二十六話「コーネルの叫び」
「お母さん……大丈夫なの? 私なんか庇ったりしたら」
私達はお母さん達に連れられて、大聖堂の宿舎で休むことになった。
ルーテと言うシスターがお膳立てをしてくれたおかげで問題なく中に入れたのは良かったけど……。
やっぱり不安だ。
何故なら、お母さん達が私達を庇ったことで問題になる可能性が高いから。
「分かってる。この行為が立派な反逆行為だってね」
「だったら何で……」
「バカね。私はあなたの母親よ?」
母は少し笑って、
「あなたのことは一番わかってるつもり。だから、あなたは心配しなくて良い」
そう言ってくれた。
「……ありがとう」
お母さんが言うにはルーテは親友らしく言うことを聞いてくれたらしい。
そして、私達の目的である封印魔法の入手。
それにも協力してくれると言うことだった。
「それとね……」
お母さんはアストさんのことを切り出した。
「アスト王子のことは、父が決めたことだと思うけど、どう思ってるの?」
「え? 何の話?」
「とぼけないでよ。婚約の話」
「婚約……」
そうだ。私達は元々、その話があった。
色々あって、婚約についての話が全く出来ていない。
「もう、国はないとは言え……。アスト王子自体は生きてるから、その話し合いはどうなっているのかと思ってね」
「……どうも何も」
「好きなの? アスト王子のことが」
「好きってそれ……愛してるみたいな感じ?」
「もちろんそうよ」
「……それはわからないかな」
もちろん、人としては好ましいと思っている。
復讐心に身を焦がしていてもおかしくない境遇なのに、彼は優しい。
「だったら、尚更その話はすべきね。ということで……」
扉のノック音がする。まさか。
「本人を呼びつけてみたわ」
「へっ?」
いきなりだからか、変な声が出た。
「入って下さい、アスト王子」
いきなり真面目な声を出すお母さんに、少しだけ二面性を感じた。
「失礼します」
アストさんは綺麗な所作で部屋に入ってきた。
心なしか、緊張しているようにも見える。
「話がある……って聞きましたけど……」
アストさんは何のために呼ばれたか、わかっていないようだった。
「本当に……アスト王子なのね」
「……そうです」
「もう死んだものと思っていたけど……いくら、ブレゲヒュッテの力とは言え……」
信じられない、と改めて言うお母さん。
その後、お母さんはアストさんに質問を何度も繰り返していた。
父の話、国王の話、そして婚約の話……。
更に、3年間のズレも。
「本当に、本物なのね……」
「そうです。私は化け物として、王国の地下にいました。そこで俺はブレゲに」
救ってもらった。アストさんは言葉を続ける。
「ブレゲのあの姿は俺を救った代償です。難しいかも知れませんが、あまり責めないでほしい」
「そう。なら、ブレゲヒュッテ様が闇に染まったのはあなたを復活させたからなのね……」
今のお母さんは表情が読めない。
悲しんでいるのか、怒っているのか。
わかりづらさが不気味さを感じさせる。
それから、アスト王子を交えて、今まで何があったのか話をした。
そこには、探るような嫌な感覚もあったが、それでもアストさんはお母さんと話してくれた。
話し終わった後、お母さんは私達を信用すると……。
そう言ってくれた。
「あなた達、本当にあの勇者を何とか出来るのね。なら」
私も協力する……それを聞いたアストさんもほっとした表情になっていた。
「こっちよ……ついてきなさい。今のこの時間なら誰もいないわ」
そして夜。
私達はお母さんの手引きで大聖堂の地下に来ていた。
ここに封印魔法があると言う。
「ありがとう、お母さん」
「……良いのよ、お礼なんて」
妙に歯切れが悪い母。
何だろう……と思ったが、それはすぐに判明した。
「うっ」
「ぐあ……あああ!」
「うぐうう……!」
私達を囲む光の結界。
私はそこまできつくもないが、アストとブレゲは立っていられなくなり、その場に突っ伏した。
「アスト、ブレゲ!」
「簡単に引っかかったね。普通に考えて見逃すわけないだろ」
ルーテが姿を現す。そして、その後ろには10人を超えるであろう聖騎士達。
まずい。退路にあれだけの人数が敷き詰められていたら絶対に逃げられない。
「……そうね。貴女の性格の悪さ、忘れてたわ……」
こんな時でも悪態をつくブレゲ。
顔は不敵に笑っているが、全く動けないようだった。
「悪いね。これでも心は神様に従ってるものでね」
ルーテは表情が分かりづらい能面のような顔で言い捨てた。
「罠……か! くそ……!」
そのブレゲより動きが悪いのがアスト。
この結界が何かはわからないが、禁忌によって蘇ったアストには厳しい何かがあるのかもしれない。
「そういうことです」
聖騎士達の奥から、若い男が現れる。
流石にこの人は知っている。
「お前は……?」
「お久しぶりですね、王子」
オルカンディ様。
神聖教会の教皇、その人だった。
まだ20代前半なのに、その優秀さを持って教皇に上り詰めた男。
「まさか生きて……いえ、生き返ってらっしゃるとは思いませんでした」
「……それで、俺をどうする?」
「貴方は既に魔の者。末路は決まっておりますよ」
末路。恐らく、2人は殺されてしまう。
「どうして……!」
どうして。どうして、私が好きな人達が殺し殺され、なんて話になってしまうのか。
敵は1人。悪いのは、あのルクロではないのか。
「やめてください。どうしてあなたたちは……!」
「もう良いのよ、コーネル」
「お母さん……?」
「あなたはこの2人に言われるがままに来たのよね。もう、戻ってきて良いのよ」
「何を……!?」
「1人は元々、護衛するべき聖女でもう1人は婚約者だものね。それは……逆らえないわよね」
一瞬、母の言っていることがわからなかった。
今、母は何を言った?
「コーネル。貴女は教会の聖騎士としては何の問題もありませんでした」
母に続いて、オルカンディ様が私の話を引き継いだ。
「ですので、異例ではありますが教皇権限で教会所属に戻します」
本来、手配書まで出ている人間を教会所属に戻すのは確かに異例だろう。
でも私が言いたいのはそんなことじゃない。
「異例……? 異例と言うなら勇者がそうじゃないですか! そこに何も言わずにいるのはどうしてです!」
「あなた、コーネル……。だからもう良いの。今まで一緒にいたから庇う気持ちはわかるけどね……」
ルーテに率いられた聖騎士達が動けない2人に向かっていく。
「やめて……!」
「邪魔しないでくれるかい、コーネル。あんたはブレゲ達に引っ掛けられてここまで来たんだろ? あんたに責任能力は……」
「バカにしないで下さい!」
私は叫んだ。
「さっきから、ルーテさんも……お母さんも……! 私が言われるがままとか引っ掛けられたとか……!」
この人達が言うのを鵜呑みにするなら、私の行動は全て2人の言うことを聞いているだけの人形みたいじゃないか。
そんなことは、そんなことは。
「そんなことはありません! ここにいるのは私の意思です!」
私はルーテさんたちの前に立ちはだかった。
「……自分が何をしているのかわかっているのかい?」
「わかっています。わかっていて、今私はここにいますから……!」
「やめなさい、コーネル。本当にそれはあなたの意思じゃないって知ってるから。ただ、そこを退くだけで良いのよ」
お母さんの優しい声。
一瞬だけ従いそうになる。
でも。
でも、それだけはダメだ。
「違う……! ここにいるのは私の意思です!」
私は叫んだ。目一杯に。
「この人たちは、今まで人に流されてきた私に、自分で決めることを教えてくれた!」
母に、ルーテさん、教皇や教会のみんなに。
「だから、この行動は私の意思です!」
届いてほしいと信じて。
「もしそうだと言うなら、あなた、処罰対象ですよ。それはわかっていますね?」
オルカンディ様が冷たい声で言い放つ。
「処罰対象……? 違いますよね。本当に私達が正さなければ行けないのは誰なのか、わかりませんか!」
「……それは」
オルカンディ様を含めて、皆が言い淀んだ。
もうわかっているのだろう。
誰を本当になんとかしないといけないのかは。
「あなた達こそ、自分で何も考えてない! どうしてルクロの所業を見て、誰一人何も行動しないんですか!」
私はルクロが何をやってきたのか、説明した。
簡単に人を楽しんで殺すこと、アストの変貌の理由、そして罪もない人たちの土地を焼いたこと……。
「これが本当に私達が支援すべき勇者だと胸を張って言えるんですか!」
「……いえ、ないねえ」
ぽつりと。
小さい声で、ルーテさんがこぼした。
「言えないよ。そう。確かにあれは悪鬼の類だ」
「何を言ってるの、ルーテ!? そんなことを言ってしまっては……!」
ルーテさんの発言に母が絶句した。
ルーテさんの今の言葉は反逆するのと同じだ。
神が遣わした勇者を悪鬼などといったのだから。
でも、それは誰もが同じようで、さっきまでアスト達を捕まえようとした空気は一変した。
聖騎士達が武器を構えなくなったからだ。
「……」
オルカンディ様も目を閉じて動かなくなった。
「コーネル、あなたは……」
「お母さん、これが私の意思です。お母さんの意思はどこにありますか」
「……私、の意思は……」
お母さんが何かを言おうとした時、
「危ない、コーネル、避けろ……!」
アストの苦しそうな怒声。
見ると、一本の矢が私に対して飛んできた。
完全に不意打ち。
その矢はスローモーションのように凄く遅く見えた。
これは、もう、ダメだ。
そう思ったが、そうはならなかった。
「うっ……!」
お母さんが私に覆いかぶさって庇ってくれたからだ。
矢はお母さんの背中に刺さっている。
「誰だ、矢なんて射たのは!」
「何故射った! 私は何の指示もしていない……!」
矢を放った聖騎士をルーテさん達が捕まえる。
オルカンディ様も知らなかったようで、狼狽えていた。
「こいつ……、勇者軍のエンブレムを持っている!」
「何だと……! ならこれは、勇者の仕業だと言うのか!」
また、勇者……!
どうしてあの男はこんなことばかり……!
「う……あ……っ……!」
「お母さん!?」
見ればお母さんの顔は真っ青になっていた。
母の背中に手を当てて治癒魔法を全力で注ぎ込む。
「もう……ダメよ。これは毒ね。助からない……!」
「毒……!?」
どうして毒矢なんかここで出てくるのか。
そんな疑問が浮かんだが、それよりは母の命が大事だ。
「……あなた、人が変わった、みたいね……」
お母さんは私の顔に手を当てて笑ってくれた。
その顔を見て思った。
もう駄目なんだと。
「泣かなくて……良いのよ……」
「だって……お母さん……!」
オルカンディ様とルーテさん、あと何人かが集まって母に治癒魔法を当ててくれる。
それでも、状況は変わらなかった。
「前までは、私の言うことを聞くだけだった、のに……!」
「良いから! もう喋らないで……!」
「オルカンディ様、ルーテ……。こんなこと言うのはダメ、だろうけど、コーネルを……」
口から血を吐きながら、必死に私のことを母は頼んでくれている。
「わかったよ。……悪かったね」
良いのよ、とお母さんはルーテさんに笑顔を向けた。
「封印魔法、だったわね」
お母さんはそう呟くと、オルカンディ様に頼んでくれた。
オルカンディ様もわかりました、と短く返す。
それを聞いたお母さんは笑顔になり、
「コーネル、もうあなたは自由なのよ。もう、貴方の父が言っていたことは全て忘れなさい……。あの人のことなんかにとらわれないで」
「だって、それは……でも、お父さんは殺されて……」
「元々……あの人は王国を乗っ取るつもりだった。だから、貴方を使って、婚約を結ばせた……」
「……そんな」
だから、これからは自由に生きれば良い。お母さんは必死に最後の言葉を紡ごうと血を吐きながら、あらがっていた。
「行きなさい、コーネル。自分の道を信じて進めばこうやって話を聞いてくれる、人だって……」
最後まで言い切らないまま、お母さんはもう……。
「お母さん……お母さん!!」
動かなくなった。




