満ちた日々を
「人間が羨ましいよ」
友人は言った。櫛を使わなくてもさらりと流れる髪をなびかせ、公園の砂場で遊ぶ子供を眺めながら呟いた。
誰もが羨む容姿と性格、頭脳と運動神経を持ち、クラスの人気を総取りする友人の方が自分からしたらずうっと羨ましいのだが、それを伝える度に寂しそうに笑うのだ。校内には機械の子が何人かいるが、それらは褒められると決まって「このくらい当然だ」と、少々傲慢に、胸を張って答えてくる。
人間と機械の違いが曖昧になった時代。優秀な子供を求める親は、成長する機械を養子にするようになった。人間の感情の機微を感知でき、全ての人間に好まれる態度を選び取れるようになった彼らは、人間よりも円滑に人間社会を回している。
都会から少し離れた学校では、まだまだ機械の子供の方が珍しいが、彼らは違和感なく人間の中に溶け込んでいた。
放課後、同じマンションに住む友人とベンチに座ってワゴン販売のソフトクリームを食べていた時のことだ。常に笑顔の幼馴染が、幼い頃テレビで見た古いロボットのような無表情でぽつりと呟いた。人間になりたかったと。
「……機械には自我が無い。人間の反応を見て、人間が望む行動をするだけ。それは人間の思考を模倣するようになっても、大量のデータから学習するようになっても、何も変わっていない。むしろ、それを極めるのが最終目的なんだろうとすら思うよ」
本当のところは分からないけれどね、と写真用の笑顔を私に向けた。それが少しばかり不気味で、ガラスの瞳を覗き込む。何かに気付いたように瞳孔部分を開くと、この表情ではなかったかとひとりごちた。
「いくら過去の記録を集めても足りないな……人間の心は本当に多彩だ」
「そうかな?」
「今だって、17年間も隣にいる君のことが分からない」
友人は眉を八の字に曲げ、困り顔を表した。機械失格だと俯いたまま動かなくなる。持っていたソフトクリームが地面に白い水玉を描く。
「ソフトクリームは……嫌い?」
「あまり口をつけていないから心配してくれたのかな? それとも、『もったいない』の精神?」
顔を上げた友人は、白くて冷たい山をぺろりとひと舐め。舌の上で味わうように口を動かし、斜め上へ視線を動かして考え事をする時の仕草をしてみせる。
「味覚に関する好悪の感情は設定されてないから、よく分からないかな。エネルギー効率もさほど良い訳でもないし、簡素な表現をするなら無駄な時間というやつなのだろう」
美味しいものを美味しいと感じられないのはどんな感覚なのだろう。気持ちを共有しているようでしていないのは、この友人といると定期的に起こる現象ではあるのだが、それが堪らなく寂しかったりもする。
「でも……君と一緒に食べている時間はとても好ましいかな。ソフトクリームが夕日を受けて輝いているようにさえ思う。何度か他の子とも食べた事があるが、君といるときほど高揚しなくて不思議に思ったっけ……って、聞いてる?」
「聞いてる! 聞いてるから!」
「どうしてこちらを見てくれないの?」
反応を見なければ対応が取れない機械としては当然の質問だ。しかし今は、火が出そうなほど熱くなった顔を見られる訳にはいかない。どうにか冷まそうと、一心不乱に手元の菓子を貪る。
コーンを口一杯に放り込み、飲み込んでから一息。気恥ずかしさは払う事に成功した。
「また何か間違えてしまったかな?」
「いや、何も間違ってないよ。今のはその……ちょっと、恥ずかしかっただけで……」
「その割に随分と嬉しそうに見えるよ」
「……分かってて言ってるよね?」
「まさか」
頬杖をついてふわりと笑う。ソフトクリームはいつの間に食べ切ったのだろうか。伏せ目がちなその仕草は整った横顔にやけに映えていて、静かに進む映画のワンシーンのようだった。風すら押し黙る澱のような空気感に、僅かに芽生えた不満さえ萎えてしまった。
身体中に広がる形にならない気持ちを、深い呼吸で押し流す。言いかけていた言葉も、形にならず消えていった。
何も知らない友人が、満ち足りた表情でまた笑う。
「君は本当に、飽きない人だ」