表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/37

女心と恐怖心


「ここにボクは、オカルト部の活動再開を宣言する!」


 泉燐音の自室(・・)に、可愛らしくも力強い声が響き渡った。

 制服に自前の黒いマントを付けて、燐音は堂々と手をかざす。


 真琴と結菜は明るい声を出して、そんな燐音の発言に華やかさを添えた。


「いえーい! 盛り上がっていこう!」

「わー!」


 真琴が手を上げ、結菜もそれに応えてハイタッチを行う。

 二人が流れに乗ってきてくれたことで燐音は得意げになり、大仰(おおぎょう)な仕草でマントを(ひるがえ)すと、高らかに笑った。





 週が明けて、月曜日。

 燐音の自宅には、再び彼女の友人たちが集まっていた。

 先日は来られなかった真琴も顔を出し、女子率も賑やかさも増加する。


 しかしそんな状況で、ただ一人美代子だけは冷めた目をしていた。

 彼女は隣に座る伊織へ、小声で話しかける。


「ねえ伊織くん、この話、なんだか変な方向に向かってない?」

「そうかもしれないね。今の燐音はオカルト部っていうのを建前にしてるけど、本心はみんなと遊びたいって気持ちが強そうだね」

「そ、そうだよね。その気持ちはあたしも嬉しいけど、でも……」


 言葉を濁して、不安そうに不服そうに伊織を見る美代子。

 彼女が盛り上がりに水を差すような発言をしているのは、彼女なりに燐音と部を心配してのことだ。

 伊織にもそれがわかっており、彼はどう話を続けようか迷い始める。


 だが伊織が困り顔になったことで、美代子も今この瞬間に議論すべきではない話題だと考えたようだ。

 彼女も恥ずかしそうに眉をひそめると、口元を緩めながら彼に言う。


「……ま、しばらくはリンのお手並み拝見といきますか」

「うん……。ありがとう美代子さん。そしてごめんね。これからも燐音のことで迷惑かけるかもしれない」


 美代子は伊織の発言に改めて笑い、そして口を開いて返事を返そうとした。

 ところが、その直前に燐音の鋭い声が飛ぶ。


「こらー! そこ、二人で何をイチャイチャ話ししてるんだ! 今はもうオカルト部の時間だぞ! 美代子たち見学者もそのことを肝に銘じるように!」

「は、はぁ!? べ、別にイチャイチャなんてしてないし! 真面目な話してただけだし!」


 一瞬で顔を上気させ、美代子は燐音に反論する。

 その表情だけで結菜と真琴はすでにおなかいっぱいになっていたのだが、燐音は生真面目に美代子に問う。


「む……。じゃあ何を話してたんだよ」

「ふ、普通に、あなたのお手並みに期待しますか、みたいな話よ……」


 美代子はやはり顔を赤らめたままそう答える。

 その返事は美代子の苦し紛れの返事そのものに思えたが、けれどもそれを聞いた燐音は目を輝かせる。


「な、なんだそうだったのか! 上から目線なのは非常に大きな減点対象だが、ボクの手腕に期待したくなる気持ちはよくわかるぞ! ハッハッハ!」


 一転して上機嫌になる燐音。

 彼女は再び腰に手を当ててふんぞり返り、その横でこっそりと真琴と結菜が内緒話をする。


「ミミはわかりやすいし、リンちゃんはチョロいし、見ていて飽きないよね、結菜」

「うんうん。二人とも可愛いよねー」


 結菜は笑顔で真琴の話に同意し、だがそんな結菜を見る真琴に新たな疑問が思い浮かぶ。


「(ミミが伊織くんへの好意を寄せているのが丸わかりだって言っちゃったのに、結菜は心から同意してるみたいなんだよね。寂しいとか取られるとか少しも思わないのかな)」


 それは女の子が思い浮かべる一瞬の疑問だったのだが、結菜はそのわずかな空白の時間を感じただけで、何かを察したように真琴に言う。


「気にしなくてもマコちゃん。私は今夜眠れないって伊織に声をかけるつもりだから。それだけで今日のところは十分なんだ」

「……え? え? 結菜、あなたは一体何を――」


 唐突な結菜の発言に混乱する真琴。

 しかし彼女がその真意を(たず)ねる前に、燐音が大きな声で話し始める。


「よしわかった! ならば可愛い美代子たちを待たせるのも忍びない! 早速説明に入ってやろう!」


 燐音は周囲の空気を一切気にせず、いつもの尊大な態度で一人喋り始める。


「ボクは考えたのだ! 生徒会長は言っていた。お化けがヒロインというだけでは弱いと。それはつまり、もっとお化けを全面に押し出した映画なら会長も文句は言えまいということに他ならないわけだ!」

「え゛っ?」


 その発言に真っ先に反応したのは、伊織の隣で顔を赤くしていた美代子だった。

 彼女は濁点付きの声を漏らし、またたく間に顔の紅潮を消していく。


「こ、この部屋の暗幕って、もしかしてそういう(・・・・)こと? あ、あたしはてっきり水晶占いとかその手のことを想像してたんだけど……」

「おお、美代子は察しが良いな。その通り。今日の活動内容は……!」


 燐音は言葉に溜めをつくり、そしてその間に隠し持っていた板状のケースを取り出してくる。


「じゃじゃーん! ホラー映画だ! 今日の活動はこれを見て、後で皆で考察し合おうではないか。うむうむ。我ながら完璧なオカルト部の活動すぎて震えてくるな」


 燐音が取り出してきたのは、ホラー映画のパッケージだった。

 恐、呪、怖……。

 物騒な文字におどろおどろしい色合いの、いかにも(・・・・)というような見た目。


 伊織の隣に座る彼女は、もうそれだけで動きを止めてしまっていた。

 その美代子は、自分の心境を隠しながらゆっくりと口を開く。


「えーっと、あたしはそういう映画を借りてきてまで見るのは初めてなんだけど……、考察とか言われても上手く答えられるかわからないよ?」


 彼女はそう言って、遠回しな予防線を張り始めた。

 だが、先ほどのイチャイチャ関係の話には鈍かった燐音が、今度はその発言だけでギラリと怪しく目を光らせる。


「ははーん? もしかして美代子、ホラー映画が怖いのか?」

「なっ!?」


 色恋沙汰には見た目相応の未熟さがある燐音だったが、彼女は元々美代子をいじるのには人一倍積極的なところがあった。

 今度の燐音は美代子の動揺を見逃さず、まるで誰も知らなかった事実を発見したかのように得意げに喋り始めた。


「ははは、これは傑作だ! みんな見てくれ! どうやらあの毒舌家として名高い美代子には、とてもとても可愛らしい弱点があるようだぞ!」

「あ、あなたはどうなのよ! 人のことをそれだけバカに出来るのなら、みんなと離れて一人だけぽつんとテレビの前で鑑賞くらい出来るんでしょうね!?」

「当たり前だろう! ボクは前世で実際に煉獄(プルガトリウム)を抜け地獄(インフェロス)まで行って帰ってきた存在だぞ! このような画面の中の出来事など、見るまでもなく大したことがないとわかるわ!」

「……それって、ホラー映画は一度も見てないってこと?」

「うむ。今日が初めてだ! 借りてくるのも怖くも何もなかったぞ!」

「…………」


 その場にいた誰もが心の中で、「それはどういうものか知識がないから怖くないだけでは?」とツッコミを入れる。

 しかし実際に燐音が一切怖がらない可能性も残されていたので、美代子はそれ以上の言及は避けることにした。


 そして美代子が黙り込むことで、燐音は一層調子に乗っていく。


「しかしあの美代子がホラーがダメだとはねえ。くくくくく。これは毒吐く子犬(ケルベロス・ベビー)という名前も変えなくてはならないかもしれないな。いやあ、ボクとしたことが名前を付け間違えるとはねえ、情けないなあ。ははははは」


 非常に嫌らしい口調で喋る燐音に、美代子は出来るだけ気持ちを落ち着かせながら反論する。


「そ、そりゃ、あたしも一応女だし。怖いと思っても仕方ないでしょ?」

「フッ。ああわかったぞ。そうやって怖いと言って、隣の伊織に抱きついたりするつもりなんだな!?」

「な、ななな……!」


 燐音がそのような発言をしたのは、ただの偶然だった。

 単純に一度イチャイチャという会話をしていたから思いついただけで、しかしその思いつきが、今の美代子には絶大なる効果を発揮することとなる。


 美代子は真っ赤な顔で放心したようにゆっくりと伊織の方を向き……、そして伊織と目が合った瞬間、キッと全力で彼のことを(にら)みつけた。

 伊織はその攻撃でビクリと身をのけぞらせ、それを見た燐音が大笑いしながら美代子に言う。


「なんだ美代子、伊織に八つ当たりか?」

「だ、誰が八つ当たりなんか……! だいたいね、勝手に伊織くんに抱きつくなんて決めつけないで!」

「ふむ。なら本当に抱きつけないようにしてみようか」

「えっ……?」


 燐音の美代子いじりは止まらなかった。

 真顔になって驚く美代子に、燐音は楽しそうに言葉を続ける。


「席替えをしようではないか。美代子は伊織の隣から場所を移動したまえ。それともなにか? まさかこの期に及んで伊織の隣じゃなきゃ嫌だとか言い出すまいな?」

「~~~ッ!!!」


 美代子は言葉にならない怒りを(あら)わにし、そして再び伊織の顔を真っ赤な顔でキッと睨みつけた。

 伊織はひどく理不尽なものを感じながらも愛想笑いを浮かべ、さすがにそろそろ燐音に釘を刺しておこうと口を開く。


 だが、美代子はそのコンマ数秒が待てなかった。

 彼女は勢い良く燐音に振り返ると、彼女の挑発に乗ってしまう。


「わかったわよ! どこへでも行ってあげようじゃない!」


 それを聞いた結菜は心の中で「あーあ」とつぶやき、そんな結菜の前を立ち上がった美代子が大股で力強く移動していく。

 すると、その後にちゃっかり言葉を続けたのは真琴だった。


「あ、じゃあ私はホラー映画苦手だから、ミミの代わりに伊織くんの隣に移動するね?」

「な……! マコ……!」


 美代子は最大まで目を見開き、そしてこれから見るホラー映画以上の眼力で真琴を恨みがましく見つめた。

 けれども真琴はどこ吹く風で、いそいそと移動すると彼と肩が触れ合うほど距離に座り込む。


「よろしくね、伊織くん」

「あ、う、うん……」


 真琴に微笑みかけられた伊織は、横目で美代子のほうを(うかが)いつつあいまいな返事を返すしかなかった。

 そんな伊織を見て真琴は改めて笑うと、再びイタズラっぽい口調で口を開く。


「ねえ、結菜もおいでよ。伊織くんと私の三人で一緒に見ようよ?」

「な、な……!」


 それにはまたも美代子が短い声を発した。

 問われた結菜はそんな彼女たちの間で一瞬迷い――。


 ほとんど間を置かず美代子へと向き直った。


「ごめんね、ミミちゃん」

「…………」


 笑顔でそう告げてきた結菜に、美代子はとうとう口をパクパクするだけで声すら出せなくなってしまった。

 結菜は上品に立ち上がり、伊織の隣まで移動して――。


 そしてとても自然に彼の隣に腰を下ろし、最後に一人立ったままになっていた燐音へと話しかけた。


「じゃあリンちゃん、今回のホストとしてミミちゃんをよろしくね?」

「えっ?」


 すぐに燐音が驚いて結菜を見、美代子も結菜の顔を見る。


「リンちゃんは一人でも大丈夫かもしれないけど、主催者としてはミミちゃんを一人になんてしないよね? だから一緒に見てあげるよね?」

「え、えーっと……」


 燐音は結菜の要求を、上手く頭の中で処理できなかった。

 彼女は混乱し、しかしすぐにあることを閃く。


「(そ、そっか。美代子はホラーが怖いみたいだから、ボクが隣にいたらボクに泣きついてくるかもしれないんだ!)」

「(……ってことをどうせ考えてるんでしょうね。リンはそんな顔してるし。これは負けられない戦いが始まるかも……!)」


 名案を思いつく燐音と、そんな彼女を見て闘志をむき出しにする美代子。

 結菜は普段から(いさか)いの絶えない二人を結びつけることに無事成功し、燐音は得意げに美代子に向かって話しかける。


「なるほどわかった! ボクはホストだからな! 今日は美代子の隣で見させてもらおう。よろしくな、美代子!」

「……よろしく」


 燐音は乱暴に美代子の隣に座り込み、美代子は「ああもうだらしない」と言って彼女の制服のスカートの裾を直す。

 その行為に燐音はムッとした表情を浮かべるが、すぐにこれからのことを考えて意地悪く笑った。


 かくして燐音の自室で、伊織、結菜、真琴の三人と、美代子と燐音の二人組にわかれてホラー映画の鑑賞会が始まる。


「よし、部屋を暗くするからな! みんなしっかり見ておくんだぞ! 特に美代子は慣れてないみたいだから、しっかり見ないと後の考察で困ることになるぞ!」

「…………」


 燐音の物言いに、美代子は目を伏せて静かに耐える。

 そうして燐音は部屋の明かりを消し、前もって機材にセットしておいたディスクを起動する。


 美代子は燐音に絶対にからかわれるものかと決意を固め。

 燐音は美代子に上下関係を知らしめる絶好のチャンスだと微笑み。

 真琴はこっそりと伊織の横顔を窺い、どこまでなら抱きついてもいいものかと思案する。


 様々な思惑が交差するホラー映画の鑑賞会。

 しかし、実際に始まってみると彼女たちの考えはほとんど意味をなさなくなった。


 当たり前のことだが、ホラー映画とは恐怖を感じさせるものであり、しかも燐音が選んできたものは彼女が調べ上げた末の話題のホラー映画だったのである。



    ◇



 ギャァァァァァ!

 女性の断末魔のような悲鳴が響き、美代子と燐音は「「ひっ」」と短い悲鳴をハモらせお互いの体にしがみついた。

 もはや二人は映画が始まる前に何を考えていたのか思い出すことも出来ず、画面の中の惨劇を見続ける。


 ヒィィィィィ!

 新たな悲鳴が上がり、美代子と燐音は無言で再びお互いの体を抱きしめる。

 二人の頬が触れ合い、しかし彼女らはそのことに気付くこともなく、そして離れることもなく二人で恐怖を和らげ合う。


 結菜はそんな美代子と燐音を見て、声を出さずにひっそりと笑った。

 これをきっかけに、もっと仲良くなってほしい。

 結菜はそう思いながら、次に逆側の方向を向く。


 すると結菜の視界に見慣れた少年の横顔が飛び込んできて、しかし場所や状況などから彼女は新鮮味を覚えた。

 結菜は小さな声で伊織に問いかける。


「伊織、あんまり怖くない?」

「普通に怖い。でも真琴さんが、さっきから隣でガチで怖がっている感じなんだ」

「ああ。それは男の子としては、冷静さを保てる状況みたいだね」


 すぐに結菜は口調を変えると、彼に言う。


「マコちゃんに抱きつかれてる? 伊織、役得感じちゃってる?」

「あのな……。真面目に俺は、この場合どうしたらいいんだよ?」

「私はオススメしないけど、肩でも抱いてあげれば吊り橋効果で一発じゃないかな?」

「……なんでこんなやつが学園の聖女様って呼ばれてるんだろ。絶対詐欺だろ」


 伊織はその言葉で結菜が笑ったことを、体の振動で理解した。

 続けて彼は結菜に言う。


「そもそもおまえ、映画見ないのか? 怖くて目を向けられない、なんて言い出す(タマ)じゃないだろ?」

「見てるよ。後で考察するみたいだし、しっかり内容も把握してるよ」

「……俺はおまえと違って凡人だから、こんなに話しをしてたら内容なんて理解――」


 と、伊織はそこで会話を中断して黙り込む。

 結菜も彼が会話を中断した意味に気付き、その耳元でささやく。


「……なんか、心霊写真みたいな感じで窓に人が写ってたね?」

「見間違いじゃなかったのか。この映画すごいわ。普通に怖い」

「そうだね。私も怖いと思う」

「そうは見えないが……。まあいいや、もう黙って見てろよ」

「はーい」


 結菜は笑顔で答え、そして少しの思案の後、彼に自分の体重を預けるようにしてもたれかかる。

 幼馴染の彼はその感触でぎょっとしたように振り向き、照れではなく周囲に人がいるぞ、と結菜に小声で警告した。


 だが結菜はそれに微笑むだけで返事は返さず、それっきり画面に目を向けて伊織のことを見なくなった。

 伊織はそんな結菜に強い不満を覚えたが、この場で押し返すことも出来ずにため息混じりに視線を戻す。


 するとちょうどショッキングなシーンが始まり、画面の中で派手な悲鳴が上がった。

 彼らは思わずビクリと体を震わせ、結菜は前を向いたままつぶやく。


「やっぱり怖いね、この映画」

「ああ、そうだな」


 彼らが映画を見ながら会話をしたのはこれが最後で、そして最後の最後まで他の三人の女の子たちは隣にいる相手を離すことはなかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ