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絶対的な高嶺の花、学園最強のアイドルは俺の幼馴染で通い妻。  作者: 卯月緑
絶対的な高嶺の花、学園最強のアイドルは俺の幼馴染で通い妻。
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彼との特訓の成果


 次の日の放課後は、早くもリハーサルスタジオを借りての練習となった。

 前々から予約を入れていたらしく、バンドのメンバーたちは複雑な心境でスタジオに入る時間を待っていた。


 彼女たちが最も気がかりなのは、やはり初めて本物のドラムセットに触れる結菜のことだ。

 結菜の打ち立ててきた派手なエピソードは彼女らも聞き(およ)んでいるが、同時に結菜本人の口からドラムの経験がないことも聞かされている。

 期待と不安が入り混じり、メンバーたちは落ち着かない様子で結菜のことを(うかが)う。


 しかし結菜自身は、いつものように穏やかな微笑みを浮かべながら練習開始を今か今かと待ちわびていた。

 彼女のコンディションは良好だった。

 伊織と特訓をしたことで不安やプレッシャーを乗り越え、反対に練習の成果を披露したくてたまらないという心境にまで達していたのだ。


 そして、練習開始の時間がやって来る。

 メンバーたちは限られた時間を有効に使おうと、足早に行動を始めた。


 だが、彼女らは出だしから意外なところで驚くこととなる。

 それは門倉伊織という少年の存在だった。


「……伊織くん、だっけ? 今日も彼はいなくてもいいんじゃ、と思ったけど……」

「普通に助かっちゃってるね。今回は重いものは持ち込まなかったけど、その代わり色々と率先して持ってくれるし、理緒(りお)の兄貴よりも全然気が利くし、すごくいい人そう」


 美代子がつれてきていた伊織は、バンドのメンバーたちの予想をいい意味で裏切っていた。

 手際よく動いて女性への配慮も忘れない彼は、すぐに彼女らに好意的に受け入れられていく。


 彼の働きもあり、練習は拍子抜けするほどスムーズに始まった。

 メンバーたちは開始早々から、気持ち良さそうにそれぞれの音色を響かせていた。





 そんな伊織の働きを、部屋の隅から眺め続ける二人の女子生徒の姿があった。

 同じ裏方役として、そして伊織が結菜に近付かないように見守る役として同行していた美桜美代子と北条真琴である。


「ねえミミ、伊織くんの株、爆上げしてない?」

「別に、ただの正当な評価じゃない。彼は前からサボったり手を抜いたりする人ではなかったわ」

「逆にあんたの株は下がってる気がするなあ。最近ずっと機嫌悪そうだよ」

「機嫌悪くなんてなってない。あたしは今も彼が結菜に近付かないか見ているだけだし」

「あんたってわかりやすいよね」


 二人も最初は伊織と一緒に裏方として働いていた。

 しかし伊織が先んじてほとんどの仕事を終わらせてしまい、邪魔になるといけないので部屋の隅に引き下がっていた。


 やることがなくなった美代子と真琴は、いつしか最近親しくなったクラスメイトの話に夢中になる。


「でも伊織くんって普段喋らないから、せっかく上げた株をそのまま放置して、自分で下げていっちゃってる気がするなあ」

「あたしは彼の評価を下げたことないわよ」

「それ、本人に言ってあげれば? 私は伊織くんと知り合ってから、伊織くんへの好感度がずっとダダ上がりしてますって」

「ば、バカ言わないで。第一ダダ上がりってわけでもないし。下がってないだけだから」

「あんた変にこじらせて、面倒な女みたいになってるよ」

「う……」


 言葉を詰まらせる美代子の前で、伊織はメンバーに頼まれた用事を済ませ、待機場所へと戻ってくる。

 それは裏方の集合場所。美代子たちがいる部屋の隅っこだ。


 美代子は伊織の行動にすぐに反応し、真琴に言う。


「っと、彼戻ってきた。この話はこれでおしまい」

「不機嫌だったり落ち込んだり、伊織くんが戻ってきただけで喜んだり、今日のミミは忙しいね」


 真琴の言葉に聞こえなかった振りをして、美代子はいそいそと動き出す。

 彼女は名案を思い付いていた。

 定位置に戻ってきた伊織の隣に、美代子は出来るだけ何気ない素振りで近寄る。


「お、おつかれさま」

「ああ、ありがとう美代子さん」


 そうやって声をかけつつ、美代子は勇気を出して伊織と腕が触れ合う程度まで距離を縮めていった。

 伊織は自分の真横に立った美代子を不審に思い、問いかける。


「……あの、美代子さん。なんか近くない?」

「し、仕方ないでしょ。部屋の中はすごい音がしてるし、離れていると話すのが大変なんだから」


 美代子はその発言とともにさらに間を詰め、「何か問題でもある?」とでも言いたげな表情で伊織の顔を見上げた。

 それに対し、伊織はあっけないほどにあっさりと答える。


「なるほど。たしかにそうだね」


 素直に美代子の発言を信じた伊織は、前を向いて練習風景を見守り始める。

 美代子はその隣で、すでに自分の顔が火照(ほて)ってきていることを感じていた。


「……むぅ」


 また、隣で平然としている伊織の澄まし顔にも気付き、美代子は頬を膨らませてこっそりと彼を(にら)むのだった。





 伊織は驚きとともにバンドのメンバーたちに受け入れられていたが、やはり真に彼女らを仰天させたのはドラムセットの前に座った結菜だった。


「あのー、結菜センパイ、ドラムの前に座るのって初めてッスよね?」

「そうだよー」


 結菜に声をかけたのは理緒(りお)という名の高校一年生だ。

 彼女が元々のドラム担当の女の子で、その手の小指には今も白いギプスが巻かれていた。


 理緒はあきれた様子で、ドラムの位置や椅子の高さを調整する結菜に声をかける。


「……なんで叩く前から、すでに微調整に入ってるッスか? しかも適当に動かしているわけじゃなくて、すでに自分好みの位置がわかっているかのような調整を……」

「私も色々と調べたり練習したりしてきたんだー。でも何か間違っているかもしれないから、そういうときは遠慮なくビシバシ言っちゃってください」

「お、押忍(オス)

「お願いします。……ふふ。ごめんなさい。気を悪くしないでね。理緒ちゃんの喋り方を聞いてると、私は楽しくなってきちゃうの」

「ホントッスか? それは嬉しいッス!」

「ふふふ」


 結菜は怪我をした理緒の代わりにバンドのメンバーに入った。

 そのため理緒は、指南役としても危機を救ってもらった後輩としても結菜と接する機会が多くなり、早くも彼女に懐いていた。


「そういえば早くもマイスティックを用意してくれたんスね。自分も予備を用意してきたッスけど」

「理緒ちゃんにもらったドラムスティックもちゃんと持ってきてるよ。でもそっちは大切にしたいんだー。道具は使ってこそって意見もわかるんだけど、なんか使うのがもったいなくて」

「じ、自分なんかがあげたスティックに、お、恐れ多いッス」


 結菜は理緒の言葉に柔らかく微笑む。

 そして準備の最終確認を終えると、彼女は気合を入れるために小さく呼吸を整えた。


「……うん、準備できた。じゃあ理緒ちゃん、私はもう始めても大丈夫なのかな?」

「オッケーだと思うッスよ。あ、今メトロノームを用意するッス。イヤホン式だからこんな状況でも聞こえると思うッス」


 結菜は再び微笑むと、歩き出そうとした理緒に声をかける。


「その前に、このまま始めてもいい?」

「あ、もちろんいいッスよ」

「ありがとう。じゃあ始めるね」

「了解ッス。自分はすぐに取ってくる――」


 結菜は笑うと、満を持して自身の能力を開放した。

 カチカチとスティック同士を鳴らしてリズムを取ると、楽しみにしていた本物のドラム演奏を始める。


「……は?」


 理緒は大きく歩きだそうとした姿のまま固まってしまった。

 聞こえてきたのはエイトビートのパターン。

 彼女は自分の目と耳が信じられず、何度も(まばた)きをして結菜の姿を見つめる。


「おおー、ドラムって近くで聞くと、迫力満点の音がするんだねー」


 結菜は伊織との練習の成果を思う存分発揮していた。

 彼女は心の中で幼馴染にありがとうを言いつつ、学校でいつも微笑んでいるように……いや、それよりは少し喜びを隠しきれていないように、嬉しそうにドラムを叩いていた。


 理緒は歩き出した姿勢を戻すことも忘れ、震える声で結菜に話しかける。


「……バスドラで裏拍すら取れるんスか。結菜センパイって本当にドラムの前に座るのって……」

「初めてだよー」

「自分は今、伝説の前にいるッス……」

「ううん、頑張って練習はしたけどまだまだだと思う。だから色々と教えてほしいな」

「お、押忍……」


 理緒はそこで頭を下げ、結菜は笑いながら「止めてよ」と伝える。

 そして、気が付けばいつしか部屋からはドラム以外の音が消えており、メンバーたちが次々にドラムの方へ視線を向けてきていた。


 理緒はそんな彼女らに、怪我をしていないほうの手を大きく振ると練習再開を(うなが)した。

 そうして部屋に再び音が戻ると、理緒は口を開く。


「みんな結菜センパイの演奏に驚いてるッスよ。それに、今日の予定の変更も頭に浮かんでるっと思うッス」

「今日の予定の変更?」

「そうッス。みんな口には出さなかったけど、今日は個人練習がメインになると考えていたと思うッス。でも結菜センパイがここまで出来るなら――」


 理緒はそこで少し溜めを作り、次の瞬間嬉しそうに結菜に告げた。


「みんなでライブの曲も演奏できるかもって、欲が出てきてると思うッスよ!」


 彼女は続けて結菜に問う。


「結菜センパイ、いきなりかもしれないッスけど、簡単に合わせるだけでもいいので今日の目標をみんなと一緒に演奏するって目標にしてみるッスか?」


 理緒自身も舞い上がっているのだろう。

 目を輝かせて結菜のことを見る。

 むろん、結菜の返事もわかりきったものだった。


「うん。私もみんなと一緒に演奏してみたい。お願いできるかな?」

「任せるッス! 早速みんなに話してみるッス!」


 理緒はすぐに早足で、メンバーたちに話を伝えに行く。

 今もドラムを叩き続けていた結菜は彼女の後ろ姿をチラリと見て微笑むと、再びドラムが出す音を全身で満喫するのだった。



    ◇



 リハーサルスタジオを借りての練習は、多くの場合スタジオから出てもメンバーがすぐ解散するわけではない。

 その日の練習を振り返り、メンバーたちはミーティングを行って次の練習に備える。


 しかし、彼女たちは本格的なミーティングは明日の放課後に回すことにしていた。

 平日の放課後ということもあり、練習を終えたときにはいい時間(・・・・)になってきていたのだ。


 そしてその判断は間違っていなかっただろう。

 スタジオを出た彼女たちの様子を見るかぎり、これからミーティングをすると話がそれ以上に盛り上がり帰りが遅くなるのは明白だった。


「結菜さんがすごいって話は聞いてたはずだけど、実際に体験してみるとまた全然イメージ変わっちゃうね」

「夢を見ているみたいって言葉は本当だったね。今日いきなり合わせられるなんて、信じられない気分だったよ」


 充実した練習を終えた彼女らは、晴れやかな表情でお喋りしながら帰り道を歩いていた。

 自然とその中心には結菜が()えられ、彼女は今日も女の子に囲まれて柔らかに微笑むことになる。


「でも、この調子だとライブも大成功しそうッス! 自分らの曲がたくさんの人に聞いてもらえるなんて感激ッス!」

「そうだね。どこかのバンドのコピーじゃなくて、私たちで全部作った曲だもんね」

(じゅん)の書いてきた詞に、みんなでダメ出しして作ったよね?」


 彼女たちは楽しそうに笑う。

 理緒の怪我による欠員という大きな不安が取り除かれた今、彼女たちの喜びは当然のことかもしれない。


 そんな中、裏方組の三人はそれぞれ別の表情を見せていた。

 メンバーたちの会話に混ざる真琴。落ち着かない様子で彼女らの会話を聞く美代子。そして、最後尾を静かに歩く伊織。


 特に美代子は身の置き場がなさそうにメンバーたちの隣を歩いていた。

 彼女はバンドのメンバーたちが嫌いというわけではないが、今は後ろに残してきた伊織のことが気がかりだった。


「(そろそろ彼のところに戻ろうかな。でも、たまに話題も振られるし、いきなり戻るのは変な邪推されちゃうかな……)」


 ウロウロと(せわ)しなく視線を彷徨(さまよ)わせていた美代子は、そこでとうとう後ろを振り返って伊織の姿を求めた。


 すると美代子の目は、後ろに控えていたはずの伊織がまっすぐこちらに向かって歩いて来ている様子を(とら)える。


 彼女は一瞬自分の気持ちが通じて伊織が来てくれたのかと舞い上がったが、すぐに冷静になって彼に声をかけた。


「ちょ、ちょっと伊織くん。あなた結菜に近付いちゃ――」


 なおも遠慮なく結菜たちに近寄った伊織は、そこで手のひらを見せて美代子を制した。

 思わず言葉を止めた美代子を横切り、伊織はグループの最前列に立つ。


「あ、あなたね。結菜には近寄らないって約束、忘れたわけじゃ……」


 すぐに冷静になった美代子は、再び伊織に小声で話しかける。

 だが、今度も彼女は最後まで発言を続けることが出来なかった。


 美代子が見つめる前方。

 伊織の歩く先に、派手な髪色をした若い男二人が結菜たちを見ながら待ち構えていた。


「…………」


 美代子が声を失う中、伊織は静かに結菜たちの前を歩き、男たちに自分の存在をアピールし続ける。

 結局彼らは苦笑いを浮かべるだけで、彼女らとすれ違うこともなくどこかへ姿を消した。


 美代子は安心したように体のこわばりを解くと、ようやく口を開いて伊織に言った。


「な、ナンパされるかと思ってくれたんだ。ありがとう。でも大丈夫。今度からはあたしが対処するし、伊織くんは後ろで待っててよ」


 彼女はそう言って、言外に早く元の場所に戻ってとお願いする。

 ところが次に伊織が言った言葉は、美代子にとってはまったくの想定外の言葉だった。


 伊織は首を曲げ、さも不思議そうに美代子に答える。


「美代子さんも可愛いから、しつこくナンパされる側でしょ。だから次も俺がやるよ」


 伊織はそれだけを言うと、今度こそ元いたグループ最後尾へと帰っていった。

 結局最後まで大きな騒ぎは起こらず、バンドのメンバーたちは自分たちの危機にも気付かなかった。


 そんな彼女らの隣を、美代子は顔を真っ赤にして頭を真っ白にして、一人惰性で歩き続ける。


 結菜を加えて伊織のサポートも得た彼女らのバンドは、来たるライブに向けて最高の発進を果たしていた。



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