1章:ミツルの理由
1章のご観覧いただきありがとうございました。ここではなかなかに難しいシチュエーションを描くことになり、なかなか苦労しました。最後まで見ていただけると嬉しいです。
暗い中で声がぼんやりとかすんで聞こえる。
「……うれしい……どう……かな……そうだ、あの……」
幼少の記憶というのは、19歳も越えると消えかけてくるものだ。しかし、その中で何故か突出して残る何か、記憶のイボのようなその記憶は以外にも外部からの影響か、歪んだイボが露出し続けるのだ。
冒頭の声の正体は、いや、声なのか、わからない何かは、19年の人生で一度たりとも何かの気づきや忘却もなく、ずっと脳裏にへばりつくように刺さっていた。
「そろそろ大学だぞー」声の主は私の父親のヨシフミ。私は大学生にもなっても親のところに居候し、何故か講義の時間を知っている父はいつも大学行きのバスが着く5分前にこの一声をかける。そんないつもだ。「やっべぇ、もうそんな……クソー!」っと、私が慌てているのを横目で見透かし、玄関で行ってくる、と一声かけると、おう、と笑い混じりの返事がくる。これがダッシュの合図だ。
走って2分のバス停には友人のアキオが手を振っている。「おーい!ミツル!ダッシュ!」
開閉ブザーのなるバスにアキオが一歩、踏み入れると同時に自分の右手が入る。
プシューっと、バスのドアの開閉が始まる時には私の半身はバス内で、ICカードの支払いも終わっていた。
「ハァハァ、あっぶねぇ。」と息を切らすとアキオは「今日も間に合ったな。セーフセーフ。」とコケにしてくる。「今日のは間に合うからね」と茶を濁す返答をすると、アキオの後ろの女性の白い目に少し間がいずらかった。「とりあえず、座るか。」とアキオがいうと、首だけ振って2人座席に座った。
バスに揺られて15分経ち、大学前のバス停で決済し、降りて道路向かいに大学の正門がある。
比較的小さな単科大学だが、大きな図書館があり、講義に穴がある時は大抵ここで暇つぶしに本を読む。
そこでとある本を見つけた。タイトルは「ご苦労さん」。
何より私は本は出会いだと思っているので、まずは手に取って、冒頭を読む。これがいつもだ。「銃弾は飛び交うその様はまさに竜巻。銃声と硝煙はまさに風きり音と土煙……」本は語った。私はこれはフィクションだと思った。なぜなら、この世界にはこんな事は起こらないからだ。
きっとまた、ラノベのようなものに決まっている。とこの時まで思った。
しかし、読み進めるとどうもこのストーリーは、なんというか、人間の汚れた部分と、残酷極まりないそんなシーンばかりだ……。
「なんて過激な本だ……」あまりの残虐な想像性、さらには、リアル過ぎる描写。読んで30分経った頃には手や背中、顔まで汗でびっしょりになった。
私が汗だくで本を凝視しているのを、アキオは呼びかけた。「講義終わったぞー」私は返事する思考すら止まっていた。「おーい、ミツル大丈夫か?」と心配そうに話しかけるアキオに、ん、としか発音出来なかった。
アキオは、「おいおいどうしたんだよ?」と目線が下りると、あー、と言って「これ戦争の話だろ?」っと言った。
私は純粋に意味がわからなかった。そして、ゆっくり聞いた。「戦争って?」真面目過ぎる顔で低いトーンで聞いた。
アキオは数回頷いて、戦争について話した。「いいか?戦争ていうのは、残虐だ。銃とか爆弾、ゲンバクで人がたくさん死んだ。起こしちゃいけない。」そう語った。
私はあまりのショックと恐怖がのしかかり、そして、本を閉じる際にふっと、ある一言に目がいった。「これは記録員の証言で……」見えた瞬間に手を止め、手探りで書いてあるページを見つけた。そこにはこの本は"記録員"という役所の職業の人に聞いた話だという。これは、ノンフィクションだった。
これを気に私は記録員に興味を抱いた。と同時に何故、アキオがそれを知っているのかにも興味を持った。
帰りのバス内で、聞いてみた。「戦争を何故知ってんの?」優しく聞いた。アキオは「ばあちゃんから聞いた。」と言った。そうか。そうだったのか。私は生まれた時から父しかいない。だから知らなかったのか。と、しかし、父もどうしてそんな重要な話をしなかったんだと、聞いてみようと思い、アキオには一言、「ためになった。」とだけ伝えた。
家に着き、ただいまも言わず、開口一番1番に「戦争ってなに?」と、父に聞いた。
父は大層びっくりした表情だった。
そして、戦争とは国を守るため、家族を守るために死んだ人々がいること。そして、それを忘れてはいけないという重要性を語った。
父はその後で長い沈黙を過ごしたあと、重い口を開いた。「知らないのも当然だ……なぜなら……ミツルは前世をもってないからだ。」と言った。
……「前世って?」と聞いてみた。すると、父はとても苦しい表情をし、長い沈黙を保った。そして、語り始めた。「ミツル、実はお前は胎児の状態で死んだんだ。」
えっ……と声が漏れた。
「ミツルは実は前世を持っていないんだ。それはここへ来る前には人は記憶の一部を持ち合わせてる。でも……ミツルは記憶ができるずっと前に死んだんだ……」と父は涙ながらに言った。「ごめんな……」と、号泣。そして、上体すら保てない父は見るに耐えないほどの姿だった。
「お前のお母さんは実はここへ来れなかったんだ。宿した命を無下にした罰にここへの入界は拒否された……母さんも体が弱かったからお前と一緒に死んでしまったんだ……そして俺は生きながらえた。お前たちの分まで生きたいと思った……だから、ここへ来た時お前を育てられるとわかった時には本当に嬉しかった。そして、ミツルに愛情を注いで育てた。けど、隠してきた……済まない。」と、半ば倒れ込むような姿勢で私に詫びた。
私の右頬に一筋涙が走った。
そのまま幾重幾筋もの涙が走った後に、「お父さんありがとう。」と言って、父と抱きしめあった。
父は私に、前世の記憶はないと言っていたが、ようやくわかった。あの声はきっと前世の母の声だと……そう思った。いや、きっとそうだ。
この時から、その後も聞こえるあの声は、私の原動力になった。
1章完読ありがとうございました。コメントいただけると作家身上としてとても嬉しいです。何卒よろしくお願いいたします。