第十四話「ムドラズの決意」
「くそ……」
つい、声が出てしまった。
まさか魔王がここまで苦戦するとは思っていなかった。
このまま、勇者城に行って勝ち目があるのか……。
もし、今の騎士とルクロが手を組んだら……と思うと、ゾッとする話だ。
「提案があるわ、アスト、コーネル」
騎士の戦いの後、デュナミスを戻し、徒歩で勇者城に向かおうとする俺とコーネルに
ブレゲが言った。
「このまま行くのはあまり良いとは思わない。寄り道が必要だと思うわ」
「寄り道……? そんな余裕があるのか」
「そうです。今、アストは少しずつ魔王を操れている。さっきのがイレギュラーだっただけで、ルクロは討伐出来るはずです」
「……ええ、そうね。確かにそう」
俺達の言葉を聞いて、ブレゲは頭を抱えている。どうしたんだ?
「さっきから何が言いたいんです。ブレゲらしくない」
「……お腹が減ったのよ」
「え? 何を言ってるんです?」
コーネルが理解出来ない、と言った表情で言い返す。
「お腹が減ったのよ!! あの地下に入ってから、何も飲まず食わずじゃない!」
もう限界、とブレゲが騒ぎ出した。
「むしろ、貴方達が平然としているのが理解できない!」
さっきまでのクールさはどこに言ったんだ。
ただ、俺もそこまでではなかったが、意識をすると空腹感を感じる。
そういえば、俺は3年食事をしてないことになるのか。
「……ここってヴォルグドハイム領だったな」
「そうですね……。ディウルス様の領地です」
少し外れてはいますが、とコーネルは補足した。
ヴォルグドハイム領は教会の数も多い。
その関係から、コーネルは何度か訪れていたと言うことだった。
「ディウルス・ヴォルグドハイム……」
ブレゲはディウルスの名前を聞いて、少し顔を歪ませた。
「何かあるのか?」
「……いいえ、私には何もないわ」
「なら、良いけどな」
「ここからそんなに遠くないところに村があるはずです」
コーネルが指を指してくれるが、全く何も見えない。
森が広がっているだけだ。
「……本当にあるの?」
「ありますよ。私はこの辺りには詳しいですから」
半刻ぐらい経った頃、森の中を俺達はひたすら進んでいた。
空腹に問題なさそうだった、コーネルも次第に腹の音を出し始め、
それを聞かれたくないのか、小走りで森を進んだ。
「ほら! ここに村が……」
確かに村が見える。
ようやくか、と一息つこうとしたが、そこには一人の男が待ち構えていた。
「そこまでだ。ブレゲヒュッテ・ヴィッテルング」
重厚な鎧を身にまとい、こちらに敵意を向けている男。
それは、俺が知るムドラズと言う男で間違いなかった。
ムドラズ……。
この男はルクロが戦場に出てすぐに寝返りを希望した男だ。
記憶がボヤケているが、帝国の将軍が裏切ったことは強烈だったのを覚えている。
「義父……ムドラズ……!」
お父様? ブレゲとムドラズは親子だって言うのか?
だが、その割にはこの2人に和やかさはない。
「……ブレゲ、ムドラズの娘だったのか」
「義理の父よ。血は繋がっていないわ。それに……」
むしろ、警戒をしている。
ブレゲは左手にナイフを構えているが、最悪の場合、血の剣を使うつもりだ。
「私を捨てて王国に寝返った上に勇者についた男よ。もう縁もない」
「フン。その髪の色……。魔に落ちたと言うのは本当だったか」
「……誰から聞いたの? そもそも、ここにいるのはディウルス様では?」
この土地は元々、ディウルス・ヴォルグドハイムの領地だったはずだ。
そこに何で、帝国から裏切って王国に来た、ムドラズがいるのか。
そして、ブレゲが言った勇者についたと言う言葉。
勇者に着いているならば、この男は明確な敵と言うことになる。
「まさか……殺したのですか」
コーネルが恐る恐る聞く。
ムドラズは、フンと言いながら不敵に笑った。
それを見て俺は、何となくブレゲヒュッテを感じた。
親子なのは、わかるな。笑い方の癖が同じだ。
「それこそまさかであるな。奴を殺していれば、ワシはもっと笑顔よ」
ムドラズとディウルスは憎み合っているのは、誰もが知るところだ。
帝国時代のムドラズは戦略家で、かなり緻密な作戦を立てていたと聞く。
しかし、ディウルスが絡めば、作戦など二の次でディウルスを殺すために短絡的な動きをしていたらしい。
私への執着が彼の唯一の弱点なのです、とディウルスが笑って話していたのを思い出した。
「ワシはここにいるのは勇者様が面白半分で領地の管轄を変えたからよ。そこに理由はない」
だからこそ気に入らん、とムドラズは続けた。
「……それで、私の話を事前に聞いていたようだけれど、出どころは?」
ブレゲは、露骨に話を変えた。
ムドラズのディウルスに対しての恨みは尋常ではない。
その話をしても仕方ないと思ったのだろう。
「勇者様しかなかろうよ。そこで全て聞いた」
ブレゲは短く、「そう」と言った。
勇者は生きている。
そんな予感はあったが、はっきりと言われるとあまり良い気がしない。
やはり、あいつは死んでいなかった。
「だが……」
ムドラズの鋭い視線は俺を捕らえた。
「アストレアス王子……で間違いありませんかな」
「……そうだ。ルクロから聞いていないのか?」
「全く。貴方は死んだものとばかり思っていましたが……」
ルクロは俺のことを言っていなかったのか。
それは何故だ……?
「そう、か。ブレゲ。貴様が蘇らせたのだな」
「そうよ。問題はある?」
問題しかないだろう、とムドラズは呟いた。
「まあ、ここで出てくるのが帝国皇帝ならともかく、王国の王子には思うことはないがな」
「本人を前に随分と言うな。一応、お前は裏切り者だぞ」
「……わかっておりますよ。ただ……」
ムドラズはこの会話を続けたくないのか、露骨に会話を変えた。
「確認したい。先程、魔王とやらを使って戦っていたのは誰なのだ?」
「それを聞く権利があると思うのか? お前は裏切り者だって何度言ったらわかるんだ」
「……それは耳が痛い」
「そうよ。ムドラズ、貴方は何のつもり? 帝国を裏切り、王国を裏切り、次はどうするの?」
「ワシは」
ムドラズは、少し沈黙していたが、意を決したように口を開いた。
「ワシは部下の命を優先した。勇者は紙くずのように人を殺す。それを避けたのです」
「……それで裏切り続けたっていうのか」
「その通りです」
「おかしいじゃない。もし、そんな人なら私をほったらかして国ごと捨てたっていうの? ここで、貴方の首を跳ねてもいいのよ」
ブレゲはムドラズを許す気はなさそうだった。
現に、ムドラズをいつでも斬れる位置にいる。
「ワシを殺してどうなる? お前達の狙いは勇者ルクロだろう」
「だから、貴方を殺すのよ」
「ワシが勇者を裏切る腹づもりでもか?」
「何だと。また裏切るのか」
「そうです。王子の味方につきます」
平然とムドラズは言う。
この男は一体どういう神経をしているんだ。
「信じられると思うの?」
「それでも信じてくれ」
「メチャクチャだ! 誰がお前なんかを……」
「……見返りは勇者側の情報です」
「情報……」
「いらないわよ、そんな情報は。大体勇者軍なんてルクロを倒せば全員やる気ないじゃない」
それもそうだ、と思った。
ムドラズは眼をつぶり、「では2つ」と答えた。
具体的には? とムドラズに問うブレゲ。
「魔王についての情報と……」
ムドラズは少し考え込んだ。
「シルヴィア様の消息。知りたくはありませんかな……?」
「何……?」
シルヴィアの情報をこの男が持っているっていうのか?
もしそうだと言うなら、是非欲しいが……。
それがないとしても、魔王についての情報も気になる。
ただ、これが取り入るだけの嘘の可能性も否定出来ない。
「……そうやって、餌をちらつかせながら、帝国の情報を父に提供して、ルクロに父の情報を売ったのか?」
「そんなことはしておりませぬ。あの勇者に情報提供など無意味なことはご存知でしょう」
「そうやって裏切り続けて、何を求めているんだムドラズは」
「勇者の討伐。そして、部下達を生かすことです」
そのために、と言葉を続けて、ムドラズは俺を指さした。
「あの魔王は王子が使っている。で、あればワシの裏切り先は王子しかありえませぬ」
「受け入れると思うのか? 俺はルクロに味方するものは全員潰すと決めてるんだ」
「味方ではありません。敵は同じ勇者。ならば、組む方が効率が良いと思いませんかな」
「思いません! 貴方は全く信用出来ない! 私達が不利になったら、ルクロに寝返らない保証はないでしょう……!」
ここまで、黙ってみていたコーネルが怒りのままに口を開いた。
それはそうだ。
これだけ裏切りを重ねているこの男が次に裏切らないとは限らない。
「裏切らない……と言っても、信用出来ませんか」
「当たり前だ!」と俺達3人の声が揃った。
「口だけなら何とでも言えるのよ、ムドラズ。何の相談もなしに私を捨てて、勇者に寝返った男の言うことなど聞けないわ」
「捨てた、と言うのは違う。お前は生き残れる力があると思っていた。蝶よ花よと育てたわけではないからな」
「だからって納得など出来るはずがないわ」
「そうだろうな。では……」
ムドラズはブレゲにゆっくりと近づいていく。
「……何のつもり? 近づくなら……!」
「待て。何もせん」
ムドラズはブレゲのナイフを奪い……。
自分の目に突き刺した。
「いやあああ!!」
コーネルが叫ぶ。
何をしているんだ、この男は。
「ワシの眼。……右眼では足りませんかな」
ナイフで右眼をくり抜いたムドラズは俺の方を向いて力なく言った。
「……それで、信頼しろって?」
ブレゲは静かに聞く。
「ワシは、部下を生かしたかった。それを妨げる勇者を、殺すつもりでいた。その結果が裏切りの連続よ」
「……」
「部下達は家族を養っている者がほとんど……それも最下層の人間ばかりだ。だからこそ、死なせるわけにはいかなかった」
最下層……生きるのも精一杯の人たちだ。
それを家族として支えている人たちが部下なのか。
「部下に生きる道を与えてくれるなら、ワシはどんなことでもする。……信じてはいただけませぬか」
ムドラズは血に塗れた右眼を俺に差し出して懇願した。
「……俺は」
この男は信じられないのは、全く変わらない。
ただ、悲痛な顔をしているブレゲが気にはなった。
「……アスト。私は……」
ブレゲが何かを言い淀んでいる。
俺は静かにその言葉を待った。
「ごめんなさい。私は……まだ、義父様を信じたい」
「……わかったよ」
ここまでされても俺は、ムドラズと言う男は信じられない。
それでも、信じようとしているブレゲを俺は信じたいと思った。
「わかった……。なら、ここはその眼に免じて見逃す」
「ありがたい……」
ムドラズは血まみれなのにも関わらず、笑みを浮かべていた。
「ただ、わかってるな。裏切る素振りをしたら……」
「わかっております。その時は容赦なくとどめを刺しても構いませぬ」
「アスト、その時は私にやらせて。この男をやるなら、けじめとして私がやるわ」
「……わかった」
正直、不安要素ではある。
ただ、それでもここでムドラズを仲間に加えることは情報源としても大きい。
それに……。
「聞きたいことはたくさんあるんだ。それは全部聞かせてもらうからな」
「……ええ。それはもちろんです」
俺を、父を、国を……裏切った罰でもある。
使えるだけ、使い倒してやるさ……。




