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絶対的な高嶺の花、学園最強のアイドルは俺の幼馴染で通い妻。  作者: 卯月緑
絶対的な高嶺の花、学園最強のアイドルは俺の幼馴染で通い妻。
6/37

優先順位

4/26 誤字を修正しました。ご指摘誠にありがとうございます。


 伊織は席が近い女子生徒、美桜美代子と北条真琴との親睦(しんぼく)を深め、楽しい時間を過ごすことが出来た。

 彼の学校生活の中ではそれは非常に珍しい出来事であり、有意義な休み時間だったと言えよう。


 しかしながら、彼はそのまま充実した一日を送れたわけではなかった。


 問題の種はすでに()かれていた。

 伊織は心に引っかかるものを感じ、美代子と真琴との会話が終わった後から、ずっとモヤモヤを抱えていたのだ。


 そのモヤモヤは美代子と真琴が関係しているわけではなく、結菜が待ち伏せされた話と、その後に伊織と結菜がしていた会話に起因(きいん)する。


『おかえり。今日は遅かったな。何かあったのか?』

『別に何もないよ。普通にお店をウロウロしてただけ』

『それで良い魚を見つけたと?』

『そそ。色々おまけもしてもらっちゃった』


 その会話は、夕方結菜が帰ってきた際のやり取り。

 伊織は結菜に、放課後に何かあったのかを問いかけていた。

 しかし結菜は何もなかったと答え、イケメンに待ち伏せされたことは一言も話していなかった。


「(どうして言ってくれなかったんだよ。結菜……)」


 伊織はそれを隠されたと感じ、心にわだかまりが生まれていたのだった。


 彼はどれほど自分を(りっ)しようとしても、幼馴染に男の影が見えると冷静さを失ってしまう。

 それは理屈ではなく、本能的なものかもしれない。

 結菜は他の男をただの一度も受け入れたことがなく、また大切な話で伊織を(だま)したことも一度もないというのに。



    ◇



「ただいま……」


 伊織はせっかく美代子と真琴と仲良くなった日の放課後も、一人沈んだ気持ちで帰宅した。

 今日も広い自宅から返事はない。玄関には女物の靴が何足も丁寧に置かれているが、あいにく持ち主たちは(みな)留守だ。

 彼はノロノロと靴を脱ぐと、そのまま緩慢(かんまん)な動作で着替えなどに取りかかる。


 伊織はその時になっても心のわだかまりを持て余していた。彼はストレスを溜め込みやすいという弱点があったのだ。


 学校での門倉伊織は幼馴染の少女とは対照的に、誰とも関わらず一人でいることが多い少年だ。

 彼は結菜との関係を知られたくなく、また嘘も苦手なので、必然的に他人を遠ざける傾向があった。

 当然彼の周囲からは人が消えていき、また伊織自身もそれが当たり前だと受け入れ、いつの間にか彼はすっかり孤独が平気な少年になってしまっていた。


 最近の彼の生活は大きく様変(さまが)わりしそうな様相(ようそう)(てい)してきてはいるが、基本的に彼はいつも一人。

 そして、孤独は人間関係の(わずら)わしさがないという利点もあるが、もちろん代償もまた存在する。


 伊織は学校でいるときは、大きく気分転換をすることが出来ない少年だった。

 一度(ひとたび)嫌なことがあると、誰とも話さず愚痴も言えない伊織は気分を浮上させることが難しくなる。


 今回はそんな彼の性質が裏目に出ていた。

 吐き出すことが出来なかった想いは彼の心の中で(ふく)らみ続け、伊織は自宅に帰り着く頃には自分でも情けないと感じるくらいに落ち込んでいた。


「掃除でもするか……」


 彼は趣味らしい趣味を持っていない。

 そして無趣味な点は、ストレスを溜め込みやすい彼の性質に拍車(はくしゃ)をかけている。


 日課の掃除は、そんな彼が一人で出来る一番の気分転換だろう。

 だが、今日は事情が違っていた。


 掃除は彼の平日の日課だが、趣味とは言えない。

 彼は無精者(ぶしょうもの)ではないが、少々散らかっているだけでも耐えられないというほど綺麗好きというわけでもなかった。


 彼が掃除をし始めたキッカケは、やはりこの家を利用している人への感謝の気持ちからだった。


 そして今日は、そのいつも感謝しているはずの幼馴染に対し、彼はわだかまりを感じている。

 彼女が寝転んでいたソファ周りなどを掃除していると、どうしてもそのことが頭を()ぎってしまう。


「……さて、今日も布切れ糸くず、一つも残っていませんよ、っと……」


 結局彼はいつもの掃除をし終えた後も、幼馴染のことが頭から離れず、余計に気が重くなってしまっていた。


「……今日は工房も徹底的に片付けるか」


 伊織は自分を奮い立たせ、もう一仕事頑張ろうと思った。

 彼とて自分が(くさ)ったままでいいとは考えていなかったし、そして近頃は惰性(だせい)で掃除をしていたところもあったが、元々自分の家に強い思い入れもあった。



    ◇



「ただいま~。ごめーん、今日も遅くなっちゃった」


 伊織の家に可憐な少女の声が響いたのは、前日よりも少し遅い時間帯だった。

 ボーッと考え事をしていた伊織はその声に真っ先に反応し、しかしソファから身を起こすことなく、感情を押し殺しながら答えた。


「おかえり」

「ただいま。ごめんね、今日も魚屋のおばさんに捕まっちゃってたのよ。昨日作ったの煮付けの話したら、帰してくれなくなっちゃった。すぐ作るね」

「急がなくてもいいよ。普段通りでも大丈夫」

「わかった、ありがとう。じゃあまずは着替えてくるね」


 伊織は淡々とした口調だったし、結菜は伊織と顔を合わせることもなかったので、彼の変化には気が付かなかった。

 彼女はサッサと荷物を片付けると、あっという間に自身の私室(・・・・・)へと引っ込んでしまう。


「……はぁ」


 再び静まり返ったリビングで、伊織は大きなため息を吐く。

 結局伊織は半日近く気分が沈んだままで、その挙げ句、結菜になんと声をかけたらいいのかすら決めかねていた。





 結菜はいつもの伊織のお下がりのシャツにスカート姿で、スリッパをパタパタと鳴らしながら戻ってきた。

 手には白いエプロンが握られており、彼女はそれを身に付けながら、伊織の家の対面式キッチンへと入っていく。


「というわけで、今日は筑前煮、茶碗蒸し、お味噌汁に和え物、焼き魚というメニューとなりました。ふふ、腕が鳴るなぁ」


 結菜は伊織の家ではいつも上機嫌だ。

 彼女は今日も嬉しそうに、そして手際よく調理を開始する。

 その動きは流れるように軽やかでなめらかで、とても十七歳の少女とは思えない。

 長年台所を守り抜いてきた女性のような貫禄すら感じさせていた。


 だかそれは、伊織にとってはほぼ毎日繰り返される光景であり――彼らの通う学校の男子生徒なら激怒しかねないことだが――今の伊織には心を癒やしてくれる光景ではなかった。


 彼はとうとう重い口を開く。

 半日近く悩み抜いて、それでも結局答えは出せずに、しかしどうしてもこれ以上黙っていることは出来ずに。

 伊織は結菜に言った。


「結菜」

「なぁに?」

「おまえ、昨日校門で待ち伏せされたんだってな」

「……え?」


 ニコニコと笑いながら自分の手元を見ていた結菜は、伊織のその言葉で顔を上げた。

 彼女は整った眉をひそめ、その時初めて伊織のことを見る。


 結菜の「え?」という疑問の声は、『何を言っているの?』というニュアンスの言葉ではなかった。

 彼女はどちらかと言えば『どうしてこうなっているの?』という感じで伊織に答えていた。


 感情を抑えていたはずの伊織の発言。

 しかし結菜は一つ話題を切り出しただけで、幼馴染の異常を的確に察知してしまった。


「あなた怒ってるの?」


 途中の過程をすべて吹き飛ばし、神に愛された少女(ギフテッド)は伊織に言った。

 その言葉を聞かされた彼は結菜以上に眉をひそめ、苦々しい表情で視線を落とした。


 優秀な幼馴染相手はやり辛い。一発で気持ちを見透かされてしまう。

 伊織はなんとも居たたまれない気持ちになり、無言で床を眺めていることしか出来なくなっていた。


 結菜は不思議そうに言葉を続ける。


「たしかに言わなかったのは悪かったけど、そこまで不機嫌になるものかな……?」


 伊織の声だけでなく視覚情報をも手に入れた結菜は、すでに彼の怒りの度合いすら見抜いていた。

 話の順序をバラバラにされ心情すら丸裸にされてしまった伊織は、そこで口を開いた。


 最後に彼が選んだ方法は、不満を本音でぶつけることだった。


「おまえ、俺に嘘ついただろ?」

「え? いつ? ごめんだけど覚えてない」

「昨日遅く帰ってきたとき、俺はなんかあったのかって、聞いてたんだけどな」

「……昨日?」


 結菜はさっぱり心当たりがないといった感じで、人差し指を口元に当てながら上を向いて考え始める。

 しかし彼女だって、幼馴染との会話は大切に考えている。


『おかえり。今日は遅かったな。何かあったのか?』

『別に何もないよ。普通にお店をウロウロしてただけ』

『それで良い魚を見つけたと?』

『そそ。色々おまけもしてもらっちゃった』


 すぐに昨日のやり取りを思い出したようで、ハッとしたように伊織を見た。


「思い出した。うん、遅くなった理由を、お店をウロウロしてたからって答えた気がする」

「ほら見ろ。なんで俺に黙ってたんだよ」

「…………」


 伊織は厳しい口調で結菜を問い詰めていた。

 男性が女性に対して使うのは好ましくない、キツい言葉だ。

 しかし彼女は困った表情こそしていたが、嫌な感情や腹立たしいといった感情は湧いてきてはいなかった。


 結菜は苦笑していた。

 彼女は伊織が本音を、ありのままの感情をぶつけてきたことで気付けたのだ。


 結菜はこの時、自分に厳しい口調で(せま)る伊織のことを、可愛いと思っていた。


 そうして結菜は口を開く。


「ええとね、伊織は遅くなった理由を私に聞いてきてたのよね?」

「ああ」

「私、そのイケメンさんをすぐに断ったんだ。だから五分も話してないんだよ」

「…………」


 知らず知らずに興奮してしまっていた伊織は、その言葉で一瞬で、頭の中が真っ白になっていった。





 伊織はストレスを溜め込みやすいという弱点がある。

 それは彼がストレスを発散するのが下手だから、という大きな理由もあった。


 学校で誰とも話せない伊織だったが、当然スマホを持っている。

 機転が利く人間が同じ状況になったなら、SNS等で愚痴を言ったり相談したりも出来るだろう。


 しかし今日の伊織はそんな解決方法を一つも思い付かなかった。彼はストレスを発散するのが下手なのだ。

 だが、それもある意味仕方のないことかもしれない。

 結局彼は単純で、幼馴染の一言ですべてのストレスがなくなったり、それでもダメならその世話好きの幼馴染が、徹底的に癒やしてくれるのだから。





「だからその時の私は、遅くなった理由だとは思わなかったんだと思う。それに――」


 結菜はそう言葉を続けていたが、伊織はすでにほとんど聞いていなかった。

 結菜の口からハッキリとイケメンを即座に断ったという話を聞いた伊織は、ようやく本当に、正常な頭の回転を取り戻していた。


 彼はすでに、今回も自分が冷静でなかっただけだということを思い知らされていた。


 そこで、そんな伊織に結菜は言う。

 恥ずかしそうに小さくペロリと舌を出しながら。


「それに相手の人にはとても申し訳ないけど、その後美味しそうなメバルに出会っちゃって、その時にはもう忘れてたと思う。だから余計に思い出せなかったんだよ」

「他校の有名なイケメン、魚以下かよ……」


 伊織は苦笑しながら、両手を広げてお気に入りのソファへと倒れ込んだ。

 途端に舞い上がる、幼馴染の匂い。

 伊織はその香りに包まれながら、片腕を動かし顔に当て、両目を隠した。


「たしかに私だって、あなたのことで私が知らない話がいきなり噂になってたらイヤだよ。それはわかるよ。でも嘘とか騙すとかじゃないよ。忘れてただけ」


 結菜がそう言ってくるのを、伊織は悔しそうに(・・・・・)聞いていた。

 自分の不甲斐なさで幼馴染が謝ってきている現状に、彼はひどく反省し、またも借りを作ってしまったと感じていた。


「どうしても納得してもらえないなら、まだご飯作り始めたばかりだし、今すぐ止めて幼馴染会議でもする?」

「幼馴染会議とか、懐かしすぎる響きだな。もう何年やってないんだよ」


 そこで伊織は体を起き上がらせながら、そう答えた。

 彼はすぐに座ったままだったが、深々と頭を下げると言った。


「いや、料理は止めないでくれ。どう考えても今回は俺が悪い。謝る。この通り。ごめんなさい」


 頭を下げる伊織を見て、結菜は再び眉をひそめながら、それでも優しく笑う。

 そして結菜は伊織に聞こえないように、小さな声でつぶやいた。


「……ごめんね伊織。私も悪かったよ。ちょっと考えてたら、あなたがこういう風に怒るってこと予想出来たのにね。気付けなくてごめんね」


 当然伊織がそれに気付くことはなかったが、彼は直後に勢いよく顔を上げた。

 驚く結菜に、伊織は言う。


「本当に悪かった! でもこの流れで一つだけ言わせてくれ!」

「え、何?」

「おまえ昨日工房使ったときに、ちょっと掃除とかしただろ? 俺の仕事を取らないでくれっていつも言ってるだろ?」

「えー……?」


 結菜は苦笑しながら、そう答えた。

 二人の視線が一瞬だけ交差する。

 そして伊織と結菜なら、その一瞬で十分だった。


 結菜は視線を伊織から外すと、嬉しそうに料理を再開する。

 二人はすでに、いつもの関係を取り戻していた。


「ちょっとくらい私にもやらせてよ。これでも伊織には十分頼ってるって。料理の後片付けだってやってもらってるし」

「その料理もさ、おまえって調理しながら鍋とか器具とか同時進行で普通に片付けてるだろ? それもやらなくていいって何度も言ってるだろ。もっと楽しろよ」

「いや、だって時間の無駄でしょ。サボってるみたいでなんかイヤだし」

「……おまえは十分すぎるほど頑張ってるって。少しは休んでくれよ」


 伊織はガクリと肩を落とす。

 そこで結菜は小悪魔的に笑うと、再び伊織を見つめる。


「そこまで言ってくれるなら、あなたもサボってるところ掃除してよ?」

「俺がサボってるところ? いや、ないだろ。どこだよ?」

「私の部屋」


 伊織は目をつぶって、若干(うつむ)く。

 そのまま彼は考え込み、そして答えた。


「あー、わかった。もう今日一日は俺の負けだ。何も言い返したりはしないことにする」


 香月結菜は今日も彼にしか見せない素顔で楽しそうに笑い、その日の夕食は予定より一品多いメニューが並んだ。



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