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第1話 彼女はそう言って笑った。

 目覚ましが控えめな音を出し、それによって私は目覚めた。アナログ時計の見た目をしたデジタル時計は午前六時を指している。すぐにベッドから起き上がりシャワーを浴びる。高校生と言うことで心機一転、長い赤交じりの黒髪をショートカットにしてからは髪を洗うのが楽になった。歯を磨き、キッチンに立って弁当を三つ作る。幼馴染のためだ。

 午前六時半。弁当は出来たので、寝坊助の幼馴染を起こしに行かなければ。隣の家の「白来(しららい)」の表札をくぐり、合鍵で家の中へ入る。階段を上って突き当りの扉を開けると、布団にくるまった幼馴染がすやすやと寝ている。この寝坊助は目覚ましが効かないので、布団をはぎ取ってやって大声で呼びかけるほかない。

「おはよう、千朝(ちあさ)

千夜(ちや)ちゃん……おはよー」

 薄茶の腰まである長髪を持ち上げて、まだ眠そうな声であくびをしながら彼女は言った。

 名前の似ている彼女は、とても私とはとても似つかない。明るく無邪気なその様は人々を魅了し引き付ける。その優しさは近づいた人を逃さない。すこしおどろおどろしい言い方だろうか。つまりは人気者と言うことだ。

 寝ぼけまくっている千朝は、寝起きは何の行動もとれないため私が風呂で頭を洗ってあげてる。頭を洗い終わると丁度千朝が目覚めるので、身体は自分で洗ってもらって私は朝ごはんの準備をする。

 できたサンドイッチとコーンポタージュを机に二つずつ並べる。いつもはもう一人の幼馴染のためにもう一セット作るが、この時間まで来ないということは寝坊して自分の家で食べているのだろう。水をコップに注いでいると、千朝が風呂から上がってきた。

「おはよう、千夜ちゃん。今日もありがとね」

「どういたしまして」

 午前七時頃に食べ始める。

「今日の授業なんだっけ?」

「まだ寝ぼけてるの? 今日は入学式だけだよ」

「そっか。ええっと学校名は……利未町南学園リみちょうみなみがくえん!」

南利未学園(みなみリみがくえん)ね」

「そうそうそれ。南区の子たちとか来たりするのかな?」

「来るんじゃない? 中央区でも結構大きい高校だし、比較的南区とも近いし」

「そっか、楽しみだなー。いろんな地域のこと話せたら楽しそう!」

 と楽しそうに言った。

 食べ終えたとき、ちょうどインターホンが鳴った。

(ゆう)ちゃんかな?」

「出てくるよ。皿洗っててくれる?」

 はーい、と千朝が食器をかたずけてる間に玄関へ行き扉を開けると、少し小柄のもう一人の幼馴染、夕が立っていた。

 中学の頃のように金髪には染め続けていないらしく、頭はプリンのようになっていた。

「おはよう夕」

「おはようございます、千夜。今朝は寝坊しちゃって来れませんでした」

 夕がお辞儀をすると、肩ほどまである髪がぴょんと揺れる。こういうのをかわいいというのだろうか。

「やっぱり゛ぃ!」「おはよう! 夕ちゃん」

 後ろから千朝が私の背中に飛び乗ってきた。

「だ、大丈夫ですか?」

 夕が顔を覗き込んで心配してくれる。

「どしたの千夜ちゃん。もしかして、私に抱き着かれてドキドキしちゃった?」

 と千朝がニヤニヤしながら言ってきたので、千朝の頬をつねりながら、

「ああドキドキしたよ。心臓が飛び出るくらいね!」

 と言ったら、いはいいはい(いたいいたい)と、意味の分からないことを言ってきた。


 満員電車に揺られること三十分、学校の最寄り駅である南利未駅に着いた。

 電車に乗ってる時から気づいてはいたが、いざ降りてたくさんの同じ制服の人が歩いているのを見ると圧巻だ。

「すごいね! こんなにたくさん……」

 千朝が心底驚いた表情をしている。

 夕を見ると、少し怪訝な表情をしていた。

「大丈夫?」

「あ、大丈夫です。ちょっと、人酔いしただけですから」

 とさらに顔を曇らせる。

 千朝と顔を見合わせ、すぐに通学路を外れた住宅街の方へ行く。幸い、通学を監視している先生には見つからなかったようだ。

 住宅街に入り道を一つ曲がると、通学路からは死角になった。そこに夕を座らせる。

「少し落ち着いた?」

 と聞きながらペットボトルの水を飲ませる。飲ませていると、心配は別として少しかわいく思えてしまう。小動物に水をあげてるようなかわいさだ。

 水を飲み終わると夕が口を開いた。

「すみません、手間とらせちゃって。時間は間に合いそうですか?」

「ダイジョブだよ! もう少し休んでても余裕あるから、急がないでいいからね」

 千朝が優しくそう返事をした。

 しばらく夕の看病をしていると千朝が何かに気づいたようで、道の向こうの方へと行ってしまった。千朝が角を曲がったすぐ後に、千朝の短い悲鳴が聞こえた。

「千朝?! 夕はここで待ってて!」

 と夕を置いてすぐに千朝が曲がった角へ行くと、千朝が地面に座り込んでいた。こちらを振り向いた千朝は涙目だった。

「千朝、どうしたの?!」

「いま、目の前に火の玉が……」

 千朝が指さした方を見ると何もいなかった。

「とりあえずいったん夕のところに戻ろう。置いてきちゃったから」

 千朝に手を貸し立たせる。

 道に戻ると、巨大な四足歩行のオオカミのような獣が座っている夕に近づいているのが見えた。

「「夕」ちゃん!」

 その獣がこちらに気づくと、夕を無視してこちらに走り出してきた。とっさに千朝を横の道につき飛ばし、その大きな口に対し意味がないとわかっていながらも、もう片方の腕を前で曲げガードをすると同時に獣は大きく口を開き噛みつこうと、いや吞もうとしてきた。ああ、これは死んだな。

 そう思った瞬間、獣の首が《《ずれた》》。つまりは切られたのだ。首の断面からは鮮血などは流れず、控えめに輝く薄い塵のようなものが空気に溶けるようにまき散らされる。そこから連鎖して獣は一気に塵と化した。

 その光り輝く塵の中央に、獣の首を切り落とした長身の人物が居た。黒いローブとフードに包まれ、その背丈ほどの大きな鎌を持った人物がフードを取ると女性が出てきた。彼女がローブの中にしまった髪を外に出すと、輝く塵とともに真っ黒な長髪が風になびく。髪が光っているようだった。人間とは思えないその奇妙に麗しい(きれいな)顔がこちらを向いて話しかけてきた。

「ケガはないかい、お嬢さんたち」

 その勇ましくも美しい声が私たちには、もう大丈夫だという極度の安心の証明に聞こえた。

「尻もちをついているそこの子は大丈夫かい?」

 と女性は千朝を見る。

「ふむ、ケガはないようだね。丈夫でいい子だ。そっちのもう一人の尻もち少女は?」

 と次は夕に近づく。すると夕はぱっと立ち上がって、私たちの後ろに駆け寄り隠れてしまった。

「おや、人見知りされてしまったか」

 すると夕が、

「その……ありがとうございます」

 と小さく言った。それに続いて私と千朝もお礼を言った。

「いやいや、いいんだ。これが私たちの仕事だからね……そうだな、君たちにも知ってもらおうかな。今は時間がないから今日の放課後、入学式が終わったら生徒会室に来てくれ」

 と言うだけ言って、その人は人間とは思えない跳躍と速さで《《跳び》》去ってしまった。

 しばらく、三人そろって事の大きさと突飛さに呆けてしまっていた。


 ギリギリ学校についた後、夕を保健室に連れて行った以外は何事もなく入学式は終わった。ちなみに在校生代表のあいさつは、朝の女性が喋っていた。生徒会長だそうだ。

「なんかあっけなかったね」

「朝あれだけ濃いことがあったからね……夕の様子見に行こうか」

「夕ちゃん、朝の出来事でまた疲れちゃってたからね。元気になってるといいなー。それにしても、夕ちゃんってあんなに人見知りしたっけ?」

「どうだっけ。単純にあの人が苦手とかかもしれないし。私は大丈夫だけど」

 保健室につくと中から話し声が聞こえた。

 入ってみると、ベットに夕と生徒会長が座っており、会長が夕《《に》》肩を組んで話していた。夕はと言うと……完全に無表情だった。虚無であるかの如く目は焦点と光を失い、口は上にも下にも曲げてはいない。扉を開けた音でこちらに気づいたのか、こちらを一瞥するとすぐに駆け寄って背中に隠れた。

「おや、逃げられちゃったか。まあいいさ、どうせスキの裏返しなんだろ?」

「いえ違います」

 夕が間髪入れずに言った。

「あっはは! ごめんごめん、さすがにウザがらみしすぎたよ! さあ、みんなそろったことだし。生徒会室、行こうか」


 広い敷地を占める南利未学園のA棟二階西の部屋。その入口には重圧のある木の扉があった。

「ここが生徒会室だよ! あ、ちなみにこの木の扉、ノックするとね」

 と会長がノックをするとコンコンと、はっきりと重く響いた。

「こんな風に来客がわかりやすいんだ。中からも同じような音が聞こえるよ」

 会長が扉の鍵を開け中に入る。私たちもそれに続いた。生徒会室の中は、上品さを感じさせるような暗い木を特徴とした静けさの漂う部屋だった。ソファと机、それに落ち着いた中でひときわ存在感を放つ重さを感じる机は生徒会長のものだろうか。

「お三方はそちらのソファへどうぞ」

会長は机を挟んだ向かいのソファに座った。

「まずは何から喋ろうかな……自己紹介もしていなかったか。私は市戸子(いちとし)加奈子(かなこ)だ。カナコちゃんって呼んでくれ」

 加奈子先輩、会長? がおどけた調子で言う。

 私たちも自己紹介をした。

「千夜くんに千朝くんに夕くんだね。いやあ、今朝は大変だったね! 入学初日から怪獣に襲われるなんて。まあ生きている中で怪獣に襲われることの方が少ないんだけど。そこで君たちが聞きたいのは、その怪獣のことだろうが、とりあえず先に君たちの話を聞かせてもらっていいかな?」

 加奈子先輩がそう言ったので、私たちはそれぞれ何があったかを話した。驚いたのは、夕があの獣について事細かく覚えていたことだった。

「ふむ、夕くんは記憶力がすごいね。それだけ情報があれば何の怪獣か特定できるよ。まず、怪獣は実体があるものとないものに分けられるんだけど、君たちが遭遇したのは実体があるのが一体、ないのが二体かな」

 加奈子先輩が言うと、千朝がこう言う。

「私が見た火の玉が一体と、私たちが襲われた怪獣がもう一体で、あと残りの一体は何ですか?」

「たしか、千朝くんは何かに気が付いて火の玉のいる角に行ったんだよね?」

 千朝が頷く。

「なら、その《《何かに気づいた感覚》》にさせる怪獣も多分そこにいたよ。トゥモロー建立前の伝承で言うと……あざ、あず? ……そう小豆洗い! 小豆洗いとかに近いかな。知ってるかな、小豆洗い。人を呼び込む奴」

 私と千朝はピンとこなかったが、夕は知っているようだった。

「たぶんその小豆洗いもどき、火の玉、獣の三体で組んでたんだ。奴らは社会性のあるのもいるからね。そして奴らは『見られてもいいが、狙った獲物は逃さない』の精神で殺しをやってる。つまりはね、君たち三人はもう彼らの標的で、いつ殺されるかわからないんだ」

 殺される? なんで私たちが?

 千朝は青くなっており、夕は表情こそ変えないが私と千朝の服の裾をつかんでいた。

「なあに、そこまで怯えることじゃないさ。なぜなら、私が君たちを守るからね」

 ああ、この声は聞いたことがある。今朝私たちを守ってくれた声。安全の絶対証明。

「改めて自己紹介を。私は市戸子加奈子、君たちを守る騎士だ」


「で、なんで私はこんなところにいるんですか?」

 私と加奈子さんは今、南区を抜けた先、つまりはtomorrowの外に来ていた。つまりを重ねるならば、怪獣の倉庫だ。さらに私の右手には短剣が握られている。西洋の片刃の短剣だ。

「いやあ、あれだけ格好つけておいてあれなんだが、さすがに私一人では君たち三人を無傷で守り切れるとは言い難くてね! それに、君も自分で自分たちの身を守れたほうが安心だろ?」

 とウインクをして言ってきた。

「はあ、つまり私にも戦えるようになれってことですね……加奈子さんがここにいる間でも、千朝と夕は本当に無事なんでしょうね?」

「ああ、ちゃんと私の知人に守ってもらっているからね。生徒会副会長の美咲(みさき)と言うんだが。一日くらいなら大丈夫さ」

 この人が言うのならば、本当に安全なのだろうが。

「さてじゃあ問題だ。私とその組織は怪獣たちを倒せる能力を持っている。実際、外周の防衛で出る死者数は年間一人二人だしね。また自衛隊を出動させれば土地の奪還も可能だろう。ではトゥモローがそうしないのはなぜか、わかるかい?」

 ……わからない。黙って首を横に振る。

「正解は、もし奪還したとしても、その奪還した土地から普段通り怪獣が湧いて出るからなんだ。奴らの生誕は交尾によるものじゃない。自然にぽっと出で湧いて出るんだ。まるで神域に出てくる物資みたいにね」

「……加奈子さんは神を怪獣の仲間だと思ってるんですか?」

「いや、神は神だと思うよ。ただ、怪獣を送っているのは、ね。さあさ、政治的宗教的な話は終わりだよ! 今からトゥモロー内で目撃情報のある怪獣全部探して倒すんだから!」

「全部って……何種類いるんですか?」

「うーん、大体二十種類?」

 ニ十種類くらいならまあ……。

「あでも、予想では今後、八十種類でるとか情報班から聞いたな」

 合わせて百種類……。

 改めて周りの景色を見てみる。倒壊したビルや家はそのまま瓦礫として残っており、その隙間や空間に小さな怪獣がいるのも見える。さらに中くらいの怪獣もそこらかしこにおり、数えられたものじゃないが百種類以上は確実にいるだろう。

「この中から百種類全部ですか?」

「ああそうだ。だが心配するな、該当する百種類以外の怪獣はすべてカナコちゃんが倒してあげるから! それじゃ、はい黒のローブ」

 と、どこからか取り出した加奈子さんが来ているのと同じローブを渡される。

「これは……なんですか?」

「身体能力の強化をしてくれる万能装備だ! ちなみにそれをつくっているのは、千朝くんと夕くんを守ってる件の友人なんだが、私や組織のトップにさえ作り方を公開してくれない怪しいモノでもあるぞ!」

 ……そう言われると着たくないが、まあ死なないためには着るしかないのだろう。

 はあ、憂鬱だ。


 訓練も一段落ついたところで、加奈子さんが空を見上げてこう言った。

「千夜くん、あの一際暗い雲に雷が見えるかい?」

 言われた方向を向くと、確かに暗い雲の中に雷が見える時がある。

「あの雷の内十パーセント程度は怪獣なんだよ」

「え、あの雷がですか? それってとんでもない大きさなんじゃ……」

「そうだ。だから組織は討伐を半ばあきらめている。代わりに、共存できないかと模索しているんだ」

「共存、ですか?」

「ああ。これからの時代、怪獣は怪獣どもではなく怪獣たちになる日が来るかもしれない。千夜くん、もし君が話の通じる怪獣と出会った場合には、友好関係を築くんだよ」

 加奈子さんはただそう言った。


「千夜くん、三十五種類目十体の群れ送ったよ!」

 前から、前足の筋肉と角が発達した牛のような怪獣が十頭、走ってやってくる。三十五種類目ともなればなれたもので、とくにひるみはしない。それに加奈子さんが、ここは巻き込まれる住人はいないから即効性を求めなくていいと言われたので、落ち着いて回避、そして弱点を見極める。

 牛たちの突進をよけるため大きく右側へ走ると、牛たちもしっかりと曲がってきた。地上での回避は困難だと判断し、牛たちの方向へ大きくジャンプした。牛の上を通り過ぎ着地、振り向かれる前にすぐに短剣で一頭、また一頭とアキレス腱を切っていく。

 アキレス腱を切り終えた牛は死にかけの蝉のようにジタバタと暴れている。まあ近づいたら殺されるという点では、蝉とは遠くかけ離れているが。無駄なケガをしないように一体ずつ慎重に心臓のあたりを突き刺す。すると輝く塵が傷口から漏れ出し、伝播し、全身が風で飛ばされていく。

 終わった旨を報告するために、近くで別の怪獣を倒している加奈子さんに声を掛けようと加奈子さんのいる方を見ると……彼女は大量の光に包まれていた。

「おっ、もう終わったのか。結構早いな! よし次行ってみよう!」

 そう屈託のない笑みを浮かべる彼女は、周りの光も併せて神から祝福された天使のようにも見える。しかし真っ黒いローブに身を包み、大きな鎌を持ったその様と言えば死神だ。

「えー、もう次ですか!」

 冗談めかして言う。

「そうだぞー。あと七、じゃない六十五種類も倒さなくちゃなんだからな! ほら、三十六種類目二体、今回のは強いぞ!」

 彼女はそう言ってニカっと笑った。

第3話から第5話までは今日の23時に、

それ以降から第10話までは今日の24時に掲載します。

明日忘れてなかったらこのメッセージは消えてます。

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