第4話 彼女は怒り狂った。
夜明けとともに目覚める。隣には、昨日から一緒にゲームをしていた夕くん……くんはくどいからやめろと言われたな、夕が寝ている。よくもまあ元敵の前でそんなぐっすりと。確かに私は君に危害を加える気はないが、もう少し警戒してもいいんじゃないか? まあなつかれたというのなら嬉しいことだ。
いや確実になつかれているな。初対面の時なんか、千夜くんの後ろに隠れられたわけだし。ちなみに理由を聞いたら、当時は敵だったからだそうだ。まあ親しくしてくれなくて当然だな。
さて、今日はやるべきことがたくさんだな。昨夜聞いたが、夕の両親役をしている妖怪もそれぞれ三大妖怪らしい。話は夕がつけてくれるそうだが、せめて挨拶はしないとな。
それと、夕が妖怪だということを千朝くんと千夜くん、あとは美咲あたりにも伝えるか。夕は、自分が妖怪だと二人に知れて嫌われることを恐れてはいたが、あの二人なら難なく受け入れるだろう。なんなら、受け入れたうえでなぜ自分たちに先に教えてくれなかったのかと嫉妬もしそうだ。
そうだ、夕が妖怪だと教える前に妖怪と怪獣の区別も教えておかなくちゃ。たしか、妖怪は自分が住む地域の人間の言語を使い、トゥモローの外にはいない。そして人に化けることができる。怪獣は独自の怪獣語を使い、基本はトゥモローの外にしかいないが、まれに内部にも湧く。人に化けれない。こんなところか。
さて、とりあえずは千夜くんの訓練に向かわねばな。千夜くんに説明するのはその時にしよう。みんなに一気に教えると、質問攻めされてしまうからな。夕も連れていくか。証拠は目の前で見せた方が早い。制服は、戦闘で負傷したとき用のものが学校にあったはずだ。
黒いローブを着せた夕を背負って、窓から飛び出す。しかし、スピードが出せない分少し遅れてしまうな……そういえば妖怪は丈夫で、黒いローブを着た人間と大差ないとか言ってたな。よし、最高速度で行くか!
「加奈子さん、せめて一言かけるとかないんですか?」
「はい、すみません……」
正座中です。最高速度で跳んで夕に怒られています。
「自分の罪を言ってみてください?」
夕がとても冗談とは思えない殺気を発しながらニコニコと言った。
「はい。私、市戸子加奈子は夕さんが家を出た直後に起き、さらに呼びかけていただいてたのにもかかわらず、それに気づかずに最高速度で跳躍、そのまま十分以上放置致しました」
「宜しい。自分で贖罪の方法が浮かびますか? 浮かばないのであれば海に沈んでもらいますが」
「夕さんが好きな食べ物を生涯毎週おごらせていただきます」
「……はあ、分かりました。それに、毎週じゃなくて毎月でいいですよ」
「ご慈悲感謝いたします」
と頭を床につけるくらいに深く下げて言った。ちょうどその時、
「加奈子さんこんに、ちわ……」
千夜くんがやってきた。
すると夕がすぐに千夜くんの後ろに隠れ、
「千夜! 私、加奈子さんに罵倒しろって強制されて……!」
と言った。千夜くんがまるで失望したかのような目でこちらを見てくる。いや実際失望しているのだろう。いや待ってくれ、信じるなよ。
夕を見ると、こっちを見てニヤッと笑っていた。くそっ、こっちが贖罪の本命か演技派め。
「待ってくれ千夜くん! これは誤解で……!」
「あーはいそうですか」
ととんでもなく冷たい声で私に言い捨ててきた後、
「怖かったね、夕。今日は帰ろうか」
と夕に優しく話しかけていた。
「待ってくれ! 本当に誤解だ!」
あの後、夕が千夜くんに説明をしてくれて何とか誤解が解けた。危なかった。もう少しでレッテルさえ張られなくなるところだった。
「はい、えっと多分誤解が解けたところでね、今日本当は話したかった事話すんだけど、オーケー?」
「はい大丈夫です」
心なしか心の距離がいつもより遠い気がする。
「まず、今まで私たちが怪獣と呼んできた存在は二つに分けられて……」
そこからの説明は誤解を解くときの百倍はスムーズに進んだ。説明をしている間に、いつも通り私を慕ってくれる千夜くんに戻ったけどなんだか納得いかないなあ。
「はい、質問ある?」
「いや無いです。しかし、そっか。夕が妖怪か」
私にはいつも通りに、夕には感慨深げに言った。
「がっかりしましたか」
夕が微弱に暗く言った。また一瞬目を下に向けていた。
すると千夜くんが夕をしっかりと抱きしめ、
「そんなことない。むしろ、教えてくれて嬉しかった。ありがとう、夕」
と優しく、温かく言った。
夕はどうやら涙ぐんでいるようだった。
その後はいつも通り訓練をして、訓練が終わったころに来た千朝くんと美咲にも説明をした。千朝くんへの説明は二人に任せ、私は美咲に説明をした。
「へー、夕ちゃんが妖怪か。だからか知らないけど、小さい術以外消されてたのは妖怪だからできたのかな?」
「いや、昨日聞いたけど全部独学らしいよ」
と私が言うと、美咲が目を見開きまさに驚いたといった様子で、私と夕を交互に見た。
「独学で術が解けちゃうって、術者の定義壊れちゃうなー」
と困り気味に笑って言っていた。
「すると、夕が術を解けたのは妖怪だから独学できたか、気づいていないだけで術者かってところか」
その夕を見てみると、千朝くんに泣き抱きつかれ、千夜くんに頭を撫でられ、子ども扱いするなと少し怒っていた。ただ、どこか嬉しそうに見えた。
「夕ちゃん、肩の力抜けたねえ。そう思わない?」
「ああ、同感だ」
いつも通りの授業が終わり放課後。昨日に美咲と千夜くん、千朝くんが直近の生徒会活動を終わらせてくれたから、今日は怪獣や妖怪に関してじっくりと話ができるぞ。
「さて、今日は夕のご両親、つまりは残りの三大妖怪に話をつけに行くか」
「あ、それなら私が話しておきますよ。まだ臨戦態勢なので、加奈子さんが行っても戦闘になるでしょうし」
「お、そうか。ていうかそういう話だったな。では話を付けたら呼んでくれ。上司と一緒に出向くよ」
そうすると、今日は何をしようか悩むな……そうだ、千夜くんや千朝くんに知能持ちの怪獣を見てもらおう。怪獣がどういうものか、知ってもらおう。
夕と別れ、私、美咲、千夜くん、千朝くんの四人で学校の地下施設へ向かっているところだ。全員、黒のローブを着用してもらっている。
延々と続く螺旋階段を、カツンカツンと足音を響かせながら歩く。その無機質で代り映えのしない空間が時間を引き延ばす。真ん中の穴を除けばまるで深淵だ。
最初に沈黙を破ったのは千夜くんだった。
「知能があるってことは、コミュニケーションが取れるんですか?」
「ああもちろん。彼ら独自の言語もあるよ。私と美咲は喋れる。|なあ、美咲《Hyu nabhyen ja kaijuu》?」
「……ああ、|可能だよ《Pada nabhyen ja kaijuu》。今の会話はそれぞれ、喋れるよね、喋れるよって意味ね」
千夜くんと千朝くんがおお、と感嘆の声をあげた。
そこからはだれも喋ることはなく、カーペットの敷かれた最下層へたどり着いた。
長い廊下の一つの扉をくぐると、様々なコンピュータや機械装置が置かれている部屋があり、またその壁の一つには、開閉できない小さなアクリルガラスの窓がある。その先に、知能を持つ怪獣がいるのだ。
「あれが私たちが捕らえている怪獣、カアナクだ。意味は『お話』」
美咲は見慣れているので特に小窓をのぞき込むようなことはしないが、千朝くんと千夜くんは興味津々といった様子で小窓をのぞき込んでいる。
部屋の中では、カアナクはこちらに左半身を向けていた。その右半身は、白い無機質な肌に三本の針が下から上へと等間隔で並んでいる。脚は針一本、地面に突き刺さったかのようだ。頭は、立体的なトランプのスペードが逆さになった形をしている。
「ちょっと話してくるよ」
と言って、厳重に閉じられた三重扉をくぐっていく。
小窓の光のみの暗室に出ると、カアナクの右半身がないことがわかる。
怪獣語で話しかける。
「こんにちわカアナク。|元気にしてたかい《Hyu baka jef mokdi》?」
すると、カアナクはずいぶん前に教えた日本語で返してきた。
「コンニチワ、カナコ。mokdi……温かいヨ?」
久々に声を聴いたが、やはり高いおじいさんの声といった印象だ。
「元気な。元気で何よりだ。|今日は何してた《Koude, hyu jak o na》?」
「|右の私と話してたよ《Pada nabhyen hyen hyup bamp, pahya pada.》。|外にいるんだ《Naji hyaka fakda》」
と自然に話した。
は? 外にいる右の私?
「ごめんねカナコ。|別に悪気はないんだ《Pada boju na kohyen》。ア、でも|ちゃんと殺しておいたよ《pada kude o》|君たちのもう一つの敵《hyep pak , pahya kaje》……ヨウカイ? |名前はそう《Naji baka o jef》……|玉藻前《Tamamonomae》!」
妖怪を殺した? いやそれより、玉藻前って……昨日の夜に聞いたぞ。夕の母役の妖怪だって……!
「貴様……! 今まで半身のことに一切答えなかったくせに、なぜ今! いやそれよりも、クソッ!」
暗室を飛び出し、千夜くんを引っ張って階段まで急ぐ。
「ちょ、加奈子さん、どうしたんですか?!」
「今朝話した夕の母役の妖怪が殺されたかもしれない! あいつは右半身と話せる上に、それぞれを自由に動かせたんだ。それで玉藻前を殺したんだ! もし夕が右半身と遭遇していたら危険だ、急ぐぞ!」
螺旋階段の中央の穴を駆け上っていく。
「加奈子さん、カアナクの右半身特徴は?!」
「わからん! 左半身と同じだと仮定すると、脚である針に麻痺毒、三本の腕の針には嘔吐を促す毒がある! 毒袋は全部頭の中だ!」
地下を抜け、夕が出てきた場所へ直線で行く。時間にして十五分、間に合ってくれよ!
昨日、夕が出てきた市街地は、まるで市街地とは思えない有様になっていた。道路は凹みだらけ。全倒壊した建物が二軒、半倒壊した建物が三軒。周囲のブロック塀はほぼ全て倒れており、遠くの方はひびが入っており、中心部は粉々と言ってもいい。そんな粉々のコンクリの上に天狗の羽が生えた夕が倒れていた。
「夕!」
私と千夜くんが同時に叫び駆け寄る。
夕の損傷はひどいものだった。左腕は欠損し光る塵が漏れ出ていて、体中に小さく光る傷ができている。
「夕、起きてよ。返事してよ!」
千夜くんがそう呼びかけると、夕くんの目がかすかに開いた。開いた両目の内、右目は光でいっぱいだった。そして、いつもと変わらない調子で話してきた。
「あ、千夜、加奈子さん。怪獣は討伐は出来ませんでしたが、追い返せはしました。私はすぐに腕とかも元に戻りますから、気にしないでください」
「え、夕、元気なの?」
目に涙をためた千夜くんが、豆鉄砲を食らったような顔で言った。多分、私も同じ顔をしていた。
「はい、妖怪ですから。痛覚もありませんよ」
夕が微笑んで言った。
すると千夜くんが珍しくむせび泣いて夕に抱き着いた。夕は今朝みたいに嫌がるそぶりも見せず、千夜くんの頭を撫でながら受け止めていた。
さて、夕は千夜くんに任せてもいいな。私は怪獣を追おう。怪獣の痕跡は……ところどころ開いている小さい穴はカアナクのものか。
「千夜くん、私は怪獣を探してくるよ。夕の護衛は任せた」
私はそのまま、倒壊してない建物を踏み台に大きく跳躍する。身動きの取れない空中への大ジャンプ、そんなものをあのふざけた野郎が見逃すはずがない。
最高点、一瞬速度が全くのゼロになる瞬間に空気を突き抜く音が迫っているのに気づいた。
私は余程人間とは思えぬ動きで体をひねり、鎌を突き立てる。ひねってできた空間には、その縦半分しかない針が通っていて、突き立てた鎌は虚空の半身を突き刺していた。
「コンニチワ、カナコ。|右半身で会うのは初めてかな《Hyup bamp, pahya pada febe faa hyu》?」
「やあ、初めまして右のカアナク」
空中ですれ違う瞬間に言葉を交わす。そしてそのまま二人とも自由落下で地上に降りた。
ふむ、周りに人はいない。避難勧告の班がよくやってくれたようだ。
「カアナク、聞きたいことがある。|玉藻前を殺したの《Hyup hyu kude o Tamamonomae,》|は本当か《 pahya koat baka jef aa》?」
「タマモノマエ……アア、タマモノマエ! |私が殺したかも《Pada kude o ja》! |私が殺したやつが自分を《hyup pada kude o, pahya》|タマモノマエと名乗ってたよ 《naji baka o jef Tamamonomae》!」
ああそうか。こいつは心からの善意で玉藻前を殺したのか。可哀そうに、自らの非をも感じ取れぬ怪獣風情が可哀そうで仕方がない。本当に、吐き気がするよ。
「私を思って玉藻前を殺したのなら、私を思って殺されてくれ、カアナク!」
一瞬で距離を詰め、そのままの勢いで地面に刺さったカアナクを鎌で切り裂く。その瞬間、カアナクの横の針が一本、私に突き刺さった。
激しい吐き気に襲われ、思わず吐いてしまう。地面に飛び散った吐しゃ物の近くには、カアナクの横針の一本が転がっていた。
「まずは一対一」
「イイネ、タノシイネ!」
「抜かせ!」
すぐにカアナクとの距離を詰め、鎌で何度も何度も突き刺し切り突き刺し切るが、先ほどのように切らせてはくれず、ただ来る攻撃を余った二本の横針と、たまに脚ではじいてくる。
脚で鎌をはじかれるときに、金属同士がぶつかる音が鳴る。こいつの脚は金属かと。
虚空の半身方向から鎌で薙ぎ払うと、脚を支点に回転運動で半身を入れ替えその二本で鎌をはじく。
はじかれた後、すぐに蹴りを入れるとひるんだ。逃しては置けない。はじかれて刃部分が後ろに行ってしまったが、その持ち手の先は槍である。
末端の槍で思いっ切りカアナクの頭を突くと、大量の禍々しい色をした液体が流れ出てきた。
すぐに槍を引き抜いたが、その引き抜いた衝撃で液体が飛び散ってくる。それは唯一露出している顔の肌に付着した。
まずい、どの毒だ?!
そっちに気を取られてしまった。その瞬間、顔のないカアナクの表情は、おそらく笑っていただろう。
「ザンネン、ソレハミズ!」
カアナクは脚を思いっ切り私に突き刺した。それは腹を貫通し、またその穴から麻痺が体を駆け巡り、私の体は動かなくなってしまった。地面に倒れる。
カアナクは絶好の機会と、私の心臓を突き刺すために脚の先を私に向けた。
ああくそ、腕が動かないんじゃ、左胸ポケットの解毒剤もとれない。私の命もここで終わりか。そう思った瞬間、とてつもない突風とともに、カアナクの体が残りの横針を置いてきぼりにし吹っ飛んだ。
私の横に立っているのは、夕だった。肩から無かった左腕はもう手首まで再生していた。そして右手には千夜くんから借りたのだろうか、千夜くんの脇差が握られていた。
夕は、怒りと憎悪に満ちた声で喋り始めた、
「千夜に聞きました、あの怪獣が私のお母さんを殺したと。おかしいと思ったんですよ、自宅近くであれだけ音大きく戦ったというのに、お母さんが出てこないのは。殺されてたんですね。ああ、恨めしきや恨めしい、忌々しきや忌々しい! その面二度と私に見せることなかれ。なればその面見せることもかなわなくしてやろうか、そも無いその面、切り取ってくれる!」
夕はそのままカアナクに飛んで行った。
「まれ、夕、いえんだ!」
クソッ、麻痺毒のせいでろれつが回らない。
「加奈子さん、大丈夫ですか?!」
千夜くんが遅れてやってきた。
ろれつの回らない舌をどうにか動かして、千夜くんにメッセージを伝える。
「夕お、えん、ごを!」
千夜くんはオーケーのハンドサインを私に、遠くで見ているであろう救護班に対し救護要請のハンドサインを出し、すぐにもう一本の脇差を抜き夕とカアナクのいる方へと跳び出した。