第二話 蜘蛛は笑わない②
登場人物
・後藤 コトハ
4組担任。落ち着いた様子の元マングース所属刑事。
・剛田 ケンシ
5組担任。ガタイのいい、元殺し屋。
「入学ワンキル!!!伝説...開始ぃ!!!!!」
思いっきり、トーマが下から蹴りを入れる。
猫のような体勢で、思いっきり顎を蹴り上げたのだ。
電光石火。まさにその言葉が似合う。
「あ...れ....!!?」
トーマ本人にも当たった感触はあった。間違いなくかわされなどしていない。
そう、かわされなどしていなかったし、当たっていた。
いや、当たっていたと言うのでは、説明に語弊がある。
「こんの...!!!放せっっっ!!!」
蹴り上げた左足ではない、軸足が掴まれる。
そして、トーマが逆さ吊りとなった。
ガンッッッッ!!!
頭が、一撃蹴られる。
その光景は、さながら、鶏の絞めのようである。
そして、トーマが動かなくなった。
彼の右足は、剛田の口にくわえられていた。
いや、噛みつかれていると言った方が適切か。
歯は折れていなかった。
とどのつまり、電光石火のようなスピードでかまされた一撃を、剛田はその場を動かず、ただ口で受け止め切ったのだ。蹴りを、なんのダメージも残さずである。
クラス中が息を呑む。
剛田が、口を開け、右足を離した。
いや、口を自由にした、が正しいであろうか。
「...こんなくらいの実力なら少なくとも俺にはあるし、君たちにも一年かけて教えていこうと思っている。
では、全員分の顔写真と名前の入ったファイルを、お前らの授業用端末に送る。各自確認するように。
それと、お前達の趣味や好きなものなどと、お前らが“どっち”かを、それぞれ添付して、クラスルームの掲示板で貼ってくれ。今日のうちに覚えるといい。
ということで、あとは自習だ、各自....」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ!!」
と、呟いたのは、出席番号13番。古賀 ノロシ。
「...そうだな。忘れていた。例年このクラスでは、担任によってクラス内の殺しが容認されたりもするらしいが、うちはなしだ。」
トーマをお姫様抱っこし、席に座らせながら言う。
「ちげえよ!!...あんた、その強さ...おれ、父ちゃんが社長で、よく殺し屋が襲いに来るから...そいつと父ちゃんの雇った殺し屋との戦いはよく見るんだ...だからKiller Rankのそれぞれの強さは大体わかる!!
でも...あんた....その強さ!!...殺し屋の時のあんたは何ランクだったんだよ!!?」
古賀が叫ぶ。
「...あんた、ではなく、剛田先生と呼べ。
...そして、一応答えておくが、俺の殺し屋時代のランクは....。」
全員が息を呑む。
「MONSTERだ。」
「.....!!?」
ここまで、長く説明してこなかったが、ここで、今まで話してきたランクや、序列について説明する。
警察や、殺し屋にも階級があり、それは単純に強さのみで決められるものであった。
殺し屋がゴロゴロいる社会でも、殺しは当然犯罪であるため、殺し屋は殺人犯として、当然の処遇を受けるが、数が多くなり、刑務所が足りなくなり、裁判が追いつかなくなることを防ぐため、殺しに関して、相手が殺し屋であると定義された場合、問答無用で殺害許可が下りる。
これは、殺し屋が殺し屋を殺すときも同様にその権利を有し、過剰防衛とはならず、正当防衛として処理される。
そして、警察にもそんな殺し屋専門の警察が存在し、名を、委託殺人科 俗名“マングース”、「蛇殺し」である。
彼らマングースの中での序列は、
1. 神
一人でテロ組織を壊滅まで追い込める。
2. 獅子
2、3人いれば、テロ組織を壊滅まで追い込める。
3.狛
12人程度の分隊で、テロ組織を以下略。
4. 狼
30〜40人程度の小隊で、テロ組織を以下略。
5.犬
それ以下。
という感じであり、コトハは、元狛である。
一方、殺し屋のランクは、世界共通であり、
これは、WORLD KILLER RANKING(世界殺し屋ランキング)に基づき、
0.OLYMPUS(オリンポスの神)
彼らは、このランキングに含まれてすらいない。別格。
1. GOD
WKR(世界殺し屋ランキング)1〜30位
次期オリンポスの神候補の実力
2.MONSTER
WKR31〜100位
MONSTER一人で、その殺し屋の組織はその国でトップに入れる。
3.ERITE
WKR101位〜1000位
この辺りから、名前が知られてなくても仕方なくなるが、名の通り優秀。引く手あまた。
4.BEAST
WKR1001位〜5000位
ここから自分のチームを作るといいとよく言われる。
5.INSECT
それ以下。
WKRは、WKRに登録されたチームのメンバーから登録されて、自動的に順位がつく。
最初はみんなここから。がんばれ!
と言った感じ。
WKRは文字通り世界中で採用された基準なので、BEASTでもその国では、有名になれることもあるレベル。
なのに。
「MONSTER!!?」
「んなばかな!!MONSTERの日本人なら、名前を知らないわけがない!!
剛田 ケンシなんて名前聞いたこともないぞ!!」
「...それも無理はない。
おれが捕まったのは、そのMONSTERへの昇進タイミングだったからだ。」
「...え?」
嘘だと考えられなくもない。
だが、今さっきのものを見せられて信じない者は少なかった。
「さあ、自習だ。」
落ち着いた様子で剛田が指示を出す。
全く自慢げではなく、別に大したことはないと本気で思っている顔であった。
それは、本人も意図していたわけではない、不測の事態への対処と、その後の冷静さ。
それが、他のクラスとはまた違う形で、尊敬として、彼がクラスを掌握した瞬間でもあった。
「...はい。
では、みなさんの顔と名前を載せたpdfファイルに、それぞれ趣味と志望進路を書いて、提出できましたか?」
ここは、四組。
一定時間クラスで自由に交流させたあと、全員分の趣味と志望進路を、顔写真と名前が書かれた欄の下に書かせる、クラスの把握がどれくらいできているかを測る小テストを行い終えたところだった。
「では、休み時間に入りなさい。」
生徒達が雑談を始めたり、トイレに行ったりする中、コトハはひたすら採点結果を見ていた。
提出された回答には自動的に採点がなされるのだ。
「平均点は30点中26点...まずまずね。悪くないわ。
中央値も27点...やはり、集中すればこんなものね。」
クラスの人数は30人。自分を含めない25人くらいは把握できたということか。
データを見て行くうちに一つだけ疑問に浮かぶ。
最高点は満点で、最低点は17点。
一番多い得点は27点で、その次に多いのは28点である。
そして。
「この生徒。」
夜気 ケースケ。
一般生徒なら即アウトなロン毛で、趣味はたしか、立たせた時には言っていなかったが、話す時間で誰かに話しかけられた時にネットサーフィンと言っていたか。
彼の部分の、みんなの正答率が低い。
だが、彼自身の点数は28点。決して低くない。
つまり、
「話には入らず、誰にもほとんど話しかけられずに、ただみんなの話を聞いて行ったのね。なるほど。」
実は、彼女がこの授業を行った裏の理由が存在する。
それは、隠密能力。
とにかく全員と話し、情報を手に入れようとする場をつくり、そこでどれだけ情報を得られるか。
だが、自分が話すことによるメリットはほとんどないのだ。友達づくりなどを行う生徒などもいるので、一概にそう言うのは難しいかもしれないが、少なくともこのテストではなんのメリットもない。
そんな中で、盗み聞くこと。
これも、一つの重要な能力、ここでの生き残り方であった。
社交性。会話をして、情報を得る能力も確かに大事だ。
しかし、殺し屋のみならず、潜入捜査も、隠密能力や、その場に、何気なく存在する能力、溶け込む能力と言ってもいい...が重要なのだ。
「その点、この子は優秀ね。
そして、もう一人、確かみんなの答えられたスコアが極端に低い子が...」
「あの、先生。」
ふと頭上の声を聞き顔を上げると、そこには、クラスの少年。
「先生の警察時代の階級ってなんだったんですか?」
コトハの顔から笑みが消え、額を汗が伝う。
「...私の階級?私は、狛よ...。」
「そうなんですね。じゃあ...」
コトハの顔の真横に少年が顔を近づける。
コトハの顔が青ざめ、汗が唇に到達する。
「僕の隠密は、狛レベルには通用するんですね。」
コトハの瞳孔が大きく開く。
この子の...この子の名前が分からない...!!?
「まさか、名前も出てこないんですか...?
ひどいなー、昆虫集めが趣味の、真神 クロメですよ。...それじゃ。」
クロメが、友達の方に駆け寄り、戻って行く。
真神 クロメ。
クラスで7人しか答えられていなかった人物。
このクラスに四人いた、満点保持者の一人である。
まじで書き出すと、偶然から神が舞い降りることがよくある。