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第七話「共犯者」

「逃さないから……!」


 ブレゲヒュッテの呪いを孕んだような声が俺の聴覚に響いた。

 俺の体に光の鎖が巻き付けられる。


 どういうつもりだ。

 俺はどの道、もう消える。


 なのに、何でこいつは。

 どうしても、自分の手で俺を終わらせたいのか。


「ブレゲヒュッテ様……」


 フラつきながら、コーネルがブレゲヒュッテに話しかける。


「アスト王子……いえ、この怪物はもう消えます。だったら、それで良いじゃないですか」


「良いわけがない!!」


 ブレゲヒュッテは叫んだ。


「良いわけがないわ。アストリアス、貴方はどうしたい? このまま消えたいの?」


 何を言ってるんだこいつは。

 逃げる、って……俺はもう。


「答えなさい、アストリアス! このまま消えて楽になるか、生きて勇者と戦うか……!」


 勇者、と戦う。

 そうだよな。


 俺は……。


「俺はアイツを倒したい。俺とシルヴィアを殺したアイツを……!」


 声が、出せた。

 人間としての声だったのかはわからない。

 ただ、俺の叫びを聞いたブレゲヒュッテは少しだけ笑った。


 そして、俺に巻き付いている光が強くなる。


「我が盟約を賭けて願う。眼前の者の命を今一度現世に呼び戻さん――!」


「何をしてるんです、ブレゲヒュッテ様! それは、その呪文は……!」


 ブレゲヒュッテが何かを呟くと俺の体が輝き出す。

 それと同時にブレゲヒュッテの金色の髪が紫色に染まっていく。


「やめなさい、ブレゲヒュッテ! それをするとあなたはもう聖女ではいられなくなります……!」


 コーネルは必死にブレゲヒュッテの腕を掴む。

 やめさせようと、している。


 俺にはブレゲヒュッテが何をしているのかはわからない。ただ、何をしようとしているのかはわかる。


「う……ぐ……」


 自分の肉体が少しずつ人間に戻っている。

 声が、出せる。


「術をやめなさい! 今ならまだ……!」


「うるさい! そこを退け……!」


「うぐぅっ……!」


 しがみつくコーネルを蹴り飛ばすブレゲヒュッテ。


 そして、徐々に髪の色が変わっていく。


「それを続ければ、貴方は世界の敵になるんですよ、ブレゲヒュッテ! それをわかっていますか……!」


 状況はつかめてきた。


 俺が復活すれば、ブレゲヒュッテは聖女の資格を失う。


 そして、聖女の力を失った人間は闇に落ちる。

 その証が紫苑の髪だと言われている。


 今、正にその色に髪が変色してきているのが、その証拠だろう。

 俺は復讐したい気持ちはある。

 ただ……人の人生を台無しにしてまで俺は生き返りたいとは全く思わない。


 それでも、それでも俺は。


「やめなさい、ブレゲヒュッテ! ここから貴方は不幸になります。間違いなく……!」


 俺は、止めなかった。

 コーネルは必死に叫んでいるのに。


「ブレゲヒュッテ……!」


 叫ぶコーネルに俺は……今の自分が情けなくなった。

 人を不幸にしてまで、俺は生きたいのだろうか。


 そこまでして、復讐に価値はあるのか。


「ない……」


「え……」


 声が、出た。


 俺の声に驚くブレゲヒュッテだが、それに構わず術を続けている。


「もうやめてくれ。コーネルの言う通りだ。この先、聖女の力を失った後、待っているのは地獄だけだぞ。続ける意味なんてないんだよ……」


 その言葉を聞いたブレゲヒュッテは皮肉そうに笑う。


「私のことは良いわ。あなたはルクロを倒したいんじゃないの?」


「倒したい……でも、人の人生を奪う形になってまでやることじゃない」


「いいえ、やることよ。私も奪われた。祖国を破壊されたのよ」


「祖国を……」


 そうか。ブレゲヒュッテも……。

 ブレゲヒュッテは帝国の人間。

 なら、ルクロに良い感情を持ってないのも当然、か。


「だから! 私は聖女の資格より、共犯者がいる……。だから、私はここに来た」


 共犯者……。


「だから、貴方には私の都合で生きてもらう。私と一緒に勇者と戦ってもらうから」


 俺の言葉を遮るようにブレゲヒュッテは言う。

 その口から紡がれる言葉には強い決意と、勇者への憎悪があった。


「何で……そこまで……。世界の理を壊してまで、することですか……」


 苦しげにコーネルが聞いた。

 ブレゲヒュッテはそれに応える。


「今、世界はルクロの好き放題でメチャクチャになっている。彼しか知らない知識で彼しか知らない世界に書き換えようとしているわ。そんなことは許されない……許さない」


 ブレゲヒュッテは語気を強くする。


「この世界は私達の物よ。決して彼の遊び場なんかじゃない」


 それは、それは……共感出来る言葉だった。

 あいつは俺と戦った時も楽しんでいた。


 思えばあいつはずっと笑顔だ。

 自分の展開通りにならない時だけは不機嫌になるが、ずっと、笑顔。 


「あいつは……ルクロは、この世界をオモチャだと思ってる」


「ええ。けど、ここは私たちの世界よ。決してオモチャにはさせない」


 だけど、とブレゲヒュッテは言葉を続ける。


「だけど、私だけでは戦えないのよ。だからーー」


「……俺が」


 ブレゲヒュッテが言葉を紡ぐ前に俺は遮って言った。


「俺が生き返ったとしても、勝てる可能性は上がらないかもしれない。それでも……」


「ええ、わかってるわ。それでも、私と同じ動機で戦える人間なんて、貴方しかしない。いわば運命の因縁よ」


 運命の因縁……?


 因縁……嫌な言葉だ。だが、その因縁と言う言葉。

 どこかで聞いたことがあった。


 そうだ、あれを言われたのはいつだったか……。


 覚えてはない。いつかは覚えてはないが、あれを言ったのは目の前の聖女を捨てようとしている少女ではなかったか。


「世界を掴むのは、帝国か王国だったはずよ。それをアイツは破壊した。絶対に許さない……!」


 ブレゲヒュッテは続ける。


 だからこそ、この世界を狂わし続ける元凶は倒さなければならない、と。


「……帝国、か。王国か」


「そうよ。それが私の望み、平和への望みだった」


「……」


 ブレゲヒュッテの言う平和。

 それを担うのが帝国か王国と言うのも理解は出来ない。

 事実で言えば、この2国は争っていたのだから。


 今の俺には理解できない。

 それで本当に平和になるのか、と。


 答えあぐねているうちに、ブレゲヒュッテから放たれる光が更に強くなった。


 そして、髪の色も完全に変わっている。


「私は、私の運命の因縁を信じるーー!」


 ブレゲヒュッテの叫びと共に光はおさまった。

 

 俺の体は……。


「人間に戻っている……」


 それは、見慣れた視点からの、そして久しぶりの感覚だ。


「人間に……!」


 手を閉じたり開いたりする。

 そこには、人として当たり前の感覚があった。


「これでようやくってところかしら。アストリアス王子」


「……ありがとう。で良いのかな」


「そうね。少なくとも、貴方を復活させるのに聖女生命を賭けたのだし」


 ブレゲヒュッテは下を向いて、まんざらでもない笑みを浮かべた。


 ところで、さっきから何で下を向いてるんだろうか。


 不思議そうに見ていると、


「貴方、自分がどんな格好をしているのか理解してる? ……裸よ」


 今の自分の姿を指摘される。


「あっ!!」


 確かにそうだ。

 死霊化していたせいで、そこに全く気づかなかった。


「ほら。この中に入ってるでしょう。服を着なさい」


 ブレゲヒュッテが軽く投げつけてきたバッグには俺の私物が入っている。

 服も、ある。


「お前……何で……」


 俺は着替えを簡単に済ませる。

 本当に俺の服だ。少しホコリの匂いがするが。


 ただ、こんなもの、事前に用意できたとは思えない。

 理由を聞こうと口を開こうとしたが、


「認めない……!」


「うっ……!」


 コーネルが槍を俺に向けてきた。


「こんなことはあってはならないんです! あなたは死んだんですよ、アスト王子……!」


 その眼には怒りを感じるが、涙を堪えているようにも見える。


「一体、お前は……」


「コーネル、もうやめなさい。アスト王子はコーネルにとって……」


「言うな!!」


「く……!」


 先程の、俺の足元で蠢いていた弱い存在はどこに行ったのか。

 槍から感じる聖なる光はブレゲヒュッテが放っていた光と互角だ。


「コーネル……。お前は、俺の知ってるコーネルなのか?」


「ええ。貴方は……貴方は私の……いえ。終わったことです、それは」


 コーネルは言いづらそうに口ごもった。


「終わってない。俺は、また動きだしたんだ」


「そうだったとしたら、貴方は王国を滅ぼした元凶です。その償いは絶対にしてもらいます」


「俺が……滅ぼした……?」


「……違いますか?」


「違う。俺はそんなことはやっていない」


「あの化け物の姿になって、殺し尽くしたんでしょう!」


「違う……! あれは、ルクロを倒すためだけにやったことだ!」


 倒せるなら、あんなことをしたくはなかった。


「そんなこと、信じられません……! 私は見たんです。シルヴィア様が城の皆を殺していく姿を!」


「シルヴィアが……?」


 シルヴィアが城の皆を殺した?


「バカな。何かの間違いだ。シルヴィアがそんなこと出来るわけがない」


「私も眼を疑いました。でも、シルヴィア様のあの動きは常人の動きではありませんでした」


「……」


「王家のことを考えれば、シルヴィア様も禁忌の力を持っていたのでしょう。だから……」


「だから、俺達が禁忌の力を使って、滅ぼしたって言うのか?」


「そうです。正確には王を含めた3人。それを勇者様が事態を収めた」


「……何だそれは。何でそんな……」


「だから。私は貴方を裁かなければならない……!」


 コーネルは涙をこらえながら、俺に感情を叩きつける。


 そうだ。いつも彼女はこうやって、俺に感情をぶつけてくる子だった。

 だが、今のコーネルの瞳は怒りと嫌悪感しかない。


「人に戻った以上、罪を償わなければなりません。禁忌を犯した罪、そして……」


 彼女は、俺を断罪するように、


「王国を滅ぼした罪を裁かなければなりません……!」


 そう、コーネルは言った。

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