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絶対的な高嶺の花、学園最強のアイドルは俺の幼馴染で通い妻。  作者: 卯月緑
絶対的な高嶺の花、学園最強のアイドルは俺の幼馴染で通い妻。
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背中を合わせて

4/27 誤字の修正を行いました。報告ありがとうございました。

8/5 追加で誤字を修正しました。ご指摘ありがとうございました。


 結菜が一品多く作ってくれた夕食を食べ終わる頃には、伊織も普段の調子を取り戻しつつあった。


 食事後、彼はいつものようにキッチンに入り、腕まくりをして後片付けを始める。

 廊下の方から結菜の声が聞こえてきたのは、そんな彼の手がちょうど泡だらけだった時だった。


「伊織ー、あなたの部屋入るよー?」


 彼はその言葉に眉をひそめながら、しかしすぐに大きな声で返事をする。


「いいけど、なんでー?」

「ひみつー」

「…………」


 昼間の彼女からはあまり想像できないが、結菜は遊び心に満ちあふれた少女だ。

 彼女は神に愛された少女(ギフテッド)と呼ばれるほどの能力をも遊びに使うことがあり、幼馴染の伊織はそれにハラハラさせられたりする。


 普段の伊織なら、ここで何か言い返していたのかもしれない。

 しかし彼は、夕食前に結菜を一方的に問い詰めるという愚行(ぐこう)を犯してしまっていた。

 そのことを結菜は気にしないように何度も伊織に言っていたが、彼はまだ今も負い目を感じており、どう返事をするべきか迷ってしまっていた。


 結局、結菜からそれ以上の言葉はなかった。

 おそらく彼女はそのまま二階の伊織の部屋に向かったのだろう。彼はそう推測した。


「(まあでも、あいつが秘密だなんてわざわざ言ったときは、案外真っ当な理由だったりするんだよな)」


 幼馴染としての経験から、彼は彼女の行動をそう()んでいた。

 伊織はそれ以上不安に思うことはなく、料理の後片付けに集中していった。





 しかし予想外なことに、伊織が後片付けを終えてリビングに戻ってきても、そこに結菜の姿はなかった。

 彼の個室に入ると言った後から、結菜は行方不明になっていたのだ。

 伊織は自分の読みが外れ、また優秀な幼馴染が何かを(たくら)んでいるのではないのかと不安に思い始める。


 彼はひとまず、お気に入りの大きくて座り心地のいいソファへと座り込む。

 そしてこれからどうしようと思った瞬間、彼の目に不安がすべて解消される光景が飛び込んできた。


 幼馴染が姿を見せ、そしてその手にも、彼が納得する物を持っていたからだった。


「ああ、ネクタイを取りに俺の部屋に入ってたのか」

「うん。一応確認しておこうと思ってね」

「でも、それにしては遅くなかったか?」

「次に何作ろうかなって思って、工房寄ったりして考えてた」

「なるほど」


 結菜の手には、昨日完成したばかりの彼女の作品が握られていた。

 実際に今日一日使ってみた後のネクタイを見て、改めて仕上がりなどを確認しているのだろう。


 伊織は結菜の話に満足したようで、何度か(うなず)きながらリラックスした様子でソファに座り直していた。

 結菜はそんな伊織の姿を見て、まっすぐ彼へと(・・・・・・・)歩き始める(・・・・・)


 タイミングよく現れた結菜だったが、実は伊織が帰ってくる少し前からリビングの入口に隠れていただけだった。

 彼女は実際に工房にも寄っていたが、真の狙いは伊織が帰ってくるまでソファを無人にしておくことだった。


 そうして伊織は単純な誘導に引っかかり、結菜は次の段階へと計画を移す。

 彼の読みは当たっていた。優秀な幼馴染は、優しい計画を企んでいたのだった。


 幼馴染の少女は嬉しそうに笑いながら伊織に近付く。

 彼が自分の顔にかかる影に気が付いた時には、すでに結菜は行動を終わらせようとしていた。


「どーん!」


 結菜は自ら大きな声を出しながら、体をぶつけるようにして伊織の隣に腰を下ろした。

 彼は突然の幼馴染の行動に驚きつつもその体を受け止め、そして苦笑し静かに問いかける。


「今度はなんの用だよ?」

「あら、私は用がなければ、あなたの隣に来ちゃいけないのかしら?」


 返ってきたのは芝居がかった台詞。

 伊織は手をひらひらと動かしながら、彼女から視線を外した。


 だが、結菜は逃げる伊織を追いかけるようにして覗き込むと、一呼吸置いて言う。


「……あなた、まだ全然本調子じゃないよね?」


 その言葉で、伊織は幼馴染の心優しい企みに気付いた。

 彼は大きく息を吐きながら改めて苦笑すると、困り切ったように返事をする。


「あんまり俺を甘やかすなよ」


 結菜はそれには返事をせず、小さく笑うと言った。


「半日近く我慢し続けた挙げ句、私を怒鳴りつけちゃったし、立ち直れないのも仕方ないよね」


 伊織はその発言に色々と言いたいことがあったが、それを口にする前に結菜に(さえぎ)られてしまう。


 彼女は不意に腕を伸ばすと、人差し指で伊織の後方を指し示した。


「あっち」

「え?」

「あっち向いて」

「……ああ。そういうことか」


 伊織は納得したような声を上げると、苦笑しながら体の向きを変え、結菜に背を向ける。

 結菜もその背中を見ると満足そうに頷き、自らもいそいそと体を動かし、伊織とは反対を向く。


 そうして結菜は満足そうに、彼の大きな背中へと身を(ゆだ)ねていく。

 二人はソファの上で、背中合わせで座る形となった。


「……(あった)かい」

「そうだな」


 伊織はやや前傾姿勢で結菜のことを受け止めていたが、彼女が体重をかけ終わると、今度は逆に伊織から彼女へと体重をかけ始めた。

 伊織が支えるだけの体勢は結菜が嫌う(・・・・・)。伊織は絶妙な力加減でバランスを取り、結菜が女の子として(ほど)良い体重を感じるくらいに体を押し返した。


「…………」


 香月結菜は黙り込み、穏やかに眠るように目を閉じる。

 彼の体温と重みを感じ、自分が何も言わなくても自分が望む姿勢を作り出してくれる幼馴染に、幸せを感じていた。


 門倉伊織は感謝していた。

 わだかまりを、禍根(かこん)を少しでも早く取り除こうとしてくれる幼馴染の少女に、さらにはいつもいつも世話を焼いてくれてありがとうと、感謝していた。

 彼は幼馴染のためにも早く元気を取り戻そうと思い、そして自分の心の奥深くに、また一つ彼女から受けた恩を刻み込むのだった。


 やがて伊織もゆっくりと目を閉じ、しばし幼馴染との幸せな時間を楽しむ。

 それは()しくも結菜も同じ姿。

 その瞬間、二人は男と女の違いこそあれど、まるで鏡合わせのような光景を生み出していた。



    ◇



 二人が十分に幸せを堪能(たんのう)し、目を開ける頃には、伊織も結菜もすっかりいつもの幼馴染同士に戻っていた。

 彼らは生まれたときからずっと一緒の筋金入りの幼馴染。

 少々のすれ違いなど、あっという間に修復してしまう。


 先に声をかけたのは結菜。

 彼女はいつもの口調で、気軽に伊織に話しかける。


「ねえ伊織」

「ん?」

「ネクタイ学校で緩まなかった?」

「ああ、緩まなかった。他にも何も問題は起こらなかったはず」

「よかった。問題なくちゃんと出来てそうね」

「遊びで作ったというわりには、流石(さすが)の腕前だよな」


 結菜は手の中にあるネクタイを改めて眺め始め、そこで伊織は思い出したように彼女に言う。


「あ、いや、思い出した。今日はそのネクタイのせいで大変だったんだ」

「ああ」


 神に愛された少女(ギフテッド)はその一言で、早くも昼間彼女が見た光景が何が原因だったのかを察してしまった。

 しかしそんな彼女でも、次に幼馴染が言い出した言葉には完全に不意を突かれる。


美代子さん(・・・・・)真琴さん(・・・・)にネクタイ新調したのが見つかって、根掘り葉掘り質問させそうになったんだ。本当に焦ったんだぞ?」


 結菜は幼馴染が女子生徒を名前で呼んだことに驚き、ピクリと体を硬直させた。

 背中合わせで座る伊織はそのことに気付ける可能性があったのだが、彼は自分の犯したミスに気付くことなく、のん気にも油断しきっていた。


 伊織は言葉を続ける。


「前から言ってるけど、もう気合いを入れ過ぎるのは終わりにしないか? カタログのモデルのような着こなしだとか、政治家みたいな格好だとか色々言われたんだぞ?」


 結菜はしばらく硬直していたが、そこで小さく笑うと伊織に答える。


「ふふ、政治家かぁ。それは面白い例えだね」

「いや、笑い事じゃないって。今朝もおまえが気合い入れまくってアイロンとか完璧にしたからこうなったんだぞ? 結局ネクタイも俺にやらせず自分で結ぶし」

「ねえねえ伊織」

「なんだよ?」

「どっちが気付いたの?」

「え?」


 結菜は今も嬉しそうに話していた。

 伊織は不意の質問に言葉を止めるも、なおも結菜の気持ちには気付くことなく推測することもせず、答えた。


「……美代子さん、だったな。真琴さんは言われて気が付いた感じだった」

「うん、そうだよね。ミミちゃんのほうだよね」

「ああ、おまえもわかるのか? そういえば一年の頃、おまえと美代子さんは席が隣同士だったな。だから彼女のことよく知ってるんだな」

「そんな感じ、かな」

「彼女すごいよな。あんな観察眼を持ってるとは思わなかった。俺がネクタイを微妙に変えてることも、おまえがアイロンかけた時と俺がアイロンかけた時の違いとか、他にも色々と気付いてたみたいだぞ」

「えっ!? そこまで気付いてたの?」

「ああ。すごいよな」

「…………」


 伊織が盛大にズレた(・・・)考えを披露している頃、結菜はひっそりと自分の手の中にある伊織のネクタイを見つめ直していた。

 結菜は美桜美代子が伊織の着こなしに気付いたことには驚かなかったが、伊織の細かい変化をつぶさに観察していたことはまた別の問題だった。


「ミミちゃんそこまで見てたんだ……。これは警戒レベルを一つ上げるべきかな……」


 結菜はわずかにささやくようにつぶやく。

 彼女はその言葉を伊織に届けるつもりはなく、そして伊織に聞こえることもなかった。


 伊織は言う。


「まあそれで、もう服のことで俺をオモチャにしないでくれよ。警戒されているというか、注目されてるっぽいんだからさ」


 結菜はおかしそうに笑った。


「この流れだと、私はもっと頑張りたくなっちゃうけど」

「いや、止めてくれよ。悪乗りするなって」


 結菜は苦笑しながら、またも小さく「悪乗りなんかじゃないけどね」とこぼす。

 しかし彼女はそこはそれ以上言及(げんきゅう)せず、代わりに再び明るい前向きな声で言った。


「次は何作ろうか迷ってたんだけど、もう一本ネクタイ作ろうかな」

「何本作る気だよ。似たようなのばかり作っても楽しくないだろ?」

「ふふふ。楽しいよー?」


 伊織は幼馴染ゆえに、結菜が心の底から楽しいと感じていることを理解する。

 しかしその楽しみ方は、長年ずっと付き合ってきた幼馴染相手とはいえ、伊織には理解が難しいものだった。


 だがこの感性の違いは、男と女の考え方の違いが大きく出ているように思える。


 伊織たちの通う学校は服装規定が緩いとはいえ、学校制服が存在する。

 結菜はあくまで校則の範囲内で手を尽くしているだけであり、ネクタイなども派手な柄や目立つワンポイントを入れているわけではない。


 結果、結菜が作るネクタイは、似たり寄ったりの作品ばかりと思われてしまうかもしれない。


 しかし、学校制服が存在する学校では――多くの場合女子生徒たちは――その定められたルールの中で壮絶に火花を散らし合う。

 そこでは細かな違いが決定的な差となって表れる。香月結菜は女としてもプロの端くれとしても、その辺りを正しく理解していた。


 その時結菜は、先ほど彼女が面白いと感じた話を思い出し、その話題で伊織を説得することにした。


「ねえ伊織、政治家の人がどうしてちゃんとした服装をしているかわかる?」

「え?」


 伊織は突然の話題変更に戸惑いつつも、すぐに答えた。


「どれだけ素晴らしい政策を訴えかけても、見すぼらしい格好をしていると信用されないから?」

「うん。悪くない答えだと思う」


 結菜は伊織に説明を続ける。


「人間っていうのはやっぱり、見た目の印象が評価に直結してくるんだよ。少なくとも、最初はね」

「それはわかるけどさ……」

「だから絶対的な大前提として、着る服には気を使う。大きなお金が動く場所に近付けば近付くほど、その傾向は強くなると思う」

「まあ……、そういうのは母さんに言われて、俺もある程度はわかってるつもりだけどさ……」


 戸惑う伊織に、笑顔の結菜は言う。


「ところで国会中継とか見てるとさ、みんな背広を着てて、見た目の印象ではどの人も同じようにも見えちゃうよね。……ちゃんと見ると実は結構違うんだけど、ね」

「ああ。男はみんな背広、スーツだし、同じような服の色だし、たしかに似たように思えるな」

「じゃあその中で、真っ先に違いが目に付くところってどこ?」

「え?」

「ネクタイじゃない?」

「…………」


 Vゾーン。背広姿などの場合における、胸元のV字状に開けた部分のこと。

 ジャケットとシャツにネクタイが合わさる、とても重要なポイントだ。

 Vゾーンは顔に近いこともあり、視線が集まりやすい。

 そしてその中心に位置するネクタイというのは、面倒で邪魔っけなのもまた事実かもしれないが、視覚的にはとても重要なアイテムなのだ。


「そして国会ってね、どこかと似てると思わない? 同じ色の服、同じ格好の人が集まる場所って私たちの身近にもあるよね」

「……学校、か」


 結菜は伊織の返事に、とても満足そうに頷いた。


「その通り。だから私たちの学校でも、ネクタイはとても重要なアイテムになるんだよ」

「なるほど」


 伊織も結菜の言葉に頷き、しかし直後に慌てて首を何度も振った。


「……いやいやいやいや!」


 彼はギリギリのところで何の話だったのかを思い出し、すぐさま結菜へと反論する。


「おまえそういうの止めてくれよ。なんか普通に説得されそうになってたわ。違うだろ、元々は俺が注目されてるし止めてくれって話だっただろ? ネクタイが重要なら余計に注目されてダメじゃん」

「あはは、そうだったね。でももういいじゃない。ミミちゃんとマコちゃんにも気付かれちゃったんだし」

「気付かれちゃったのはそうだけど、だからこれからはおまえに気合い入れるのを止めてもらって、おとなしい服装で行くって話なんだろ? 元々俺は地味なんだし、そうすれば目立たなくなるだろ」

「ふふ」


 そこで結菜は意味深(いみしん)に微笑む。

 背中を向けている伊織は彼女の表情はわからなかったが、結菜が雰囲気を変えたのはわかった。


 伊織が戸惑う中、結菜は不意に体を動かし、背中合わせを止めてしまった。

 そうして彼女は伊織にも告げる。


「ねえ、次は普通に座ろうよ」


 彼女はそう言って伊織の体も動かし、二人は横並びに座る形へと移行した。


 この時伊織は、幼馴染ならではの予感を感じていた。

 彼はすでに結菜のことを警戒しており、また何か始めるのではないかと感じていた。


 そしてその予感は当たっていた。

 戸惑う彼に、結菜は笑顔で告げる。


「さて、ここで私からあなたにアメとムチを与えます」

「えええ……?」


 いきなりそう宣言する結菜に、伊織は嫌そうな声で応じる。

 香月結菜はハイスペックで、遊び心も満載(まんさい)の少女だった。


「さあ伊織、アメとムチ、どっちから聞きたい?」


 伊織は笑顔の結菜に(せま)られる。

 隣に座った幼馴染の少女は、覗き込むようにして伊織を追い詰めてきていた。


 とはいえ、香月結菜は幼馴染に甘い。

 アメとムチといってもムチの威力は弱く、本来の意味とはかけ離れた言葉遊びのようなものだった。



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