第十一話「勇者軍、崩壊のカウントダウン」
「くそくそくそくそくそくそ!!! 糞が!!」
アストと戦い、死んだはずのルクロが叫んでいる。
初めての敗北。
それを味わったルクロはどうにも我慢ならなかった。
転生する時に絶対に負けないことを約束してくれたから、ここに来た。
なのに負けてしまったことでルクロの精神は耐えられなかった。
「最強って話とぜんぜん違う。負けた。ぜんぜん勝てなかった」
話が違う。
まるで違う。
死ぬなんて聞いていない。
そのことに怒りしか感じないルクロは叫び続ける。
「おい、ぜんぜん話が違う! 俺が最強じゃなかったのかよ! 復活するなんてダセェんだよ! 一回ゲームオーバーしたじゃねぇか!」
勇者城、皇帝の間。そこで五体満足で復活したルクロは一人叫んでいた。
そして、その叫びを1人の侍女が物陰で聞いている。
侍女からすれば、何を1人で叫んでいるのか理解出来ない。
ただ、叫んで叫んで……。
「俺の願いを何でも叶えるんだろ! だったら最強の力を与えてみせろ!」
その後は、
「そういうのを待ってたんだよ! 呼び出したら来るって言う最強ロボット!」
歓喜の声に変わった。
一体、誰と喋っていたのか。
そして、何があったのか。
それを聞いている侍女には全て意味不明だ。
「ふう。しかし、皇帝ってかっこいいからなあ。んー、じゃあ」
機嫌が良くなったルクロは何かを考え込んでいる。
「勇者皇帝。勇者皇帝、ブレイブカイザー! カッコよすぎ!!」
何がかっこいいのかがまるでわからない。
侍女には勇者のそれは奇行にしか映っていなかった。
「勇者様が戻ったそうであるな」
様、を強調するこの男は名をムドラズと言う。
帝国で将軍の地位を持っていた。
ムドラズは3年前、勇者が帝国に攻めてきた際に一切戦わず投降した。
ムドラズは軍ごと王国に寝返り、今は勇者国で王国と帝国の残党狩りを担当している。
「はい。そこで、会議を開きたいとのことです」
伝令の者に用件を言われて、ムドラズは嫌気が差した。
ーーまた会議か。
無駄な時間を重ねるだけで、何の進展もない会議。
しかも、そこには元王国、元帝国の貴族も多い。
帝国から王国、そして勇者に寝返ったムドラズからすれば、居心地は最悪だった。
自分から選んだ状況とは言え、そんな状態で、しかも何の決定もない会議などムドラズとしては耐え難い屈辱だった。
「いつも通り、欠席とさせてもらえんかな」
最近は、欠席と言うことで参加を拒否している。
腰が痛いだの、鎮圧が遅れているだの、と事あるごとに言い訳をつけて休んでいた。
普通ならそんなことは通用しないが、勇者国の中では実力が高い。
そのこともあって、ルクロもムドラズのやることには甘めに評価している。
だが、今回は毛色が違った。
「出来ません。今回は緊急の内容です。急を要します」
伝令だけの人間がここまで強気に言うことなど、ムドラズは見たことがなかった。
「……ならば、仕方があるまい」
ここで、逆らっても面倒を起こすだけだ、と思ったムドラズは今回だけは従うことにした。
王国と帝国の境目にある勇者城。
そこの会議室で、ムドラズは時間ギリギリに来た。
「全員揃いましたね。ああ、本当にちゃんと来てますね」
勇者ルクロの言う通り、顔ぶれは全員揃っている。
「はーあ。やっと来たのか裏切り将軍。どの面下げてノコノコ来たんだお前は。ああ?」
「……」
まるで、輩のように絡んでくるこの男はキワストと言った。
見た目は痩せこけていて、妙な匂いもする。
帝国の時には地方で閑職についていたが、ルクロに抜擢され大将軍となっている。
キワストはルクロの機嫌を取るのが上手くそれだけで勇者軍で、一気に出世した。
「将軍もきちんと出席ですか。腰が痛いとの話で、今まで休むことが多かったですが、今日は良いんですか?」
ルクロからムドラズに指摘が入る。
不快感はあったが、実際休むことが多かったのも事実だ。
「当然でございましょう。今回は緊急の内容とのこと。であれば、どれだけの痛みを抱えていても駆けつけますゆえ」
ムドラズは事を出来るだけ荒立てないように、下手に出た。
「はーあ。本当ですかあ、それは」
見下したような表情でルクロはムドラズに視線を送る。
ーーこれだ。
この表情が気に入らない。
だが、今逆らっても敵わないのもムドラズは理解している。
「腰が痛いって言ってますけど、毎度毎度鎧を付けてきているのが原因じゃありませんか?」
「鎧は無関係ですな。私の信条は常在戦場でございますゆえ」
「カッコつけんなよ、雑魚将軍。腰が痛いとか言ってたろ今」
「……」
キワストの無礼な言葉には答えないムドラズ。
その態度に苛ついたキワストは露骨に舌打ちをした。
鎧を付けているのは、会議ではムドラズ1人だけだ。
それはある意味、ムドラズ自身の決意でもあった。
ーーこの場の誰一人信用するものか。
特に、あいつだ、とムドラズは視線を送る。
自分の座った席の斜め左に座っているディウルス。
ムドラズは昔から王国領貴族のディウルスとは腹違いの兄弟と言う因縁がある。
そのこともあって、会議は出たくなかった。
逆にディウルスは一回も欠席せずに参加している。
昔、ムドラズは帝国から王国に父を訪ねに言った時、
当時6歳だったディウルスに殺されかけたことがある。
それから、ムドラズは自身を鍛えディウルスを倒すために
時間をかけてきた。
ーーその末路がこの下らない会議か。
情けない、とムドラズは思った。
因縁の相手が眼の前にいるのに、手を出せない状況に
訳の分からない無能に偉そうな態度を取られるこの現状。
だが、今は我慢の時だと考え、ムドラズは目をつぶった。
「まあ、良いです。今日の議題ですが」
ムドラズの苛立ちは知らないであろうルクロは早々と会話を打ち切った。
「裏切り者に関しての話ですね。ブレゲヒュッテとコーネル・ラウドが裏切りました」
「あの2人が?」
会議の場がザワつく。
ブレゲヒュッテは元々、野望を持っていたことをムドラズは理解していた。
ブレゲヒュッテの母に世話になったこともあって、養子として取ったが、腹の底まで話していたわけではない。
ムドラズとしてはもしその行動を察知すれば、その野望を支援するつもりではいた。
更にコーネル・ラウド。
王国の第一継承権を持つアストレアスの婚約者で、王国がなくなった後は聖騎士として活躍していた。
聖騎士となる人間は清廉潔白な者が多い。
解せん、とムドラズは考えていた。
「はい。ですので、指名手配をお願いしたいです。賞金500万とかで。出来ますか?」
雑すぎる、とムドラズは思っていた。
間違いなく何かを隠している。
「更にはここにいる皆さん全員出陣してもらって、元凶のブレゲヒュッテを見つけてもらいますね」
「可能ではあります、が。しかし、一体裏切りとはどういう内容なんでしょうか。流石にそれもわからずに、指名手配に、更に軍を動かすと言うのは難しい」
発言したのは、ムドラズ因縁のディウルス。
内容云々ではなく、ディウルスの声を聞いたことでムドラズの機嫌は悪くなった。
「そうですな。勇者様には詳細をお話頂きたいですな」
ムドラズは苛立ちを抱えたまま、ルクロに発言をしてしまった。
まずい、と思ったが、ルクロは気にしていなさそうだった。
「詳細なんて、いちいち僕が説明するのも面倒ですよ。経緯はキワストに話しています。お願いしますね」
ルクロの隣に座っているキワストが立ち上がり、2人の説明を始めた。
「はあい。では、お話します。えー、ブレゲヒュッテ? からになります」
まともに覚えていないのか、キワストの話し方はたどたどしかった。
「彼女は聖女としての素質を教会に見出されていたにも関わらず、調査予定の施設から魔王を引きずりだして、勇者に襲わせたって聞いてます。まあ、クズですね」
キワストの説明はいい加減で、腹の立つ内容だったムドラズは言い返した。
「滅茶苦茶ではないか。魔王を引きずり出す?」
「全く……。信じられない話ですが。コーネル・ラウドはそのままブレゲヒュッテの味方をしたそうです」
ルクロがやれやれ、と言いながら発言する。
「……ふむ」
コーネルがブレゲヒュッテの味方をした。
コーネルとは会ったことがあるが、慈悲深さを持っているから、ブレゲヒュッテを哀れに思い味方したと言うのがあっても、不思議ではない。
だが、魔王を呼び出したなら、果たしてコーネルはそのまま味方をするのか、ムドラズとしては疑問しかなかった。
「その魔王、と言うのが今回の大問題ですよ。あれはロボットと言うもので魔王ではありません。ブレゲヒュッテさんはそう呼んでましたが」
「ロボ……ット……?」
「はい」
「聞いたこともない言葉ですな」
知らない単語だ。
ムドラズが無知な訳では無い。
学者以上に本を読んでいると自負しているムドラズだが、勇者の言うロボットの意味はわからなかった。
「ああ、そうか。知りませんよね、それは」
鼻で笑い飛ばすように、ルクロは言う。
ムドラズは苛立ちの表情がルクロに見えないように下を向いた。
「機械の巨人って言って、意味通じますか?」
誰一人反応しない。
ただ、キワストだけは自分は理解していると言った表情をしていた。
「知らないならゴチャゴチャ言わないで下さいね」
「お待ち下され。その場に勇者様もおられたのなら、その時に討伐出来たのではないですかな?」
矛盾を見つけた。
そう思った時、ムドラズは指摘してしまっていた。
懸賞金などやる前に問題の現場にいた勇者はどうだったのか、と。
「は?」
「魔王、と言うのは勇者が倒すべき敵ではありませんか。倒せなかった理由がおありで?」
「もちろん倒せました」
めんどくさい、と呟きながら、ルクロは答えていく。
「でもね、コータルさんが寝返るなんて思ってなかった。気が動転してたんです」
僕も人間なので、とルクロは続けた。
「……」
やはり違和感しか感じない。
それをどうしても聞かざるを得ない。
でなければ、ムドラズは納得出来なかった。
「ですが……」
「うるせえって言ってるでしょうが!!」
キワストが怒鳴り散らす。
「勇者様の言葉だぞ。黙って聞いてろよ。お前らがやることは懸賞金の手配、そして全軍出撃で魔王討伐だろうが! まずやれや!」
「……」
今すぐ剣を抜いて、キワストの首を飛ばしたい衝動に駆られるムドラズ。
だが、勇者の力で抑えられると、全員が黙るしかなかった。
国を破壊する意思を持つ災害。
そんなものだからこそ、全員は話を聞いている……。
聞かないと殺されるどころか、一族郎党滅ぼされるかも知れないからだ。
王国、帝国の優秀な人間がたった一人の20も満たない小僧に良いようにされている現状。
ムドラズは今の自分が情けなくて、もうやっていられないと思い始めていた。
それは向かいに座っているディウルスもそのように見えた。
腕を組んで顔をしかめている。
――今に、見ておれ。
ムドラズは心の中で反逆する計画を早めることを決めた。
それは、ディウルスの表情を見ても同じような感情を抱いていると、ムドラズは感じていた。




