第三十話「絶体絶命。そして……」
「ルクロ様!!」
伝令兵が、慌てた声でルクロに報告をする。
「何ですか、うるさいなぁ」
勇者軍の本陣。ルクロは部下に作らせた司令本部のテントの中でくつろいでいた。
「アストレアスたちは我が軍と衝突! 我が軍も多大な被害を……」
「ははっ! 本当に正面からくるんだ!! 頭わいてんじゃない?」
ルクロは腹を抱えて笑った。
「で? 殺したんですか?」
「それが、まだ……。奴ら、獅子奮迅の働きで我が軍を……ゴホッ!!」
ルクロの剣が、伝令兵の咽喉を貫いていた。
「なんかその言い方、あいつらのことを褒めているように聞こえるんだけど」
「ゴ……ボ……」
伝令兵は倒れた。咽喉から血を流し、絶命している。
「あ、お前は人間だったのか。間違えたわ」
ルクロは剣についた血を拭きながら、死んだ伝令兵を一瞥した。
「まぁ、あいつらが多少強いといっても、今回は全軍での総攻撃ですからね。さすがに……」
ルクロは椅子に倒れるように腰掛けた。
「死ぬっしょ」
「ルクロ様、失礼いたします」
ディウルスだった。
「あー。キワストを見殺しにして、自分はスタコラと逃げ帰ってきたディウルス君じゃないですかー」
ルクロの嫌味に、ディウルスは表情を変えずに言った。
「私に策があります。このままで正面からぶつかるのでは、我が軍に被害が拡大し続けます。何せ死を賭した人間というものは、想像以上に手強いものですから」
「お前、僕の作戦にケチをつけるの?」
「とんでもございません。ルクロ様の作戦をもってすれば、必ずやあの三人の首は取れましょう。しかし今戦場でアストレアスに当たっているのは、勇猛ではありますが前進しか知らぬもの達ばかり……」
「だから何が言いたいんですか? あんまりイラつかせると殺しますよ?」
「ですから、私の策で、ルクロ様の勝利のほんのお手伝いをしたいのです。あいにく、今我が軍の軍師は私だけです。奴らの中にも、どうやら軍師級の策士がいるようですし、策には策をもってルクロ軍の強さを証明したいのです」
「ふん。クドクドと長い割には中身のない話ですね。まあいいです。そこまでいうなら、やってみて下さいよ」
「ハ。ありがたき幸せ」
「ただ、今回もまた失敗するようなんてことがあれば、もう、いらないなぁ。そんなヤツ」
「しかと承りました」
お辞儀をしながらディウルスは……笑った。
どれくらい戦っているのかわからない。時間の感覚がない。
「ブレゲ! コーネル! 生きてるか!?」
「なんとかね!」
「皆さんは、大丈夫ですか?」
息も絶え絶えで答える二人。
俺もデュナミスに乗っているとはいえ、その魔力は尽きかけていた。
「うおぉぉ!!」
カオス・ギルディスの一振りで、2,3人の兵士をなぎ払う。
どうだ!!
少なくとも、50人は切り倒したろう。
その時だった。
「アスト! 距離をとられた!!」
ブレゲの声で顔をあげた。
いつの間にか勇者軍の大半が、俺たちから100メートル以上離れていた。
しまった!いつのまに……!
冷や汗が、背中を伝った。
「魔法攻撃!! 来ます!!」
コーネルの声が聞こえた。
その瞬間、勇者軍から無数の魔法攻撃が放たれ、弧を描きながら俺たちに向かってくる。その様子が、スローモーションのようにやけにゆっくりと見えた。
だめだ。
数が……多すぎる。
一瞬、体中の力が抜けそうになった。
俺は歯を食いしばって、叫んだ。
「みんな! デュナミスの後ろに隠れろ!!」
コーネルとブレゲがすぐにデュナミスの後ろに隠れた。
俺は振り返り、二人を守るように抱きかかえて、目を閉じた。
あの数の魔法では、さすがに耐え切るのは無理か……。
畜生! ここまでなのか!!
ルクロを倒すことも、父上の無念を晴らすことも、シルヴィアに会うことすらも、できなかった……。
そして、この二人を守ることも……!!!
永遠と思える時間が流れる。 いやに待たせるな……。 なんだ?
ドォン!!
爆発音が上空で鳴り響いた。
ドン! ドンドォン!
立て続けに爆発。目を開けて見上げると、勇者軍の魔法に、別の魔法が次々にぶつけられ、上空で爆発を起こしていた。
「反対呪文……!!」
コーネルが呟く。
「火には水を、闇には光……。こんな高度な反対呪文ができるのは……!!」
ブレゲが後ろを振り向いた。
「教会の特級聖騎士だけね!」
後ろから、教会の聖騎士達が雄叫びをあげながら走ってくる。その数は、50人以上だ!
「うぉおおおおおお!!」
「アスト殿!! 助太刀に参りました!!」
特級聖騎士は反対呪文を唱え、勇者軍の魔法を次々に打ち消している。
ブレゲの言う特級聖騎士とは、教皇オルカンディ直属の聖騎士団。教会の最高戦力だ。
「来てくれたのか……!!」
「皆さん……うぅ……ありがとうございます……」
「バカね……何泣いてんのよ! まだ何も終わってないわ!」
そういうブレゲの目にも涙がうっすら浮かんでいた。
「やれやれ、間に合ったようね」
「ルーテさん!」
「あんた達を見殺しにしちゃあ、あたしも寝覚めが悪いってもんよ」
「でも、オルカンディ様は……援軍は出せないと」
「そのオルカンディ様の命令さ。やはり、あのルクロは放っておけないとおっしゃったのさ。例え教会が、どうなろうとね」
「……オルカンディ様……」
「オルカンディ様も、本気であんた達に賭けたのさ……。そうそう、あたしはこれを届けにきたんだ」
ルーテはそういうと、小さな袋をブレゲに投げてよこした。
「ココカリの実よ。最後の戦いに備えな。まだルクロは生きているんだ」
「ありがとう、ルーテさん」
「ま、あたしにできるのは、これくらいだけどね」
「ぐわああ!」
「ぎゃあ!」
聖騎士達の悲鳴。見ると、勇者軍は魔法攻撃を諦め、弓による物理攻撃に切り替えていた。
「くっ!奴ら、聖騎士の弱点をよく知ってやがる!」
ルーテが歯軋りをした。
「一斉射撃!! 構ええええい!!!」
勇者軍の弓隊長らしき男が号令を出す。
「くるぞ!」
俺たちもすぐに防御の体制をとる。
その瞬間、
「どおりゃああああ!!!」
少数の部隊が風のように現れ、弓兵達の横っ腹に突撃した。
弓兵達は強烈な攻撃を喰らい、四散する。
突撃した部隊の先頭の男がこちらを振り返って言った。
「なんと不甲斐ない姿か、我が娘よ」
その声は!!
「言ってくれるわね! ムドラズ!!」
二人は互いにそっくりな笑みを浮かべた。
血は繋がっていないと言っていたが、どう見ても本当の親子だ。
「ムドラズ! 来てくれたか!」
俺は叫んだ。
「駆けつけるのが少々遅くなりもうした。それもこれも、あやつのせいでな」
ムドラズが、フン、と鼻を鳴らして勇者軍の方を指差した。
「なんだ! あれは!」
勇者軍の陣地で次々と爆発が起こった。そして、三十騎ほどの騎馬隊が、勇者軍を蹴散らしている。
「あれは……ディウルス!?」
「奴め……このワシに共闘作戦を持ちかけおった。全くもって憎たらしい」
ムドラズはディウルスの方を見ながら言った。その顔はどこか面白がっているようでもあった。
「このタイミングで仕掛けるというのは、奴の案でしてな。王子としては、けしからん話でしょうが……。ま、王子がここまで持ち堪えるのも、奴にとっては計画のうちという事でしょう」
ディウルスにとっては、全てが計算通りってわけか。
「……全く、ディウルスらしいよ」
「さぁ! 舞台は整いましたぞ!! 最後は主役がいないとお話になりませんからな! ではワシは一足早く、露払いをさせていただきますぞ!!」
ムドラズは部下の方に振り返って大声で言った。
「貴様ら! 久々の大戦だ!!」
「待ってましたよ! ムドラズ将軍!」
「うぉぉお!!」
ムドラズの部下達は、次々と両手を上げて吠えた。
さすが、ムドラズ。部下達も歴戦の猛者ばかりだ。
腹心のリハンが俺に声をかけて来た。
「アスト殿も、御武運を!」
「ありがとう、リハン」
ムドラズは部下とともに、再度勇者軍に切り込んでいく。
「我々も続くぞ! 特級聖騎士の強さ、教皇のお力を見せつけるのだ!」
「うおおお!」
聖騎士達もムドラズに続いた。
「さあ、俺たちも行こう」
「待って下さい! まずは準備を整えます。 ブレゲさん、ココカリの実を!」
俺も一旦デュナミスを封印し、二人の元に集まった。
「いよいよ、正念場だな」
三人でココカリの実を食べながら言う。
「正直、ここまでこれたのが奇跡ね」
「奇跡……なんかじゃないと思います。教会の人たちも、ムドラズさんも、ディウルスさんも……エイフェさんも。みんなアストさんなら
なんとかしてくれると思って、手伝ってくれたんだと思います。それは、決して奇跡なんかじゃない」
「コーネル、それは違うな。『アストさんだから』じゃない。『俺たち三人だから』手を貸してくれたんだ」
「そう……ですね」
「さぁ、おしゃべりはおしまい。コーネル、回復魔法をお願い!」
「はい! キュオール!」
癒しの風が俺たちを包み込む。体力も魔力も、完全に回復した。
「ブレゲ! 戦力は?」
「こちら側が、聖騎士達が50、ムドラズの部隊20、ディウルスの部隊30ってとこ! あちらさんは……ざっと300!!」
「十分だよ! ……行くぞ!!!」
さあ、やってやろうじゃないの!
俺たちは戦場に向けて、走り出した。




