第一話「平穏の崩壊」
――俺の人生は何のためにあったのだろうか。この無様な姿で朽ちる惨めな人生で良いのか……。
「お兄様、今日の紅茶、注いでいただいたのはお兄様ですよね?」
「さすがシルヴィア。よくわかったね。バレないように裏で入れてきたんだけど」
俺はいつものように妹のシルヴィアと紅茶を楽しんでいた。
「そんなのすぐわかります。だってお兄様の入れてくれる紅茶は味が優しいんですもの」
「そうか? 嬉しいよ。シェフの真似事を続けてきた甲斐があったかな」
「あら、またそんなことされてたんですか。お兄様の立場の方が厨房に立てば、シェフの方々も困りませんか?」
「そうだな。今は許してもらってるが、少し前はアスト王子にそんなことさせられません! の一点張りだったよ」
「あはは、そうでしょうね。私もアスト王子が厨房に来るのを止めてほしいと相談されたこともあるぐらいです」
「何だそれ。初耳だぞ」
最愛の妹、シルヴィアと紅茶の時間を楽しむ。
これがのんびり出来るのは、全て帝国の脅威がないおかげだろう。
今なら、勇者と言う概念も信じられる。
「お兄様、何をお考えですか?」
「いや、少しな。帝国とのことを考えていた」
「帝国……。もう滅んだ、のですよね。まだ信じられませんけど」
「そうだな。俺も完全に受け入れられていないが……。これが勇者の力なのだろう」
勇者ルクロ。生まれた時から言語を操り、神童と言われていたと言う。
誰にも教わっていないのに、独自の文化を作り上げたりと異常とも言える才能を持っている。
そして。一人で帝国を打倒した男。
「彼はお父様が見出したのですよね。剣術、魔術、高レベルに出来ると聞いております」
「正に完璧な能力だよ。俺も最初は勇者一人に戦わせるのは反対していたが、まさか国とやれるなんてな……」
一度、ルクロの戦いを見たことがある。
魔法を放てば大地を穿ち、剣を振るえば万の敵兵が倒れていく。
あれはもう、意思を持った災害だ。
誰にも太刀打ちが出来ない。
だが、俺の禁術はどう……。
いや、無理だな。禁術云々のレベルじゃないか。
「お兄様? 大丈夫ですか?」
シルヴィアが心配そうに俺を見ている。
ダメだな、考えすぎるのは俺の悪い癖だ。
「ああ、すまない。大丈夫だ」
今はただ、何も考えず。
シルヴィアとの時間を楽しもう。
この安らかな時間がずっと続けば良い。
そう願っていた。
だが、その願いは無惨にも踏みにじられることになる。
父が勇者ルクロに殺されると言う最悪の形で。