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絶対的な高嶺の花、学園最強のアイドルは俺の幼馴染で通い妻。  作者: 卯月緑
絶対的な高嶺の花、学園最強のアイドルは俺の幼馴染で通い妻。
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ネクタイ

4/25 漢字の変換ミスがあった点を修正しました。ご指摘ありがとうございました。


「ねえ伊織くん、結菜がイケメンの誘いを断って、ホッとした?」


 結菜の騒動の話題も終わりを迎え、伊織がそろそろお礼を言って撤退しようかと考えていた頃。

 毒舌家と呼ばれている美桜が、突如その牙を()いた。


「え、俺?」


 伊織はまたも不意に名前を呼ばれ、驚いて美桜を見る。

 視線が合った美桜は、ニヤリと笑いながら彼のことをまっすぐ見つめてきていた。


「そうだよ。伊織くんだよ。普段はあまり結菜のことを追っかけてない伊織くんでも、やっぱりあの子が誰のものにもならなくて、ホッとしたの?」

「お、それは私も知りたいな。やっぱりここは男の子の意見も聞いておかないとね?」


 すぐに美桜の友人の北条も、嬉しそうに会話に加わってくる。

 二人は伊織をいじって楽しもうという魂胆(こんたん)がありありと透けて見て取れた。


 伊織は唖然(あぜん)としながら彼女らを見る。

 もしかしたらこの休み時間は、彼女らから逃げられないのではないか。伊織はそんな予感がした。


 開始された美桜の反撃。

 しかし伊織は無様な姿を晒すことはなかった。

 その最初の一撃は、あっけなく彼に避けられてしまうこととなる。


 伊織はフッといつもの微笑を(まと)うと、彼女らに答えた。


「もちろんホッとしたよ。アイドルが結婚する話を聞かされちゃうと、ファンとしては応援するけど、男としてはどうしても寂しくなっちゃうものだからね」


 伊織は(すべ)らかな口調で、最後まで(よど)みなく言い切った。

 それは後ろめたさなど微塵(みじん)も感じさせない堂々としたもので、そして、だからこそ彼女たちには不評だった。


 美桜と北条は露骨に眉をひそめて、口々に言う。


「あ、たしかにこの人って政治家向きかも」

「ね? 面白くない発言するのよね」


 散々な言われようだった。

 だがそれで場の雰囲気が悪くなるわけでもなく、彼女らはすぐに笑顔に戻る。

 美桜も北条も悪戯(いたずら)っぽいところはあっても、基本的には優しい女の子だった。


 美桜は伊織の胸元を指さしながら、彼に告げる。


「伊織くんは台詞回しだけじゃなくてさ、身だしなみもなんだか政治家っぽいんだよ。いつも完璧な形で着こなしてるっていうか、整いすぎてるんだよね。さり気なくネクタイも新しいのに変えてきてるし」


 美桜の指摘を受けて、北条も伊織の胸元を覗き込むようにして言う。


「あー、言われてみれば首周りとか、他の男子とは全然違うんだね。シャツのサイズぴったり、アイロン掛けばっちり、ネクタイの結び目はきっちり。そこまで完璧だとホント真面目でお堅い政治家の着こなしみたい」


 しかしその話題は伊織にとって、結菜のことでからかわれるよりも苦手な話題だった。

 彼は苦笑いをしながら二人から視線を()らし、どう答えたものかと考え始める。


「というか、見れば見るほどビックリしてきた。結構ガチで伊織くんすごくない? まるでカタログのモデルさんだよ」

「ね? あたしも気になり始めたら止まらなくなったんだ。この人ビシッと決めた格好で登校してきてるのよ」

「……ちょっとカッコいいかも」

「おい!」


 美桜が北条にツッコミを入れたところで、ずっと黙り込んでいた伊織が口を開く。


「本当に、今日はたまたまだよ。美桜さんが言っているように、今日は新しいネクタイにしたから特別なんだ」


 伊織は軽く目を閉じ、首を振りながらそう答えた。

 そしておどけるように「いつもはもっと手を抜いた格好してるよ。本当だよ」と付け加えた。


 しかし美桜の猛攻は止まらなかった。

 彼女は再びポジティブな笑顔を見せると、伊織に言う。


「今日が気合入ってるってのは認めるけど、伊織くんは普段だって小綺麗(こぎれい)にしてるって。目立たないけど、校則の服装規定内で上手にやりくりしてるし」

「……まいったな」


 伊織は逃げ道を(ふさ)がれてしまい、改めて苦笑しながら視線を落とした。


 彼は服装について触れられるのが苦手だった。

 それは当然、幼馴染の彼女の話題に直結するからである。





 門倉伊織は学校内で、香月結菜と幼馴染であることを公言していない。

 嘘は吐きたくないが、しかしこれからもずっと秘密にしたい関係だった。


 それは、決して結菜が隠してくれと言ってきているわけではない。

 むしろ彼女は、早く公表したほうがいいとさえ思っている。


 結菜との幼馴染関係を知られたくないのは、伊織のほうだった。

 伊織が隠したがっていることを知っているからこそ、結菜は学校では伊織に近付かない。

 昼間はまるで他人のように振る舞う伊織と結菜の関係は、伊織が望んで出来た関係だった。





 しかし、伊織が必死に考えを巡らせていた頃。

 美桜と北条もまた、伊織から隠れるようにヒソヒソと小声でやり取りをしていた。


「あんた、あそこまで言っちゃっていいの?」

「え、なにが?」

「あんたがさっき言ったことって、いつも伊織くんのことを見てました。細かいところまでチェックしています。って言ったのと同じだよね」

「~~~~~~ッ!?」


 美桜は、真っ赤な顔で声なき悲鳴を上げた。

 それは彼女が意地を見せて声が漏れるのを防いだというよりは、あまりの恥ずかしさに声すら出なかったというのが正しい。


 しかしそれが幸いし、北条以外のクラスメイトには気付かれることがなかったのだが。


「まあ、あんたの自爆は放って置くとして」

「……変に思われちゃったかな?」

「なんでいきなりしおらしく(・・・・・)なってるの? あんたって口は悪いくせに、ホント名前と見た目のように可愛らしい一面あるよね」

「くっ……。今日は厄日(やくび)だ」


 肩を落とす美桜を、北条がポンと叩く。

 しかし北条はそこで視線を動かすと、今も下を向いたままの伊織のことを見始めた。


「でもさ、さっきから伊織くんちょっと変じゃない?」

「嫌われちゃったとか?」

「乙女モード全開かよ。そうじゃなくて、一見褒められるのが恥ずかしいから嫌がってるように見えて、でもなんか違う気がしない?」

「やっぱり気味悪がられちゃったのかな」

「……いい加減、あんたも戻ってきなさいよ」


 北条がそう言った瞬間、同じタイミングで伊織も考え事の世界から戻ってきた。

 追い詰められた伊織は、ある程度までは(ぼか)して喋るしかないかな、と決心を固めていた。


 彼は顔を上げると、いつもの口調で話し始める。


「まいったよ。驚いた。さすが美桜さんだね。俺には服装は些細(ささい)な変化だと思ってたんだけど、やっぱり女の人ってそういうのにもちゃんと気が付くものなんだね」


 美桜と北条は神妙な顔付きで伊織の発言に注視していたが、北条だけは彼の発言の途中で表情を笑顔に変える。

 彼女は嬉しそうに口を開くと、伊織に向かってすぐに声をかけ――。


「いやいや伊織くん、それって女の人だから気付いたわけじゃなくて、ミミが特別あなたを見――」

「マコ……?」

「なんでもないです……」


 ――そして次の瞬間、地獄の底から聞こえてきたような声で黙り込んだ。

 先ほどまで一人で考え込んでいた伊織は彼女らのその会話について行けず、驚いて目をパチパチと(まばた)かせる。


「……コホン」


 美桜はそこでなんとか復活を()たし、一度咳払いをして話し始めた。


「まあ、伊織くんは休み時間もそこから動かないし、毎日嫌でも目に入っちゃうからね。わかっちゃうものなのよ」


 それを聞いた伊織も表情を戻し、大仰(おおぎょう)な言葉遣いと動作で、美桜に頭を下げる。


「おみそれいたしました」

「ほら、またそんな言葉遣いしてる。政治家政治家」

「美桜さんはそればかりだね」


 伊織と美桜は、そこで笑い合った。

 北条も、見守るような優しげな微笑みで二人を見る。


 結局伊織の「ある程度まで話さなくてはいけないかも」と考えていた決心は無駄になった。

 脱線好きの北条が、話題を伊織の服装から別のものに変えたのだ。


「そうだ伊織くん。私いいこと思い付いちゃった」

「え……? いいこと……?」


 しかし、伊織は苦手な話題が変更されそうだと言うのに、なんとなく嫌な予感を覚えていた。

 そして北条は彼のその予想通り、伊織が困惑する話を持ち出してくる。


「政治家って言われてる、その喋り方。それを変えよう。そうしたらちょっとは胡散(うさん)臭さがなくなると思うよ」

「俺の喋り方を変えるの? というか俺、胡散臭い人間だと思われてたの?」

「まあそこは半分冗談なんだけど」

「半分なの?」

「でもやっぱり伊織くんって、親しみにくいお堅いイメージがあるんだよね」

「……うーん……」


 伊織は戸惑っていた。

 北条の意図が読めず、どうすればいいのかわからない。

 それは美桜も同じようで、どこか居心地悪そうに二人を見ていた。


「それはそうかもしれないけど、でも急に喋り方を変えろと言われても……」

「大丈夫だよ伊織くん。まずは簡単なことから始めよう?」

「簡単なこと?」

「そう。それはつまり――」


 北条はニコリと笑うと、嬉しそうに自分と美桜を両手でそれぞれ指さした。


「私たちの名字呼びを止めて、名前で呼ぶことにしようよ」

「え……?」


 伊織は短く声を出し、そのまま固まってしまう。

 美桜も突然の話に驚いたようで、慌てて北条の顔を見る。


 北条は笑顔を崩すことなく、伊織に言う。


「やっぱり名字呼びは壁を感じちゃうよ。特にウチの学校って結菜の影響で、男も女も名前呼び多いしさ」


 それは、昨日美桜も言っていたことだった。

 この学校では結菜のことを名字で呼ぶ人間はごく一部だ。

 しかもその大半は教師陣であり、生徒に限定すると名字呼びをする人間はさらに少なくなる。

 その流れを受けて、ここの生徒たちは男女関わらず異性に向けても愛称もしくは名前で呼ぶことが多くなっている。伊織のことを彼女らが名前で呼んでいるのもそれが理由だ。


 伊織はそこで、一応反論の声を上げる。


「でも、俺って女性は全員等しく名字で呼んでるよ。壁を作っているつもりはないよ」

「そうは言っても、親しみやすさは受け取る側の印象でもあるよね?」

「それは……、そうだけど……」

「私たちは壁を取っ払って伊織くんを名前で呼んでるんだし、さあ、伊織くんも呼んでみようよ」


 伊織の意見は一蹴(いっしゅう)され、北条に決断を(せま)られる。

 彼は小さく息を吐くと、どうしたものかと考え始めた。


 しかし、伊織はすでに心を決めていたのかもしれない。

 彼が真っ先に思い出していたのは、先ほどの幼馴染の結菜が待ち伏せされたという話だった。


『毒だって吐くさ。実はあたしずっと怒ってたんだよね。だって結菜が可哀想じゃん。女一人相手にやっていい行為じゃないよ』

『まあそうだね。それは私もそう思う。結菜は絶対に弱音なんてはかないし、今回のこともちょっと心配だよね』


 美桜と北条は結菜のことを思い、味方をしてくれていた。それなら自分も敬意を払うべきだと、彼は思った。


 伊織はすぐに口を開く。

 元々彼は、女性に慣れていないわけではない。


「まんまと言わされちゃってる感じもするけど、わかったよ、真琴(まこと)さん。これからよろしくね」

「…………」


 伊織は気付かなかったが、彼がいつもの微笑を浮かべて名前を呼んだ瞬間、目の前の彼女は大きく息を()んでいた。

 返事をすることも忘れ、当初の友人への援護射撃という目的も忘れ、北条(ほうじょう)真琴(まこと)は思考を停止させる。


 そしてその光景は、当然隣にいた女子生徒も()の当たりにしていた。伊織がよろしくと付け足していたのは社交辞令のようなものだったが、その一言が余計に彼女の心を震わせていた。


 美桜は口を開く。


「ふ、ふーん? 伊織くんもやれば出来る人だったんだ。じゃ、じゃあ、早速あたしにも出来るかどうか見せてもらおうかな?」


 伊織は美桜の言葉で、微笑を浮かべたまま彼女の方へと向き直る。


 伊織は彼女らは結菜の味方であり、すなわち自分の友人枠だというような認識をしていた。

 だから彼は彼女らの細かい機微(きび)の観察を(おこた)り、いつもの調子で美桜に接した。


 要は今回も、いじられた仕返しをしたのだった。


「よろしくね、ミミちゃん」


 直後に返ってきた彼女からの返事は、彼の耳に何日も残り続けるほどの恐ろしいものだったという。


 美桜(みさくら)美代子(みよこ)。あだ名はミミちゃん。

 あだ名で呼ばれることを大層嫌がっている、毒舌家の女の子だ。



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