第三話「決意の向こう側」
「くそ……」
そうだ、父上……!
父は正面から剣を突き刺されていた。
完全に絶命している。
「父上……! 父上ええええ!!」
何で、こんなことに……。
本当に、本当に勇者に殺されたのか。
「おや、まさか逃げてはいないとは。こちらは追いかける準備をしていたので驚きです」
手を叩きながら、こちらに歩いて来る男。
父を殺して、城の者を皆殺しにした元凶である勇者ルクロ。
この男はいつも笑顔だが、こんな時ですら笑顔のこの男は更に異常さを物語っていた。
「貴様……!」
「おお、凄い目で睨みますね! 休憩無しとか上司に言われた僕でもそんな顔してないですよ」
「あなたは出世しないタイプですね」とルクロは吐き捨てた。
「何をふざけたことを! 父と妹を殺されてヘラヘラしろとでも言うつもりか!」
「……妹?」とルクロは顔をしかめる。だが、すぐに笑顔になり、
「ですが、あなたはそれをしないと生き残れませんよ?」
と、吐き捨てた。
「黙れ! 誰が貴様なぞに……!」
俺はルクロに向かって剣を振り下ろす。
その剣は手で払われて、あっさりと折れ飛んだ。
「ぐ……ごはっ!」
そして、蹴り飛ばされる。
何だこの威力。意識が刈り取られるようだ。
「さあ、笑顔ですよ」
「お前に笑顔だと……。そんな恥にまみれた生き方なんて冗談じゃない!」
「なら、どうします?」
ルクロは下卑た笑いをする。
その答えは簡単だ。
「お前を殺して、突き進む。そして、我が王家を裏切った恥知らずどもも同罪だ!」
「そう来なくては! それでいいですよ、アスト王子!」
「おおおおおお!」
ただ、怒りのままに折れた剣に力を込める。
俺の魔力が伝わったのか、そこからは黒い刃が姿を表す。
一瞬、眼がくらんだ。
命が吸われているような、嫌な感覚。
「へえ。凄い。ま、僕には勝てないんですけど」
「黙れといった!」
俺はこの刃で斬りかかる。
命がなくなろうが、こいつだけは許さない。
ルクロは同じように手を構えた。
その状況で何回か打ち合い、
「うっ!」
俺が打ち勝った。
「よくも俺の国を蹂躙してくれたな、勇者ルクロ」
俺は黒き刃をルクロに向ける。
打ち負けたことに何も思っていないのか、ルクロはニヤついた笑いを止めなかった。
「蹂躙? 統一の間違いですよアスト王子。そろそろ王になりたいなって思ったんです」
「……そんなお使い感覚で、俺の父を殺したのか?」
「殺したって言うのは語弊がありますね。撃退したの間違いです」
撃退だと?
誰がこの父の現状を見てそう言えるのか。
座った状態のまま、剣で一刺し。
どう見ても、無抵抗のまま、一撃で殺されているようにしか見えない。
「正当防衛とでも言いたいのか。だったら、何故シルヴィアを……城の者も巻き添えにした!」
仮にそうだったとしても、城の者を皆殺しにする理由は全くないはずだ。
そして、シルヴィアに限っては、人を害することなどありえない。
文字通り、虫すら絶対殺さないような人間だからだ。
「わからない人ですね王子。僕は言ってますよ。王になりたいって」
「ふざけたことを……!」
何を言っているんだ、この男は。
もはや、言葉が通じない。
「何でこんなことに……ああ」
ルクロは上を見て、何かをつぶやいている。
そして、ゆっくりとこちらを見て、
「そうか。あなたこそが倒すべき敵だったんですね」
嬉しそうに、呟いた。
そして、一瞬で俺から距離を取る。
やはり、さっきの打ち合いは遊びだったのか。
「さっきから訳のわからないことばかり呟くな。貴様はここで潰す」
俺は禁忌の力を全力で使うと決めた。
自分から生命力を奪っていく死霊魔術。
黒い刃を使っていて、感覚は掴めた。
今の俺ならば、使いこなせるはずだ。
「現われろ、我が死霊ども!」
使った瞬間、立ち眩みが俺を襲った。
何かが抜けていく感覚がある。
だが、それと引き換えに30を超えるスケルトンの軍勢が俺の目の前に出現した。
「これが禁忌と呼ばれる死霊魔術、ですか。こんなもので僕を倒せるとでも?」
これだけの軍勢を目の前にしても、ルクロは表情を崩さない。
「あいにくこんなものしかないからな。自称勇者が死霊を倒せるか、俺としては見ものだよ」
余裕を見せるためにルクロを煽ってみるが、勇者とは思えないような顔をして、さっきのニヤついた顔に戻った。
「自称。挑発してスキを狙う作戦ですか? 流石ラスボス! 姑息ですね!」
「ラスボス……? まあいい。ここで仕留めてやるぞ、ルクロ・カルティム!」
俺はスケルトンの軍勢をルクロに向かわせるが、
「一閃です!」
奴が剣を抜きそれを振り切った瞬間、俺の軍勢は一瞬でバラバラになった。
「く……これが勇者か」
これが本来の実力か。
わかってはいたが、強すぎる。
「そうですよ? もっとも、この剣はその辺で拾った武器ですけどね」
「バカな! 下らない嘘を!」
「嘘じゃないんですけどね」
あの威力でその辺の剣など、信じられない。
もし、それが事実なら、本来の勇者の武器ならこの戦いはもう終わっていると言うことになる。
「そうやって今までも自分を良く見せていたのか? 姑息なのはどちらだ」
焦りが俺を支配する。それでも、こいつだけは俺が倒さなければならない。
今は挑発して俺に注意を向けさせる。時間を稼いで、強力な死霊を呼び出せれば……。
「フフ」
何を笑っているんだこいつは。
「挑発には乗りませんよ、王子。ここで終わりです!」
消えたと思ったら、俺の胸には剣が突き刺さっている。
確かに、これは誰でも買える、安物の鉄の剣だ。
「ぐ……あ……」
「こんなものですよ。安物の剣ぐらいが貴方にはふさわしいかもですね」
反論したいが、喋れない。
口からは多量の血が溢れ出ている。
「これで次の王は僕ですね。そうそう……」
そして、体が耐えられなくなり、俺は倒れ込んだ。
「あなたの大事なシルヴィア姫はちゃんと回復させて僕が管理しますから、後悔無しで死んで下さい」
「シルヴィア……?」
こいつは。
こいつは、最後まで……。
「お前に……お前ごときに妹を……好きには……」
そうだ。こんな奴に最後まで好きになど……。
「あのですね、王子」
俺は、力を振り絞って、何とか立ち上がった。
「僕は勇者ですよ? 平民、商人、貴族、そんなものより全てを超えた者、それが勇者です」
知ったことか。
俺は自分に刺さった剣を引き抜く。
「もういい。俺は……もう……」
「おや? ようやく諦めましたか」
「ああ。諦める」
そうだ。もうこいつには勝てない。
「人として生きることは……諦める」
なら、全てを犠牲にして……。
「一体何を……」
俺は傷口に右手を突き刺した。
そこに魔術を注ぎ込む。
「何のつもり……」
俺の体が少しずつ膨らんでいく。
周りの死霊の残骸を取り込み、
「オオオオオオオ!!」
人を捨てた、死霊の巨人となった。
「これは……まさか」
ルクロはこの姿を見ても、笑いを崩さない。
「さすがラスボス。こうでなくっちゃ……!」
またわからないことを言う。
ただ、全く引こうとしないのはさすが勇者と言ったところか。
「やっと面白くなってきましたね……! 王子!」
面白いだと? こいつはどこまでふざけきっている。
「それでどうします、王子? まさか武器もなく殴ってきますか?」
「オオオオオオオオ!!」
ネクロの挑発に応えて、俺は亡者の残骸から巨剣を創り上げる。
「良いですね、良いですね! さあ、やりましょう!」
「オオオオオオアアアアア!!」
俺は興奮気味のルクロに剣を振り下ろす。
ルクロは腰にぶら下げている剣で迎撃しようとするが、あっさりと折れてしまう。
「おや。さすがアスト王子。流石に安物では無理ですね。では……」
ルクロの右手から光が放たれたかと思うと、そこには神々しい輝きを放つ剣が握られている。
ーーアレはまずい。
本能的に危険だと感じたが、その剣の一振りで俺は腕が吹き飛んでしまった。
そして、再生が始まらない。
更に足を斬り飛ばされ、奴は最後の一撃を……。
振るわなかった。
「面白くないですね! 飽きました。あなたは……そうですね」
ルクロはそう吐き捨て、剣を床に向け力を放った。
激しい爆音と共に地面に大穴が出来る。
「地下の空間。この中にはたくさん、楽しいものを煮詰めました」
ルクロは笑顔でそう話す。
この男が言うのだから、絶対にまともなものではない。
「せっかくなので、再生能力ぐらいは返してあげますよ」
ルクロが俺に白い光を注ぎ込む。
これは、何だ?
効果はわからないが、腕と足が少しずつ戻ってきている感覚がある。
そして、戻りきる前にルクロは俺を穴に入るように蹴り飛ばした。
「では、アスト王子……。あなたはゲームを楽しんで下さい。僕を少しでも楽しませてくれたお礼ですよ」
ふざけるな。
そんな言葉もロクに出せず、俺は地下の底に落ちていった。