第六話「救い」
「これ……どこから声が聞こえているんですか?」
コーネルが不思議そうにルクロに質問した。
『それは僕の力ですよ。聖なる力に関する人間にはこうしてメッセージを送ることが出来るんです』
何を言ってるんだ、こいつは。
俺にも聞こえてるのは、何でなんだ。
相変わらずの矛盾を抱えた話し方に俺は気持ち悪さを覚えた。
「……そう」
ブレゲヒュッテが迷惑そうに呟く。
『しかし、惨めですねアスト王子も。最後はこんな終わり方なんですから』
あれから、この地下に落とされてから……時間がどれぐらい経ったのかわからない。
半年か、一年か……もっと長いのか。
ただ、どれだけ経ってもこの男には不快感しか感じない。
『王子。聞こえているかわかりませんが……ゲームは楽しんでいただけましたか? 多少は世界に爪痕は残せた気になったでしょう? これで満足して下さい』
ふざけるな。
怒りのままに叫びたかったが、もう指一本すら動かない。
『では、これにて。ああ、2人とも、報告などはいりませんから後は適当に教会に帰って下さい』
「何、その言い草は。ハンター100人殺しの怪物を仕留めたのに、報告がいらないってどういうこと?」
ブレゲヒュッテが苛つきを隠さずに言い放った。
『はあ。そんなの僕なら瞬殺できますよ。そんなことの報告とかいちいちいります?』
「だったら、何故貴方がそうしなかったの? おかしな話じゃない」
『おかしいのは貴方達ですよ。僕の立場、もう一回説明しないと行けませんか?』
「勇者の称号で威圧してくるわけ? それでも勇者なの貴方は」
『はあ。そんなに言うなら良いですよ。そこのアスト王子と一緒に叩き潰せば良いんですね』
「叩き潰す……? どうしてそんな話になるの。これでは話にならない」
話をする気はないので、とルクロは吐き捨てた。
……酷いな。こんな言いがかりを勇者がするのか。
「勇者? ……もう声は切れたのね」
くそっ! と言いながら、ブレゲヒュッテは剣を地面に叩きつけた。
さっきまで感じていた不快な空気がなくなっている。
どうやら、もう声は送ってこないみたいだ。
しかし、アイツはこんな簡単に人を切るのか。
誰の意見も聞かず、自分に忠実な人間だけしか信じない。
こんな下らない人間に俺は……一矢報いることも出来ないのか。
「あの、本当に……? この怪物、本当に、アスト王子なんですか?」
コーネルは信じられない、と言った表情をしている。
それはそうだろう。
今の俺の姿にはアストだと断定出来る情報はない。
「……」
「嘘ですよね、ブレゲヒュッテ様。こんな、こんな化け物がアスト王子だなんて……」
「間違いないとは言わないわ。だけど、辻褄は合う。リーラテトラス王家は死霊術師の家系でもあった」
だから、この姿になっていたとしても、そう不思議じゃないと話す。
そしてそれは、間違いではなく事実だ。
「これが……あの、アスト王子……」
何かが耐えきれなくなったのか、コーネルは後ろを向いて吐き始めた。
「ううっ……うぐううっ……!」
彼女は俺を知っている……。
まさか、本当に……俺の知るコーネルなのか。
「……」
そして、ブレゲヒュッテはじっと俺を見ている。
動かない俺を警戒しているのか、それともとどめを刺すつもりなのか。
それは俺にはわからない。
わかったところで、そもそも意味はない。
捨て駒にされたであろうこの2人に、もう俺は殺意はなかった。
「アストリアス。あなたは……」
ブレゲヒュッテが何かを言いかけたが、それを邪魔するかのように霊体の騎士が現れた。
奴は白い光を体にまとっている。
あんな奴、この地下に……いや。
「まさか、これ……勇者の?」
ブレゲヒュッテはこれの正体に感づいたようだった。
この騎士を誰が呼び出しているのか。
「くっ……こいつ……!」
ブレゲヒュッテ、そしてそれに続いてコーネルが攻撃を仕掛けるが、効いている感じがしない。
恐らく、ルクロが同じ力なら効かないと計算の上で送り込んだのだろう。
ーー本当に、この2人を殺すつもりか。
そうと分かった瞬間、咄嗟に俺の体が動いていた。
「ウ……オオオオ!!」
2体ほどいたが、骨剣をまともに浴びて騎士は砕けちった。
俺自身も既に限界なのか、体全体が消えつつある。
「アストリアス……!」
俺は最後に人を救った。
ルクロを倒せなかったのは残念だが、心まで怪物に成り果てずに済んだ。
ーー充分だ。
俺は少しずつだが、意識を失っていく。
それを受け入れるように俺は目を閉じた。
「逃さない……!」