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絶対的な高嶺の花、学園最強のアイドルは俺の幼馴染で通い妻。  作者: 卯月緑
絶対的な高嶺の花、学園最強のアイドルは俺の幼馴染で通い妻。
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彼女の心構え


 放課後の空き教室を借りての話し合い。

 そこには結菜を始め、複数の生徒が集まっていた。


 結菜の前に並んだのは、五人の女子生徒たち。

 彼女らが、今回結菜に助けを求めたバンドのメンバーたちだ。


「お願いです香月結菜さん、私たちを助けてください!」


 そのリーダーを務める(じゅん)は、結菜本人を前にして気持ちがあふれ出てしまっていた。

 彼女は開口一番そう言って、ガバッと腰を折るようにして頭を下げる。

 他のバンドメンバーたちもそんな潤の姿を見て、慌てて結菜に向かい一斉に頭を下げた。


 メンバーの側にはもう一人、可愛らしい顔を台無しにして不機嫌そうに事態を見守る女子生徒もいた。

 彼女が結菜と潤を引き合わせた人物で、毒舌家の美桜美代子だ。


(じゅん)、止めなさい。そういうお願いの仕方はしないって決めてたよね?」


 美代子は静かな口調だったが、しかし有無を言わせぬ雰囲気で口を挟んだ。


 美代子は潤のお願いを聞き入れてこの場を(もう)けていたが、結菜の友人としてもこの場に立っているつもりだった。

 だから彼女は、結菜の情に訴えかけるような潤の行動は認められなかった。結菜は優しいから判断を鈍らせてしまうと考えていた。


 他にも美代子が潤を(いさ)める理由はあった。

 それは教室の入り口に控える、二人の女子生徒が関係する。


 彼女らは美代子のクラスメイトで結菜の友人で、そしていわゆる親衛隊と呼ばれる二人だ。

 美代子は話し合いが単純な泣き落とし(・・・・・)ではないことを証明するために彼女らを誘っており、そういった面からも潤の行動は避けてほしい行動だった。


「ご、ごめんなさい結菜さん。私、つい興奮しちゃって」


 美代子の言葉を聞いた潤はハッとなり、改めて結菜に軽く頭を下げる。


 空き教室にはピリピリとした空気が流れていた。

 特に美代子は最初からずっと眉をひそめたままだ。

 それは話し合いをセッティングした責任者としての気負いが大きいのかもしれないが、教室の片隅に一人だけ少年が混ざっていたことも影響していたのかもしれない。


 しかし、潤が「ごめんなさい」と謝った直後に聞こえてきた言葉は、場にそぐわないとも言えるのんびりとした声だった。


「ううん、気にしないで。私もメールでだいたいの事情は教えてもらってるし、潤さんが焦っちゃうのも仕方ないよね」


 それは、ここに来て初めて口を開いた結菜だった。

 彼女は続けて美代子にも声をかける。


「それに、ミミちゃんもさっきから機嫌悪そうだよ? 不謹慎だと思われるかもしれないけど、辛いときこそ笑顔で居ようよー」


 結菜が潤たちに友好的な発言をしたことで、バンドのメンバーたちの顔に明るさが戻っていく。

 しかし、美代子は笑うつもりにはなれなかった。

 あくまで中立の立場だということを自らに言い聞かせていた美代子は、話し合いが馴れ合いになるのを嫌って、()えて淡々と答えた。


「今はあたしのことは放っておいて。それより時間もないことだし、バンドの話を始めよう。――潤、お願い」

「わ、わかった」


 場が仕切り直され、潤は改めて自分たちが置かれている状況を結菜に伝え始めようとする。

 だがそれより先に、再び結菜が口を開いた。


「あ、待って。時間がないなら、まずは私から質問させてもらう形にしてもらってもいいかな?」


 潤と美代子はピタリと動きを止め、結菜の予想外の提案に驚いていた。

 結菜は穏やかな微笑のまま、彼女らに話し続ける。


「私はマコちゃんから詳しい事情が書かれたメールを送ってもらったけど、気になる点もいくつかあったんだ。だからその辺りの確認をさせてもらってもいい?」

「わ、わかりました!」


 勢いよく返事をする潤と、慌てて北条真琴の方に振り返る美代子。

 その真琴は教室の片隅で少年に付き添っていたが、美代子と視線が合うと「何も変なことはしてないよ」と言わんばかりに笑顔で首を振った。


「ありがとう潤さん。じゃあ早速だけど質問を始めるね。潤さんたちのバンドは女子高校生だけで構成されたバンドってことみたいだけど――」

「ええと、それはですね――」


 いつしか話し合いは、無事始まっていた。

 美代子は「はぁ」と大きく息を吐くと、真琴から視線を外して前に向き直る。


 やがて美代子は、チラリと親衛隊の二人に視線を送った。

 二人の姿は今も教室の入口にあった。

 彼女らは二人声を交わすでもなく美代子のように眉をひそめてるでもなく、ただ静かに結菜たちの話を聞いていた。


 美代子はそんな彼女らの姿を見て、今度は小さく息を吐く。

 そして美代子は再び結菜と潤の会話に目を向けると、やはりピリピリとした雰囲気を(まと)わせながら不機嫌そうに腕を組むのだった。


 潤は結菜の笑顔に明るさを取り戻したのか、二人の会話は和やかに進んでいた。



    ◇



 質問は長くは続かなかった。

 結菜はドラムのことについては一切触れず、バンドの特徴やらライブハウスのこと、そしてそこで演奏するという行為などについてを(たず)ねていた。


 やがて結菜は満足したのか、何度も(うなず)くと潤に言った。


「なるほどなるほど。ライブというのは一体感を味わうところでもあるんだね。だからそれには生きた人間がその場で演奏することが重要なんだ」


 潤もその言葉に頷き、そして答えた。


「もちろん他にも魅力はあると思いますし、打ち込み――機械を混ぜた演奏をしてる人たちもいます。だけど私たちは女子高生(JK)バンドってことなので……」

「うん。今回の場合は機械の正確さより、私たちの生きた演奏のほうが望まれているってことなんだね」

「はい」


 潤の返事を聞いた結菜は、そこで(うかが)うようにして潤に問いかける。


「ということは、少しくらい下手でも、一生懸命さがあれば許されちゃったりもするのかな?」

「は、はい。あると思います。もちろん聞くに()えないレベルなら論外でしょうけど、今回行くライブハウスは客層もいいみたいですし、悪いところだけじゃなく私たちの良いところにも目を向けてくれると思います」

「よかった」


 安心したような声を出す結菜に、潤は言葉を続ける。


「もっとも、それだけお客さんの耳が肥えてるとも言えるのですが……」

「そっか、そうだよね。要求されるレベルも高いんだね」

「で、でも、やっぱり今回重要なのは打ち込みより生きた私たちの演奏なんです。少なくとも、リーダーの私はそう思います!」


 それは潤の言いたかったことなのか、彼女はそこで思わずといった感じに語気を強めた。

 美代子はそれを見て、一言釘を刺しておくべきかと迷い始める。


 しかしその前に、結菜が再び何度も頷きながら、まるで迷いが吹っ切れたように顔を上げた。


「うん……、わかった。色々と教えてくれてありがとう、潤さん」


 そう言っていつものように柔らかく微笑む結菜。

 美代子はそんな彼女を見て「さあ次はどう出る?」と思った。


 潤たちの事情がわかって、気になる点も解消されて。

 誰もが結菜の次の一手が気になる状況。


 そこで結菜が言った言葉は、美代子には信じられないような言葉だった。


「これなら私なんかでも、仲間に入れてほしいってお願いしても大丈夫そうだね」


 潤も美代子も他のメンバーたちも、そして離れた場所にいる真琴も、自分の耳を疑い動けなくなる。

 しんと静まった空き教室で、結菜は丁寧に上品に頭を下げた。


「潤さん、私はドラムセットの前に座ったことがありません。だから本番でも皆さんが望む演奏は出来ないかもしれません」


 その場にいるほとんどの人は、頭の真っ白にして結菜の話を聞く。


「それでも最後まで一生懸命頑張るつもりなので、まだお誘いいただけるなら仲間に入れてほしいです。お願いします」


 あの香月結菜が頭を下げて仲間に入れてほしいと言っている光景を、彼女らは呆然(ぼうぜん)としながら見つめていた。


 やがて結菜は頭を上げ、少し小首を(かし)げると、潤に言った。


「……私も一緒にライブ、楽しんじゃダメかな?」


 それが引き金だった。


「も、もちろん一緒に楽しみましょう!」


 弾かれたように勢いよく返事をする潤と、その後ろで大きな歓声を上げるメンバーたち。

 潤は天を(あお)ぎ両手を高く突き上げると、喜びを爆発させた。


「やった、結菜さん来てくれるんだ。私たちは一緒にライブができるんだ! やった、やった、嬉しーーー!」


 メンバーの女子生徒たちも、何度も飛び跳ねたりして感動を表現する。

 教室は一気に騒がしくなり、メンバーの一人は喜びすぎて片手小指のギプスを注意されていた。


 そして、やがて潤は張り詰めていた緊張が解けたのか、大きく脱力するとつぶやくように言う。


「よかった、本当によかった……」


 潤は顔を隠すと、声を漏らしながら涙を流し始める。

 彼女の隣には静かに北条真琴が近付き、肩に手を置いて一緒になって涙をこぼした。





 美桜美代子は状況に追いつけず、今もただただ呆然と立ち尽くしていた。

 彼女は真琴が()の側を離れていることを注意しなければならない立場にいたのだが、それすらも忘れて自分の前で起こる光景から目が離せなくなっていた。


「美代子」


 そんな美代子に、不意に近くから声がかかる。

 慌てて振り返った美代子が見たものは、親衛隊と呼ばれる結菜の友人二人の姿だった。


「……な、なに?」


 美代子は思わず身構えてしまう。

 だが彼女らは小さく笑うと、美代子に言った。


「おめでとう。上手く行くといいな。今日は同席させてくれてありがとう」


 それだけを言うと、彼女ら二人は(きびす)を返し教室から出ていこうとする。

 反応に遅れ出遅れた美代子は、そんな二人を急いで追いかけ声をかけた。


「ま、待って!」

「なによ?」


 呼び止められた二人は、苦笑しながら振り返る。

 美代子は彼女らに問い詰めるようにして尋ねた。


「他には何も言わないわけ? あたしは結局結菜に無理難題を押し付けちゃったんだ。ドラムの経験がないのに最後まで頑張るって言ったあの子は、きっとこれから死に物狂いで頑張るはずなんだよ?」


 彼女ら二人は改めて苦笑すると、一人が答えた。


「そうだね、じゃあ一つだけ言わせてもらおうかな」

「聞かせて」


 間髪入れず答える美代子の目を見て、その一人は可笑しそうに言った。


「美代子は最初から余裕なさすぎ。あんたはたしかに毒舌キャラだけど、あそこまで不機嫌そうにしてたらさすがにちょっと引くよ?」

「な……!」


 そう言って笑い始める二人を見て、美代子は顔を赤くして反論した。


「でも、あたしは中立の立場として、あとこの場の責任者としても――」

「じゃあ私からも言わせてもらうけど」


 だが美代子が話し始めた途端、別の結菜の友人が言葉を(さえぎ)る。

 そうして素直に黙り込む美代子に、彼女は告げる。


「結菜は優しいから難題を引き受けてしまうだけじゃない。あの子は楽しそうだと感じたときでも、無理難題に飛び込んでしまう。ミミは今回、その辺りが頭から抜け落ちてたみたいだね」

「…………」


 美代子は絶句し、その友人は「ほら、余裕なかったでしょ」と笑った。

 彼女は楽しそうに言葉を続ける。


「それに、今も抜けてるところあるんじゃない? メールだと、男を一人入れるけど私らが監視するから安心してってあったみたいだけど――」


 美代子は目を見開き、息をするのも忘れた様子で教室の片隅に振り返る。


「――伊織くん放置されてるね。教室でいるときみたいにポツンと一人になってる。私らも結菜に近付く男は結構ぞんざいに扱うけど、今の彼ほどじゃないわ」


 彼女はそう言ってまた笑い、美代子は自分の目に映る光景に息を飲んだ。


 教室の片隅では、完全に蚊帳(かや)の外に置かれた状態で門倉伊織が取り残されていた。

 彼は監視が外れているのにその場から動くことなく、またこれ幸いと結菜たちに熱い視線を送るでもなく、静かに彼女たちの様子を眺めていた。


 結菜の友人は言う。


「ま、あんたは空回りさえしなければ上手くやるでしょ。私たちは土産話を楽しみに待つことにするよ。手伝いの人数も、もう一杯みたいだしね」


 親衛隊の彼女らはそう言って、これで話は終わりだという風に手を振った。

 美代子は今度はそんな彼女らを引き止めずに、落ち着かない様子で答えた。


「あ、ありがとう。あたしも頑張るから。でもごめん、今はあたし、彼のことが可哀想――じゃなくて、野放しになってるから行ってくる!」


 気も(そぞ)ろといった感じで美代子はそう言うと、二人の返事を待たずに駆け出した。

 そうして彼女は走りながら振り向き、最後に「あとでメールする! 今日は本当にありがとう!」と付け加えた。


 美代子は去り、残された二人はそんな彼女を苦笑しながら見つめる。


「伊織くんのことは、ミミに任せてたら大丈夫そうだね」

「ああ」


 そう言った二人の耳に、そこで突如、「ありがとうございます!」という一際大きな声が聞こえてきた。

 見ると、潤が復活して結菜にお礼を言ったらしく、腰を直角に曲げて頭を下げる潤の姿が確認できた。

 そして、結菜は潤の突然の行動を前にして、困ったように笑っていた。


「…………」


 親衛隊の二人はそんな結菜の姿を目に焼き付けると、そのまま何も言わずに教室を後にした。



    ◇



 門倉伊織は駆け足でこちらに向かってくる美代子を見つけると、慌てた様子で声をかけた。


「あ、美代子さん。真琴さんをあっちに送り出したのは俺だから。それに俺は一人でもおとなしくしてたし、彼女を責めないであげてほしいんだけど」


 美代子は放置された自分のことよりも他人のことを心配する伊織に、少し胸が温かくなった。

 彼女はそのまま彼に近付くと、無言でその手首を握る。


「え、いや、俺おとなしくしてたよね? なんか迷子になりそうな子どもみたいに手を掴まれたんだけど?」


 伊織の発言に、美代子は軽く吹き出す。

 彼女は出来るだけ表情を隠していたが、彼に近寄ってくるときからすでに笑顔だった。


「そうじゃないって。あなたをここにつれて来た目的を果たすのよ。結菜への顔合わせ」

「……あー」


 伊織はそこで顔を上げ、遠くの幼馴染の姿を見つめる。

 そこでは結菜が音頭を取り、女の子たちが一丸となって「えいえいおー」という掛け声を上げていた。


 みんなで楽しそうに手を突き上げ、そしてまた再び穏やかに笑う結菜。

 伊織はそんな幼馴染の姿を眺めると、こっそりとため息を吐いた。


 彼は美代子に言う。


「でも、そういえば俺って、香月さんに近付いちゃダメなんじゃなかったっけ?」


 それは美代子としても好都合な発言だった。

 彼女は伊織の言葉を受け入れると、早速行動を開始する。


「それもそうね。じゃあここからでもいいか。……おーい、結菜ー!」


 美代子は唐突に伊織の手を持ち上げ、肩の上でブンブンと振った。

 それは見ようによっては、伊織が結菜に手を振っているようにも見える姿だった。


 結菜は名前を呼ばれ、美代子の方に目を向ける。


「結菜ー、今回の話ー、この人が裏方でちょっと関わるからー。でも安心してー、私が絶対に近付けさせないからー!」


 伊織は大きな声を聞きながら、その時初めて結菜と視線を合わせていた。

 彼らが学校で視線を合わせることは(まれ)で、そしてそれもわずかな間のことだった。


 結菜が遠くで軽く会釈したのを見て、伊織もゆっくりと頭を下げる。

 そして彼が顔を上げたときには隣で美代子が手を振っており、結菜もすぐにギプスを巻いた女子生徒に話しかけられ、伊織から視線を外した。

 幼馴染の二人が学校で視線を合わせたのは、その日はそれで終わりだった。


「…………」


 伊織は再び小さく息を吐くと、今も自分の手首を掴んで話さない美代子に対し口を開く。


「多分、俺の扱いひどいと思うな」


 美代子は彼の声に再び吹き出すと、とても明るい声で返事をした。


「その分あたしがたくさん特別扱いしてあげるから、大丈夫よ」

「えっ?」


 美代子は伊織の反応を無視すると、楽しそうに宣言するように彼に言った。


「さあ、忙しくなるわよ! あたしも同じ裏方としてあなたをフォローするし、一緒に頑張ろうね!」



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