第三十六話「ムドラズの過去」
雨の中、大きな屋敷の前に二人の子どもがいる。
大きな子どもが、小さな子どもの前で、血だらけでうずくまっている。
「ちくしょう! 父さんを返せ!」
大きな子どもが言った。
「だから、実力で奪い取ったらよろしいと言ってるでしょう。それに、父は自ら望んでここに来たのです。あなたを捨ててね」
小さな子どもがそれに応える。まだ10歳にもなってないような子どもだが、声には凍えるような冷たさがあった。
「父さんは……僕を…捨ててなんか……!」
「捨てたんですよ! 金に困って、僕の母の婿養子として、あなたたち家族を捨てて王国側に来たんです!!」
「……そのおかげで……お前が生まれたんじゃないか……!! どの立場で物を言ってるんだよ!!」
「僕は、あの父親が嫌いでしてねぇ……。人を信用せず、そのくせこびへつらい……。反吐が出る!」
「お前の方こそ……反吐が出る…」
小さい子どもは聞こえないふりをして続けた。
「それに、父があなたの家に金を支払ってるでしょう? 食べるのには困ってないはずですがね」
「そういう問題じゃ……ない!!」
大きい子どもは、立ち上がって小さい子どもに斬りかかった。
小さい子どもはなんなく躱し、足を引っかける。
大きな子どもは地面に転がった。
「ハァ……同じ父親持っていたとしても、息子の出来は全然違うようですね。『兄上』。また僕に勝てるようになったら、相手してあげますよ」
そう言って、小さな子どもは屋敷に入っていった。
場面が変わる。
血だらけの子どもは、森をさまよっていた。
「う……」
そこに、魔法使いのような少女が現れた。
「なんじゃ、この子どもは……?」
「お姉さん……誰?」
「お姉さんという年でもないんだけどねぇ……。ワシはエイフェという者じゃ。とにかく、ひどいけがじゃのぅ。こっちにおいで。手当してやろう」
また場面が変わった。子どもは、少し成長していた。
「また脇が空いておる! それでは剣に力はこもらぬ!」
「ハッ!……ハッ!……ハッ!」
剣の素振りをする少年。
また場面が変わる。
「これは、神殺しの器と言ってね……古代の兵器さね」
「これがあれば……僕も……」
「なんか言ったかい?」
「いや、なんでも……」
「……復讐なんかやめる事じゃな。貴様は貴様の人生を生きよ」
「嫌だ!僕はお父さんを取り戻す!」
「ふん、勝手にしな!」
少年はエイフェの家を飛び出す。
また場面が変わった。どこかの地下室らしい。
「父が秘密にしていた地下室。ようやくこじ開けられたぞ……」
青年がほこりを払いながら、階段を下りてきた。
あの少年が成長した姿だ。17,8才だろうか。
地下室には、様々な武器や、古ぼけた書物が並んでいた。
そして、神殺しの器も。
「あった……。これが……神殺しの器……。しかし、父が研究してたのが神殺しの器なんて…。右腕しかないけど、使えるのか?」
青年が神殺しの器の右腕に触ると、吸い付くように青年の腕に装備された。
「うわぁぁぁ! 何だこれは!」
場面が変わる。
青年は、あの屋敷の前にいた。
「父を返してもらう!」
屋敷から一人の青年が出てきた。
「おや……ひさしぶりですねぇ、兄上」
「俺に弟などいない!」
屋敷から出てきた青年は、もう一人の青年の右腕をみた。
「物騒なものをお持ちで……。それで父親を取り返し、幸せに暮らそうというのですか?」
「いや、父に復讐するためだ。ディウルス。貴様の言う通り、父は俺と母さんを捨てた。その復讐を遂げさせてもらう」
「そうでしたか……では、手間が省けましたね」
「? どういう意味だ?」
「私が、殺しましたよ。とっくにね」
「!!!!!!…………貴様! 貴様は…!!」
「私の野望には、邪魔でしたので……」
「貴様は! 俺から父を奪い! そして復讐まで奪った!!」
「復讐はともかく、あなたの父は私が奪ったのではありません」
「問答無用!! 殺す!!!」
青年は異様に大きな右腕を振りかざし、ディウルスと呼ばれた青年に叩きつけた。
しかし……
「!!!!貴様……まさか!」
「くくくっ。父上から、唯一もらって心の底から喜べたのは……この左腕だけですかね」
ディウルスは青年と同じ腕を、左腕に装着していた。
「もっとも、殺して奪いましたがね……」
「ディウルス!!!」
場面が変わる。
「ムドラズ将軍の凱旋だー!!」
あの青年は、帝国の将軍となっていた。
彼の名はムドラズ・ヴィッテルング。
帝国と王国は100年以上続く泥沼の争いを続けており、ムドラズは帝国の将軍の中でも猛将と呼ばれていた。
「ムドラズ将軍! 捕虜に大層暴れている者がいるようです」
ムドラズの腹心、リハンが言った。
「なに……?」
王国内でとらえられた捕虜や戦災孤児たちは、奴隷として売り飛ばされる。
中には、幼い子どももいた。
通常捕虜たちは、檻付きの馬車に載せられているので、暴れることはできないはずだが…。
ムドラズは不思議に思い、馬車を見た。
檻の扉が開いており、扉の前に、少女が一人立っている。
いや、よく見ると一人ではない。衛兵を後ろから羽交い絞めにしてナイフを突きつけている。人質にとっているのだ。
まだ12,3歳の少女だが、尋常ではない殺気に満ちていた。
少女は叫んだ。
「この外道ども!! 私の家族を殺し、村を焼いたな! お前たちを一人残らず殺してやる!!」
どうやって、檻をでたのか。ムドラズは馬から降りて、近づいて行った。
「外道とはな。これは戦争だ。王国側も、同じことをしている。」
「関係あるか! 私に取っちゃ、どっちも外道だ!!」
「ふ……。それもそうだな」
「道を空けろ! さもないとこいつを殺すぞ!」
「それは困るな。ワシの部下だ」
「お前……私の家族を奪っておいてよくもそんなことを!! 父を返せ!! 母を返せ!!!」
少女は泣き叫んで言った。
その姿が、幼き頃のムドラズ自身と重なった。
「将軍!! 何をされているのです! そんな小娘ひとり!」
「まて、リハン。ワシに話をさせよ」
ムドラズは少女に向き直った。
「娘、その兵士を離してくれんか。お前には危害は加えんと約束する。条件をのむなら、ワシがお前の世話をしてやろう」
「将軍!! いったい何を!」
「死んでも嫌だ!!! 誰が、お前なんかに……世話に……なる…………」
少女は倒れた。疲労と空腹で限界だったのだろう。
人質の衛兵はすぐに逃げ出し、かすり傷ですんだ。
「将軍………! この娘はどうする気ですか?」
「言ったはずよ。うちで世話をする。」
「将軍! いくら将軍でも勝手にそんなこと……!」
「ワシが奴隷として買い取るなら、文句はなかろう?」
「む………」
リハンは押し黙った。
また場面が変わる。
「目覚めたか」
ムドラズは少女に言った。
「!!!」
少女はすぐに逃げ出そうとする。
「待て待て!! なぜすぐに逃げようとするのだ!」
「離せ!! 私を!! どうする気だ!!」
「言っただろう! 世話をしてやると!!」
「余計な…お世話…!」
そういいつつも、少女の暴れる力が弱まっていく。空腹で限界のようだ。
「とにかく、まずは飯を食わんか」
ムドラズは、食事を目の前に差し出した。
「…………」
「食わねば、死んでしまうぞ?」
「…………」
「死んでしまったら、復讐もできぬぞ?」
「…………」
少女は、食べ物に手を伸ばし、食べ始めた。
汚い食べ方だ…………。それほど腹が減っていたのだろう。
ムドラズは思った。
ひとしきり食べた後、少女が言った。
「まずい」
ムドラズは驚き、そして笑った。
「くっく、悪かったな」
ムドラズは自分自身で驚いてた。
ワシは今まで、笑ったことがあっただろうか……。
「娘、名は何という?」
「名乗るなら、お前からだろう」
「フハハハハ! これは一本取られたな!」
ムドラズは腹の底から笑った。
「ワシの名は、ムドラズ。ムドラズ・ヴィッテルングだ」
「……ブレゲヒュッテ」
「変わった名だな」
「お前もな」
クスクスと少女は笑った。
場面が変わった。
数年後、少女は強く、美しく成長した。
「義父さん。剣術を教えてくれない?」
「む………またか。お前も年頃なのだから、剣術以外にも……」
「忘れた? 私はあなたに復讐したいの。それには実力がいるわ。そのためなら、なんだって使ってやる」
「む……ん……」
我が娘ながら、大した奴よ。
ムドラズは、娘がいつか大物になると信じていた。
ムドラズは気づいていたかはさだかではないが、この父娘は、若き日のムドラズとエイフェそのものだった。
そして、ブレゲヒュッテ17歳の誕生日。
「義父さん、私、皇帝の第3夫人に選ばれたわ」
「ブレゲ……お前!!」
「あら、もっと喜んでよ。あなたの娘が、帝国の妃となるのよ」
「しかし、お前が望む結婚なのか……?」
「当たり前じゃない。私はね。100年以上も続くこのバカげた戦争を終わらせたいの。私のような存在を増やさないためにもね」
「……」
「それには、力がいる。そう、権力が。私じゃなくとも、私の子どもが、絶対にこの狂った争いを終わらせるわ……。そのための、結婚なの」
ムドラズは思った。
自分が思う以上に、強く育ってくれたと。
しかし、ブレゲ自身の幸せは、どうなる…?
「義父さんに復讐するのは、そのあと。それまで、生きててよね」
「……無論だ」
この娘はムドラズの人生にぬくもりをくれた唯一の存在だった。
何としても守る。
ムドラズはそう誓った。
その1年後、帝国が崩壊の危機に瀕していた。
自らを勇者と名乗る男・ルクロが襲来したのだ。
ムドラズも善戦したが、ルクロには叶わなかった。
「ぐ…ぅ……」
「あー、あなた。帝国のムドラズ将軍でしょ? 聞いてますよー。国の英雄だとか」
勇者ルクロにより、帝都ドミナシアルは壊滅的な被害を受け、城の中まで攻め込まれていた。
「皇帝陛下だけは………頼む……」
「皇帝? こいつですか?」
ルクロが足で何かを蹴った。皇帝の首だった。
「ル……ク…ロ…………!!」
「あれ? あれあれ? 反抗的だなぁ。僕はあなたを買ってるんですけどね。帝国の英雄、ムドラズさん」
「ぐっ…………」
「あなたのような将軍に来てもらえれば、リーラテトラス王国も安泰だなぁ………」
「このワシに、裏切れと………?」
「裏切るも何も、もう帝国は滅んじゃったんだから」
「…………」
「さもなくば………どうですか? あなたの娘さんを、僕に渡すとか?」
ルクロがニヤついた笑みを浮かべる。
「あなたの娘さん、美人なんですってねぇ。特に美しい金髪をお持ちとか。そういうの、好みなんですよね。僕のコレクションに是非加えたいな」
クズが………! 大儀も何もない、ただ己の欲望だけに人を傷つける奴に、娘は渡さん!!
「…………いや、ルクロ殿。貴殿のお力、感服いたした。貴殿こそ、ワシが真にお仕えすべき存在です」
「………あれ? 急に心変わりですか?」
「いや、ワシは強いものこそ、地上の覇者となるべきと考えております。 まさに貴殿こそ、その器」
「やっぱりそう思いますか? ………娘は惜しいけど、まあ英雄ムドラズを手に入れるなら悪くないですかね」
吐き気がした。ルクロにではない。自分にだ。
このムドラズが、義を捨てて、命をとるとは……。
しかし、このまま戦っても、自分どころか、部下たちをも死なせてしまうのみ。かといって、娘をこやつに渡すわけにはいかん。
ならば、ワシのみが裏切りの汚名をかぶろう…………。
ブレゲヒュッテよ…………許せ。
ムドラズは静かに目を閉じた。
場面が変わる。
長く続いた戦争は終結した。帝国は王国領となり、復興が始まった。
そんな中、英雄ムドラズ裏切りの知らせも瞬く間に広がった。
ブレゲヒュッテは驚愕した。
「義父さんが…………あの人が…………帝国を裏切った…………」
ブレゲは茫然とし、膝をついた。
「私…………また一人になったの………?」
帝国が滅んでわずか数か月後。事件は起こる。
「今度は王国に攻め込むことにしました。」
「なっ!! 勇者殿………!? 今なんと!?」
ムドラズは耳を疑った。
「なんかあの国王は僕の事あんまりよく思ってないみたいですし、よく考えたら、自分で国を作ればいいって気づいたんです」
「戦争は終わったのですぞ! ここであえて争いをせずとも……!!」
「ルクロ様がお一人で終わらせたのです。ルクロ様には、その権利がおありですよ、兄上」
「ディウルス………! 貴様………!」
ディウルスもリーラテトラス王国の将軍だったが、勇者ルクロが現れてからは、ルクロの言いなりだった。
「ムドラズ、お前は黙ってろ! ルクロ様に意見しようだなんて、100年早いんだよ!」
ルクロの腰巾着、キワストが甲高い声で言った
「………」
何も………できんのか………ワシは………。
「ということで、王国を攻めますけど、皆さんはどうしますか? 僕と一緒に来ますか?」
断れる者など……。ムドラズは心を殺して言った。
「もちろん、私は勇者様とともに。ただ…」
「ただ?」
「腰を、やってしまいましてな…。王城攻めは遠慮させていただきたい」
「ハッ。あの英雄ムドラズ将軍が、腰をね……」
ルクロがジロジロとムドラズを見る。
「まぁ、いいでしょう。あんな国、僕だけで落とせますから」
こやつを……どうすれば良いのだ……。
ムドラズは歯を食いしばった。
ディウルスがムドラズに向かって、首を微かに横に振っている。
「……」
今は、しかたあるまい……。
ワシは、過去に帝国を捨て、そして今王国も捨てようとしている……。
貴様に見られでもしたら、きっとワシを軽蔑するだろうな、ブレゲよ……。
しかし、この命、ただでは終わらせん。
必ずや、あのルクロに、一泡吹かせてやる……。
この腐った世界を、元に戻すためにな……。
そして、お前自身が幸せになれることを、心から望む……!
これは、ムドラズが、最期に見た自身の思い出の数々。
走馬灯であった。




