第二十話「痛みとの対峙」
「君、いや、あなたが……エイフェ?」
「そうじゃ」
「でも、どう見ても……」
「何じゃ、貴様は人を外見のみで判断するのか?」
少女は不服そうに言った。
言われてみると、ただならぬオーラのようなものを感じる。
ブレゲヒュッテとコーネルも同じものを感じ取っているようだった。
「大した魔力ね。あなた、何者なの?」
ブレゲヒュッテが物怖じせず言うが、額にはうっすら冷や汗をかいている。
今や魔剣士となったブレゲには、目の前の少女の魔力の強大さがわかるらしい。
「言ったであろう。大魔導師エイフェじゃ」
「力を借りにきた割には無礼じゃの。年長者にはもっと敬意を払わんか」
「年長者?」
「貴様らの20倍以上は生きておる。ま、大体400年ほどかの」
「……ッ!!!」
「一体、どうやって……」
コーネルがおずおずと聞いた。
「……ま、若気の至りさ」
エイフェはどことなく悲しげな表情を浮かべ、
「突っ立ってないで、座ったらどうだい」
とぶっきら棒に言った。
部屋には小さな机と、4つの椅子があった。
俺たちは恐る恐る腰掛ける。
「さて、貴様、平和をもたらすとかぬかしておったな。どういうつもりか説明してみせよ」
「ムドラズという者から、あなたのことを聞きました。神殺しの器の力についてご存知だと」
「ふん、あのガキか」
エイフェが少し微笑んだ。
「ムドラズとはどのような関係なんですか?」
ブレゲが聞く。やはり義父の事は気になるようだ。
「昔、少しな……。ええい、今はそんな事どうでも良い! 要件を言わんか!」
「あ……すみません」
俺は説明を続ける。
「今、国中が勇者の凶行によってめちゃくちゃです。我々も戦いを挑みましたが、ヤツを倒すことはできなかった」
俺は、今までのいきさつを話した。
ルクロにより王国が崩壊した事。3年間も幽閉され、ブレゲヒュッテとコーネルに助けてもらった事。そして洞窟で魔王を見つけた事。
それらは全て、エイフェに力を借りたいがための説明……のはずだった。
話すうちに、俺の意識は、ある人物に向けられ始めた。それは妹だった。
今までの事を話すたびに妹シルヴィアのことが頭をよぎる。
シルヴィアは今どこで何をしているだろうか。コーネルの言う通り、本当に妹が王国のみんなを殺したのだろうか。
エイフェに……シルヴィアのことを言うべきだろうか……。
俺が頭を悩ませていると、エイフェが俺の顔を覗き込んできた。
「貴様、まだ話していないことがあるな」
俺本人としては、妹を信じたい。シルヴィアについて、コーネルから聞いた事を話してしまうことで、それが真実だと認めてしまうような気がした。
ただ……
『私は見たんです。シルヴィア様が城の皆を殺していく姿を!』
『私も眼を疑いました。でも、シルヴィア様のあの動きは常人の動きではありませんでした』
『だから。私は貴方を裁かなければならない……!』
あの時、地下でコーネルに言われた事が、頭の中に響く…。
「う……」
俺は無意識に、コーネルの方を向いた。
コーネルの眼は、静かに俺を見ていた。
何も言わず、穏やかに俺を見るその眼に吸い込まれそうな錯覚を感じる。
コーネルが……嘘をつく理由なんて、ない。
それなら、シルヴィアは本当に……?
「俺は……俺は……!」
コーネルが信用出来ない。
そうじゃない。
「シルヴィアに会いたい……。会って話がしたいんだ」
シルヴィアは今、どこで何をしているのか。
ただ、会いたい。
そして、真相が知りたい……。
「シルヴィア……確か王国の第二継承権の資格を持つ王女じゃったな」
「……はい」
俺は今までずっと、妹の事から目を背けてきた。信じたくなかった。考えたくなかったから。
ただ、コーネルがどんな気持ちで、俺と旅をしてきたのか……それを考えると、自分がひどく矮小な存在に感じられた。
コーネルは憎しみを抱えたまま、自分に着いてきてくれて……。そして、エイフェに対する説明も、全て俺に任せた。
コーネル自身がどれだけ泣きたかっただろう。どれだけ父親や城のみんなを殺されたと訴えたかっただろう。
でも、コーネルは何も言わずに、俺に任せたのだ。
「アストさん……アストさんだって……辛い……ですよね」
コーネルが、俺の手を握る。
俺はその手を、強く握り返した。
「ごめん……今までコーネルの気持ちなんて、考えなかった。コーネルが言ったことも、わざと考えないようにしてた。何かの間違いだって」
「……そうですよね。」
今まで目を逸らし続けてきた、心の痛み。それと向き合った瞬間、感情が溢れた。
「でもそれじゃあダメなんだ……逃げてばかりじゃ……」
父上の顔、王国のみんなの顔、そしてシルヴィア顔が頭に浮かんでは消える。俺は改めて、失ったものの大きさを知った。
「ぐ……うぅ……」
自然と涙が流れてきた。
「……」
3人は、ただ、俺が泣くのを見守ってくれた。
「落ち着いたか、アスト」
しばらく立ったのち、ブレゲが、ハンカチを差し出しながら話しかけた。
「ごめん、ありがとうブレゲ」
「……そして、コーネル。俺はもう逃げない。俺も真実から目を逸らさない。例え……どんな結果が、待ってようと」
「アストさん……」
コーネルは、困ったような顔で微笑む。
「……私だって、お父様や城のみんなが殺された事、忘れた事なんかありません……。それに、アストさんの事も……恨んでました。」
コーネルの目は潤んでいた。
「でもあなた達と旅をするうち……私もアストさんを……信じたいって……思えて……」
「コーネル……」
こんな思いを抱えて、今まで黙っていたのか……。胸が苦しくなった。
もしかしたら心の強さは、コーネルが一番かもしれない。
ブレゲがコーネルにもハンカチを渡す。
「貴様ら、ちと泣きすぎじゃな」
「すみません、エイフェさん。ただこれも言っておきたいのです」
俺は妹の事をエイフェに話した。
俺は自分の口から、妹のシルヴィアが王国の人々を殺した可能性がある事と、シルヴィアに会って本当の事を確かめたいという事を伝えた。
「ふむ……。勇者ルクロに、貴様の妹シルヴィア。何か、大きな力が働いておる予感がする。」
エイフェはパイプをふかしながら言った。
「ワシも、勇者ルクロに関しては、耳にしておった。奴からはこの世界のものではないような、不自然な力を感じる」
そう言う意味ではお主の妹からもな、とエイフェは付け加えた。
「この世の中のすべてのものは本来、自然の理の中で生きておる。産まれ、老い、そして死ぬ。その理こそが生きるという事じゃ」
話しているエイフェの姿は、どこか悲しげな雰囲気だった。
「ルクロはその理の外にいる男。奴はこの世界にあだなすものじゃ。その男は、倒さねばならん。」
「……!! じゃあ、協力してくれるんですね? 大魔導師様が一緒に戦ってくれるなら、百人力です!」
俺は立ち上がって言った。
「慌てるな。それを成すのは、ワシではない」
「え…?」
「ワシもすでに、理の外にいるのでの。自然の理を正す存在ではない」
エイフェはそれ以上話をしなかったが、エイフェの悲しげな目を見ると、言葉が出てこなかった。
「ただ、代わりに貴様らがそれを成すのであれば、手を貸してやらんでもない」
「本当ですか!?」
「まぁ、それには条件があるがの」
エイフェはそう言いながら、部屋の奥から火のついた松明を取り出してきた。




