私はここにいます
最近、大学で噂になっている廃病院に高橋と宮田の男2人と、キョウコ、ユリちゃんの女2人の4人で肝試しに向かう。
女の子達は、肝試しとは知らされていなかったので、1人は可愛いが歩きにくいヒールの高いサンダル。1人は携帯電話の電池が少なくなっている。
そんな中。4人の中で廃病院内に隠れて住んでいる少女のイタズラで少しずつ険悪になってくる。
その少女は何者なのか。
4、5人の足音と話し声。
今夜も入ってきた。
会話を聞き取ろうと、でも姿は見えないように闇に紛れながら、棚などの影に隠れながら様子を見る。
女1「まだ行くの~。なんか、邪悪な感じがして、もう怖いんだけど~」
男1「何言ってんだよ。これからだぜ~。まだまだ行っちゃうよ~」
女2「あー、私の携帯、電池なくなりそうなんですけど」
男2「大丈夫。懐中電灯貸すよ。足元気を付けてね」
女1「やだ~。下、ガラスが割れてる~。怖い~」
男2「え、じゃあ、俺がお姫様抱っこしてあげようか」
女2「ユリ、サンダルだしね。でも、抱っこは足場悪くて暗い所じゃしないほうが良いよ」
女1「キョウちゃんてばクール!男なんかより頼りになるわ」
女2「んー。今は頼られても困るかな。高橋君。携帯終わっちゃった。懐中電灯貸して」
男1「そんな、ユリちゃん。俺は頼りになるよ~ぅ」
男2「うん。ちょっと待って。あ、皆も一度止まってて。はぐれない様にね。」
月の光も射さない暗闇で、男女の集団に少し近づく。
まずは女の方を怖がらせてやろうか。
身を低くして女に近づく。
ガサガサゴソゴソと多分鞄をあさる音。
男2「ハイお待たせ。キョウコちゃん」
女2「ありがとう。助かる」
カチリと音がして今までの個人の携帯電話よりも強い光が辺りを照らし出した。
お約束でキョウコちゃんは顔の下から懐中電灯を照らしていた。
湧き上がる笑い声。
「いやだ、キョウちゃん。なんで真面目な顔なの~」
「意外なお約束すんな~。ウケル~」
「そういうキャラでしたっけ?いえ、いい意味で」
灯りの中に4人。男女2人ずつ。
「いや、まあ、こういうのはね~。やっとくべきかと」
と言いながらキョウコと呼ばれている女性が大きく周囲に懐中電灯の灯りを回した。
「うわあ~。かなりボロっすね~」
高橋が声を上げた。
声は少し反響している。
夜の廃病院で、がらんとした一階のフロアである。
ここは最近有名になった心霊スポットである。
少し前までは単なる廃病院だったのだが、いつの間にか心霊スポットとして
有名になっていた。
週末は、このように肝試しで人が訪れる。
おっと、危ない!
懐中電灯の光が走って隠れた受付カウンターを横切り、少女は急いでカウンター下に身を隠す。
携帯の灯りの中では気配を消して隠れていれば、少し覗くくらいじゃバレない。けれど、懐中電灯の強く広い光では見つかりかねない。
「あれ?」
「なに、キョウちゃん!何か見えた?」
「う~ん。一瞬影が奥で動いた気がしたんだけれど」
え~、マジ!!!
やだやだ。怖いよキョウちゃん
え、本当ですか
様々な声が一気に噴き出す。
「うーん、気のせいかな」
懐中電灯の光が執拗にさっきまでいたカウンターの上を照らす。
足音を忍ばせて、ゆっくりと場所を移動する。
長くいるので、音を立てるガラスやゴミなどの場所などは分かっている。
静かに奥の開けっ放しの扉を抜け、廊下を通り階段を登った。
さあ、彼らはここまで来るのかしら?
アタシは、いわゆる家なき子で、此処を住みかとしている。
家はあるにはあったのだが、母親の再婚相手に手を出されたら、母親が私を殴ったので飛び出してきた。
あの女のために再婚相手のクソが、手を出してきても我慢してきてやったのに。
あの男は制服でヤリたがるから、飛び出した時も制服のままだった。
おかげで、補導されないように人に見つからないようにと歩いていたら、ここに辿り着いてしまった。
水は出るのでシャワーは使えるし。廃病院だけれどリネン室はそのままで、シーツや病衣、毛布など奇麗に残されてあった。
なので、今は白に薄いストライプの病衣を着ている。
不思議と夜目が効くようになって、星の光だけの病院内でも不自由なく歩くことができる。
そして、肝試しの人達を覗くのが楽しみになっていた。
今夜の人達は大学生のサークル仲間って感じかな。
たまに不良が大騒ぎしながら入ってくることがあるから、怖くてリネン室に隠れている。
リネン室は、3階の建物の最上階の廊下の端にあるので、天井が抜けて落ちている危険な場所がある2階を抜けて人が来るようなことは、とても稀だ。
今日の人達は勘は良いけれど、暴れるような人達ではなさそう。
会話を聞いていて、男の1人がユリちゃんなる人に好意を持ていて、でも、キョウコちゃんがいるから、「キャー怖い」って抱き着くようなことはなさそうで、それが不満みたい。
でも、あの軽そうな口ぶりは頼りにしにくいわ。
キョウコちゃんと高橋くんは冷静だから、気を付けないと。
二階のトイレの影にいたら、4人が階段を上がってくる気配がした。
へぇ~。結構勇気あるジャン。
がらんとしたロビーのあった1階と違って、2階は診察室や手術室もある。
書類が散らばっていたり、手術室のベットや器具とかも残っているので、怖い雰囲気大盛りなのよ。
「うわっ!。なんかキモイっすね~」
「そうね一気に病院っぽくて・・・怖いね」
「え~。いやだぁ。キョウちゃん。そんなこと言わないで~」
「あ、こっち診察室かな。丸椅子とかが転がってる」
「本当だ。紙?カルテかな」
「やだやだキョウちゃん。怖い~」
紙や砂利やゴミを踏む音がする。
「この紙、一枚一枚、誰かのだったんでしょうね~」
「うわっ!高橋怖えよ。マジそんなこと言うなよ」
「宮田。本当のことだよ。誰かの病気や怪我、そして死のあった場所だ。それを無理に肝試しって最初から言わずにつれてきたのは君だろう。私は本来、そういうことは嫌いなんだ」
「キョウコちゃん~~」
ふぅ~ん。
どうやら言い出しっぺは、あの軽い宮田って奴で、高橋は一応止めたようだけれど、無理だったから最低限の準備をした。
宮田はユリちゃんに気があり、もっと親しくなりたかったのだろう。
しかし女の子二人は、肝試しとは知らされてなかった模様。
ユリちゃんのサンダルとか、キョウコちゃんの携帯電話の電池の心もとなさ。
そんな感じかな。
「怖くなってきましたね。なんか視線も感じますし」
「なんだよ高橋。ビビリだなぁ。俺なんか全然平気だぜ」
「いや、私も人の気配を一階から感じているんだよね」
「えーーー!キョウちゃん本当?私もなのー。怖ーい!」
「キョウコちゃん霊感とかあるの?」
「うーうん。そんな体験はないよ」
おや、やばい。
一瞬見られたかな。でも霊感って、ナニソレ。こっち実在しているし。
少し距離取ったほうが良いかな。
先に3階に駆け上がる。
「ほら!今、走る足音がした」
「いやあ。聞こえた。向こうでしょ」
「そう。追いかける?」
「宮田、やだあ。もう、帰ろうよー。もう、いいじゃん」
「おし、俺行っちゃうよ!ほら、行こうぜ。俺がいるんだから、怖くないって!行こう、行こうって!ユリちゃん」
「いやだ、手を放して。怖い。行きたくない!!」
「大丈夫!俺がいるから」
「いやあ!」
ユリちゃんが手を振りほどき、高橋の後ろに隠れる。
「え?なんだよ高橋!何、勝手にユリちゃんに、手を出してんだよ」
「手を出しているのは、あんたでしょ。行きたくないんだから、無理に引っ張らないで」
「なんだよ。キョウコちゃんまで高橋の肩持つのかよ」
「肩持つとかじゃないでしょ!あんたの行動で誰かが怪我でもしたらどうすんの!
暗い足場の悪い場所で、無理に女の子の腕を引っ張って行こうとするなんて。
ユリちゃんの足元ちゃんと見た?高さ7センチはあるサンダルだよ。
そんなんで、腕引っ張って走って行こうって、何考えてんのよ!」
キョウコちゃんが一気にまくし立てて、肩で息をした。
「俺は、ユリちゃんに手を出すとかじゃないけど、女の子を連れて足場の悪いとこ走って行こうって無謀だよ。皆でゆっくり行こう。」
「ねぇー。ミヤァ。私、裸足でサンダルだから、走れないよ。ね。」
ユリちゃんがミヤタの肩に手を置く。
それで、ミヤタが気を緩めるのが目に見えて分かる。
ふん。単純な奴め。
「う、うん。なんか、俺、ごめんね。ユリちゃん怖がらせちゃって」
つまんなーい。
なんか、皆が落ち着いちゃった。
私が見ていると、結構、喧嘩とかに発展する場合が多んだけれど、
今回は収束しちゃった。
物足りない。もっと荒れればいいのに。
前に来た男の子たちは、5人くらいで皆で殴り合いになって楽しかった。
転げまわって馬乗りとかなっていたから、割れたガラスとかで、血がたくさん出ていた。
救急車が2台も来ていた。
面白かったな。
そう。
その前は2人の女の子が不良グループにレイプされちゃったんだっけ。
すっごい悲鳴上げて、殴られながら犯されて、
あはははは。ザマアミロ。
女の二人とも自殺しちゃえばよかったのに、片方の子が警察呼んじゃったんだよね~
ここで、死ねば良かったのに。
ああ、物足りない。
この人たちも喧嘩して殺し合いすればいいのに。
早く、殺しあえよ。
ほら、ミヤタ。お前のことを皆でハジいてっぞ。
いいのかよ。ユリちゃんタカハシとくっついちゃうよ。
「なんかさぁ。俺ばっかり言われてない?なんだよ皆してグルになってさぁ」
そうだよ。みんなお前が嫌いなんだよ。
タカハシはユリちゃんとくっ付く気だよ。ほら。男だろ。行動に移せよ。
宮田の目が、剣呑な空気を含んでギラつく。
宮田が怒気を吐こうと息を吸った時。
「宮田。ちょっと肩貸してくれない?ユリちゃんのサンダルのベルトきつめに閉めるから」
「え、え?何?」
宮田が会話についていけなくて狼狽える。
「高橋、足元照らして。宮田はユリちゃん支えていてあげてね」
「え?お、おう。あ、ユリちゃん」
宮田がユリちゃんに手を伸ばす。
「ごめんね、ちょっと肩貸して。サンダルがカパカパしちゃっているの~」
キョウコちゃんがしゃがみこんで、ユリちゃんの足元で何かやっている。
ベルトを締めるとかだろう。
照らされたユリちゃんの足は華奢で綺麗なペティキュアが塗ってある。
それを覆うほどもないサンダル。
宮田はそれを見て、無理に引っ張って行こうとした自分の行いに改めて気づいたのだろう。
さっきまで揺らついていた苛立ちの炎が消えた。
「どうする?まで上まで行く?」
とキョウコちゃん。
この女、なんかこの場の雰囲気を作っていてムカつく。
アタシがこの場所を操るんだよ。男は怒りで。女はパニックで、怪我したり、喧嘩したり。
ゴーカンされたりよ。
次くらいは殺し合いがあれば良いって思ってたんだよ。
邪魔してんじゃねえんっだよ。
くっそ。ムカつく。
「私、ちょっと頭痛いんだよね」
「大丈夫?キョウちゃん」
当り前だよ、私が狂えって念じているんだから。
キョウコ、お前が一番ムカつく。場を仕切ってんじゃねえ。
死ね、死ね。死ねよ!!!
「なんか、変な雰囲気ですね。一度退散しませんか」
「俺は大丈夫だけど」
「俺は少し怖くなってきました。宮田ほど肝も据わってませんから」
「へぇ~。お前弱っちいなぁ」
「霊感とかないですけれど、やっぱり、怖いですよ」
「一度戻って、昼間にもう一度来ませんか?ユリちゃんはシューズ履いて、キョウコちゃんは少し休む必要がありそうですし」
ダメだ。
行くな。
ミヤタ。おまえが止めろ。弱虫どもが逃げていくぞ。
お前が強いのが証明されされるぞ。
ユリちゃんに惚れられっぞ。
「じゃあ、おれだけで・・・」
「宮田・・ゴメン支えて。頭痛くて、まっすぐ歩けないや」
「え、キョウコちゃん。そんなに痛いの?」
「うん。凄く辛い」
キョウコちゃんがミヤタの肩を借りながら、階段を降りていく。
宮田はキョウコちゃんにくっ付かれて嬉しそう。
腰まで支えてやがる。なんだよ、てめぇ、ユリちゃん狙いじゃなかったのかよ。
ちくしょう。行くな!行くな!
もっと荒れろよ。喧嘩しろよ。
ここで、狂って殺しあえ!!!
キョウコちゃんがミヤタの肩越しに、振り返り、すっと目が合った。
キョウコの目が細くなった。
アタシを見ている?
アタシと目が合った。
アタシと目が合った!
知っていたんだ。
もう、隠れない。
紙が散乱している真っ暗な廊下で、仁王立ちになり、去っていく4人を睨んでいた。
高橋が一番前で足元を照らしながら先導している。次にユリちゃん。
最後に宮田と肩を借りているキョウコちゃん。
くそ!くそ!クッソ!!!
キョウコ、あいつ、判っていたんだ。
知っていたんだ。
アタシの存在を!
待てよ。
待てよ。
おい!
「まーてーよーーーー!」
思わず叫ぶ。
久しぶりに声を出したので、甲高くそして掠れていた。
掠れていても、声は皆に届いたらしい。
一階で「うわぁー」とか「ギャー」「キャー」とか一斉に悲鳴ががった。
ガチャガチャドタドタと走り、ドアを開けて立ち去る音。
クッソ。クッソ!!!
思わず叫んじった。逃げられた。
上まで誘導してからパニックにさせたかったのに。
そうしたら、抜けた天井から下の階に落ちたり、階段から転げ落ちたり、
って誰か死んだかもな。
ああ、くっそ。つまんねー。
アタシがこんなトコに隠れなきゃいけないんだから、ここに来た奴は全員、不幸になるべきなんだよ。
あーー失敗した。
もう少し待つんだった。
いや、あそこまでミヤタの気を歪めてやったんだ。
普通は喧嘩になるところを、キョウコも他の奴らも気を逸らせたんだ。
悔しい。憎い。あの女。キョウコ。
周りの奴らも、あの空気の中でミヤタを抑えやがった。
くっそーーーー!
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高橋が足元を照らしながらも、走り、扉を開けて皆を「早く早く!」とせかして皆を出した。
転びそうになるユリちゃんを支える高橋。
キョウコちゃんは宮田に支えられていたのに、何故か今は宮田の手をつかんで引っ張って走っている。
皆で、「早く!早く」と口々にしながら、病院の入り口外の階段を急ぎながらも慎重に下りて、下にとめてあった車にバタバタと乗り込んだ。
「ふぅーーっ。皆居ますか?」
運転席の高橋が確認する。
「うん。大丈夫。とりあえず、早くここから帰ろう。安全運転でね」
キョウコちゃんの声に皆が同意し、車が走り出した。
走っている車の中では、皆が静かになっていた。
「・・・なあなあ。階段降りるときに・・・さ、声、聞こえたよね」
宮田が恐る恐る口を開いた。
皆も同意する。
女の声だった。悲鳴のような声だった。でも確かに聞こえた
「待てよ」
と。
そこでまた皆で感じた事を言い合う。
1階は暗くて荒廃したせいでの怖さだったけれど、それでも、誰かに見られている感覚はあった。
2階に行ってから、視線も強く、悪意を感じた。
そして、なんだか、特に宮田が苛立ち始めた。
それを皆が口にしたとき。
「え?皆が、俺をのけ者にしだしたんじゃん。マジむかついたよ」
「え~。なんかミヤァ怖かったよ。怒鳴ったり睨んだりしてくるし」
「ああ、すいません。俺は普通に怖かったんで、早く帰りたかったんです」
「ごめんね~。私も頭痛くなちゃってさあ。でも、宮田がいてくれて助かった。最後のほう支えてくれてありがとうね」
「え、ああ。うん。良いよ。そうだよな。皆、無事に戻れてよかったな」
「ねえ、キョウちゃん。今晩、泊まっていい?一人は怖いよ~」
「じゃあ、皆で俺のとこ来る?」
「私とユリちゃん、明日午前中からだから」
「男は男同士で、今日のこと振り返りますか」
「野郎とかよ。ツマンネ~」
「駄目ですか?」
「しょうがねぇねぁ。良いぞ」
「ありがとうございまっす」
「ホントはミヤァも一人じゃ怖いんじゃない?」
「俺は平気だよ。高橋が言ってくるから仕方なくだよ~。なぁ」
「はい。皆を下ろして、一人で車を運転して帰るのも怖いですしね」
ああ~。それは怖いね。と皆で同意。
今も恐怖が残っているのか、助手席の宮田は肘で高橋の肩をつついたり、ユリちゃんはキョウコの腕に抱き着いたりと、接触を求めている。
でも、あの女の子の姿を見たのは私だけみたいだな。
キョウコは思った。
そして、やらなければならないことも、いくつか考えていた。
そして、キョウコの家に車が到着した。
宮田が
「お茶飲んでく?とかないの?」
「もう、遅いから、帰ります。2人とも気を付けて帰ったくださいね」
「ばいばーい。また明日ね~。2人は午後からだよね。そん時またねぇ~」
高橋が笑顔で手を振って、車を出して去って行った。
テールランプを見送りってから部屋に入る。
ユリちゃんは何度も泊まりに来ている。
貸した部屋着に着替えて、
「今日は怖かったね~。皆、何もなくてよかったねぇ~」
トレーナーから顔を出しながら言ってきた。
「ユリちゃんは何も見なかった?霊感あるって前に言っていたよね」
「う~ん。実はおじさんっぽいの影があった気がしたんだけれど、どうなんだろうねぇ」
「最近、噂になっていた若い女性じゃなくて?」
「最後の声は、女の子だったよね」
「でも、見えたのは男性だったんだ」
「え~っと、実は子供のころだけなの。良く分かんないんだよね。霊感があるっているのも、実は自信ない」
「そうなんだ~」
「嘘ついちゃってごめんね。嘘っていうか、盛り上げるためだったんだけれど」
「ふふ。盛り上がったね。私は怖かったけれど」
「私もーー。ミヤァは何か変だったよね。もともとケンカっ早いのかな?」
「あの場所の雰囲気に当てられたんじゃないのかな。まあ、高橋が冷静で良かったね」
「うんうん。頼りになる~。怖いとか言っていたけれど、絶対、私のこと考えてくれてたよね」
「そうだねー。って、男はどっちもユリちゃんのこと意識していたよ」
「やだーー。えへへ~」
適当な相槌をしながら、明日しなければならない事に考えを巡らしていた。
自分に何が出来るのか。そして、それは必要なことなのか。
キョウコはそれが好奇心なのか義務なのか分からなかった。
でも、行動しなければ後悔することになるだろう。
心を決めた。
「あ、どうしよう。やばい」
「何?キョウちゃん?」
普段はそんなに動揺しないキョウコを見て驚く。
「ケータイ。どっかに置いてきた。多分、高橋の車だ」
「キョウちゃんの電源切れているから、鳴らしても分からないか」
キョウコはカバンの中を探している行動をしているが、実は携帯はキッチンの隅のコンセントで充電をしている。
「ユリちゃん。ごめん。高橋にメールしてくれる?車の中に忘れたかも。もしあったら、明日持ってきてッて」
「うん分かった。ちょっと待ってね~」
あんだけ長い爪で、良く文章が早く打てるものだと感心する。
ユリちゃんの長くビジューの付いた両手の爪が、ヒラヒラと舞うようにケータイの上を踊り
「オッケー。そーしん!」
無邪気な声が報告してくれた。
「ありがとー。助かる。後は、シャワーどうする?」
「うーん。めんどー。今夜はいいや。」
「そう。じゃあ、私、入ってくるね。なんか、埃っぽくて服の中がチクチクするの」
「うん。ごゆっくりー」
「テレビでも見ていて。リモコンそこ。あと、お菓子もあるよ」
「もー、いただいています」
キョウコが背を向けると同時にテレビの音がした。
風呂場に入る。携帯をもって。十分ではないが充電はされた。
これからの会話には支障はないだろう。
一応裸で、風呂場に入り高橋にメールをした。
(今、少し話したい。一人ですか)
(丁度、車で携帯を探していたところです)
(じゃあ、電話するね)
「もしもし、携帯探してくれていたんだね。ごめんなさい。」
「ああ、見つかったんですね。良かった。」
「ありがとう。でも、違うの。ごめん。ちょっと話を聞いてくれるかな」
数分話した後、着替えの中に携帯を入れて、本当にシャワーを浴びだした。
シャワーから上がり、キッチンのコンセントで再度充電させる。
明日は電池切れとか困る。
それから、懐中電灯を探し出し、カバンに入れた。
「お待たせ~」
キョウコが風呂から上がると、ユリちゃんは既にベットで寝ていた。
まあ、何時ものことなのでテレビを消し、一応空けておいてくれた片側に滑り込んで目を瞑った。
明日は上手くいくのかどうか。
私の考えは当たっているのか。間違っていたら高橋に迷惑をかけるな。
でも、それなら、それで良い事だ。
眠りに落ちていきながら、明日はどうなるか、明日の眠りにつくときは何を考えて眠るのだろう。
そんなことを、うっすらと思い描きながら闇に飲まれていった。
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翌朝
「ユリちゃん。私先に行くね。講義前に携帯を一緒に探してくれるんだって。先に出るよ」
「んん・・・え?何?朝?もう?」
朝8時半。朝の弱いユリちゃんは、まだ把握できていない。
「早く起こしちゃってごめんね。まだ寝ていていいよ。携帯電話を探してくるから、少し早く出るの。ユリちゃんは、まだ1時間くらいは寝れるから、ゆっくりしていて。鍵は後で受け取るから」
「うふうん?うん・・・。じゃあ、またね~」
ユリちゃんがふにゃふにゃと言いながら枕に頭を落とす。
一応、出来得る限りの最低人数。ユリちゃんと宮田は置いていこう。
カバンには軍手も入っている。
そして、ジーンズに厚手の靴下。トレッキングシューズ。
実家の近所の神社のお守り。産土神の神社である。
年始の度にお参りしては古いのをおさめ、新しいのを購入している。
最後に昨夜のうちに皿に盛っておいた粗塩。
朝日に当てたのは少しでも効果が上がると思ったから。
それを紙に包んで胸ポケットにしまう。少し考え、同じものをもう一つ作る。
部屋を出ると車で高橋が待っていてくれた。
「お早う。お待たせ。待たせちゃったかな?」
笑顔で挨拶したキョウコちゃんとは、反対の眉をひそめた高橋。
「お早うございます。大丈夫です、今さっき着いたとこです。でも・・・」
「うん。ごめんね。車の中で話そうか」
「あ、はい。」
助手席に滑り込む。
高橋も長袖、ジーンズ。靴はいつものシューズか。上々。
「宮田は撒けたの?」
「いえ。寝起きが悪いので声をかけても反応なかったので、鍵だけテーブルに置いて出てきました。言われた通りラインで
「キョウコちゃんの携帯を探しに行きます。午後には講義に出ます」
と書いておきました」
「ありがとう」
しばらくして、高橋が静かに言った。
「警察に任せるとかは出来ないんですか」
「確証がないの」
高橋が前を向いたまま続けた。
「キョウコちゃんって霊感あったんですか」
「それも確証がない。皆が見えたものが私一人見えなかったり、あとは、寝ているときとか、一人でいるとき。
誰も一緒に見てないし、寝ぼけているのとかもあるから、確信できない。自分でも」
「でも、今回は見たと。若い女性を」
「うん。少女ってくらい幼かったと思う」
「でも、あの廃病院って、もともとは、病院の経営に失敗した男が自宅で
自殺したとかで、女性の話はなかったですよね」
「そうなんだけれどね、これだけ長い間、廃病院残っているのに、心霊スポットになったのって、ここ半年もないんだよね」
「そうですね。去年までは、高速下のラブホテルが有名でしたね。あとは西の山側の廃業した旅館とかですね」
「そう。だからなの。確認したいの。お願い。一緒に来てもらえない?無理なら車で待っていてくれていいから」
少し間が空き、高橋はちらりとキョウコちゃんの顔を見た。
「一人でも行くってそんな。俺は一緒に行きますからね。まあ、怖いですが」
「本当にありがとう。高橋!」
普段クールなので、その笑顔は少し反則だと高橋は思った。
そして、あの廃病院に着いた。
「行きますか?」
「行くよ。はい、効果は分からないけれど、粗塩。ポケットにでも入れておいて」
二人は車から出た。
そして、廃病院に向かった。
アルミの扉を開ける。
病院の中は、ガラス窓が多いので明るく、昨夜よりかは嫌悪感や恐怖は薄らいでいた。
「2階と3階を端から見ていこう。1階や地下とかじゃない。上の方だから」
キッパリと言い切った。
「はい。大丈夫です。でも一人では行動しないでください」
「ありがとう。頼りになるよ」
自分に向ける笑顔が多くなってきて、浮かれてしそうな高橋だったが、これからのことを考え、気を引き締めた。
3階のリネン室で少女が目を覚ました。
明るいなぁ。まだ朝じゃん。なんだろう?
ねむねむと目をこすりながら、リネン室から出た。人の気配だ。
あれ?この気配。この声!
一気に目が覚めた。昨夜のあのクソ女だ。また来やがった。
もう、隠れない。マジで殴ってやる。引きずり回してやる。
そんで、3階から突き落としてやる!
走って階段を降りた。
「今、足音がしませんでした?」
「したよ。近づいてくる。手をつなごう。私も怖い」
「はい!」
軍手同士ではあったが、異常な寒気の中のほっとさせる温もりだった。
少女は二人の前に立ちふさがった。
「見つけた!キョウコ!てめぇ!アタシを馬鹿にしてんのか?この野郎!!!」
「うわっ。頭がキーンとしました。耳鳴りかな?」
「うん。ゆっくり確実に行こう」
「はい。急がず、ビビらず。ですね」
キョウコは一歩一歩足元を見ている。
聞こえてねえはずはないんだ。
この男にだって、昨日は最後の声は届いたのに。
キョウコ・・・・
見えてねぇのか。それとも、見ないようにしているのか?
少女は体を真横に折り曲げ、キョウコの顔を覗き込んだ。
自分が普通は出来ない体勢なのをしているのを分かっていない。
キョウコは無表情で階段を上がっていく。
少女と目は合わない。合わせようと、首が伸びたり曲げたりしながらキョウコの視線の先回りをする。
「ふうっ。2階に着いたね。階段は暗いから、少し怖いね」
キョウコの手は階段を上ってきたのに冷たくなっている。
そして、顔色も悪い。
「大丈・・・」
「ここは、診察室に手術室とかか。足音は上からだったから、ここを飛ばして3階に行こう」
キョウコちゃんは高橋の目をしっかりと見て頷いた。
高橋も何か妙な恐怖を感じていた。
しかし、キョウコちゃんの強固な意志は変わっていない。
たとえ、俺以上に何かを感じていたとしても。
「キョウコーキョウコーキョウコーキョウコーーーーー!見えてんだろ。聞こえているんだろ」
少女の顔が真横に着くほど近くで叫んでいる。
キョウコは無表情でまっすぐ前を向いている。
今度は対象を替えた
「クッソーーー。なら、おい!タカハシ、ターカーハーシーーー!!!」
肩に飛び乗り、首に腕を巻き付け、耳元で叫んだ。
頭の中に指を入れようと爪を立てた。
そうやって、人を操ったことがある。
殴りあう人を。
犯す男を。
バチンッ!
「ってぇ」
少女は高橋の背中から弾かれて、廊下に転がった。
「なんでだよ!タカハシ!聞こえねぇのか!くっそ。お守りでもあるのか、この野郎」
「おいタカハシ。キョウ子に利用されてんじゃねぇか。ここで、キョウコ残して帰っちまえよ。そん方が面白いぜ。少ししたら、戻って来ればいいじゃん。怖がって抱き着いてくるぜ」
触れないが、高橋の横につきまといながら少女が言い続ける。
「ここまでは、ほかの人も来たこと余りないんじゃないですかね」
高橋の声が少し震えている。
何も見えないが、聞こえないが、邪悪な何かが居ることには気づいていた。
「そうだね。だから、ここを調べなきゃ。・・・ごめんね。私も怖い。だから、すごくありがとう」
二人は再度、強く手を握り合った。
2階もそうだったが、階段の出て右側にナースステーションがあり、そこからコの字型にフロアはあるらしい。
二人は顔を合わせて頷いた。
「「さあ、行こう」」
少女は地団駄を踏んだ。
爪を立てて頭に入れば、面白いように場が荒れた。
キョウコはアタシを見ない。声も聞こえているのか分からない。
いや、触れられなくても気分が悪くなったり、昨日みたいに頭が痛いとかねぇのかよ!
クッソクッソ!!!
少女は渾身の力を込めて、キョウコの腕を掴んで引っ張った。
やった!掴めた。
いきなり、キョウコちゃんの手を繋いでいるほうの腕が上に上がった。
「っ・・・・!!!」
声にならないキョウコちゃんの悲鳴。後半は喰いしばって声が出ないようにしていた。
高橋も驚いたが、固く繋いだままの手に力を込めて、下ろす。
すごい力で腕はあげられていた。
キョウコちゃんの肩をもう片方の手で抱いた。
二人で震えながら、体を添わした。
「大丈夫ですか」
「大丈夫じゃないけれど、これ以上のことは出来ないみたい」
ゆっくり、というよりも、緊張でガチガチに固まった体をギシギシとさせながら、二人は離れた。
そして、歩き出した。
3階の全てを見るために。
地面が抜けているのは真ん中の部分。
風呂場でもあったのか、水回りの痕跡があった。
その周りは比較的、床はしっかりしている。
少女は昨夜聞こえたはずの大声で怒鳴った。
「てめぇ。何探してやがる。キョウコーー聞こえてんだろう。何のために来やがった」
キョウーコーーーーー
病院内に木霊し二人はビクリと体を震わした。
キョウコは聞こえていた。人じゃない動きをする少女も見えてもいた。
しかし、それを悟られないようにしてきた。
そうか、私って、霊感あったのかな。
いや、これが強力なだけか。
キョウコは毒され弱気になっていた。
自分のやろうとしていることが出来るのか、いや、もう出来ない。
私のわがままで高橋を巻き込んじゃった。
今からでも、戻ろうか。
固く繋いだ手が心強い。
揺らいだ心が落ち着きを取り戻す。
そう。
私は正しいことをしているはず。
青い顔をしながらも
「行きましょう」
高橋も冷や汗をびっしょりかきながらも、笑顔を作って応えてくれた。
「はい。行きましょう」
3階は病室だった。ナースステーションが右側。左側に食堂のようなホール。
間の廊下を歩く。一つ一つの病室を覗きながら。
「なんでだよう。なんで、こんなとこまで来るんだよう。帰れよ。もう帰れよお」
背後で少女が泣きながら付いてくる。
病室はベットがなかったり、部屋自体が空でガランとしたものからカーテンがベットごとに閉まっているのもあり、手は繋いだままでカーテンも開けて確認していった。
「帰れよーーー。もう、いいだろう。帰れーーー!カエレカエレカエレカエレェエエ!」
少女は泣きながら悲鳴のようにな怒声をあげた。
二人で息を止め、ゆっくりと吐き出す。
もう、何かの声や気配や空気とか、俺達には効かないんだ!
神様、仏様。ご先祖様。俺のやっていることが正しかったら、どうか、キョウコちゃんと共に守ってください。お願いします。
高橋は、ありとあらゆるものに懇願していた。
病室の続く廊下をL字に回った。後はまっすぐ行くとナースステーションに着き、終わりとなる。
終わりが見えて、少し力が湧いたとき。
「待って。ここにも部屋がある」
廊下の妙な出っ張りには扉があった。
「嫌だ嫌だ嫌だいやだいやだいやだイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダアアアアア!!!」
叫び声が聞こえている
この扉だけは抵抗がある。
生理的に開けるなと、言っている。
本能が逃げろと叫んでいる。
「たぶん、ここ」
「いくよ」
「う、うん」
扉の前に立つと酷く臭う事に気付いた。
高橋の気持ちがストンと落ち着いた。
そうか、ここなのか。
高橋がドアノブを回し扉を開けた。
鼻を挿すような悪臭。
息を詰め奥を見た。
崩れたリネンの山の中に、少女の暑さで溶け始めた遺体があった。
少女は身に何も着けて無いようだった。
窓も閉じられていて、扉も厚いものだったから、虫など入ることがなかったのを良かったと思った。
「高橋。閉めよう」
「うん」
二人は無言で歩き出した。
背に少女のすすり泣きを聞きながら。
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病院から出て、車に乗ってから警察に電話をした。
車に乗るときに、それまで繋いでいた手を離した。
二人ともガチガチにお互いの手を握りしめていて、剥がすのに苦労し、目を見合わせては恥ずかしがった。
しばらくして、警察の車が2台も来た。
各々で説明をさせられたが、最初から打ち合わせをしていたので、行動の事実だけを話す。
昨夜、肝試しをしたが、携帯電話を落としたらしく、もう一度、明るいうちに来た。
携帯電話は2階で見つかったが、好奇心から上も見て回って発見した。
説明を終え、パトカーから出るころには、別の大きな警察車両が来ていた。
ああ、あの車で彼女はここから出られるのだな。
高橋が横を見ると、キョウコちゃんも車を見ていた。
おそらく、同じようなことを考えているのだろう。
警察には、廃墟に入ることの危険性などで、こっぴどく叱られた。
女の子は特に、本当に、もう入っちゃだめだよ。と熱心に言われたので、
改めて顔を見ると、学校近くの交番の人だった。
時折、挨拶を交わすこともある人だった。
「はい。ごめんなさい」
交番の人の顔を見て、日常に帰った安心からか涙が出た。
少し離れた場所からキョウ子ちゃんが泣くのを驚き、それに安堵しながら見守った。
キョウコちゃんが顔を上げる。
目が合った。
そして、どちらからともなく、手を伸ばし抱き締めあった。
「終わったね」
「うん。ありがとう」
キョウコちゃんは泣いているのが恥ずかしく、顔を伏せているので、その頭の上に顎を乗せた。
「あの子、家に帰れるかな?」
「そうだといいね」
警察から帰りなさいとのお達しを受けて、車に戻る。
「あ、ユリちゃんからラインもメールも来ている」
「俺の方もです。宮田とユリちゃんから」
顔を見合わせ笑う。
「戻りましょうか。午後の講義には間に合いますよ」
「かなり疲れたんだけれど、そうだね。心配かけちゃったかな」
その後、4人はファミリーレストランで事のあらましを話した。
内容は警察に話したのと同じである。
携帯電話を落としたので、もう一度廃病院に行った。
電話は2階で見つけたが、明るいので3階も見て回ったら、少女の遺体を見つけて警察に説明をし、こっぴどく怒られた。と。
宮田もユリちゃんも「うわー」とか「きゃー」とか言っていたけれど自分も行きたかったとは言わなかった。
お願いしなかったのは、正解だったな。とキョウコは思った。
そして、いつのも日々に戻った。
大学に通う度に覗いていた交番で、あの時のお巡りさんが居なかったので、
その後のことが気になっていた。
10日ほどが経った頃、あのお巡りさんが居た。
「この間は、すみませんでした。あの後のことって、聞くことできますか?」
「う~ん。話せる範囲が分からないから、上司に確認するよ。後でまた来てもらえる?」
「分かりました。では、その時は、あの時一緒にいた男性も連れてきますね」
「彼氏君かい?彼も発見者だもんね。良いよ」
彼氏君なのかしら?キョウ子は思った。
うん。真面目で冷静で、頼りがいがある。それに優しい。
ちょっと彼氏という言葉を噛みしめながら、ラインで送ってみると、行くとの返事。
一人ではなく二人で聞けるのが嬉しい。
あの後は、付き合ってはいないが、試練を一緒に乗り越えた同志。の様な少し気持ちの近づいた感じになっている。
大学で待ち合わせをして、二人で向かった。
今朝のお巡りさんと、もう一人、年上の人がいる。
「こんにちは」
「ああ、来たね。こっちに座って」
交番の前面の椅子ではなく、奥に通された。
といっても、同じような椅子と机があるだけだったが。
「さあ、かけて。まあ、細かいとこは話せないのだけどね。彼女を見つけてくれたしね」
奥にお巡りさんが二人腰を掛けて、手前に2人で座った。
リネン室で見つかった少女の遺体は隣県の高校生のものだった。
リネン室で生活していたようで、部屋の奥に制服が畳まれていた。
普段は、病院の病衣をきていたのではないか。
水は出るので、数週間はそこで生活していたようだ。
コンビニの弁当箱が洗われて、ナースステーションの袋に入ってあったので、コンビニの食事は、破棄処分のごみ箱から盗っていたようだ。
実際、ここから下った場所のコンビニは裏手に弁当の廃棄ごみ箱はあるが、奥にあるので、数字ロックの鍵はそのまま開けれるように、番号は回してなかった。
そうして、数週間を過ごした頃、君たちのように肝試しで入ったであろう複数の男性に暴行を受けて、殺されたようだ。
その頃は寒かったのだろうね。畳んであった制服は冬服だったよ。
春先に何度か隣県から暴走族があの山を走っていたという事は分かっているが、まだ断定はできていない。
ただ、ご遺体の状態から見て、5ヵ月ほど経っているそうだ。
話せるのは、この辺りまでかな。
年配の男性が口を閉ざそうとした。
「あの、あの子は家に帰れたんですか?家は分かったんですか?」
「制服から家は分かったよ。家出だからと、失踪届も出してない家だったがね」
年配の男性は、苦虫を噛み潰したような顔をした。
それには、悲しみか哀れみの感情も入っていた。
「そう、ですか・・・」
「ちゃんと、お葬式とか、してあげるのかしら」
男性は、少し声を大きくして言った。
「それらを心配するのは君たちではない。君たちは、現実の世界で、大学でちゃんと学びなさい。
それが若者の義務であり、権利だ。この件はもう忘れなさい」
年配のお巡りさんは、怖い顔で強く諭すように言ったが、その中には、それが出来なかった少女への思いもあったのだろう。
「さあ、帰りなさい。学校を頑張ってな」
促されて外へ出た。
「また元気に通学で通るのを約束してくださいね」
いつもの若いお巡りさんに言われた。
「はい。ありがとうございました」
二人で頭を下げる。
そして、その日は二人とも無言で部屋に戻った。
それからは、なんとなく二人で居る事が多くなった。
あの時のことは話すことはなかったが、お互いにイザとなったら、頼れる相手だと認識し部屋を行き来するような関係になった。
だからといって、宮田とユリちゃんがくっ付くことはなかった。
思い出したくないけれど、キョウコはたまに思い出す。
そして考える。あの子は成仏できたのかしら。
暗闇の廃病院。
少女が闇に囚われている。
まだ週末には肝試しの団体さんが来る。
暗闇を徘徊し、肝試しの集団に混乱やケンカの種を撒く。
その為か廃病院では事件が絶えない。
毎週の警察沙汰や救急車の要請が続き、とうとう廃病院への敷地へも入れないように、鎖がかけられ入り口や窓は板で打ち塞がれた。
少女は誰も来なくなった廃病院の隅に座り込んでいる。
少女はあの時、1階の窓から外を見ていたが、バイクが何台も来てガラスから強いライトの光が入るのが怖くて上の階に逃げ出した。
少女の存在は気付かれ、凶悪な鬼ごっこが始まった。
素足でガラスの破片の上を走り、階段を上がった。
閉じ籠ったリネン室のドアには鍵はなかった。
隠れていたリネンが払われ、少女は悲鳴を上げ続ける中、何人かの男に犯された。
不良でも少年たちである。そこまでするつもりはなかった。
ただ、怖がらせるのが面白かっただけだ。
だが、リネンの中に裸で泣きながら蹲る少女の首を絞めた。
少女の細い首が簡単に絞められ、こと切れた。
少年たちは顔を見合わせ、我に返った。
少年たちの上を黒い闇の中で渦を巻きながら笑っている男がいた。
頭上の黒い靄と、自分たちの犯した罪でパニックになりながら、少年たちは出て行った。
動揺した少年たちは、普段以上に乱暴な運転で事故を起こす子が多く出て、数日後も一週間後も事故は続いた。
事故で命を落とした少年は一人だったが、皆、恐怖と罪悪感により、すべての悪い出来事を、少女の呪いと関連付けた。
学校に行っている子は休みがちになり、家族とも会話ができなくなったり、仕事中での不注意で大きな怪我をしたりと、呪われているのだという呪縛から逃れられた子は一人もいなかった。
そして、廃病院には板を破って来るような、そんなイカレタ奴らを少女が待っている。
その少女の背後には病院の経営に失敗した男が、首が曲がったまま少女を捕まえている。
その男の闇に囚われ、少女はどんどん凶悪になっている。
後ろの男は曲がった首で笑っている。
男の後ろには、なお黒い闇があり、男もそれに囚われていることに気付いていない。
邪悪の闇は手を伸ばす。首の曲がった男も病衣の少女も捕らえたまま、
彼女を殺した少年の、恐怖と悪と罪悪感の臭いを求めて。
窓も入り口も板で打ちつけられた廃病院の暗闇の中で。
家庭に恵まれなかった少女は、大学生達を羨ましくも思い憎んだことでだろう。
そして、自分に起こったことが余りに残酷で、目を向けることが出来なかったのだろうか。
その少女を縛り付ける存在に、またそれを包む邪悪な暗闇。
それらは、次の獲物を探している。
ここまで広まった噂である。
いくら警察が入り口も窓も塞いでも、きっと馬鹿な誰かが打ち付けた板を外し、肝試しをしに来るのだろう。
ガラス窓まで板で塞がれた廃病院は、それまで以上に暗闇に覆われている。
暗闇の、なお暗いその場所で、少女とそれを捉える邪悪な黒が静かに佇んでいる。