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第二十八話「軍師ブレゲヒュッテ」

 俺達は聖都マリアントを去り、ルクロの居城へと向かっていた。


 ルクロの方も、スパイを通じて俺たちがマリアントにいることはわかっているはず。


 このまま俺たちが動かずにいると、マリアントに甚大な被害が出る。


 ならば、こちらから攻め込むと決めたのだ。




 数時間前、マリアントでルーテが教えてくれた。


「今伝令があってね。ルクロは全軍上げて挙兵し、進軍準備をすすめているらしいよ」


「そうか……。ならマリアントに被害が出る前に、俺達は行くよ」


「!! あんた達……! 自殺行為だよ……!」


 ルーテは唇を噛み締めて言った。


「たとえ命を捨てることになったとしても、やらなきゃいけない事だ。……そして俺達は命を捨てる気なんてサラサラない」


「気を……つけるんだよ」


「ああ」


 俺たちは教皇オルカンディに挨拶をし、コーネルの母マリーヌの亡骸に最後にあった。


「お母さん……ごめんね。行かなくちゃ」


「コーネル殿。シスター・マリーヌの葬儀は、我々教会が丁重に行います。どうかご安心を……。シスターは……素晴らしい方でした」


 聖騎士が涙声になりながら言った。


「お母さん。また、戻ってきます。必ず」


 コーネルに涙は無かった。凛とした表情で、行きましょうと、俺たちに向かって言った。あの臆病なコーネルは、そこにはなかった。





 そうして、俺達は勇者軍との闘いに向かったのだ。


 勇者城はディルグ平原にある。俺たちがディルグ平原に到着した時には、すでに勇者軍たちが陣形を組んでいた。


 ルーテの言った通りだ。まだ進軍していない。どうやら間に合ったようだ。


「ヤツら……ルクロに怪物にされた連中ね……」


 ブレゲが歯噛みした。


 よく見ると、全員が人間とは思えない形相だ。


「ルクロめ……。なんとしても俺達を殺したいらしい」


数は……おそらく500ほど。そのうちの第一陣が本隊から分離し、俺たちの方に向かって進行を始めた。


「来るぞ」


 流石にあれだけの数を前にすると、首筋に冷たい汗が流れた。


「今から、あいつら全員と戦うのか……」


「相手は人間じゃないわ。気兼ねなくやれる」


「……ふっ、やっぱりブレゲにはかなわないな」


「褒め言葉、として受け取っておくわ」


「アストさん、作戦は……?」


 コーネルが言った。


「当たって砕けろ、かな……?」


「ホンット、笑えない」


 ブレゲは呆れてため息をついた。




「ゲギャゲギャ!! おい! あれを見ろ!」


「こいつぁ、アストレアスの神殺しの器だ! ルクロ様に聞いた通りの姿だ!」


「向こうからやってくるなんてよ! マリアントに行く手間ぁ省けたぜ!」


「発見の合図を出せ! 本隊に知らせるんだ!」


 勇者軍は特殊な弓矢を使い、本隊に信号らしきものを送った。


「女2人は!? どこだ!?」


「知るか! どうせこいつをやりゃ、勝ったも同然よ」


「近づくな! 遠巻きにして殺せ!」


 勇者の手下たちは、デュナミスを警戒して、遠距離から弓を放った。


 しかし、デュナミスの装甲は貫かれない。


「んだと……!? 魔術部隊! 総攻撃だ!」


 ゾロゾロと魔術師達が部隊の隙間から這い出てくる。


「やれ!」


 号令と共に、様々な魔術がデュナミスに浴びせられた。


「マグニア!」


「フラッゾ!」


「ヒューエ!」


 炎、氷、風……多種類の魔法が混ざり合い、大爆発を起こす。


「ひゃーはは!! すげぇぞ!」


 団長のような兵士が狂喜する。


 だが……。


「ん……ヤツはどこだ?」


 黒煙が晴れた時、デュナミスの姿はいなかった。




 その時、


土塊つちくれよ、そびえよ! ドノルン!」


 コーネルとブレゲの声だ。


 勇者軍を「コ」の形に取り囲むように土の壁がそびえ立った。


「なんじゃぁあぁぁ!」


「取り囲まれたぞ! 罠か!」


「ここはヤバい! 脱出だ!」


 勇者軍達は、唯一壁で塞がれていないところに向かって走り出す。


「ま、まて! 勝手に退却するな!」


 団長も慌てふためいている。


「今よ、アスト!」


 俺は逃げ出す勇者軍の正面に姿を表した。


「水の精よ、我に力を貸したまえ! アクイオス!!」




 ドッ!!




 荒れ狂う濁流が、魔術によって召喚された。


「ガボッ……!」


 濁流は退却しようとしていた勇者軍を飲み込み、押し流していく。


 まるで、水そのものが怒り狂っているようだった。


「何でヤツがあそこにいる!? ……ぐぉっ!」


 勇者軍団長をも飲み込み、濁流は土壁にぶつかった。


「もひとつ! ドノウ!!」


 ブレゲが叫び、もう一つの土壁が、「コ」の字型の壁にちょうど蓋をするようにせりあがってきた。


挿絵(By みてみん)




「ぎゃああ!!!」


 まるで地獄の池だった。土壁に囲まれた中で行き場を失った濁流が、巨大な渦を巻いていた。勇者軍の兵士たちの阿鼻叫喚の声が聞こえる。




「自分たちでやったこととはいえ、むごいありさまだな」


「気にすることはないわ。こいつら、ルクロが作り出した兵士たちよ。ルクロに魔力を込められて、怪物に変えられたの」


「でも……元は人間なんだろう?」


「力に……溺れたのね。心の弱さに、漬け込まれて……。人間に戻れないなら、いっそここで殺してやる方が、彼らのためよ」


 そういってブレゲは唇を噛み締めた。


 その通りだ。全ての元凶はルクロ。


 奴を倒すまでこの悲劇は終わらない。


 勇者軍の兵士たちは、力尽きたものは泥に変化していったが、その泥も濁流にのみこまれていった。




 しかし、こうもうまくいくとは。


 作戦はこうだった。


 勇者軍の進行先に予めデュナミスを呼び出して、おとりにする。俺はデュナミスに実際には乗り込まずに、勇者軍の後ろに回り込む。


 思った通り、勇者軍はデュナミスを優先して総攻撃を仕掛けた。あの魔法攻撃の直撃には、さすがのデュナミスも無事では済まない。魔法が直撃する瞬間に、俺はデュナミスを封印した。


 そこからは勇者軍も見ていた通りだ。コーネルとブレゲの土魔法で奴らを囲い、俺が水魔法で一網打尽にした。


「しかし、最初から土壁で四方全部を囲まなかったのはなぜなんだ?」


「奇襲というのはね、相手の体勢が崩れた時に威力を発揮するの。あの時、こちらにとって一番都合が悪かったのは、むこうがうろたえずに防御態勢をとることよ。あれだけの戦力差なんだから、正攻法で戦われると奇襲の意味がない。水魔法への対策もとられたでしょうね」


「なるほど……。だからわざと逃げ道を作り……」


「そう。指揮系統をマヒさせたのよ。奴ら自身の混乱によってね」


 もちろん、これはブレゲの作戦だ。


 俺は内心舌を巻いた。ブレゲの計り知れない軍師の才能に。




「さて、ここからが本番よ」


 今しがた倒した兵士は100人ほどだった。おそらく勇者軍の先鋒隊だろう。


 少なく見積もってもあと400人は残っている。そしてその勇者軍の本隊が、地響きを立てながらこちらに向かってるのが見えた。先鋒隊の異変に当然ながら気づいたのだろう。


「ここからは、もう奇襲は通用しないわ。とっくに姿をとらえられているもの」


「ふぅ……。覚悟を決めるか」


 俺は今一度気持ちを奮い立たせる。


「みなさん、死なないでください……」

 

 コーネルは祈るような声で言った。


「死ぬもんですか! 私はね、寿命の半分を既に使ったのよ。もう半分くらい、有効に使わせてもらうわ!」


「俺を助けたのは、有効な使い方じゃなかったのかよ」


「それがわかるのは、これからね」


「それじゃ、頑張らせていただきますよ」


「みなさん、もう少し緊張感を……」


「はは、それもそうだな」


 思わず笑みがこぼれた。


 こんなやり取りも、これで最後なのかもな。


 俺は、何を言うでもなく、手を差し出した。


 コーネルも、俺の手に自分の手を重ねた。そして、ブレゲも。


 俺たちは互いの顔を見合わせて、微笑んだ。


「必ず生きよう。この世界の未来のために」

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