第七話 誰からの名残り
───教員より試験の知らせを受けたある一学年級クラスは、試
験内容が魔法と魔力に付いての知識が問われると知り。また、日
々の授業が魔法への本格的内容へと近付くに連れ、授業へ取り組
む姿勢が徐々に変化し始めていた。真剣に、意欲的にと。
生徒達は来る魔法授業へ期待を膨らませ、膨れた期待はモチベー
ションへと繋がり、自主勉強に励む彼らの姿が学園内で散見さる
事に。
今回新入生への試験は筆記のみ。魔法的実技は無いので、試験ま
での時間はそう多くは用意されなかった。試験準備期間にて焦る
者、高揚する者、平然とする者の中。図書室で静かに読書へ勤し
む少女の姿。
図書室一階。
普段ヒトの少ないこの図書室に同クラス、いや同学年の生徒が、
最近は多く訪れている。
「(あの追い込みを他のクラスでもやってたって事ね。って事は教
師陣の常套手段なのかも)」
この学園へ入学を志したヒトには二種類あると思う。
魔法を此処で学びに来た者と、在学歴による泊付け狙いの者。
自分は魔法にも興味があったけど、入学理由として言えば後者だ
ったと思う。それに、入学前に自分はある程度の魔法知識を持っ
ていたし、実際ここでもその知識は通用してからね。事前の学力
調査の結果が物語っているし。だからこそ自分は魔法何て今まで
の勉強と変わらないと、そう思い考えてた。
でも。本当の魔法が授業で取り扱われ、自分でも知らない考え方
や知識を披露され。生で見る機会も増えて行くに連れ、自分の意
識は少し変わった様に思う。今図書室へ通い出した同学年のヒト
達同様に。
「(でも。事前に魔法知識を有していたかどうかは大きそう)」
意識が変わり図書室へ通い出した学生の多くは魔力その物がテー
マの本を読み漁り、ノートを取って居る。けど、そもそもの魔法
学の知識が一定量ありそうな連中は自分同様“読んでる本が違
う”。
試験の範囲、学ぶべき箇所。その話も後の授業でされたけど、ど
れも今の自分なら十分な知識量を有していると思える。そんな自
負を持っているヒト達は既に魔力の扱い方、その事前知識を得よ
うとしているのが大半だ。
自分も早くこんな試験は終えて、魔力制御の技術を学びたいと
思う。こればっかりは個人では難しく、一般書店でその専門書が
ある訳も無いし、当然今までの学校授業で学んだ事も無い。そも
そも魔力制御技術何てものは用語でしか知り得なかった事で、そ
の詳細がああも分かりやすく説明されるとは。流石魔法の学び
舎。
あの試験後の話は多分新入生への発破で使われているのだと思う
けど、とても効果のある話だった。
自分の様な生徒にすら、この学園へ入学して初めて“ワクワク”
を感じさているのだから。……いやもう素直に言う。メッチャ楽
しみよ。実技。
「(覚えたら生意気で可愛い妹とかに───)」
「楽しそうだな!」
「ヒッ!? そ!れは───まあ、それなりに(おま、お前は本当
に何当然の様に自分の後ろに居るんだッ!?)」
突然声を掛けられ心臓が口から飛び出るかと思った。
背後に立つはウェアウルフで、見ればベーシック中級、上級の二
冊を脇に抱えて居た。初級もまだだろうにもう次の章を借りよう
としんのか、コイツ。てか上級は無理でしょ、上級は。幾ら何で
も熱心が過ぎるぞ。後普通生活で使うのは初級前半、行っても中
級前半辺りまでなのだけど、態々教えない。別に仕返しとかでな
く、ただ教えないだけ。前に一回教えた気もするし。
「……」
「……(いや何だよ!)」
声を掛けて来たからには何かあるのだろうと見つめれば、琥珀色
のちょっと怖くて、でも見惚れちゃいそうな瞳で見つめ返される
ばかり。アクションはそっちからだろうに。
此方から『御用は?』何て聞きたくない。何か、此方からアクシ
ョンを起こさせられるのは癪に障る気がするから。
なので此方を見下ろしそのままのウェアウルフを見上げ続ける。
正直影が掛かる程の身長で見下されるのちょっと怖い。……怖
い。
「あの、何ですか?(負けてない負けてない、絶対負けてないか
ら)」
「お? おおそうだったそうだった。いやさ、あっちに面白いも
ん見付けたから、絶対ティポタにも教えてやろうと思ってさ」
「へ、へぇーそうなんですねぇ(いや知らねえぇよ! 此方はお前
の友達でも何でも無いんだがッ!?)」
米上に血管が浮き出てないか心配に成る程、奥歯とお腹に力が籠
もる。勿論返答は決まってる。
「んー……。自分はちょっと遠慮しておきます」
「えぇー……」
「あの、そもそも何で自分に?(だから、なんで、残念そうなん
だよ!)」
「前ティポタには面白いもんをいっぱい見せて貰ったからさ、オレ
も見付けたら絶対教えてやろうと思ってたんだよ」
学校を案内しただけで随分懐かれたな。やっぱ案内なんか断れば
良かった。
お礼と言われても迷惑な物は迷惑なので、きっぱりと断ってやっ
た。……けど。
「……」
「……(断ったんだから帰れって! なんだ?理由を聞いたから答
えが変わるかもー。とか思ってんじゃねーぞ!?)」
察しが悪いのか、此方の『帰れ』って空気が読めないらしく。中
々と引き下がらないし。
「「「……」」」
何より物珍しさと奇異の視線をコイツは集める。その視線枠に自
分を収められ続けるのはマズイ気がする。
「……」
ウェアウルフの、元気を失った耳と尻尾が、心底残念そうでウザ
イ。………クソがよ。
「分かりました。何処にあるんです?(さっさとコイツを満足させ
た方が不利益は少ない。そもそも利益なんて一も無いけど)」
「おっ! 此方だ此方!」
仕方無し、非常に仕方無しに。打って変わっての喜び耳と尻尾な
ウェアウルフの後を、鞄を手に追ってやり自分は図書室の奥へ向
かう。
入り口から受付近くまでの机には同学年の生徒が多数居たし、移
動も考えていたので。コイツを喜ばせるのではなく、これを自分
の移動先を考える下見としよう。よし、これは下見だ。
別に図書室なので煩い何て事は無いけど、ヒトが増えれば増える
だけ気配やら何やら気になって来てしまう。自分を神経質とは思
わないけど、周りにヒトは少ない方が落ち着く事は落ち着く。
何て、会話も無い移動を考えで有意義に過ごし。前を歩くウェア
ウルフに付いて行った先は図書室一階の奥も奥で……結構歩かさ
れた先。整然と並べられた本棚の間に立って此方に振り返る同級
生。ここが見せたい場所と言うのなら。自分は虚空を見るように
して。
「わー。ホント、面白いですねぇー」
な訳無い。そもそも自分はこのバカ広い図書室を既に見て回って
いる。それはもう隅々まで。なのでこの辺りにある本が何かまで
分かっているので。なんっの面白みも無い。
「(これで満足だろ。さー終わった終わった)」
「? 何言ってんだ?面白いのはこの先だぜ?」
「先何て何も無いですよ。じゃあ自分は───」
あるのは本棚と本棚の間だけ。しかも自分が興味もない分野の。
帰りたいので聞こえない振りして帰ってやろうとした。けれど。
「此方此方」
「あ、ちょ───ッ!」
帰ろうする自分の腕をウェアウルフのデカイ手が掴んでは、本棚
の間へ連れ込まれる。
この瞬間自分は何をされるのかと。初めて危機感を抱いた。
コイツからすれば体格で圧倒的に劣る自分は、人間と獣人との身
体差を考えれば到底勝てない気がするし。護身魔法も腕を取られ
ている今絶望的。もしかしたらコイツは、人気のない所に連れ込
んで自分に何かする気なのでは? そんな考えで徐々に恐怖心が
煽られ出した時。
「ほら。此処だ」
「こ、こんな所に連れ込んで───?」
不意に放された腕を抱きしめ、一歩下がりウェアウルフを睨みつ
けては、コイツの言葉の意味が理解出来なかった。
「???」
「な!」
ウェアウルフが自慢気に指差すのは、左右に立つ本棚の片側。本
が整頓されて無いらしく空白があり、本と仕切りの間に本が詰め
られているぐらいで。特段変哲も無いただの本棚を指差しなが
ら。
「な? 面白いだろ?」
「(あ。もしかしなくともコイツ危ない奴かも?)」
恐怖心が大きく唸り“ゾッ”とした物が背筋を疾走った。
無理な勉強で頭がオカシクなってしまったのかも知れない。どう
しよう、妄想を否定したら行けないとかって話だったっけ? か
と言って肯定し続けるのも……。よし、此処は話を、コイツにし
か見えてない物は一旦否定せずに。
「そッ、そうですね~(やばい、やばい、コイツやばい!)」
「だよな! やっぱり面白いよなこれ!」
「(コワイコワイコワイ)」
コイツには一体何が見えてるんだ? 何の変哲もない本棚中腹で
ただの本棚を指差し喜ぶウェアウルフ。
いや考えたく無い。一刻も早くコイツから離れたい! コイツ
の妄想に自分をキャストとして加えられたくない! どう考え
ても出演料が割に合わないだろ!
「やっぱ魔法の学校ってスゲーよな! あ、此方も面白いぜ!」
危ないウェアウルフが棚の奥へ向かう。
帰りたい。もう図書室に居られなくとも良いから帰りたい。自分
の切実な願いを行動で起こすべきで、今奥へ行ったアイツと反対
に走り出せば逃げれそう……なのだけど。
「(何か刺激してコイツを怒らせる方が、今は怖い)」
先程まで感じていた身の危険なら逃げる事も出来た、しかし今の
得も知れない恐怖に逆らい体を動かすのは、難しい。
嫌だと思うも、危害を恐れ結局ウェアウルフが手招く奥へと歩を
進めるしできなかった。
先頭を歩くウェアウルフの後を付いて歩く。暫く後を付いて歩い
て、恐怖に慣れたのか可笑しな事に気が付く。
「(本棚の切れ目が……無い?)」
図書室には大きな本棚が等間隔で並び、多少長い気もするけど、
必ず切れ目がある。と言うか図書室でも本屋さんでもそれが普通
な事でしょ。なのに、歩くけど歩けど本棚に切れ目がない。それ
所か少しカーブしてたりと、まるで本棚で作られた道を歩いてい
るかの様に感じる。
幾ら図書室が大きいと言ってもこれは明らかに異常な事だ。そも
そもこんなに長い本列があるか? って話。それに本棚に収めら
れている本が無茶苦茶。整頓なんてまるでされてない。
歩けば歩くほど疑問が頭に浮かんでくる。整頓整理の行き届いた
はずの図書室一階。なのにこの“道”はなんだろう? 本棚の本
はどうした事だろう?
本当に道と成っているらしい、短くもない道を疑問と不思議を胸
に抱きながら通り抜けると。
「───(何、ここ?)」
本棚で壁を作られ、広く、丸い空間へと到着した。
中央には机が三つ向かい合い、壁は全て本棚。ぐるりと円形に形
作られたれたこの場所は、自分には到底理解出来ない不思議に溢
れていた。まず。
「(本が地面に積まれてる? 図書室で?)」
本屋でも図書館でも整理中ならカートの上だと思う。本の直置き
なんてあまり見ない。棚の整理中ならギリギリ分かるけど、こん
な風に。まるで読みかけですと言わんばかりには積んで置かない
と思う。
そうだ、そうだ何よりも。
「私この場所を全く知らなかったんですけど……」
「? そうなのか?」
呟きにウェアウルフが首を傾げる。コイツは知らないだろうけ
ど、自分はコイツよりも前にこの図書室を利用し、最初の利用で
テンション上がって一人歩───じゃない。隅々まで下見して歩
いて居たんだ。広く、沢山の本があるこの場所を見回っていた。
なのにこの場所に来るのは今日が初めて。そもそもこんな形外か
ら見たら回る分かりじゃない。だけどこんな形に成っている場所
を自分は図書室の何処にも知らないし、案内板にも書いてなかっ
た。だから多分。
「此処は司書さんにも管理されてない、んじゃないかな」
「あ??」
「本よ、本」
「あぁ???」
ええいコイツは。
「だからッ、中央の机の配置がまずおかしいし、何より机の上と床
に本が積まれてホコリ被ってる所を見るに。暫くの間誰も此処を
片付けてないって事になるでしょ」
「あー……なるほど! 確かに此処には誰も来てねーんだろな。何
でだろな?」
能天気は放って置いて。本当に不思議な場所。……置いてある本
も含めて不思議。側にあった積み本を注視すれば。
「“基礎と基本”の一階に、本物の魔導書や中級魔術書が置いてあ
る訳ないわよね……」
「ほう?」
無視無視。
実際此処以外で魔導書が本棚に並んでる所を見てない。一階にあ
ってもいい本、っと言うのが何処までかは分からないけど、本物
の魔導書は場違いでしょ。しかも、しかもこれってもしかして。
慎重に本を手に取り触って見ては、本の裏表紙にクリスタルが嵌
め込まれているのを確認。
「やっぱり。これ触媒系じゃない」
一般書店でギリギリ購入できる、魔導書を名乗った魔術書モドキ
ではなく、真の意味での魔導書。本物を手にしたのなんて、ずっ
とずっと昔の事。凄い……。しかも触媒系ってのがまた。
「(ほあー)」
「魔導書がそんなに凄いのか?」
思わず小さい頃を思い出した自分にウェアウルフが疑問を飛ばし
て来た。自分は顔も上げず。
「凄いわよ。まず魔術書と魔導書は全然別物だからね。魔術書は魔
法に関する技術、知識を説明してくれる本、まあ技術書よね。変
わって魔導書に書かれてる内容は噛み砕かれた物じゃない、魔術
書以上に本当の知識、読解力を求められる程に難解な内容で、一
番の違いは実際に魔法を秘めた本って所ね。その中でも触媒を兼
用してる魔導書っての言うのは極めてレア物」
普通魔法の行使には触媒を用いて補佐してもらうのが一般的だけ
ど、それは一般魔法も専門魔法も大きくは変わらない。魔法行使
のスタイルとしてステレオタイプがとされてるのが、魔導書、杖
型の触媒を片手に持つ、とかね。魔法師向けのCMとか創作ドラ
マでよく見る奴。ただし。
「触媒兼用の魔導書ってのはイメージ程には殆ど出回ってないの。
ドラマとかで本を片手に魔法使ってるシーンも、実際はただの本
か魔導書を持ってるだけらしいし」
「あー……。何か母さんが見てたドラマに居た様な……?」
いまいち“ピン”と来てないらしいけど話はやめない。
「本に魔法が収まってて、それを使うって言うはのはあるけど、魔
法の収まった本自体を触媒化ってのはずっとずっと難しい技術な
のよ。そもそも本を魔法の触媒化するって技術は秘中の秘だし、
何よりも古い技術だから制作できるヒトが少ないだもん。おまけ
にメンテまで難しい。
そんなだから触媒化された魔導書ってのは───廃れちゃったの
よね。凄く簡単に言えば、だけど。
その背景ってのも───」
触媒化された魔導書はステレオタイプの魔法使いとして憧れる一
品なのだけど。反面魔導書の触媒化技術は凄く難しく、おまけに
メンテにも技術がいる。
魔導書なら最初の製作時に収められた魔法を使うってだけで良い
けど、触媒化された物は中身、つまりページの入れ替えやら追加
やらを行わないと行けない。ぶっちゃけ面倒過ぎた。
へんてこなとんがり帽子同様何で流行ったか分からない物シリー
ズの一つだ。
「へー。……ん?じゃあレアでも何でも無くないか?」
「そう思うでしょうね。だけどこの触媒化された魔導書ってのは凄
く厄介なのよ。何せ中身を所有者が好き勝手に入れ替えて使っ
ていたんだから。中に入ってる魔法は所有者オリジナルのモノか
も知れないし、もしかしたら古い魔法かも知れない。
だから多くは研究者や収集家に買い漁られちゃってるし、実際古
い時代の魔法が入ってた、何て事もあったからね。
で。勿論読み物としても機能するのだから、本と魔法、両方の意
味で価値が高すぎて逆に扱いが難しい物ばかりなの。分かっ
た?」
「……」
ウェアウルフが此方をしげしげ見詰めている気がした。
「なに?」
「いや。ティポタって物知りでスゲーって思ってさ」
「ッ。 ……べ、別にオタクって訳じゃ───」
「お! て事はこれもお宝か!?」
「(聞けよッ!!! クソ。バカはどうでもいい。此方に集中し
よう)」
本漁りを初めたバカから手にした魔導書に意識を戻す。
本だけで見れば古い希少本、これで中にオリジナルな魔法や古い
魔法が記されていたら、効率云々抜いてもやっぱり希少。つまり
金銭的価値も文化的価値も“ぐん”と高くなる。それに古い魔法
って言うのは今ほど最適化されてないから兎に角強力な物が多い
って話しだいし。威力、効果、規模でね。
そんな物を無造作に、こんな魔法知識の乏しいだろう。いや学校
側からしてだけど、そんな自分たちが利用する一階へ置いておく
訳は無い。
流石にこの中に古い魔法は入ってない、入ってないと思うけど。
場所が場所だけに分かんない! 触媒系の魔導書何て初めて
触ったし! 質感良ッ!
「(あーあぁー……)」
「うえ。やっぱ此処ホコリすげーなー」
「(ッ。おっと理性理性)」
飛びかけていた自分のテンションを一旦宥める。
そもそも、本当に此処にはヒトが来てないんだろう。
自分の説明を聞き終えたウェアウルフが今言ったように、周りに
はホコリが少し積もってる。これで掃除がされてますとは思えな
い。つまりヒトが来てない、来れないって事は。
「……!」
辺りを探してみると。不自然に本棚へ吊るされたロケットペンダ
ントを一つ発見。見ればロケットには小さなクリスタルが嵌め込
まれ、クリスタルは僅かに発動光を灯している。
「(魔道具。しかも多分これ“ヒト気除け類の魔道具”だ!)」
呪い、魔法、神秘のどの種類かは全然分からない。すごい、ただ
ただすごいすごい。てかこれ超欲しいんですけど……。
ロケットを握り、魔導書を抱えながら椅子に腰掛ける。ホコリな
んて気にもならない。
「ほんとに、ほんとうに魔法だ!」
何故か開く事の出来ないロケットを掲げ見詰める。
魔法の学園に通っているのに、その自覚は薄かった無かった。魔
法なんて普段飽きるほど目にしてるし原理も頭では分かってた。
分かってる積りだった。だから不思議何て無い、全部が解明され
ている、その他多くの既存技術と変わらないと。そう思ってた。
でも此処はおとぎ話や絵本、ドラマや映画の中で書かれていた通
りの、不思議な魔法が存在する場所。本物の魔法にこうして遭遇
できた事へは、感謝と感動が渦を巻くばかり。そんな自分の耳に。
「此処何かヒトが来ねーし、静かでいいな」
「秘密の場所っぽいですね」
「おお。良いなそれ───っと」
「?」
笑いながらウェアウルフが“ドカリ”と空いていた席へ腰を下
ろし、片肘付きながら此方を真っ直ぐに見詰め。
「で? 面白かったかよ?」
ぐ。……ぐぐ。
「まあ。確かに。……今回は、面白かったかも、です」
「なら良かったぜ。へっへっへ」
何だその笑いは。全然負けとか関係なのに負けた気にさせるんじ
ゃない。……冷静になれ、違う事考えよう。
此処の事は不思議過ぎるし色々気になるけど。
「もし此処を使うなら掃除が必要ですね」
「だなぁー」
この場所は兎に角ホコリが凄い。図書室に掃除道具が置いてある
場所が確かあったはず。司書さんだけの物か分からないけど、こ
っそりと借りて掃除が出来たなら、勉強も読書も此処でなら捗り
そう。
「(静音、もしくは防音の結界魔法でも掛かってるのかな?)」
「………」
考える傍ら、ウェアウルフが机の上にあった本を下ろし、腕でひ
と拭きしては。そこらから持ってきた本を置いて満足そうに一度
頷き。
「ここがオレの席な」
本を角立ちさせては“クルクル”回しながら言う。
「はいはい(どうでも良いし知らん。後本が傷付くだろうが)」
その後少しこの場所を見回っては。
「───よし。今日の所は帰りましょうか。ホコリも凄いですし」
「だじがに゛」
「ふ。なにそれ?」
「ほごりきじぃー」
鼻を押さえるウェアウルフ。
歩き回った所為でホコリが凄い事になったので、一旦この場を離
れる事に。ロケットを元に戻し、鞄を手に秘密の場所出るため、
ウェアウルフと共にもと来た道を戻りだす。
ヒト気除けの呪いは通路入口付近まで効力を発しているらしく、
出る姿を誰かに目撃される事も無かった。
思いがけず不思議な体験をした自分は、そのまま家に帰ろうと思
い、自分も帰ると言うウェアウルフと途中まで一緒に歩く。
その最中。出来事を頭で反芻しては。
「ああ、本当に不思議な体験ができて良かった……」
つい口に出してしまい。
「おう。楽しんでもらえて良かったぜ。オレもこの前の礼が出来
て嬉しいしな」
隣の存在忘れ、おまけに呟きを拾われて仕舞う。笑顔にイラつい
た自分は。話そうと思っていた事を少し修正しながら、まだホコ
リが辛いのか鼻息を仕切りに吹くコイツへ話を切り出す。
「でも。あの場所を自分に教えるべきじゃなかったかもですね」
「?」
「受付も司書さんも気が付いてない場所らしいので、本来であれば
生徒の自分達には当然報告する義務ありますから」
「あー……そうなのか」
万が一危険物が発見されていれば迷わず学校へ報告するけど、今
の所は無い。魔導書も魔法を使いさえしなければただの本だし。
なので自分は残念そうにしながら、帰る前にと抱えていた本を本
棚へ戻すウェアウルフの背に、帰りながら考えていたある提案を
話してみる。
「ですけど。あんな立地のいい場所、手放したくないのは自分も同
じです」
「ひれーし静かだしな」
「ええ。ですから此処はお互いにあの場所の事を誰にも口外しない
って約束、それを交わしませんか?」
「おお?」
彼処に置いてあった本達はどれも一般の店で出回る様な安物じゃ
ない。あれに記された知識価値と立地の良さ。それらを無視でき
る程、自分は無欲じゃない。真っ当な欲ぐらい持ってる。
「そうすれば互いに秘密を共有する───仲間です」
「おお!」
本を戻し終えたウェアウルフがこちらに振り返り何故か喜んでい
る。……煩いな。
コイツを喜ばせるのは本意じゃない。なので再び図書室の出口を
目指しながら。
「でも利用には掃除が必要です。そこで、あの場所の掃除は床全
部をヴォルフ君担当でお願いしますね。ああ勿論通路? も含め
てですよ」
「えぇ!?」
「あの場所には自分達がまだ学ぶはずじゃない知識が転がってま
したから、不要に触ると危険ですし、価値の高い本を万が一傷付
けたら大変ですよね? 自慢じゃありませんが稀少本への扱いに
は多少心得があります。なので、本や本棚の整理は自分がやった
方が良いと思います」
「………」
しかめっ面を見せるウェアウルフ。本の扱いに何か思う所がある
のか、それとも掃除が嫌なだけか。
あの場所を報告しないのは自分の利益の為。そしてコイツと秘密
を共有しようと思ったのも自分の為。つまりは全部利用の為って
事になる。
とは言え試験も近い今、あの場所の本格的な探索は試験後になる
だろうなぁ。
さて。掃除とかって言葉は男子が一番嫌いな話しで間違いない。
この条件が嫌だって言うなら、惜しいが自分が諦めよう。その場
合場所の報告もする気は無い。……恨み買いたくないし。
悩ませて歩く傍ら、もう図書室の出口。リミットはこの辺り。
「どうします?(どっちでも自分は構わないけど)」
「んー……よし!分かった! オレはそれで良いぜ」
意外。掃除とか嫌いじゃないのだろうか? まあ、これで自分に
も利益のある事になった。コイツと一緒、と言うのは非常に不利
益だけど、上回る知識が彼処には眠ってるからね。
「なら決まりですね」
「んじゃ───ほい」
「!」
秘密共有のためか、ウェアウルフから握手を求められた。
あー……あー………。
「……(クソが)」
「おっし!」
握るんじゃない。振るんじゃない!
「何かちょっと楽しいなよな、学校ってさ」
「そッうですね(良いから早く離せよおおおおぉおおおおお
お!)」
手ぶらのウェアウルが笑い、鞄を手にした少女は握られた手を凝
視する。彼らは図書室出口で握手を交わし合う───
最後までお読みいただきありがとうございます。この物語が少しでも楽しめる物であったのなら
幸いです。
物語を最後までお読みいただいた貴方様に心からの感謝とお礼を此処に。誠にありがとうございます。