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本郷-2

「本郷警部補って元捜査一課(そういち)だったんすよね?」


 神奈川県警本部の喫煙所で煙草を吹かしていた来栖は、隣にいる池谷に声をかけた。


「突然どうした? 知らないわけじゃないだろ?」

「いやぁ。最初からあんな感じだったのかなって思いまして。"あの事件"以前の活躍は知らないんですよ、自分。業務覚えるのに必死だったんで」

「お前は物覚えがあまりよくないからな」

「池谷さんだって手先不器用じゃないですか」

「それは関係ない」


 池谷は煙草に火をつけた。

 来栖は薬物銃器対策課所属の巡査長であり、今年で23歳になる。池谷はそれより10も年上であり階級も警部と離れている。だが互いに気兼ねなく話せるほどの関係を築いてはいる。


「話しを戻すと、そうだな。一課にいた頃もあんな感じだった」

「暴力的だったんすか」

「一課の前は暴対課(ぼうたいか)の人間だったからな」


 来栖は得心したような声を出した。

 暴対課とは暴力団対策課(ぼうりょくだんたいさくか)のことを指す。神奈川県警ではこう呼んでいる。


「「暴対課の鉄巨人(てつきょじん)」の話は聞いたことあるだろ? あの人と相方(バディ)だったんだよ」

「あぁ~。あの人の話は嫌でも耳に入ってきます。ってことはとんだ暴れん坊ですね」

「で、捜査一課に栄転(えいてん)してからも色々といざこざがあったみたいでな」


 捜査一課に知り合いが多い池谷は、よく愚痴を聞かされていた。


 ────あいつは命令を必ずと言っていいほど無視する。

 ────何もかも暴力で解決できると思っている。

 ────とてもじゃないが優秀とは言えない。一課に相応しくない。

 ────単独行動が多い。刑事ドラマの見すぎだ。格好もきっとその影響だよ。


「服装に文句言う奴は違うと思うけどな」

「それ俺も気になってました! あれですよね、昔流行った刑事ドラマの主人公と一緒なんですよね。レインボーブリッジ封鎖したやつ」

「封鎖できたんだっけあれ? まぁとにかく、違反行為の多い刑事だよ。ていうか俺に聞かず、本郷警部補に直接聞いたらいいじゃないか」

「だって怖いじゃないっすか。地雷踏んだらパンチ飛んできそうだし」


 池谷はその言葉を否定できなかった。相手の暴力性は冗談では済まないほど膨らんでいる。


「家族殺されたら俺もああなれますかね?」

「さぁな」

「池谷さんは?」

「……さぁな」


 池谷は短くなった煙草を灰皿に入れた。




ααααα─────────ααααα




「本郷警部補」


 廊下を歩いていた本郷は振り返り、声の主を捉える。薬物銃器対策課課長の小柳(こやなぎ)がいた。


「相変わらず身長高い、ね」


 本郷を見上げて言った。

 小柳は155センチと身長が低く、"栗"のような頭が特徴的だった。顔と体型も丸っとしたフォルムで、いつも額に汗を浮かべている。「覇気のない中年」だの「肉まんの不良品」だのと陰口を叩かれている男に、本郷は深々と頭を下げる。


「お疲れ様です」

「また暴れてくれたみたいだ、ね」

「申し訳ございません。校舎の一部設備を破損させてしまい……」

「謝らなくていいよ。本郷さんは薬対課(ウチ)のエースだから、ね。あれくらい平気」

「買い被り過ぎです」

「買い被るよ。そうじゃないと君を拾った意味がないから、ね」


 小柳はハンカチで額を拭く。冬場だというのに随分と暑そうだ。


「「シシガミユウキ」の情報は、なさそうかな?」

「まだ奴には遠いです」

「でも近づいていると思う。落ち込まずに行こう、ね」

「はい。ありがとうございます」


 再び頭を下げる。

 普段の本郷は非常に礼儀正しく善良だ。犯罪者確保する時とは人が違う。彼が不当に嫌われ、疑われるのを小柳は不服に思っていた。


「そうだ。実は暴対課も手伝って────」


 小柳の言葉が止まった。顔に一瞬陰りが差す。


「あら、これはこれは。問題児さん」


 肩越しに後ろを見ると特徴的な天然パーマが見えた。

 捜査一課所属の柴田(しばた)警視だ。スクエア型の眼鏡をかける薄化粧の、まだ29歳の女性警視は両者を睨め回す。

 大きな瞳と垂れ目には不快感が満ちている。疲労のせいか目尻には皺ができていた。


「取引中断並びに売人と薬の確保、お見事です」


 称賛の言葉は棘塗れだった。本郷は体を向け小さく頭を下げる。


「恐縮です」


 呆れ顔が返された。


「売人と買手(かいて)はどっちも高校生。前者は顎が外れてほとんどの歯が抜けたわ。痛みのショックで話せない。後者はそれを見たショックで言葉が喋れなくなってる」

「残ったひとりは教育実習生でした、ね。「トリプルM」を接種していたのを売人に脅され、いいように使われていたとか」


 小柳が睨まれ委縮する。本郷は2人の間に割って入るように体を動かす。


「半殺しで被疑者を捕まえるだなんて。おかげでいい笑い者になってるわよ、あなた」

「それはどうも」


 再び軽く頭を下げると舌打ちが投げられた。


「あなたは間違ってる。将来ある若者を不当に痛めつけるなんて。安全に確保することもできたでしょう」

「深く反省しております。ですが安全を配慮した結果、魔法を使われでもしたら被害が拡大します。その考えは今の時代、危険を生むだけです」


 柴田が眼鏡の位置を正す。こめかみが震えてた。


「それですぐ暴力で解決していたら警察が損をするだけ。警察が強権を持てとでも?」

「可能であれば」

「碌なことにならないわ」

「しかし今より強い権利を持たなければ、本気の魔法を使う犯罪者が出現した時に対処できません。狩人(ヤークト)に頼るのは避けたいと上も言ってます。異世界と繋がってから目立った魔法犯罪などは今のところこの国では確認されてませんが、備えておくのは重要だと考えます」

「グダグダと……正論に見せかけた馬鹿な発言をするな、家族殺し。世間の心配をするより自分の罪を認める方が先でしょう」


 またこれだ。話にならない。本郷は小柳に視線を戻す。


「小柳課長。自分はこれで」

「うん。気をつけて、ね」


 本郷は柴田の隣を抜けた。


「後ろめたいことがあるからって逃げるわけ? 今取り調べたら何かボロが出そうね」


 すれ違う際、粘着質な言葉を吐かれたが無視する。


「ねぇ。妹さんを殺した時どんな気分だったの?」


 本郷は、拳を握ることで怒りを堪えた。

 遠ざかる背中を見ながら柴田は鼻を鳴らす。

  

「柴田警視。私の部下にあまり暴言は……」

「どんなつもりであんなのを拾ったんだが」

「それは……」

「今のは独り言です。あなたの戯言は聞く価値がありません。それでは」


 興味のある獲物が消えたため柴田は足音を鳴らしながらその場から去っていった。

 ひとり廊下に残された小柳は気まずそうに頬を掻く。


「あの人に人殺しなんて、できないと思うんだけど、ね」


 微かな独り言を聞くものは誰もいなかった。 


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