表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/117

本郷-6

「現役の警察官が殺人────おまけに身内殺しだと!?」

「なんてことをしてくれたんだ」


 広い会議室内で初老の男性同士が睨み合う。ひとりはがっくりと肩を落としている。


「検出された指紋に間違いはないとのことです」

「どう隠蔽させる」

「自殺にするか、泳がせている売人を犯人として仕立て上げますか」

「記者なんだろ? それも異世界関連の。獣人(ヴォルフ)を犯人にした話を作れないか」

「それは異世界外交問題になります!」


 しばらく意見の言い合いが続くと溜息が飛び交うようになった。


「柴田くんも馬鹿なことをしてくれた。独断で拘束までするとは」

「逮捕状が出てないのは救いですな。まったく。邪魔者を排除できる機会だと思って逸ったんでしょう」

「ですが本郷警部補は悪い方で話題になる刑事です。失ってもよいのでは?」

「そんなことになれば我々が矢面に立たされます」

 

 神奈川県警の捜査一課から不祥事を起こしたとなると、ますます世間の目が厳しくなるのは目に見えていた。


「……魔法とやらで、解決できないもんですかなぁ」


 全員無言で、ふざけたことを抜かす男を睨みつけた。




ααααα─────────ααααα




 本郷が釈放されたのは3日後だった。

 厳しく取り調べもされたが、上層部から釈放命令が出たらしい。


 本部内の11階に行く。忙しなく動く者たちは本郷を認識すると、動きを止め視線を投げた。

 侮蔑や軽蔑しかない。誰も同情しなくなっていた。


「人殺しが」


 誰かの呟きが聞こえたが、睨む気力もなかった。


「本郷! こっちだ」


 会議室の入り口前で飯島が手招きしているのが見えた。逃げるように室内に入る。


「大変なことになったな。まるで映画みてぇだ」

「……源さん。俺はこれからどうなるんですか?」


 飯島が神妙な面持ちで椅子に座る。


「指紋と血痕に関しては、間違いないらしい。だが殺人事件があったあの日、お前のアリバイを立証できる奴がいてな。狸人(ラクーナ)なんだが知ってるか」

「……はい」

獣人(ヴォルフ)が経営するスナックの常連なんだってな、お前。ってことは、あの指紋は偽造の可能性が高い。だがなぁ……」


 唸り声が強くなる。


「"証人が獣人(ヴォルフ)"ってのが問題なんだよ。あいつらの証言を無下にする人間は多いだろ? 獣人嫌いだっている。柴田と、ついでに楠美はそれだ」

「……そういえば、楠美は」

「自宅で寝込んでる。お前の犯人容疑と、隠れて獣人と仲良くやっていたのを知った二重のショックでな」


 本郷はわなわなと身震いする。


「全員何か見誤っている。俺らが追うのは殺人事件の犯人だ」

「本郷」

「そうでしょう? 俺が犯人だと疑うのは構わない。なら……それを証明するための証拠を持ってこい! そこまで動け!!」

「本郷。落ち着け」


 両手を広げてなだめる。


「怒りは理解できる。だけど冷静になれ」

「……落ち着いてますよ。自分でも驚くほどに」

「その血走った目でか?」

「柴田に合わせてください」

「駄目だ」

「あいつは許せない。俺の妹を……あいつは」


 真っ赤に染まった瞳からは、今にも血が零れ落ちそうだった。

 巨大な拳を壁に叩きつける。


「お前の馬鹿力で物に当たるな。本郷」


 ヒビの入った壁を見て、飯島は呆れてしまった。




ααααα─────────ααααα




 自分が襲われたとして、柴田は本郷を逮捕するか懲戒免職処分するよう再び申請した。


 だがその要求は通らなかった。アリバイがあるということで、上層部は本郷を庇うよう、そしてこの事件を隠蔽するよう動き始めたからだ。


 本郷の無実を証明しようとする刑事もいた。片手で数えられる人数だったが、飯島もそのうちのひとりだった。


 だが朝日の殺人事件は"犯人を仕立て上げる"ため捜査が打ち切られそうになっていた。


「飯島さん。自宅に来れますか?」


 それを知った本郷は、飯島を自宅に呼んだ。

 夜になった頃、飯島が姿を見せた。家に上げ、すぐに封筒を渡す。

 退職願、と書いてある。


「どういうつもりだ」

「アリバイの証明、隠蔽……殺人鬼が二の次です。捜査は何も進んでいない。これじゃあ犯人なんて絶対に捕まりません」

「警察辞めてどうするつもりだ」

「個人で動きます。権力はありませんが組織のしがらみもありません。妹の仇は俺だけで」

「思い上がってんじゃねぇよ」


 飯島は後頭部を掻く。


「警察辞めてただの暴漢で捕まる気か? 暴力が許されていたのは権力があったからだ」


 押し黙ってしまう。自分の風体で無茶をすれば即お縄になるのは目に見えている。


「だからさ。そうならないように折衷案(せっちゅうあん)を今日は持って来た」

「折衷案?」

「そうだ。本郷」


 飯島が白い歯を見せる。




「お前を捜査一課から追放する」




 追放という言葉に首を傾げる。


「クビ、ということですか?」

「捜査一課"は"クビになる。かわりにお前を受け入れた場所があったのよ」

「……どこですか」

「薬物銃器対策課」

「……なぜ?」

「そこのお偉いさんがお前を欲しがってんだよ。「彼となら「シシガミユウキ」を捕まえられる」ってね」


 唇を「シシガミ」と動かす。


「裏社会にいる違法薬物管理者ですね」

「妹さんに注入されたのは魔力増強剤。違法薬物のトリプルMだ」


 トリプルMの効果は麻薬動揺の高揚感や幻覚作用をあたえるだけでなく、紅血魔力(ビーギフト)、いわゆる体内魔力の量を底上げする効果がある。

 つまり無理やり魔法が使えるよう、ドーピングするということだ。


「野郎、いや女か、それとも獣人かもしれねぇが。トリプルMを若年層に広めてる「シシガミ」を追っていたらわかるんじゃねぇか? 犯人が。もしくは「シシガミ」が犯人かもしれない」


 真剣な表情で本郷を見つめる。

 

「本郷。お前は新しい場所で「シシガミユウキ」を追え。俺は別軸で探す。妹さんの仇を取ろう。一緒に。それと、俺とか信頼できる奴以外にペラペラなんか喋ったりするんじゃねぇぞ。お前を犯人にしたってことは、内通者がいる可能性だってあるんだからな」


 自分を信じてくれている飯島に頭を下げた。

 後日、本郷は新しい上司である小柳と面接をした。


「暴力を是としていい。必ず見つけて。ね?」


 新しい上司の命令を受け、天から授かった己の力をふんだんに使い、死に物狂いで「シシガミユウキ」を追い始めた。

 本郷の拳も、大切なはずだったコートも。

 すっかり血塗れになってしまった。




 それから半年が経った。

 「シシガミユウキ」の手掛かりは、未だ掴めずにいる。




お読みいただきありがとうございます。

次回もよろしくお願いします

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ