第八話「神殺しの器」
「聖騎士の立場を考えれば、当然と言えば当然ね。だけど、ここで戦うつもり?」
ブレゲヒュッテは面倒そうに言い捨てた。
「……ええ。アスト王子は本来なら死んでいる人間。神に仕える聖騎士として、裁く立場にあります」
槍を向けない理由はありません、とコーネルは強い口調でそれに返す。
「状況理解してる? 私達はルクロに命を狙われたのよ」
「そんなこと……話せばわかってくれます。だからこそ、彼は勇者の名を持っていると信じています」
コーネルは勇者としてのルクロを信じているようだった。
話せば分かる、と言うなら、俺はコーネルと話をして、この場を収めたい。
昔から知っている仲だからこそ、こんないがみ合いはごめんだ。
「コーネル……話し合いは出来ないのか。俺達は、話し合いが出来ないような関係じゃなかったはずだ」
「王子……。あれから3年が経っているんですよ。私の気持ちだって変わっています。もう、貴方は、過去の人です」
「3年……? そんなに、経っているのか?」
俺は、ブレゲヒュッテの方を見る。
彼女は俺を見て、頷いた。
その情報は正しいということか。
通りでコーネルを見て、初見で気づかなかったわけだ。
3年も経っていれば気づかないのも当然……か。
「それにブレゲヒュッテ。貴方も既に聖女ではない。世界の理に逆らった反逆者です」
これ以上、貴女の護衛は出来ませんと言い切り、コーネルは続ける。
「貴女は聖女として教会に仕えるのを引き換えに命を救ってもらったはずです。それなのに、教会の調査と偽ってここに来て、こんな、禁忌を……」
「そうね。確かに私は教会を欺いた。それは事実」
コーネルの訴えをブレゲヒュッテはあっさりと認めた。
「けどね、貴女は私の裏切りに気づいていて、見逃していたのではなくて?」
アストリアスの服を用意したのも貴女よね、とブレゲヒュッテは言った。
そうか、あれはコーネルが用意したのか。
「……迷っていたのは事実なんです。それに、王子に聞いてみたかった。どうして、あんな怪物に成り果てたのか」
「……あれは」
「教えて下さい、王子。あの時……城で何があったのか」
「それを答えたら、槍を降ろしてくれるか?」
コーネルは俺達に槍を向けたままだ。
ブレゲヒュッテも武器は持っていないが、構えを解いていない。
「それは……」
コーネルが悩んでいると、
「あれあれ? 何でアスト王子に聞くんですか。それ、僕に聞けば良いじゃないですか?」
聞き覚えのある、声がした。
そして、絶対に忘れることが出来ない声。
「城で起こったことが聞きたいなら、僕に聞けば終わるじゃないですか。それを、聖女が禁忌を犯すのを黙認して死人復活させて聞くことですか?」
重罪ですよそれ、と地下に入ってきたルクロ・カルティムが吐き捨てる。
「しかも僕が召喚した霊騎士もやられちゃってるし、重罪に継ぐ重罪ですから、ホントに」
あのニヤついた顔。
絶対に忘れるものか。
「ルクロォオオオオオ!!」
俺は激昂し、ルクロに向かって走り出した。
そして、その勢いで拳をルクロの顔目掛けて振るう。
「おや。いきなりですね、品性ないですか。性格ですか?」
「ぐあ!!」
殴りかかる直前、見えない壁に阻まれて吹き飛ばされた。
「ダメですよ、コータルさん。あなた。彼女の監視目的もあるんですよ。仕事サボってるのと同じですよこれ」
「……はい、申し訳ありません」
「コータルさん。さっきの話を聞いてましたけど、アスト王子の服はあなたが用意した? だったら、そこで気づくでしょ。何でその時点で報告連絡相談が出来ませんか。ねえ。コータルさん」
「……申し訳ありません。ですが」
「ですが、じゃないんですよもう。全く」
コーネルを責めるルクロにブレゲヒュッテが怒気を孕んだ声で言った。
「さっきから聞いていれば腐った女みたいにネチネチと……。それに彼女の名前はコーネルよ。勇者様は名前も覚えられないの?」
「おやおやおや。腐った女はあなたじゃないですか。帝国の人間なのに、聖女だからって理由で助けてあげて。恩を仇で返すとか」
「恩? 帝国を必要以上に壊したのは貴方よ。そこに関して、恩も何もないわ」
「それ関係あります? もう終わった話ですよ、帝国のことなんて」
「……呆れたわね。あれだけの虐殺をしておいて、その言い草。貴方は人の血が通ってるの?」
「通ってませんよ? 僕は勇者なので」
ルクロはあっさりと言い切った。
流石のブレゲヒュッテも不快な表情を崩さなかった。
「アストレアス。私を信じられる?」
ブレゲヒュッテは勇者に視線をそらさずに言った。
「ああ……。当たり前だ」
「だったら、何を問わず後ろに向かって全力疾走して。それだけで良いから」
「わかった……!」
疑問はある。
疑問はあるが、俺の命を救ったブレゲヒュッテが妙なことをするはずがない。
ただ、俺が向かっている壁は……よく見たら扉のようにも見える。なっている。
そこには2本の剣の紋章……リーラテトラスの紋章が確かに存在した。
「へえ。何がしたいのかわかりませんけど、僕に勝てます?」
「これでも帝国の一番槍よ。貴方ぐらいは倒してみせるわ」
手を貸したい気持ちはある。
それでも、それをしたところで何の可能性もない。
それなら俺は、ブレゲヒュッテに賭ける。
俺は壁に向かって駆け出した。
「よくわかりませんけど、行かせませんから」
「行かせてもらうわ!」
ブレゲヒュッテは黒い炎をルクロに浴びせる。
とっさになのか、ルクロはそれをかわした。
「あっぶな! ビックリしました」
「このまま殺してあげるわよ、勇者!」
ルクロはブレゲヒュッテと戦闘を始めた。
2人の剣戟の音を背中に聞きながら、俺はひたすら壁に向かって走る。
壁には、あっさりとたどり着いた。
背後を見るとブレゲヒュッテの攻撃をずっと弾き続けるルクロの姿がある。
どうやら、遊んでいるようだ。
ルクロはそうでもブレゲヒュッテは必死だろう。
急がなくては。
「早く……!」
俺が紋章に触れると重い音を立てて扉が開く。
そこには……。
「何だこれは……」
そこには、巨大な人の骨のような物があった。
もしかして、また不死者になれと、言うのか。
「いや……」
仮にそうだったとしても、封印されているのはおかしい。どちらにしても、これがブレゲヒュッテの目的だろう。
それを考えれば……。
「くそっ」
こんな時に考えている暇はない。
俺はこの骨のような物をよく見てみた。
すると、人で言う腹の部分に座るような場所がある。
あそこに座って操るのだろうか。
「やるしかない」
これがどうであれ、やるしかないんだ。