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絶対的な高嶺の花、学園最強のアイドルは俺の幼馴染で通い妻。  作者: 卯月緑
絶対的な高嶺の花、学園最強のアイドルは俺の幼馴染で通い妻。
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彼女が通う学校の風景

4/23 主人公のヒロインへの呼称が間違っていた部分を修正しました。ご迷惑をおかけして申し訳ありません。また、間違いへのご指摘とても助かりました。ありがとうございました。


「うわ、男子がまた結菜(ゆな)のこと見て鼻の下伸ばしてる。やらしー」


 それは、休み時間の一コマ。

 クラスの女子生徒が、茶目っ気たっぷりな口調でそんなことを言い始めた。


 彼女の言う通り教室の一角では、男子生徒たちが揃いも揃ってだらしない笑顔を晒していた。

 彼らは隠すことなく一人の少女に視線を送りながら、楽しげに談笑を続けている。


 そんな彼らを見つめる女子生徒の隣に、別の女子が並んで会話に加わった。


「おー、今日も元気にやってるね。私は最近、あの一団が可愛く思えてきたんだよね」

「動物園のお猿さんみたいな感じ?」

「言い方」


 男子生徒たちが眺めている少女は、彼らの通う高校では知らない者はいない超有名人だ。

 彼女の名前は香月(こうづき)結菜(ゆな)。絶対的な高嶺の花として、最強のアイドルとして全生徒の頂点に君臨する少女だった。


「あんたはひどいこと言っちゃってるけどさ、男子が喜ぶのも無理はないんじゃないかな。あの(・・)結菜と同じクラスになれたんだよ?」

「まあ、毎日タダで特等席からアイドルを眺められるようなものかー」


 結菜はたくさんの女友達に囲まれ、その中心で穏やかに笑っていた。

 その姿はまるでパーティの中心にいる美しくも可憐な姫のようで、それを見た男子は思わず頬を緩ませる。


 しかし実のところ、結菜は決して目立ちたがりな性格ではなかった。

 有名人としてアイドルとして担ぎ上げられるのは、彼女の本望ではないのかもしれない。


 それでも彼女は注目されてしまう。

 彼女には、他者の視線を集めるれっきとした理由があった。


「結菜は綺麗で上品だし、女の私でも見惚れちゃうことがあるからね。男子が見ちゃうのもしょうがないかもね」

「結菜には欠点らしい欠点もないからなあ。神様は不公平だ。結菜にいくつ贈り物をあげてるのやら」

「その点あんたはちゃんとバランス取れてるよね。見た目は結構可愛いのに、その毒舌でマイナスになってるし」

「いいんだよこれで。打たれ強くて堅実な男捕まえるから」

「……恐ろしい女」


 結菜はただの美人ではなく、他にも様々な優れた才能を有していた。


 そして彼女の持つその優れたスペックこそが、彼女を一般人として埋もれることを許してはくれなかった。

 物事の大小にかかわらず目覚ましい成果を上げてしまう結菜は、否が応でも周囲の目に留まり、その功績を認められていく。


 結菜はたまたま可愛かったからアイドルとして担がれたのではなかった。

 しっかりとした実力があったからこそ、学校の象徴的な存在としてまで扱われるようになってしまったのだ。





 香月結菜は弱冠十七歳にして、生ける伝説とまで呼ばれた少女だった。

 文武両道、容姿端麗、才徳兼備。

 彼女を褒めるのに悩む必要はない。女性に向けるおおよそほとんどの褒め言葉が、結菜には当てはまってしまうからだ。


 それほどまでに凄まじいスペックを持つ彼女は、本人が望まずとも華々しいエピソードを打ち立てていく。


 入学試験で過去最高得点を叩き出したのは、ほんの序の口。

 助っ人で参加した部活動では創部初の全国大会出場に導き、絵を描いてみれば有名なコンクールで史上最年少で特別賞を受賞。


 街を歩けば地味な格好をしていても芸能スカウトに捕まり、しかもそれが超有名事務所で、さらにはそれを当然のように断ったり。


 相談事を頼まれては頼み込んだクラスメイトは無論、その両親からも泣いて感謝されるほどの解決を見せ。

 有名になりすぎて、立候補していない生徒会の選挙で彼女の名前が得票率一位を獲得してしまったり。


 校外学習で山に出かけたときには、自分たちは雨に降られていないのに綺麗な虹がビシッと二重に掛かったこともあった。


 とにかく細かいエピソードまで挙げるとキリがないくらい、香月結菜という少女は数々の伝説を打ち立てていった。

 いつしか付けられたあだ名が神に愛された少女(ギフテッド)。天から贈りもの(ギフト)をもらった彼女は、生ける伝説と呼ばれるほどの活躍を成し遂げてしまったのだった。





 休み時間の女子生徒の二人は、会話を続ける。


「でもでも、結菜があんたみたいに毒舌じゃなくて良かったよね。結菜の性格が悪かったら、今頃この学校はどうなってたことやら」

「……言いたいことはあるけど、まあ結菜の性格が良くて助かったというのには同意」

「結菜が優しいから、男子はああやって毎日平和に結菜を眺めていられるんだよね」


 香月結菜は見目麗しいだけではなく、その性格も出来た(・・・)少女だ。

 彼女は遠くからいくら眺めていても話題にしていても、文句はおろか嫌な顔一つしない。


「いや、結菜は優しすぎると思うんだけどなあ。だってあの子、いきなりスマホ向けられてもピクリとも笑顔を崩さないんだよ。ちょっと甘すぎると思ったわ」

「それだけ撮られ慣れてるってことなんだろうけど、すごいよね。私には絶対無理だ。多少なりとも必ず顔に出ちゃうよ」


 そんな結菜は、生徒たちのアイドルとして非常に適した存在だった。

 目の保養はもちろんのこと、数々の逸話から話のネタも尽きず、抜群の知名度から全生徒共通の話題として機能し、そして彼女は周りが少々騒ぎ立てても笑って受け止める器の広さをも併せ持つ。

 まさに打って付け。

 ゆえに結菜は全校生徒から最強のアイドルとして認められ、崇められていた。


「その辺はやりすぎると男子が仲間内で注意してるみたいだし、大丈夫だと思うけどね」

「本人が直接言うのが一番だろうけどなあ。まあそんな甘いところが結菜らしい、かな」

「うーん、けど、そもそも結菜って甘いだけじゃないよね」


 忘れてはならない点がある。

 結菜はアイドルとしてだけではなく、絶対的な高嶺の花としても名高い点だ。


「近付く男には容赦ないってとこ?」

「そうそう。容赦ないっていうか、バッサリ断るよね」


 数多くの派手なエピソードを持つ結菜だが、こと恋愛に関するエピソードは控えめだ。

 美しくも気立ての良い結菜だったが、告白を受けた回数はさほど多くはない。

 一時期は競い合うように告白されていたが、その一瞬だけだ。

 結菜はそれらすべてを断り続けた。相手に一歩も譲歩することなく、頭を下げて「ごめんなさい」と。


 今ではこの学校には、彼女に告白する男は一人もいない。

 香月結菜の恋愛に関するエピソードは、ガードが固くどんなイケメンも寄せ付けない、というエピソードぐらいしか生まれていないのだ。


「結菜は男の子寄せ付けないよねー。ほとんど毎日会話すらしてないし」

「用事ならちゃんと話すけど、絶対に自分から理由もなしに話しかけないな。別に男嫌いってわけでも男慣れしてないわけでもなさそうなんだけどなあ」

「結菜と男子が二人並ぶことがあったら、大抵男子のほうがガチガチに緊張しちゃってるよね」

「それなー」


 そして、その身持ちの固さは高嶺として重要な要素だった。

 結菜は同性からの覚えも良い。自然と周囲には女子生徒たちが集まり、その様も高嶺の花としてのイメージに合致していた。


 かくして結菜はアイドルとしてだけではなく、高嶺の花としてもその地位を確立していった。

 彼女は確固たる理由からその立場に上り詰め、そして全生徒から満場一致で象徴的な存在として扱われていたのだった。


「結局はさ、男子はああやって結菜のことを遠くから眺めているのが一番なんだよ。みんな幸せで居られる」

「見られてる女子の負担が大きいように思えるけど、まあ男子も結菜に近付きたいのを我慢してるって考えると、妥当な落とし所なのかもねえ」

「そうそう。なんだかんだで私はこの学校での生活、気に入ってるんだよね」

「毎日お猿さんがタダで見えるしな」

「可愛いでしょ?」

「…………」



   ◇



 休み時間も半分を過ぎ、教室の騒がしさもピークを迎える頃。

 一人の男子生徒が自分の席に残ったまま、ポツンと取り残されるように結菜の横顔を眺めていた。


 彼は他の男子生徒に混ざるでもなく、アイドルに熱を上げるような気概を見せるでもなく、ボーッと結菜のことを見続ける。

 しかしその姿からは、孤独感や悲壮感は感じられなかった。どこか一人に慣れているような、冷めた視線で人生を見ているような印象を受けた。


 そんな彼に、先ほど毒舌キャラと呼ばれていた彼女が近付いていく。


「おっとー。珍しく伊織(いおり)くんも結菜のこと見てるじゃん。なになに、とうとうあいつらが作るファンクラブに入る気になったわけ?」


 門倉(かどくら)伊織(いおり)は自分の名前を呼ばれ、ハッとして声のした方向を向いた。

 そこには格好のオモチャを見つけたと言わんばかりの、いたずらっぽい笑顔を浮かべてこちらを覗き込む女子生徒の姿があった。


 伊織は不意を突かれていた。

 彼自身は結菜のことを眺めていたつもりはなかったのだが、意図せず彼女の姿を目で追っていたらしい。


 しかし孤独に慣れているように見えた彼は、次の瞬間には人当たりの良さそうな微笑をその顔に貼り付ける。

 またたく間に変身した彼は、動揺を隠しながら口を開いた。


「いやいや、わざわざ非公式のファンクラブに入らなくても、このクラスの男子は全員香月さんのファンで間違いないでしょ」

 

 先ほどの印象とはがらりと変わり、伊織は社交的かつ無難に同級生の女の子へと対応していた。

 だがその変わり様は、相手の女子生徒にしても想定の範囲内だったらしい。

 彼女は驚いた様子もなく、彼女の当初の予定通り、伊織で遊び始める。


「そんなこと言ってるけど、伊織くんは結菜に対してがっついてないじゃん?」

「たしかにがっついてはいないかもしれないけど、でも俺だって香月さんのことは魅力的な女性だって思ってるよ」

「ほらほら、その香月さんってのも。結菜のこと名字で呼んでるの、この学校じゃ圧倒的に少数派だし。やっぱりなんか壁を感じるんだけど?」


 どうやら完全に伊織のことをロックオンしたらしく、彼女はしつこい攻撃を繰り返す。

 伊織は「まいったな……」と苦笑しながら頭をかいた。


 彼女が伊織に対して言っていることは、すべて事実だ。

 伊織は他の男子生徒のように積極的に結菜に関わろうとしない。その手の話からはまったくの無縁だった。


 しかし、別に彼は少数派を気取って斜に構えているわけではない。

 他の男子のように、結菜を追いかける熱意が湧いてこないだけだった。


 伊織は困り果て、助けを求めるように周囲をキョロキョロと見回す。


「そういえば美桜(みさくら)さんって、さっきまで北条(ほうじょう)さんと話してなかったっけ?」

「マコはトイレに行ったよ。っていうか、露骨に話題そらさないで」

「ごめん。女性に対して余計な詮索しちゃったね」


 伊織は軽く頭を下げると、同時にここは早めに白旗を上げたほうが傷は少ないかと考えた。

 彼は小さく息を吐くと、観念して視線を結菜の方に向けた。


 そして真面目な口調で言う。


「……まあ、香月さんは少し華やかすぎるからね」

「おやおや 伊織くんの本音、いただいちゃいました?」


 美桜と呼ばれた女子生徒は、伊織の発言に嬉しそうに飛び付いてきた。

 しかし彼女は意外にもそこで伊織への攻撃を取り止め、彼の意見に賛同するように結菜を見る。


「でもまあそうだよなあ。結菜は嫌でも目立っちゃうから、恋人になる人は大変そうだ」


 彼女が言った言葉に、伊織は大きく頷く。

 香月結菜は綺羅びやかな宝石のように眩しい存在だ。伊織はそんな結菜のことを、どこか別世界の住人のように見つめていた。


 しかし、彼は再び意図せず結菜に対して見入ってしまった。

 気が付けば伊織の横顔は、にんまり笑う女子生徒に覗かれていた。


「伊織くんって口では興味なさそうに言ってても、実際には結菜のことを諦めきれてなさそうだねえ?」


 伊織は降参とばかりに両手を軽く上げると、笑いながら彼女に答えた。


「最初に言ったと思うけど、俺も香月さんのファンの一人だからね」

「うわ、ブルータスお前もか!」

「それって裏切り者に向けたセリフじゃなかったっけ。別に俺は裏切ってはないと思うけど」

「十分裏切り者なんだよ。このこの」


 そこで授業を知らせるチャイムが鳴り、伊織と女子生徒は笑顔で別れた。

 結菜はそんな彼らには気付かず、クラスの中心に居続ける。


 結局その日、伊織と結菜の視線が校内で重なり合うことは一度もなかった。


 結菜はどこを向いても男子と視線が合う可能性がある。

 彼女はそれを理解していて、不用意に自分の輪の外を向いたりはしないのだ。





 門倉伊織は、今日(こんにち)では女性名として認知されつつある名前を付けられた少年だった。

 母親が周囲の反対を押し切り名付けた名前だが、意外にもその名前は彼が持つ物静かだが爽やかな雰囲気に不思議とマッチしており、評判は悪くない。


 しかし、彼が目立つのは名前だけだった。

 クラスの大部分が、彼のことを地味で目立たない存在だと考えていた。


 事実、彼は休み時間になると一人スマホを眺めて時間を潰す。

 決して根暗ではないのだが、積極性は感じられない生徒。それが学校での伊織の姿だった。


 とはいえ、彼はクラスから孤立しているわけではない。

 積極性は感じられないながらも、クラス行事などをサボったり手を抜いたりすることはないし、挨拶にもちゃんと返事を返す。

 話しかけてみると聞き上手な一面も見せるし、妙に女性の扱いにも手慣れている節もあり、席が近い女子生徒からは暇つぶしの相手として選ばれることもあるようだった。


 だが、積極性のなさは付き合いに大きく関係する。

 彼は親友と呼べる仲間が出来たことも、彼女が出来たことも一度もなかった。



    ◇



 放課後になると、部活動に所属していない伊織はすぐに一人家路に就く。


「ただいま……」


 学校が終わり自宅に戻ってきたというのに、彼の声色からは暗い印象を受ける。

 それもそのはず。伊織にとってこの時間は、楽しい時間とは言えなかった。


 伊織の家は庭付きの立派な一軒家だが、しかし伊織が帰る時間には家には誰もいないことがほとんどだ。

 返事がない広い家というのは、それだけで寂しさを感じさせる。


 加えて彼は、無趣味な人間だった。

 スポーツ、ランニング、筋トレ、マンガやゲーム、読書に音楽……。すべて楽しいとは思ったが、彼はどれも長続きしない。

 絵を描いてみたときは途中で投げ出してしまったし、同じ理由からプラモデル製作も諦めた。


 趣味といえるかどうかは微妙なところだが、彼の唯一の日課、自宅の掃除を済ませると彼は本当にやることがなくなってしまう。


「よし、糸くず一つ残ってないぞ、っと……」


 制服から着替え終えた彼は、今日も自宅をピカピカに仕上げる。

 しかし、彼自身は潔癖症でも完璧主義でもない。ただ他にすることがないから、結果必要以上に綺麗にしてしまっているだけだ。


「はぁ……」


 伊織は疲れたように息を吐くと、スマホを取り出しソファへと寝転がった。

 ふとその拍子に、自分のではない香りが舞い上がったが、それだけだった。

 伊織はいつも教室で見せているように、一人ボーッとスマホを眺め、時間を潰す。


 部活動にも入らず、家に帰っても打ち込むものがない伊織は、空虚な人生を送っていると言われてしまうかもしれない。

 しかし、それが門倉伊織の現実であり、日常だ。

 今までも、そしておそらくこれからも続いていく彼の人生だった。





 だが、彼にはとびっきりの秘密があった。

 学校の生徒たちに広まったら、仰天間違いなしの究極的な秘密。

 それは、先ほどの場面の続きにある。


 伊織がスマホを見始めてから一時間程度。夕暮れの赤い色が濃くなった頃に、玄関を開く音がする。

 間もなく彼の耳に、透き通るような美しい声が届く。


 それは今までも、そしておそらくこれからも続いていく、彼の現実であり日常だった。


「ただいま~。ごめーん、今日の夕飯遅くなってもいい? 綺麗なメバルが残ってたから、煮付け作りたくなっちゃった」


 暗く平凡だった伊織の日常が一変する。

 彼女が現れた瞬間、部屋の空気が華やぐように変化した。


 学校では決して見せることのない無防備な自然体で。

 明るい声色と、年相応の元気な笑顔を見せ。

 制服姿で買い物かごを引っ提げ、十七歳とは思えない所帯じみたことを言いながら。


 伊織の前に現れたのは、あの生きた伝説、最強無敵のアイドル香月結菜その人だった。



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