のひとつとして人気を集めている。
駅の形は現世界に存在する駅とまったく同じ形をしておりいる。ただ出現場所はバラバラだ。
例えば、日本に"キングスクロス駅"。それ以外だと。
アメリカに"新宿駅"。
ブラジルに"セントパンクラス駅"。
インドに"クアラルンプール駅"。
シンガポールに"ダニーデン鉄道駅"など。
『異世界と繋がった時は「108駅」存在していた光煌駅。今ではその数が激減しており、半年前は横浜にあった駅も光の粒子と化してしまいました』
世界地図が表示され、赤点が打ち込まれる映像が流れる。
『現時点で確認できる駅は、わずか「10駅」となってしまい、人々は異世界との交流ができなくなってしまうのではと懸念しております。これに対し国際連盟は、バビロンヘイム外務大臣である「アルベドアストラル」氏にコンタクトを取ると発表し、日本に対し────』
テレビを消した。
【おい消すなよ! 見てたのに。まぁ「赤志勇から話を聞け」って言われるだけだろうが】
赤志は舌打ちした。
【なぁ一言だけでもいいから教えてやったら? 駅が消えている理由。それくらいならさ】
「うるっせぇな!!」
怒号が木霊する。室内の空気が振動し、窓ガラスや食器類がガタガタと音を立てた。
「イヤホンしてない時に話しかけんな。声でけぇんだよお前」
【えぇ? ほんとに? ごめんね。もっと喋るわ】
「死ねクソ。アストラルが来るならあいつに任せとくのが正解だろ」
頭をガシガシと掻きソファに座ると玄関の鍵が回される音がした。
「ただいま~」
尾上の声が聞こえた。次いでドタドタとした足音が響く。
「ただいま!」
リビングに来たジニアが嬉しそうに駆け寄ってくる。手にはペットキャリーバッグを持っている。
「おかえり。ジニアチェイン。猫の方、どうだった?」
「異常なかった」
「よかったね」
「うん」
上機嫌なジニアは赤志の隣に座りバッグから猫を出した。
「ジニアちゃんの身元を調べてたが、やはりおかしい」
ジャケットをかけながら尾上が言った。
「なにが?」
「ジニアちゃんと母親の滞在情報がない。許可証申請の記録もだ」
「他県とか、別の市に住んでたんじゃねぇの?」
「車の中でジニアちゃんから聞いた。現世界に来てからずっと横浜市内に住んでいた。父親について聞いたら、そもそもこっちに来てないらしい」
猫と戯れるジニアを見つめる。
「国のデータにならあんじゃね」
「入管庁や警察のデータベースにあったら大問題だな」
確かに、と赤志は相槌を打つ。
獣人の個人情報や滞在データは入管庁こと出入国在留管理庁で確認することができる。
だが住民票の確認や獣人が住んでいるかの確認くらいは市役所に行けば事足りる。そこにデータがないというのは、かなりきな臭い。
「職業も聞いた。保育士だ。勤め先は憶えてないらしいが手掛かりにはなるだろう」
「ジニア」
特徴的な猫耳がピンと立ち上がり、猫目を向けてきた。
「「シシガミユウキ」とは知り合い?」
「ううん。会ったことない」
「お母さんは仲がよかったとか?」
「わからない。けど、お母さん言ってた。「人を助けるために会いに行く」って。「必ず迎えに来るから」……って」
「けれど、1年経っても迎えは来なかった」
尾上は付け足すように言った。ジニアの顔が曇る。
「だから、「シシガミユウキ」が怪しいと」
「うん」
「なるほどね。殺された、というより、殺されているんじゃないかと疑ってるわけだ」
異世界からの帰還問題と魔力の問題が浮き彫りになってから、現世界では獣人迫害の運動が盛んになった時期があった。
今では落ち着いているが獣人をいまだに差別的に扱う団体や人間は多い。「シシガミユウキ」が獣人嫌いの人間だった場合、最悪の状況は考えられる。
ジニアの表情がますます曇った。赤志が気まずそうに声を上げる。
「落ち込むなって。まだ死んだと決まったわけじゃないし、迎えに来るって言ったんだろ? なら信じないと」
「……でも」
「信じる思いは無くしちゃダメだ。大丈夫。「シシガミユウキ」と会ってるなら見つけることもできる。安心しろって」
「うん……ありがと、アカシーサム」
「そうだ、お母さんの名前は?」
「リベラシオン。私と同じ猫人」
疑問符を浮かべる。
「名前がワクチンに似てね?」
「俺も聞いた時驚いたよ。もしジニアちゃんのお母さんがワクチン開発に協力してくれたら、そっちの名前になってたかもしれないな」
「プレシオンって、獣人と協力して作ったんだっけ?」
「ああ。彼らの魔法と魔力に関する知識は本当に助かったよ」
そらよろしいことで。赤志は小言が飛んでくる前に話を切った。
今の尾上の発言から察するに、ジニアの母親はワクチン開発に携わってない。
「お母さんと別れたのはいつ頃?」
「今年の5月くらい」
「ジニアはそのタイミングで、ひとりで行動し始めた?」
「うん」
「ってことは……プレシオンの開発は終わってるな。あれは去年の秋くらいに完成してんだっけ?」
尾上が頷いた。
「トリプルMが大々的に取り上げられたのって最近?」
「いや、前からだ。去年の冬かな。今の時期と同じくらいの時からメディアは報じてたよ」
リベラシオンは「シシガミユウキ」と協力して、トリプルMを開発していた、というわけでもないらしい。
赤志は唸った。
だとしたらなぜ「シシガミユウキ」に会う。
「うーん……ダメだ。腹減って頭回らない。尾上さんなんか作って」
「忙しい中半休を貰って、車を出して猫を病院に連れて行った挙句、飯まで作れと?」
今にも爆発しそうな不満顔が向けられた。
「わぁったよ。俺がなんか作るよ」
「アカシーサム、作れるの?」
「任せとけって」
親指を立てリビングへ。2人は興味深そうについていく。
赤志は上の棚からカップ麺を取り出した。
「いいか? この料理は最初から難易度が高いんだ。この袋を3秒で取る技をいまから紹介すっから、目ん玉かっぽじってよぉく見てろよお前ら」
「ジニアちゃん。一緒にご飯作ってみる?」
「よくお母さんの手伝いしてたから、作れるよ」
「よしじゃあ手を洗おう」
ジニアと尾上が洗面所へ行く。
「おいおい、ちょっと待てって。火薬入れるタイミングとか結構大事なんだって。なぁ。お湯の沸かし方のコツとか知りたくない?」
【カップラーメンは料理じゃねぇっつうの】
「ねぇ。無視しないでよちょっと。イジメとかよくないと思うよ。ジニア。ジニアちゃーん? 尾上ちゃーん? マサちゃーん?」
「誰がマサちゃんだ!!」
赤志は破顔し手に持ったカップ麺を棚に投げ入れた。
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