第3話 彼女と朝まで語り合いました。
千夜と千朝と別れて家路を続きます。しばらく歩くと一際暗い塀に、人間には見えない扉があるので、そこをくぐると私の家に着きます。
「おかえりなさい夕。学校はどうだった?」
死んでしまった実の親の代わりに母親役をしている狐の妖怪――自称玉藻前だそうです。――が出迎えてくれました。
「ただいまです。千夜が市街地戦闘に参加し始めました。それと、加奈子さんが今日の敵は手ごわかったと言っていました。どなたを向かわせたんですか?」
鞄を自分の空間に投げ入れながら聞きます。
「え、今日は誰も出動させていないはずだけれど……」
誰も出動させていない……妙ですね。確かに光の塵はついてましたし。野良の仕業でしょうか? まさか本当にtomorrow内部に怪獣が?
「ああ、そう言えばこれ。頼まれてたファイル盗んできましたよ。それと、残念ながら亜根村美咲のギフト……術と言った方がいいですか、術はわかりませんでした」
「ありがとうね。えーっと、うん良し! ちゃんと怪獣に関する記録ね。あとで一緒に見ましょうか。術は仕方ないわね、彼らは特別に警戒心が高いから。ただ、このファイルには術のたぐいはついていないようだし、案外抜けているのかしら?」
「いえ、ちゃんとその場で解除してから持ってきました」
「あらそう、ありがと! え、術解除できるの?!」
「はい。それと術の強固さから、卓越した技術者以上だと推察できました」
と言うと、お母さんはぶつぶつ何かを言いながら台所のスペースへ戻っていきました。ただ一言、「すごくない?」と言うのは聞こえました。亜根村美咲のギフトの話でしょうか。
自空間で着替えを済ませると、玄関のスペースから父役の声が聞こえました。帰ってきたみたいです。お出迎えに自空間から出ると、ちょうどお父さんの肌の色が、人間のものから鬼の赤色に変わっているところでした。
「おかえりなさいお父さん」
「おう、ただいま夕。学校はどうだ」
「お母さんから聞いてください」
とすかさず言いました。
「はい……」
とお父さんはしょんぼりした顔で自空間へ行きました。自称酒呑童子の名が聞いてあきれる表情で、少し笑ってしまいました。
お母さんが作ってくれたご飯を食べ終わった後、妖怪の代表として三人で会議をします。今までは毎日というわけではなかったのですが、最近人間の動きが活発になってからはおおよそ毎日やっています。
「何から話しましょうか?」
「あれだ、夕が持ち帰ってきたファイルでいいんじゃないか?」
「そうね、そうしましょう。ファイルの題名は『怪獣について』。目次は……すごいわね、外の怪獣もそうだけど私たちのことに関しても記述があるわ」
「本当ですか、見せてください!」
お母さんに手渡されたファイルを見ると、持ち帰った時は中を見ていなかったが、確かに私たち妖怪のことも『以下より性質の違うもの』と、別の項目として書かれています。それにすごい量です。目次から推測するに百ページは優に超しているでしょう。
「しかし、目次に書いてある怪獣の名前、どれも変わった名前をしていますね。アルファベット表記で、しかも私たちの名前も変なのが混じっていますし……ほらこのがしゃどくろのようなものもKajadokuoって」
とがしゃどくろと思われる画像が載ったページを見せるます。
「本当ね。でも説明文は日本語よね。どうして名前だけこんなアルファベット表記で……あら、下に手書きで『がしゃどくろ?』って書いてあるわよ?」
指摘されたところを見ると、確かに書かれています。ほかのページも、私たちに関して書かれたページに関しては手書きで日本語名が書かれているものが多いです。例えばDenkは『天狗?』と書かれていました。それによく見ればこの筆跡は、亜根村美咲のものにそっくりでした。
途中(初っ端)から寝てしまったお父さんはほっといて、筆跡のことについてお母さんに話しました。
「そのファイルの持ち主が美咲さんなのよね? なのになんで自分で注釈みたいなものを……」
お母さんが考え込んでいるうちに目次をもう一度読み直すと、『怪獣語』という項目があるのに気が付きました。目を通してみると、項目名通り怪獣の使う言語だそうです。さらに目を通していなかった序文では、怪獣の名前は怪獣語の発音にのっとって書かれているそうです。
「ねえ夕、もしかして……」
お母さんの推論を聞くと、このファイルの序文に書かれたこととほぼ同じことを言っていました。さすがお母さんです。またそれに続いて、
「人間は、もしかしたら怪獣と対話できる人がいるのかも。さっきさらっと目を通した時、とてもじゃないけど生態観察でわかる範囲を超えた記述もあったの」
「なるほど、怪獣から直接聞いたということですね。するともう一つ気になる点があるんですが、怪獣のことについて詳しく書かれている理由はわかりました。では、私たちについて詳しく書かれている理由は? 怪獣の話をもとにこのファイルを作成しているなら、怪獣が私たちのことについて知っているということになります。これはなぜ?」
するとお母さんがしばらく黙った。お父さんの比較的小さいいびきが響くくらいには静かだった。数分経って、ようやくお母さんが沈黙を破った。
「それはね、昔怪獣に捕らえられた妖怪がいたから、だと思うわ」
お母さんはきわめて真剣に、そして少し寂しそうに喋り始めた。
「彼女は当時、妖怪の幹部的存在だったの。けれど、怪獣を討伐しにいったある日から、彼女が戻ってくることはなかった。私たちは彼女は死んだと思い込んでいた。なぜなら、当時はまだ怪獣に知性がないと勘違いしていたから」
妖怪をよく知っている幹部が怪獣に捕らえられ、彼女が吐いた情報が次は人間側に流出した。確かに、人間が怪獣から妖怪について聞いたことについてつじつまが合います。もしその消えた妖怪が生きていたらの話ですが。
「まあ、この話はここで終わりにしましょうか。考えても仕方のない話だわ」
それもそうです。経緯よりもその事実の方が重要ですから。
「次は今後の大まかな方針について話しましょう。そうね、夕。あなたは人間を、不井草千夜や白来千朝を含めた人間を殺したいと思う?」
お母さんがいつになく真剣に聞いてきました。
「千夜や千朝を殺したいか、ですか? ……そんなの殺したくないに決まってます。二人は私の大切な友人なんです。」
実際、先月の奇襲もあまり好ましく思っていませんでした。
「それでも殺すというなら、その時は」
私の手で。そう言おうとした瞬間に、
「そう、わかったわ!」
私の発言を止めるようにお母さんが発言しました。
「殺したくないのなら、人間と共存していく方針を取りましょうか」
「え、そんな簡単に決めていいんですか?」
思わず立ち上がって聞きました。
「ええもちろん! 三大妖怪の会議で一人が欠席、一人が投票拒否。なら、あと一人の考えが然るべきよね」
「で、でも!」
と自分でも訳も分からずに反論しようとすると、
「俺も人間との共存に票を入れるぞ!」
お父さんがいきなり起きてきてそう言いました。
「トゥモローの奴らの仕事っぷりは見ていてかわいそうになるほど忙しそうだからな! 俺が変えてやんねえとって愛着湧いちまったわけよ!」
お父さんが覇気よく言いました。
「そう、なら人間と共存の方針に決定! 夕もこれでいいわね?」
お母さんがウインクしながら言ってきました。
ああ、どうやら妖怪全体の方針は、私の私情で決まってしまったようです。
「さて!」
とお母さんが手を叩き
「もう会議も終わりにしましょうか。もう二時間もたっていますしね。夕、そのファイルを今から学校に戻してきてもらっていいですか?」
「わかりました。すぐに行ってきます」
会議に私情を挟んだことが少し後ろめたく、せめてもの贖罪と言うことできびきび動きます。
家の空間から外に出ると、ほんのわずかな空気の切れる音とともに、鈍く光る薄い金属の板が私の首を切ろうかという場所にいました。
「やあ、夕くん。君がまさか怪獣の仲間だったとはね。ファイルに仕込まれた極小の術には気づかなかったか」
加奈子さんが声を低く言いました。
まずいですね、バレてましたか。方針として、人間と共存の道を選んだのだから、対立は避けたいのですが。この状況を穏便に済ませるには……演技でもしますか。夕にとりついている妖怪代表のふりでも。
「夕くんと言うのはこの体の持ち主のことだね?」
自分の体をなぞって言いました。
「そうか、お前は夕くんの体にとりついているのだな? ならば今すぐにその体から離れろ!」
「まあまあ、落ち着け。この娘の体を無傷で返してほしくば、我の言うことを聞くんだな」
思いっ切り舐め腐った態度、格好で話します。
「言うこととはなんだ?」
加奈子さんが小さく舌打ちした後にそういいました。
「簡単な話だよ。我々と協力関係を結ばないか?」
「協力関係?」
「ああそうだ。君たちが追っている怪獣、奴らは私たち妖怪の天敵でもあってね。どうだい、敵が一組減り、味方が増える。ついでにこの娘も無傷で帰ってくる。いい話だろう?」
加奈子さんが少しの間黙ってから口を開きました。
「まったは無しだな?」
「ああ、無しだ」
「ならばその話受け入れよう。私たちもちょうど、怪獣……ではなかったか。お前たち妖怪と協力したいと思っていたところだったからな」
加奈子さんの鎌が少し離れた位置に行きました。未だ私を切れる位置にはありますが、友好の証明でしょうか。
「ふむ、賢明な判断だ。ならば約束通り、この娘の体を返してやろう。いや、その前に。私と話をしたくば、この札をこの娘の生身に張り付けるといい」
とお札の束を虚空に突き出します。
「さすれば、またこの娘の体に宿ってきてやろう。では」
言い切った後、力が抜けたように倒れます。もちろん演技です。倒れ始めた直後に、加奈子さんが受け止めてくれました。
「夕くん! 大丈夫か?!」
寝たふりに努めます。
「……寝ているだけか。まいったな、こんな時間じゃ千夜くんも千朝くんも起きてはいないだろうし、夕くんの家も知らないし。私の家でいいか。いやしかし起きた直後に変態や最低などとレッテルが貼られる可能性が……」
加奈子さんがずっとうーんと考え込んでいます。
普段のあたりが強かったんでしょうか。すこし失礼な考えを持っているようです。
「まあいいか。レッテルを張られたとしても、この子を守れたことに変わりないんだし」
おや、誠実な面もあるようですね。
加奈子さんが私を背負いました。その直後、唐突体が重くなった感覚がしました。何事かと、バレないようにこっそり目を開けると、なんと宙にいたのです。下にはぽつぽつと残る住宅の光が見えます。
これはだめですね。高所恐怖症には無理な話です。私は本当に意識を手放しました。
本当の気絶から覚めると、そこは知らない天井でした。まあ加奈子さんの家の天井なのでしょうけど。体を起こすと、ここが和室で布団の上だとわかります。また、引き戸の向こうから明りが漏れているのに気づきました。
引き戸の向こうを見てみると、何やら黒い物体が机の近くで微妙に動いています。たぶん黒いローブを着た加奈子さんなのでしょうが……家の中でもローブだとは。
とりあえず、起きたことでも知らせますか。まるで何も知らないかのように、自然に引き戸を開けます。その音に気付いて、加奈子さんが反応してきました。
「おっ、夕くん! 起きたのか。どうだ、体調に変わりはないかい?」
加奈子さんがすぐに駆け寄ってきて、私の心配をしてくれます。
「はい、身体は何とも。あの、それでですね……」
言いずらそうに話し始めます。
「私、とりつかれていた間の記憶があるんですけど、あの話って本当ですか?」
「聞こえてたのか。ああ、本当だよ。組織の中でも共存しようって考えが広まってきてた頃だからちょうどよかったよ。ただ、私の一存で決めてしまったことにとても胃を痛めてる」
明日は説教かな、などと笑って加奈子さんが言いました。
「そうですか。良かったです!」
「良かった?」
「はい、あなたたちと争うことにならなくて」
ここまで言うと、加奈子さんも気づいたようでした。
「まさか、君は!」
「はい、さっきまで騙しててすみませんでした。妖怪代表として謝罪いたします。三大妖怪が一人大天狗、小魚泳夕です。以後お見知りおきを」
深々とお辞儀をして言いました。
「ははっ、まったく騙されたよ!」
「私は首に鎌が来てひやひやしました」
加奈子さんは私が妖怪だということを案外簡単に受け入れ、その後深夜テンションでうざ絡んできました。酒に酔ったお父さんよりうざいです。
「そういえば加奈子さん。そのファイルに書いてあった妖怪の情報って怪獣に聞いたものなんですか?」
「ああそうだよ。いやちょっと違うな、怪獣が話してきた情報だ。『私たちはお前たちに危害を加える存在を知っている。だから私たちに協力せよ』ってね。まあ怪しすぎたけど、聞くだけ聞いてそのまま逃げたさ。そういえば、怪獣語も教わったな」
怪獣が私たちについて知っている。やはり本当に昔捕えられた幹部が情報を吐てしまったのでしょうか。早くお母さんたちに知らせないと。
「Pada baka jef Kanako!」
と唐突に意味の分からないことを言ってきた。
「え、なんて言ったんですか?」
「怪獣語で私は加奈子ですって。これくらいしかぱっと出るのがなくてね。さあ夕くん、あしたは休みなんだ。朝までゲームでもしながら語りつくそうか!」
「……はあ、分かりました。いいですよ、何のゲームやりますか?」
まあ、知らせるのはあしたでもいっか。
そのまま本当に彼女と朝まで語り合いました。