6.新たな仲間
それから一ヶ月。
ラニーの予想通り、二人の騎士はあれから一度も姿を見せることはなかった。
しかしあの二人の来訪による影響度は凄まじく、ラニーの洗濯屋は多くの騎士に利用してもらえるようになり、大忙しの日々を送っていた。店の売上も鰻登り。噂となって評判が広がり、あっという間に王立獣騎士団中にその存在が知れ渡ったようだ。
「ラニーちゃん、今日もお願いして良い?」
「これ、炭鉱の湯油なんだけど落ちるかな…」
「俺の部屋の毛布も洗える?!酒こぼしちゃってさ」
洗濯屋が有能だと気付かれてから、引っ切り無しに依頼が続く。
ラニーはカウンターで依頼を受け、汚れの原因をヒヤリングし性質を見極め、どの薬なら落とせそうかその場で判断してメモ書きし、バックヤードに控えるジェシーに渡す。
バックヤードの籠は常に大量の洗濯物で溢れかえり、休む暇もなく作業を続けた。ラニーにとっては洗濯欲を満たす大事な宝箱。どんなに忙しくてもご褒美だと、アドレナリン全快で馬車ぐるまのように働いた。
その繁盛っぷりに管理局担当者であるロンも仰天して、すぐにでも人員を増やした方が良いとラニーに力強く勧めた。何ならばあまりにも忙しくて手が回りそうになかった時は、ロン自身が手伝ってくれたほどだ。良い人すぎる、とラニーとジェシーの目が思わず潤む。その際、ラニーの特技と必殺アイテムもバレてしまったが、ロンは興奮した様子で手放しで褒めてくれた。
ラニーもこんなに短期間でここまで忙しくなるとは予想してなかった。さすがに管理局勤めで多忙であるはずのロンまで借り出しておいて、彼からの提案を拒否する理由なんてどこにもない。
業務後、ラニーとロンはどんな人材が何名必要か管理局で相談した。
「ラニーさんからご要望はありますか?」
「んー、そうですね…。できれば経理業務に強い方一名と、カウンターでの受付対応一名、あとは実務…体力があって几帳面な方が二名ほどいれば助かるかなと。オープン前からそう言っておけば良かったですよね。本当にすみません…」
当面ジェシーと二人で問題ないと豪語しながら、このザマだ。結局ロンにも忙しいであろうこのタイミングで、無駄な手間をかけさせてしまった。
ラニーは恥ずかしくて顔を俯けた。
「いえいえ、お気になさらないでください。繁盛することは私たち管理局としても有難いんです。騎士の方々が滞りなく仕事に集中できるよう、それ以外のありとあらゆる環境を整えてサポートするのが役目なので。ラニーさんたちを幸運にも担当できた私は鼻高々ですよ。良い思いをさせてくださって、ありがとうございます」
おどけてそう笑ってみせたロンに、ラニーはくしゃっと顔を歪める。
ああ、もう本当に良い人。そして可愛い。思わず抱きつきそうになるのを必死に堪え、一生貴方についていきます!とラニーは心の中で宣言した。
「それで、実務で必要な几帳面な方ーーというのは具体的にどういうことでしょうか?」
「はい。私の洗濯屋の掲げている方針が『小さな汚れも見落とさない』ということなんです。なので出来れば大雑把で適当な方より、ちょっと神経質になるくらい綺麗好きで几帳面な方だと良いな、と思いまして…」
「なるほど、そういうことですか」
ロンは眼鏡の位置を整え、手元の資料をめくっていく。
「受付と経理については、良い人材に心当たりがあるのですぐに手配できるかと思います。バックヤードの仕事については、性格の件も考慮すると、そうですね…。ラニーさんやジェシーさんと同じように猫か虎の獣人か、あとは豚の獣人あたりかな、と。ちょっと探してみますね。性別や年齢についてはご希望ありますか?」
「いえ、特にないです!よろしくお願いします」
ーーーこうして数日後。
ラニーの洗濯屋には新たに四名の従業員がやってきた。事前にそれぞれと面談をした限り、ロンの人選は確かのようだ。皆真面目に働いてくれそうでラニーはほっと胸を撫で下ろした。
売上の計上や管理局への報告などを担当する経理の仕事に、海狸の獣人ステラ(女)。
カウンターで洗濯物の受け渡しを管理する受付の仕事に、羊の獣人モナ(女)。
そして裏で、ラニー・ジェシーと一緒に洗濯の仕事をするのが、虎の獣人トロット(男)と、豚の獣人ブディア(女)。
このような配置に決定する。
全員ラニーたちと割と歳も近く、すぐに打ち解けた。この様子なら楽しく仕事もできそうだ。
人員強化により、ラニーの洗濯屋は効率的に回り始め、より多くの洗濯の依頼を受注することができるようになった。
また受付に羊の獣人モナが立ってくれるようになったおかげで、ラニーは洗濯だけに専念できるようになった。モナという女性は以前はかなり格式高い、王族御用達の宿の受付で働いていた経験があるそうで、受付での対応も素早くかつ丁寧、笑顔も完璧という逸材だ。歳はラニー、ジェシーと同い年の十八歳らしい。
経理の仕事に就いた海狸の獣人ステラは、なんとこの王立獣騎士団管理局の元職員だった。二十八歳で、このメンバーの中では最年長になる。そしてつい最近まで産休をとっていた。
管理局の仕事は多忙すぎて子育てと両立できる自信がなく、管理局に復帰するか悩んでいたが、そんな時にちょうどこの洗濯屋の仕事の話が彼女の元に舞い込んだ。
ステラは財務担当の経験もあり、何より管理局の勝手が分かっている分、管理局への売上報告や連携もスムーズに進められるだろう。ーーということでロンがこっそり根回しし、すぐに合意に至った。
洗濯要員として入った虎の獣人トロットと豚の獣人ブディアは、それぞれ十六歳。成人したての男女である。
バックヤードでは指示出ししなくてもある程度各々(おのおの)自走できるように、ラニーは各薬の性能一覧をまとめ、どの汚れに対してどの薬を使えば良いか誰もが一目で分かるようにした。
ラニーは二人に実演してみせ、洗い終えた衣服に落ちていない汚れがないか隅々まで確認してほしいと伝える。
「もしどうしても落とせない汚れがあったら教えてね。また新しい薬を調合するから」
「す、すげぇっす…」
「こんなに一瞬で汚れを落とせるなんて…しかも浸けるだけだなんて」
トロットとブディアは感動したような表情で、食い入るように洗濯物を見つめている。
薬の材料と調合方法についてはラニーしか把握してない。そのため各薬の性能については秘密にするほどでもないのだが、二人は「こんな重大な企業秘密、絶対誰にも言いません」と固く約束してくれた。
とにかく真面目に精を出して働いてくれる四人は、ラニーの理想にぴったりだった。むしろ期待以上かもしれない。
ラニーは居てもたってもいられず、螺旋階段を駆け登り管理局へ駆け込んだ。
「ロンさん本当にありがとうございますーーー!!!」
「え、あ、えっ、」
勢いあまって泣きながらぎゅうぎゅうと力強く抱き締めていると、ロンが苦しそうな呻き声をあげているのに気付き、ラニーは慌てて手を離して平謝りした。